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レルネ商会の娘

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 豪華な屋敷の応接間。ここはリトリア市にある、レルネ商会本店だ。


「本当に、なんとお礼を言ったらいいか……。ともかく、ありがとう」


 目の前の少女は深々と頭を下げた。

 彼女は、わたしたちが助けた女性冒険者の一人。そのリーダーだった。


 茶髪に茶目。髪をポニーテールに束ねていて、明るく快活そうな美少女だった。

 わたしたちと同じぐらいの年頃の女の子だ。


「あらためて、自己紹介するね。あたしはクロエ・レルネ。レルネ商会のアラン・レルネの次女」


 彼女は十六歳だそうで、わたしやお姉ちゃんより一つ年上。

 もう白銀級の冒険者らしく、若いのにすごいと思う。

 問題は彼女がレルネ商会の関係者だということだ。


 リトリア大森林で不死族アンデッドを倒した後。お姉ちゃんのエクス・ヒーリングによって、重傷の冒険者たちも回復したみたいだった。

 それだけで済めば良かったのだけれど、クロエはわたしたちにお礼をすると言って譲らなかった。わたしたちは正体がバレるとまずいし、面倒は避けたいので、お礼なんていらなかったのだけれど……。


 ただ、たしかに、逆の立場だったら、命の恩人に何もお返しをせずに帰るなんて、そんなことはしないと思う。

 もっとも、こういうふうに他の冒険者を助けた場合には、冒険者ギルドで決められた、標準の報酬額がある。

 

 でも、クロエはそれに加えて謝礼を払うと言い張った。

 まずいのは、彼女の父、アラン・レルネは、リトリアではかなりの有力者だということだった。


 レルネ商会はリトリアを代表する大貿易商で、その経営者アラン・レルネは市参事会(市民の代表機関)の会員でもある。

 そんな家の人間に近づいて、目立つのは本当なら避けたかった。


 でも、クロエは明るく親切そうな女性だった。彼女は豊かな胸を張る。


「こう見えて、あたしは騎士爵家の人間だから。貴族ってこと。貴族は他人に礼を尽くすんだから!」


 騎士爵は一代限りの称号なので、貴族かといえばちょっと怪しい。平民ではないけれど、准貴族というのが実態だと思う。

 たとえば、王国で最も名門のフィロソフォス公爵家のお父様に聞いたら……たぶん、同じ貴族だなんて意識はゼロだと思う。


 といっても、わたしとお姉ちゃんも、今は平民。それどころか、正体がバレれば犯罪者扱いだ。

 クロエのほうが、今はちゃんとした身分だ。


 クロエは得意げな様子だった。


「あたしがお父さんに頼めば、辺境伯様から名誉の勲章をもらうことだってできると思う! あれだけの数のアンデッドを倒しちゃったんだし、あたしたちの命を救ってくれたんだもの。興味ない?」


 さすがに辺境伯から勲章をもらうのは、まずい。だって、うっかり辺境伯と知り合えば、正体がバレかねない。半独立状態のリトリア辺境伯でも、わたしたちの正体に気づけば王国に引き渡すだろう。

 そうなれば、わたしたちは破滅だ。


 わたしは断ろうとしたけれど、お姉ちゃんがそれを手で止める。


「お姉ちゃん?」


 お姉ちゃんがわたしに目配せをする。

 何か考えがあるんだと思う。お姉ちゃんは未来の王妃、つまり、ある意味では政治家になる予定だった。

 聖女としても、公爵の娘としても、引っ張りだこだったわけで。だから、わたしより交渉事は慣れている。


 わたしはお姉ちゃんを信頼して、話の続きを任せることにした。

 お姉ちゃんは胸に手を置いて、微笑む。


「クロエ様のお気遣い、感謝しますわ。でも、改めてのお礼なんて不要です。人として当然のことをしたまでですから」


「そう言われても、あたしの気が収まらないんだけど」


 納得できない、というクロエに、お姉ちゃんはにっこりと笑いかける。


「それでしたら、何かあれば、クロエ商会が私たちの後ろ盾になってくださる、ということではいかがでしょう?」


「後ろ盾?」


「はい。私たちは流れの魔術師ですから。この街は、辺境伯様の寛大で公正な政治のおかげで、よそ者にも暮らしやすい街です。でも、やはり身元が定かでない人間は色々と不利益もありますから」


 そう。わたしたちは冒険者ギルドに所属することで、一応は街で生活できる信用を得ている。宿に泊まるのにだって、ギルドに加入することが必須だった。

 でも、わたしたちの立場は不安定だ。万一、ギルドと対立するようなことが起きれば、不利な立場のわたしたちは言いなりになるしかない。


 子供だから気を使ってもらえる反面、悪人からは与し易い相手だとして危害を加えられる可能性もある。

 

 そうなったとき、貿易商ギルドの大立者、レルネ商会に守ってもらえるなら、すごく助かると思う。

 勲章なんかより、あるいはお金なんかよりもずっと利益がある。おまけにクロエや商会の懐が痛むわけでもない。


 クロエは破顔した。


「そんな頼みでもよければ、喜んで! お父様に話は通しておくから。貴族として、ソフィアさん、リディアさん、セレナさんたちの利益を守るわ」


 やけに貴族というところを強調するのは、クロエやレルネ商会が生粋の貴族に劣等感があるのだと思う。お金持ちが次に欲しがるのは名誉だから。

 とはいえ、クロエさんは悪人ではなさそうだ。それどころか、親切で善良なお姉さんという感じで、こういう人と知り合えたのは、今後のためになる。


「ほかになにかしてほしいことはない?」


「ありがとうございます。よければレルネ商会との取引もさせていただけると助かります。冒険者稼業で必要になりますから。もちろん、レルネ商会にも損はさせませんわ」


 クロエさんの目が抜け目無く光る。彼女がなぜ冒険者をしているのかは知らないけど、根は商人なんだろう。

 商会の一員として利益を考えているようだった。


「そうだね。ソフィアさんたちみたいな実力ある冒険者なら、うちの利益にもなるし」


「今後、もしわたしたちのことを信用できる人間だと判断いただければ、商会の構成員の身分もいただければ」


「あたし個人としてはもう信用しているけれど、実績を見ての判断かな。でも、すぐに実現できると思う」


 レルネ商会としては、どこの馬の骨ともわからない人間を組織の一員にするわけにもいかないと思う。冒険者ギルドとは立場が違う。

 何かあれば、経営者のアランさんの責任問題だ。辺境伯様からのお咎めもあるかもしれない。

 だから、これは少し時間がかかるだろう。


 お姉ちゃんは優雅に微笑み、わたしに片目をつぶってみせる。

 わたしもセレナもお姉ちゃんの振る舞いに感心した。クロエの面子も立てて、わたしたちの利益も図れた。辺境伯と知り合うという危険も避けれたし。


 ところで、とクロエさんが言う。


「ソフィアさんって立ち居振る舞いがずいぶんと洗練されているよね。もしかして、本物のお貴族様だったりする?」


 わたしはどきりとする。表情に出てしまったかもしれない。というか、「本物の」という言い方からして、クロエも自分が貴族かは怪しいと思っているんだろう。

 けれど、お姉ちゃんは眉一つ動かさず、平然としていた。


「まさか。わたしはただの孤児ですよ。リディアと一緒に、エルフの女魔術師に拾われて、育てられたんです。育ての親は昔、貴族の家に仕えていたみたいですから。その影響かもしれません」


 さすがお姉ちゃん。動揺せずに、あらかじめ用意していた設定をすらすらと答える。ちなみに、これは部分的にわたしの経歴でもある。

 わたしは公爵家の私生児だった。けど、誰からも興味を持たれていなかった。そんなわたしを育ててくれたのは、師匠の女エルフだった。彼女も元気にしているといいんだけど。


 クロエさんは「そう」とつぶやく。

 

「助けられたのに、図々しいんだけど、あたしからも一つお願いがあるんだ」


「何でしょう? クロエ様のお願いとあらば、喜んで」


「ね、普通に話してくれない? あたしに敬語は不要だから」


 ソフィアお姉ちゃんは初めて、きょとんとした顔をした。予想外だったらしい。






面白い、続きが気になる、ヒロインが可愛い!と思っていただけましたら


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