76.出張ですか?
転移終了。
私達が出たところは、イアペトゥス町の中央よりも少し北側だった。
そこには、二百頭以上の小型魔獣の姿があった。
見た目はネズミみたいなんだけど、大きさは何故か人間と同じくらい。
魔獣だからね。
小型と言っても結構大きいよ。
しかも、建物をアチコチかじっているし、このままでは町が破壊されてしまう。
ハンター達が駆除を試みていたけど、この数が相手だし、しかも、この魔獣は意外と動きが早い。
それに鋭い牙を持っていて容赦なく噛みついて来る。
なので、結構、苦戦を強いられていた。
いや、正確には劣勢と言うべきか。
こんな状態なので、もうアレで一気にケリをつけるしかない!
私は、
「死ねぇぇぇっ!」
すぐさま必殺の首ちょんぱ魔法を発動した。
この魔法は、シルリア世界の人間には無効だけど、他の生物には全て有効な最凶魔法。
しかも、もの凄いスピードで、端から順に、対象物の首を大型の鎌で刈るように軽々と刎ねて行く。
まるで冗談みたいだけど、十秒もかからずに、全ての小型魔獣の首が宙を舞った。
この信じられない状態に、ハンター達は唖然としていた。
「大丈夫ですか?」
「やっぱりラヤちゃんだったか。お陰で助かったよ」
「それより、みなさんの治療を」
「おお、頼む。ただ、最初に、アイツを診てやってくれ。まともに腹をヤラれた」
「えっ?」
その男性が指さす方向にいたのは重傷者。
どうやら、鋭い爪で、まともに腹を切り裂かれたらしく、既に死にかけていた。
これはマズイ状態だ。
しかも、この重傷者は私の友人、アゾールだった。
彼は、フランとパーティーを組んでいる男性ね。
多分、フランが私を呼びに行っている間にヤラれたんだろう。
でも、ネズミ魔獣に食われてなくて良かったよ。
多分、雑食性だもんね、ヤツラは。
私は、アゾールの元へと駆け寄ると、
「高次治癒魔法照射!」
後先考えずに治癒魔法を放出した。
とにかく、助けたい一心だった。
そして、数十秒後、
「ラヤちゃんか……。助かったよ」
アゾールは無事、命を取り留めた。
「助けられて良かったです」
「俺以外の人達も頼む。あと、治療代は後で払うからな」
「分かりました」
たしかに死ぬほどの重傷者はアゾールだけだったけど、そこまでヒドくない負傷者なら山のようにいたよ。
そりゃあ、魔獣と戦ったんだもんね。
当然だよ。
私は、負傷したハンター達を次々と治癒魔法で治して行った。
ハンター以外の人達は、この辺りから全員避難していたらしい。
なので、怪我人はハンター達だけだった。
ある意味、それが不幸中の幸いだったとも言える。
…
…
…
ハンター達の治療を終えると、私はフランに家まで送り届けてもらった。
やっぱり、私も転移魔法が欲しいなぁ。
「フルフラールに会って行く?」
「いや、さすがに女性だけの家に、この時間にお邪魔するのはマズいだろう。じゃあ、俺はこれで」
それだけ言うと、フランは安宿へと戻って行った。
普段のフランなら、
『せっかくなら何か食わせてよ!』
とか言いながら家に入りたがるような気がするけど、今日は遠慮したっぽい。
結果的に、私が全部の魔獣を討伐した上に往診している状態だったし、しかも、明日も朝から平常運転だからね。
それで私を休ませようとして、気を使ったんだろう。
フランが立ち去った後、
「サーチ!」
一旦、私は探査魔法を発動した。
万が一、この辺まで魔獣が来ていたりすると大変だからね。
私の家も、リジン達が住んでいるテナントの二階も、結界が張ってあるから魔獣は入れないと思うけど、近くの家は、必ずしもそうじゃないからね。
一先ず、私の探査範囲内には魔獣と思われる反応は無かった。
これなら、多分、大丈夫だろう。
「ただいま」
「お帰りなさい」
出迎えてくれたのはフルフラール。
ただ、家の中にフユミの姿が無かった。
「あれっ? フユミさんは?」
「インフルエンザが蔓延している地に向けて移動しました」
やられた……。
私がいない隙に、さっさと行ってしまったようだ。
何となく、この展開は見えていたけどね。
…
…
…
それから一週間が過ぎた。
理由は分からないけど、その間も町には毎日、何十頭もの魔獣が現れた。
全て中型以下だったけど、この間と同じで、どうやら北の森から来ていたっぽい。
その度に、ハンターギルドから私のところに討伐援護や治療の依頼が来ていたけどね。
なので、しょっちゅう医院での治療を中断して町中に駆り出される状態だった。
さすがに、これでは町の人達も安心して暮らせない。
ハンターギルドの中では、北の森を調査したらどうかって話も出ているようだ。
もし、調査隊を組むことになったら、当然、私も医院を臨時休業して北の森に同行することになるだろう。
その日の夜、
「ただいま」
フラフラになりながらフユミが戻って来た。
「お帰りなさい。成果の程は?」
「蔓延していた地域を全部回って来たわよ。それよりお腹がすいたんだけど」
「私を置いて勝手に行ってしまう人に出す食事はありません」
「そんなぁ」
「冗談です。結果的にフユミさんの予感が当たっていましたから。あれからも毎日、魔獣が町に現れまして」
「そうだったんだ」
「それで、何がイイですか?」
「とにかく温かいものが食べたい。先ずスープと茶碗蒸しから。追加は後で考える!」
「はいはい」
もはや追加注文前提だからね。
取り急ぎ、
「出ろ!」
先ず私はフユミが所望するスープを出した。彼女が好きなのは中華風のトロミのあるカニ玉スープだからね。
ラーメンドンブリで出してあげてもいいけど、さすがに飽きると思って茶碗一杯分だけ出してあげた。
「ありがとう。茶碗蒸しは?」
「スープを食べ終わったところで出します」
「了解」
早速、フユミはテーブルに付くとスープを食べ始めた。
ただ、スープを食べ終わったところで、彼女はテーブルの上に突っ伏した。
「大丈夫ですか?」
フルフラールが慌てて声をかけたけど、フユミからは全然反応なし。
いきなり眠ってしまったようだ。
余程、疲れていたみたいだね。
私は、フユミの身体に毛布を掛けた。
残念ながら、非力な私では彼女をベッドまで運べないからね。
この状態で朝を迎えてもらおう。
どうせ、フユミは私と同じで病気にならない身体を女神様から与えられているから、少なくとも風邪をひくってことは無いだろうし……。
…
…
…
その日の深夜のことだった。
私が眠っていると、
「ラヤ」
誰かが私の頭の中に直接語りかけて来た。
意識はハッキリしているけど、身体は動かなかったし目も開かなかった。
それから、今回は、最近よく見るイリヤ王子の夢ではなかった。
ちょっと残念だけど。
「誰?」
「頼みがあります」
そう言われた次の瞬間、私は目が開けられるようになったし、動けるようになったんだけど、何故か一面真っ白な世界に移動していた。
もっとも、私には見覚えのある空間だったけど。
私の目の前に光の球体が降りて来た。
この雰囲気は、女神ギガンテア様だね!
ギガンテア様は、ハルとナツミがいるバージェス世界を統治する女神様だよ!
「ギガンテア様?」
「この姿なのに、良く分かりましたね?」
「なんとなくです。もしかして、バージェス世界で何かあったのでしょうか?」
「バージェス世界は、お陰様で現在は極めて平和です」
私の目の前に、突然、テレビモニターみたいなモノが現れた。
まあ、女神様の空間だからね。
女神様の意志で何でもやりたい放題な場所だよ。
そのモニターには、ハルとナツミとルナの姿が映し出されていた。
ルナは、私がバージェス世界からいなくなるちょっと前に雇った娘ね。
「三人とも元気でやっています」
「良かった」
「ただ、ラヤを今、この三人に会わせることは出来ませんが」
「そうですか」
ちょっと残念だけど、仕方が無いか。
でも、ルナはともかく、私もナツミもハルも惑星が破壊されない限り生き続けるだろうから、そのうちきっと会えるチャンスは来るよ。
そう信じよう。
「それで、お願いと言うのは、このバージェス世界とは別の宇宙にある世界のことです」
「他の宇宙も管理されているのですか?」
「ええ。今回は、その中のカルボニフェラスの世界に飛んでいただきます。その世界には魔法もありますし、ダンジョンもあります」
ダンジョンがある異世界って、もしかすると、異世界放浪生活を始めて以来、初めてな気がする。
正直、ちょっと嬉しい。
「それって、私が今までいたところよりも、私がイメージする異世界に近い気がするんですけど?」
「そうかも知れません。それと、その世界にはエリクサーもあります」
「フユミさんが言っていた『襟臭』じゃないですよね?」
「れっきとしたエリクサーです。ただ、作るのが非常に難しく、一部の限られた薬師が数年に一本作れるかどうかと言う代物です。当然、非常に貴重で高額な薬になります」
まあ、エリクサーが高額なのは仕方が無いと思う。
ただ、私が行く意義って何だろう?
エリクサーがあるのに。
「でも、エリクサーのある世界なら、特段、私が行かなくても病気も怪我も治せるのではないでしょうか?」
「それが、そう言うわけには行かなくなったのです。材料となる植物が乱獲され、今では絶滅しかけていています。もう、入手自体が極めて難しい状態です」
「では、もうエリクサーは作れないに等しい状態なんですか?」
「そうです。勿論、今後、採取量を管理すれば作れる状態に戻せるとは思います。しかし、今回お願いしたい病は、どの道、エリクサーでは治せません」
そんな病気ってあるの?
って言うかあるんだ!
エリクサーって言えば万能薬じゃない?
何でも治すってイメージだけど?
それで治せないってどんな病気だろう?
「そんなことがあるんですか?」
「はい。実は、その世界でラヤには、ある少女を救っていただきたいのです。その少女は、後に世界統治を果たす王の后となり、王を補佐して全世界に平和をもたらす予定になっています」
「つまり、その世界の未来のために、その少女を、どんなことがあっても救いたいってことですね」
「そうです」
「ただ、私としましても、このシルリアの世界を何日も放置するわけには行きませんので……。魔獣も出ますし」
「そこ辺は理解しています。ですので、カルボニフェラス世界に飛んだ五分後に戻って来られるよう、帰りは時間軸を超えての転移とします」
つまり、私は五分しか家を空けないってことだね。
それなら許容できる。
「分かりました。それから、魔法装備は?」
「現状通りです」
「転移魔法が欲しいんですけど?」
「了解しました。ただ、余り目立たないようにしてください」
「分かりました」
「既に、ラヤの身体はカルボニフェラスの世界に転移済みです。魂だけ、ここに寄ってもらいました。では、よろしくお願いします」
こう言われた直後、私の目の前は急に真っ暗な闇に覆われた。
毎度の如く、女神様の転移魔法が発動したんだ。
身体は先に送られていたから、今回は霊体だけの転移だけどね。
ふと私が目を覚ますと、私は土が剥き出しとなった道路の上で座っていた。
多分だけど、私をナツミやハルと会わせることが出来なかったのは、私の身体を既にこの世界に送り込んでいたからに違いない。
東の方に街が見える。
取り敢えず、私は、その近くの街まで一気に移動することにした。
「転移!」
そして、私が出たのは、その街のゲートから百メートルくらい離れたところだった。
ここからは、一先ず転移魔法が使えるのを隠すことにする。
ゲートを通過する際、身分証明書をチェックされるなんて言うことは無かった。
そもそも、この世界には身分証明書などと言うモノは存在しないらしい。
基本的にチェックされるのは手持ち金だけ。
一定以上のお金を持っている場合には、町に出入りする際に税がかかる。
私の場合は、本当は、それ相当にお金を持っているんだけど、アイテムボックスの中に収納してあるからね。
そこまでは、ゲートの役人にもチェックは出来ないらしい。
なので、非課税で私は街に入った。
私は、取り急ぎゲート近くの宿に入った。
探すのが面倒だったんで、目に付いた宿にそのまま入ったってところだ。
「何泊のご予定でしょうか?」
「一泊で」
「では、朝食、夕食付きで一万Uenになります」
Uenは、この世界の通貨単位で、大体、一円が一Uenに相当するっぽい。
それから、例の如く、私のアイテムボックスの中にあるお金は、全て、この世界のお金に換金されていた。これは非常に助かるよ。
でも、宿泊費が一泊一万Uenってのは、ちょっと高いな。
少し安くできないかな?
「朝食も夕食も付けないと、おいくらになりますでしょうか?」
「その場合でも宿泊料は変わりません」
つまり、食事代はタダってことね。
だったら、意地でも宿の食事をとった方が得ってことか。
勿論、トモティ世界のように味覚が大幅にズレていなければの話だけど。
なので、私は急いでチャットボット機能を立ち上げた。
『Q:この町の味覚は正常?』
『A:正常』
『Q:日本人の味覚に近い?』
『A:かなり近い』
なら大丈夫だね。
じゃあ、この宿で食事をとることにしよう。
たまには、自分の魔法で出したモノ以外のモノを食べるのもイイよね?




