Ⅳ 無駄なことが必要なこと
わたしはぷいっと横を向いた。セレナの言う通り、わたしはお姉ちゃんを独り占めしたいけれど……。
「独占欲、強くて悪いことある?」
わたしがセレナに聞き返すと、セレナは面白がるように微笑んだ。
「いえいえ、そんなことは言ってませんよ。私はリディア先輩を独り占めしたいですし」
セレナの直球の言葉に、わたしは頬が熱くなるのを感じた。
セレナはそっと手を伸ばし、わたしの頬を撫でる。
「ソフィア様も可愛いですけど、リディア先輩も似合うと思うんです。二人きりの部屋で、リディア先輩の踊り子風の衣装とか水着姿とか見てみたいですね!」
「そ、そんな露出の多い格好しないから!」
「残念ですね―」
くすくす笑いながらセレナは言う。どこまで本気かわからなくて怖い……。
そんなことを話していたら、お姉ちゃんが頬を膨らませて、わたしたちのあいだに割り込む。
「二人でこそこそ、何を話しているわけ?」
「ソフィア様がとっても可愛いって話をしていたんですよ!」
セレナが適当なことを言う。いや、間違ってはいないけれど……。
お姉ちゃんは、「そ、そう」とまんざらでもなさそうな表情で視線をそらした。
お姉ちゃんがちょろすぎて、セレナにとられちゃうんじゃないかって心配になる……。
でも、逆に言えば、わたしが「可愛い」「可愛い」と言い続ければいいのかもしれない。
「それにしても、平和ね」
お姉ちゃんが照れ隠しのように、そんなことをつぶやく。
目の前に広がる農村風景は、とてもとても穏やかだった。農夫のおじさんが、のんびりと作業をしていて、村の子どもたちが道で遊んでいる。
もちろん、農村での暮らしも楽ではないし、農作業も大変だとは思う。
ただ、冬小麦の収穫前だから、今の時期はそれほど忙しくないはずだ。リトリア辺境伯の善政で、飢饉もずっと起きていないし、生活は安定している。
それに、少し前のわたしたちみたいに、命の危険があるわけでもない。
「本当にリトリアに来て良かったよね」
「そうね……でも……」
「お姉ちゃん? どうしたの?」
「いえ、こんなにのんびりしていて、良いのかなって。わたしたち、もっと、他にするべきことがあったり……するんじゃないかなって」
お姉ちゃんが不安そうにそんなことを言う。
セレナが横から口をはさむ。
「ホワイトハウンドを捕まえに行くのは、ソフィア様も賛成したことじゃないですか?」
「そ、そうなんだけど……えっと、そのリディアのやることに反対って意味じゃなくて、つまり……」
お姉ちゃんが慌てた様子で、手を横に振る。
わたしはお姉ちゃんの言いたいことがなんとなくわかった。
「つまり、お姉ちゃんは焦っているんだよね」
よくわかる。わたしたちはほんの少し前までは、お尋ね者で、命を狙われていた。
ううん、今だってその状況は変わらない。リトリアにだって、いつ王国の手が及ぶかわからないから。
それなのに、のんびりモフモフを捕まえるなんて、贅沢なことをしていて良いのかな、とお姉ちゃんは思ってしまったんだ。
もちろん、もふもふ魔獣を使い魔にするのは、わたしたちの冒険にも役立つことだ。でも、どうしてもどうしてもしないといけないとか、緊急性が高いことではないのも事実なわけで。
お姉ちゃんからしてみれば、こんなことをしていていいのか、と心配になるのもわかる。
何を隠そう、わたしも同じことを考えないわけでもないからだ。
もっと遠くへ逃げるとか、もっと効率よくたくさん敵を倒す(人を殺す)ことができるようになるとか、お姉ちゃんと一緒にいるために、わたしはするべきことがあるのかもしれない。
だけど。
「大丈夫。わたしがお姉ちゃんを守るから」
「リディアが強いのは知ってる。私を守ってくれることも。でも……」
「たしかに、生きていくことも大事だよ? でも、わたしはずっと『殺されるかもしれない』『こうしないと死んじゃうかもしれない』ってことばかり考えて生きていくのは、楽しくないと思うの」
「それは……そうね。できることなら、私もそんなことは考えたくない」
「お姉ちゃんはさ、真面目なんだよ。わたしはお姉ちゃんのそういうところも好きだけど、でも、『しないといけないこと』だけじゃなくて、『したいこと』も考えてほしいの」
「私のしたいこと……」
お姉ちゃんはつぶやいて、頬に手を当てる。
これまで、お姉ちゃんにはたくさんの肩書があった。
公爵令嬢、聖女、そして王妃候補。
お姉ちゃんがその役目を果たすには、すごい努力をしないといけなかったと思う。
高貴な者の義務。期待に応える使命。
真面目なお姉ちゃんは、それにずっと従ってきた。
でも、今のお姉ちゃんは、そして、わたしは、ただの女の子二人だ。
だから、お姉ちゃんもわたしも、もっと自由に生きたい。。
「無駄なことをする時間も大事だと思うの。わたしたちがしたいことをする。王国にいたときとは違って、ここではそれが一番大事」
「そう……なのかしら?」
「そうそう。わたしは、わたしのしたいことをするよ? もふもふ魔獣を可愛がりたい。美味しいものをたくさん食べたい。もっとお姉ちゃんの笑顔を見たい」
お姉ちゃんはわたしの言葉に顔を赤くした。
わたしの一番の望みはお姉ちゃんが幸せであること。二番目はわたしがお姉ちゃんのそばにいることだ。
そして、三番目は二人で楽しい時間を過ごすこと。
ずっと惨めな逃亡生活じゃなくて、ちゃんとした家に住んで、お腹いっぱいご飯を食べて、可愛い動物に囲まれて、お金もたくさん稼いで。
そして、お姉ちゃんやセレナ、優しい人たちと生きていきたい。
セレナがくすっと笑う。
「リディア先輩は、本当にソフィア様のことが好きなんですね」
久々の更新ですみません……! ぼつぼつ更新していければと思います! 新作の百合作品も準備中です!
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