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アイドルジョッキー馬になる  作者: ゆらゆらゆらり
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信一 ♠ 強敵馬がそろいそうです

 今日も馬舎でユッカとともに、祈るようにタブレットを見つめていた。


 まなっちゃんが川崎競馬の第2レースに出走している。

 最近は大井以外でも各場の開催に少しとはいえ、騎乗できるようになっている。今回の川崎5日間開催でも今日を含めると3回の騎乗があった。


 まなっちゃんは減量を生かし果敢に逃げている。


 初コースであった一昨日と昨日も、勝てないまでも先行して見せ場たっぷりのレースをしていた。


 川崎競馬場は、大井競馬場以上にコーナーがきつい。小回りの地方競馬場の中でも、もっとも難しい魔のコースともいわれている。

 直線は300mあるが、直線だけで差し切るのは難しい。だからといって、コーナーからスピードに乗せすぎると、どうしても遠心力で外に膨らみすぎてしまう。


 交流競走などでJRAの騎手が初騎乗だと、この魔のコーナーには苦戦するらしい。たまに4コーナーでぶっ飛んでいく騎手がいる。

 それでも勝つ馬がいるから憎たらしい。言っとくが馬が強いだけだ。騎手の腕はぜんぜん負けていない。むしろ上だ。

 

 地方競馬の弱小厩舎の厩務員だが、胸の中ではいつもそう思っている。

 まなっちゃんだって。きっと、いつかはユッカとともに中央(JRA)の舞台に――。


 まなっちゃんの川崎初戦である一昨日は、外の3番手で外周りになってしまい、よく粘ったが5着だった。昨日は内の箱(3番手)からインをついて伸びてはきたが4着まで。そして、3戦目となる今日は人気薄ではあるがスタートから出鞭を入れて逃げの手にでている。


 人気馬が差し馬だからだろう。先行馬の騎手たちは後ろを警戒しているようで、無理に追いかけてはこなかった。

 向こう正面に入っても流れはスロー。


「誰も仕掛けてくるなよ」


 祈るような思いが声となってもれる。


 スローだと流れを嫌って、3コーナー手前からまくるように動かしてくる騎手がいる。

 だが――いい意味でまなっちゃんも馬もなめられている。


 仕掛けてくる騎手もなく、2馬身ほどの差のまま3コーナーに入っていく。

 と、その瞬間まなっちゃんの手が動き、差が4、5馬身ほどに広がった。先行馬はまだ動かない。まなっちゃんの馬は手ごたえがなく、直線で止まると思われているのだろう。


「大丈夫か?」


 手ごたえがあるかないかはわからない。だが、早仕掛けであることは確かだ。


『大丈夫。いい判断よ。真夏の馬は深いブリンカーをしてるし、他馬を気にするんだと思う。たぶん外から被されるともろいから、早仕掛けでもこれしかない』


 ユッカがいうなら間違いない。だが、さすがに差し馬たちも動き出した。まくってくる馬たちに合わせて先行馬の騎手も手を動かし始めている。

 徐々にではあるが差が縮まっている。いや、あまり変わっていない?


 やはり川崎のコーナーはきつい。C3(最下級クラス)には、コーナーで加速してまくりきれるほどの馬はいないということだ。それに、このクラスは人気ほどの力差もない。


 まなっちゃんはリードを保ったまま直線へ。コーナーで加速した馬たちは直線で外に振られ、大きく広がった馬群がまなっちゃんに襲い掛かってくる。


「粘れ!」


 そう叫びながらも、心にはどこか余裕があった。

 後続から飛ぶように伸びてきている馬は見当たらない。つまり、逃げているまなっちゃんの馬と脚色は変わらない。


 ちらりとユッカを見れば、彼女は声を出すこともなく、まなっちゃんが手綱を押すのに合わせるように小さく首を動かしている。



「よっしゃ!」


 声とともに画面からユッカへと目を移せば、彼女は大きくうなずいている。


 まなっちゃんも着実に成長している。いや、大きく成長している。勝利したこの馬は小林の馬ではなく、川崎所属の馬だ。

 他場から依頼があり、そして、勝利した。これは大きい。これによって大井だけでなく他場からの騎乗依頼が増えていけば、さらなる成長へとつながっていく。


 だからこそ悔しい。S1騎乗するために必要な勝利数ってやつが。


 ユッカと喜び合いながらも、そんな思いがあふれてくる。


「なんでだよな。ほんと、なんでまなっちゃんが乗れないんだよな」


 つい愚痴ってしまう。


『仕方ないよ。ルールだから……』


 そう言ったユッカの声からも、悔しさとやるせなさが滲んでいる。


 どうにもならないことはわかっている。わかっているけど……なんだか、重たい空気がながれていく。


『ほら、真夏もがんばってるんだから。私たちもがんばらなきゃ』


 ユッカから明るい声が聞こえてくる。あえてそうしてくれている。

 そう、俺たちだってやるしかない。


 俺は思いをこめて、うなずきで応えてみせた。


『今度のレース、先生のためにもがんばらないとね』

「そうだな」


 そう。東京2歳優駿牝馬、これが3月に定年を迎える先生にとって最後のチャンスかもしれない。年末のこのレースの後は3月末までユッカが狙えるS1は……浦和の桜花賞?

 南関東3歳牝馬クラシックの初戦が3月末にあるが、獲得賞金からいっても、出られるかさえもわからない。

 だから、今回が最後のチャンスかもしれない。


 先生は重賞ならいくつか勝っているが、南関東競馬の最高峰であるS1には手が届いていない。だからこそ、なんとしてでも掴みとりたい。


 俺は、タブレットの画面でまなっちゃんの勝利が確定するのを見届けると指を走らせた。




 画面には、事前に調べておいたメモが表示された。

 東京2歳優駿牝馬への出走馬は確定したわけではないが、ほぼ見えてきている。ライバルになるであろう馬たちも。


 まずはなんといっても、この馬だ。


 グリーングリン


 成績は6戦2勝と地味に見えるが内容が違う。2着が4回で連対率100パーセントなのだ。しかも、2着の中にはJRA(中央競馬)の2歳オープンであるクローバー賞も含まれている。


 そして、何よりこの馬の評価を押し上げたのがJRAとの交流重賞である前走・北海道2歳優駿JpnIII。

 ここで牝馬ながらにJRAの牡馬たちをも打ち破っていた。


 俺はタブレット上の指を動かして、リプレイ動画をさがしつつ、


「14頭立てでJRA所属馬は4頭と少なかったけど、そのうちの1頭は1勝クラスを勝ち上がってきたオープン馬だし、他のJRA馬たちのレベルも高かったんだよ。このレースで惨敗する1頭は置いといて、他の2頭は次走となる同じ1勝クラスのレースで1、2着しているしね」


 JRAにおいて、この時期の2歳1勝クラスのレースは数が少なくレベルが高い。特にダートはより一層レースが限られるので、地方競馬の重賞へと強い馬たちが遠征してきている。


「よし、このレースだ。とりあえず見てくれるか」


 ユッカも画面が見られるように2人(馬とだけど)で並んで、タブレットを少し掲げるようにした。


次話は北海道2歳優駿になります。


『北の女王・グリーングリン』

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