46.引き継ぎ順調!
今日から、実際にハルに患者さんを診てもらうことにした。
患者さんからは、
「ラヤちゃんが診てくれるんじゃないの?」
って第一声が上がったけど、女神ギガンテア様の依頼だからね。
なので、先ずハルが診察する。
「お腹の中に腫瘍ができています。それが腹痛の原因です」
続いて私も診察して、ハルの診断を検証した。
患者さんは、私に診てもらうつもりで来ている場合もあるし、私が診ないことで患者さんが不安になってはマズいからね。
「ハルの見立てで間違いありません。腫瘍ができています」
「治るんですか?」
そう言いながら、患者さんは不安そうな表情をしていた。
当然だろう。
「ハルに任せれば大丈夫ですよ。魔力自体は、私なんかよりも遥か上を行きますから。それで、治療代は五千Xenになりますけど」
「それで治るなら安いモノだ。是非、治療をお願いします」
「分かりました。では、ハル」
「うん!」
そして、ハルが持ち前の強大な魔力を治癒魔法に変えて患部に向けて照射!
ハル自身も、少し不安な顔をしていたけどね。
多分、それでなんだろう。
「これって、悪性の腫瘍だよね。だから、腫瘍を魔法で摘出して完全に消滅。その後、他のところに転移が無いかをスキャンして確認。これで問題ないはず!」
ブツブツと声に出ていたよ。
ただ、『悪性』の言葉は患者の前で出して欲しくなかったけど……。
とは言え、さすが、この世界で万物の頂点に立つ者だよ。
その優れた魔力で、確実に患部を治して行った。
勿論、ハルの治療の後に、
「(スキャン!)」
私が診察して治療が完全になされていることを再確認したけどね。
こうやって、ハルの治療には全然問題が無い……、むしろ優れていることを患者さん達に啓蒙して行ったし、同時にハルにも自信をつけてもらった。
私が見る限り、この分なら医院としての機能面は全然問題無さそうだ。
むしろ、問題は給食係なんだよね。
それから、お片付け係か。
ハルの辞書にもナツミの辞書にも整理整頓の文字が無いみたいだし、料理するって文字も無いらしい。
ナツミに至っては、徹底して、
『料理は作るモノではなく食べるモノ!』
だからねぇ。
料理するって文字を辞書に載せる気なんか、さらさら無いみたいだ。
なので、私の代わりに家事をやる人材を雇うことにした。
雇わないでいたら、ナツミもハルも毎日三食とも外食になるよ。
二人の食欲を考えたら、どんだけお金がかかることやら。
ハンターギルドにお願いして、近くの各種ギルドに家事手伝い募集のポスターを配布してもらった。
三人の女性がポスターを見て、私達のところに来てくれたんだけど、そのうち16歳のルナって娘を雇うことにした。
実を言うと、三人共、ここに患者として来院したことがあったんだけど、診察時に私がステータス画面を覗き見するじゃない?
その時に、他の二人は、お金の面で信用できなそうな記載があったんだよね。
つまり、『買い物依存症』って記載が……。
それでルナを雇うことにしたんだ。他の二人だと、患者さん達が支払った治療費を全部着服して使い込んじゃいそうだからね。
さすがに私でも買い物依存症は治せないからさ。
決してハル、ルナ、ナツミって、しりとりが出来るから選んだってわけじゃないからね!
ただ、この医院は全然儲からないし、ルナの給料を差し引いたら……、いや、差し引かなくてもナツミとハルの食費だけで足が出る可能性があるんだよね。
三食外食にしなくても、あの食欲だからね。
それじゃ、マジでマズいよね?
なので、ルナには医院の受付もやってもらって、手が空いたナツミにはハンター業を再開してもらうことになった。
ハンター業の収入が加われば、多分、二人の食費も問題無いだろう。
本当は、ナツミとハルの生活だけを考えたら、医院をたたんでハンター業一本に絞った方がイイんだけど、ハルが医院を継ぐのが女神様からの依頼事項だからね。
たたむわけには行かないんだ。
それから、飲食店のメニュー……カツ丼と親子丼と牛丼だけは、ハルに物質創製魔法で出せるようにしてもらうことにした。
本当は、飲食店の方は閉店しようって思っていたんだけど、近くのハンターギルドに出入りしているハンター達から、
『店をやめるなら暴動を起こす!』
って言われて、飲食店はハルの力で継続することになったんだ。
なので、ルナには、飲食店のウェイトレスもしていただくことになった。
その分の給料も、キチンと出すから、よろしくお願いね!
でも、よくよく考えたら、今までの稼ぎが結構あるから、別に今更ナツミが稼がなくても何とかなるような気もしているんだけど……。
それと、ナツミとハルには、毎日三食、カツ丼と親子丼と牛丼だけで生きてもらうって方法もあるか!
でも、それだけじゃ飽きるし、そもそも栄養面で問題があるかも……。
まあ一応、念のためナツミにはハンターとして働いてもらおう。
じゃないと、コイツ、食っちゃ寝ばっかりになるからね。
それでも太らない体質が羨ましいよ。
あと、ハルの強大な魔力で、ナツミ専用のアイテムボックスを作ってもらった。
これからは、ナツミとハルのお金はナツミに管理してもらうからね。
それでナツミ用アイテムボックスの必要性が出てきたんだ。
ハルとの引継ぎを始めて、いよいよ三カ月目に突入した。
あと一か月で私はシルリアの世界に旅立つことになる。
既にハルは、この時点で癌患者は勿論、複雑骨折の患者、腕や脚を切断した患者等、沢山の重症患者の診断・治療を経験していた。
実は、この医院の噂を聞いて、国中から重症患者がワザワザここまで運ばれて来るようになっていたんだ。
しかも、とんでもない重症患者が、ここでは僅か五千Xen、つまり日本円で、たったの五千円で完治させてもらえる。
むしろ、ここまで来るのに雇った転移魔法使いへの支払いの方が遥かに高いくらいだ。
なので、この国では、いつの間にか重症患者の搬送先として、この医院を第一選択する方針になっていたようだ。
私達は、そんなこと全然知らされていなかったんだけどね。
この日、一人の青年が頭痛を訴えて私の医院に来た。
結構な……いや、かなりの美形だ。
診断の結果は脳腫瘍。
これにはハルも、
「これって、まさか……」
結構驚いていたよ。
まさか、大脳に向けて治癒魔法を照射するパターンがあるなんて、さすがのハルも、今まで想像すらしたことが無かったようだ。
「ハルの診断で合っているよ。ただ、場所が場所だからね。今まで以上に細心の注意を払う必要があるんだ。でも、大丈夫。ハルなら出来るから」
「うん……」
とは言え、やっぱりハルも自信なさそうだね。
でも、治癒魔法使いになったその日に、私は脳腫瘍の患者を治療していたからね。イリヤ王子は元気かな?
医学知識がゼロの状態で、いきなり治癒魔法使いにされた私にだってできたことだもん。ハルなら絶対に何とかなるよ!
早速、ハルは患者の頭部に両手をかざし、
「(治癒魔法照射!)」
慎重に腫瘍の摘出と消滅、その後の全身スキャンを行った。
それで特に腫瘍の転移が見つからなかったんで、ハルは、ホッとして魔力開放を止めちゃったんだけど、これを見て私が、
「機能障害も確認して」
ってハルに言った。
脳腫瘍の手術の後には、後遺症として高次脳機能障害が起こり得る。
記憶障害とか注意障害、遂行機能障害、知能の低下、社会的行動障害とかね。
これは、私のステータス画面の辞書機能には書かれているんだけど、ハルは、そんな機能を持っていない。
だから、ハルは、このことを知らないんだ。
もっとも、ハルの魔力から考えれば、その辺のところもキチンと回避して治療できるハイパーなレベルの治癒魔法を放つと思うけど、一応、念のため確認はしておかないとイケナイだろう。
「わ……分かった」
ハルは、再び精神を集中して患者の頭の中を慎重に確認した。
「特に問題は無いね」
私も、念のため確認。
「うん。大丈夫。これで何も問題無いよ」
もう私がいなくても大丈夫だろうね。
引き継ぎは、かなり順調。
と言うか、もう完全に終了したと言っても良いレベルだと思う。
この患者の治療代は、例の如く五千Xenの超破格!
脳腫瘍の完治が、日本円で、たったの五千円だからね。マジで有り得ないレベルの出血大サービスだよ!
しかも、この世界には医療保険制度なんてモノが無いんだよね。
つまり、患者が医療費を十割支払うってこと。
それを考えると、完全に価格崩壊しているよ。
なので、実は、他の治癒魔法使いから結構クレームが来ているんだ。
一応、私達に賛同してくれる治癒魔法使いもいるんだけど、やっぱり金儲けに走っている治癒魔法使いからすれば、私達は邪魔者でしかないからね。
その手の治癒魔法使いは、完全に私達の否定派になっている。
ただ、否定派の男性治癒魔法使いの一部は、ナツミを見た途端に苦情を取り下げる。
あのエロい容姿は素晴らしい武器になるね!
あと、ナツミの魅力で落とせなかった否定派男性治癒魔法使いと否定派女性治癒魔法使いの対応だけど、ハルがちょっと魔力を解放して見せれば、みんな逃げ出す。
やっぱり命の危機を感じるみたいだね。
そりゃあ、正体がこの世界の万物の頂点たる光龍だもんね。
ハルが本気を出したら誰も太刀打ちできないよ。
…
…
…
その頃、ポーション使いと呼ばれる二十代の女性、フユミはシルリア世界にあるアロバニア王国の街イアペトゥスにいた。
イアペトゥス周辺では、ウイルス感染症が蔓延し、パンデミック状態となっていた。
この世界の生活水準は中世前期のヨーロッパレベルで、極一部の魔力を持つ者達によって物質文明や医療が支えられている状態だった。
「出ろ!」
フユミは、抗ウイルス薬を魔法で出すと、それを患者達に配布して行った。
この界隈では、彼女はポーション使いと呼ばれているが、ポーションしか出せないわけではなく、錠剤や塗布剤も魔法で出すことが出来る。
ただ、飲むと元気が出るポーション……滋養強壮剤を彼女に依頼する人が多いためだろう。ポーション魔法のイメージが強く、それでポーション使いと呼ばれていたようだ。
今から八年程前に、フユミは、この世界に16歳の身体で転生した。
気がついたら、この世界の路上に座っていたのだ。
それ以前の記憶は、地球時代に遡る。
そのさらに二十四年前のことだ。
「もう二度と俺の前に現れるな!」
そうフユミに言うと、一人の男性が喫茶店を後にした。
相当怒っていた。
それも当たり前だろう。
この時、フユミ……篠原芙由美は大学院修士卒の社会人一年生だった。地方の製薬会社の研究所に研究者として勤務していた。
さっき出て行った男性とは大学時代から付き合っていた。
その男性は、芙由美の一つ年上で大卒社会人四年目。
実は、今年、二人は結婚するつもりでいた。
しかし、この日、二人は元の他人に戻った。
こうなった元凶は、全て、数日前に芙由美が会社の友人に誘われて参加した合コンにあった。
芙由美も、その友人も、相手がヤリサー感覚で女性を食い物にする連中だったことを知らなかったのだ。
飲み会の場所は座敷だった。
そこで芙由美達は酔わされて……、いや、睡眠薬入りの飲料を飲まされて、その男共のイイようにされた。
しかも、その時の出来事が動画に収められていた。
動画をインターネット上で拡散されることは無かったが、彼氏のところには、ご丁寧にメールでその動画を保管したクラウドサービスのアカウントを送り付けていたようだ。
如何にも、
『寝取ったどー!』
と言いながら、彼氏を見下すかのように。
そいつ等が、どうやって彼氏のアドレスを入手したのかは定かではないが、恐らく、芙由美が眠っている間に彼女のスマホを開いて特定したのだろう。
当然、その動画を見た彼氏は激怒した。
そして来た別れだ。
その三か月後、芙由美の妊娠が発覚した。
芙由美の直感……女としての第六感は、この子供の父親が別れた彼氏で間違いないと告げていた。
しかし、同時期に合コンでの一件があった。それで元彼は、
『誰の子か分からない!』
と言って認知してくれないし、DNA鑑定も拒否された。
加えて、仮に自分の子供だったとしても親権を放棄するとまで言われた。
それで、芙由美は自分一人の力でその子を育てる決意をした。
生まれた子は女児。
亜紀と名付けた。
母一人子一人だったが、亜紀は明るく元気に育ってくれた。
芙由美は、研究所では能力を高く評価され、四十代前半には主席研究員にまで出世していた。
一方の亜紀は、単身で上京し、都内の大学に進学。
そのまま亜紀は都内の会社に就職した。
しかし、その年のクリスマスイブの夜に、亜紀は、まさかの飛び降り自殺を図った。
しかも、下を歩いていた大学院生の男子を巻き込んで殺してしまった。
芙由美が、その連絡を受けたのは翌朝だった。
その大学院生の家族にも謝罪しなければならない。
連絡を受けた芙由美は、大急ぎで家を飛び出したのだが……、交差点で信号待ちしていたところ、後ろから誰に押された。
その結果、芙由美は路上に押し出されてしまい、そこに走ってきたダンプカーにはねられて即死した。
ふと、芙由美が気付くと、そこは何もない真っ白な世界だった。
そこに、女神ロリダが現れ、芙由美……いや、フユミは女神ロリダが統治するシルリアの世界に転生することになった。
この時に、フユミは薬を作り出す魔法を与えられた。
ただし、何にでも効く万能薬を作り出す超ご都合主義的な能力ではなく、フユミの持つ知識を薬として具現化する能力に限定された。
薬の知識は人一倍あるとの自負がある。
その知識を基に、フユミはポーションをはじめとする様々な薬を作って生きていた。
しかし、経口薬で治せる病には限界がある。
例えば癌患者を治すには、経口薬一本での治療は厳しい。
やはり、地球でも話題になったPD-1抗体やADC(抗体薬物複合体)等の注射薬を使いたい。
しかし、この世界には、まだ注射器とか点滴と言うモノが存在しない。
経口薬一本で勝負せざるを得ない状態だ。
それに、腕や脚を切断した者達を経口薬で元に戻すことは不可能である。
切断とまでは行かなくても、大怪我をする人間もいる。
しかし、大怪我を経口薬だけで治せと言われても、正直言って無理がある。
心筋梗塞やくも膜下出血も同様である。
目の前のウイルス性疾患は、一応、何とかなりそうだ。
しかし、それ以外にもフユミは面倒な患者達に直面していた。
彼女には、そっちの患者達を治す手立てが見つからない。
そのため彼女は、自分の能力……と言うか医療に限界を感じていた。
今日も彼女は、自分の右手を見詰めながら、
「地球の物質文明で裏付けされた薬しか出せない魔法って何なのよ? 魔法なんだから超常現象くらい起こしてくれてもイイのにね。異世界で定番のエリクサーが出せないなんて絶対におかしいわよ! 本当に中途半端な魔法よね、これ」
と呟く……と言うよりも、マジでボヤいていた。




