伍 追憶・上
伍 追憶
時間は少し遡る。同日金曜日の十四時半。波切江都は結局、恋人の久留火折風と共に大学の四コマ目を自主休講する羽目になった。謎の女・白斗蜜葉と関係があると思われる、江都の幼馴染の白戸姉弟について、折風に説明を求められた為である。腰を落ち着けて話をする為に、今二人は大学の近くのファミリーレストランにいる。喉を潤す為のドリンクバーだけを注文し、話をする準備は整った。
「それで? 結局、江都の幼馴染だっていう白戸姉弟の姉の方、白戸光羽さんと同音異名の私の親友、白斗蜜葉って一体何なの?」
「えらくまとめてきたな。ちなみにその質問に対する答えは『知らん』、だ」
「何でよ」
「そもそも俺は現段階でそのオリちゃんの親友とは面識がないんだからな。取り合えず、音が同じで紛らわしいから、オリちゃんの親友は白斗さん、白戸姉弟の姉の方は白戸姉とでも呼んでみるかね。とにかく俺はその白斗さんの顔を今日初めて見たくらいのレベルなんだ。白斗さんについて気になるなら、本人に聞いてみるしかないんじゃないか? ……勿論、話してくれるかは別としてだけどな」
「なにぃ、江都使えないなー」
「こんなところで使えない呼ばわりされてもなー。オリちゃん、彼氏の使い所を考えて」
「えー、一体このダメ彼氏にはどのような使い道があるっていうの?」
「ダメ彼氏……いや、普通に俺が知ってそうな事について聞けよ」
「じゃあまず聞くけど、蜜葉と白戸のお姉さん、どっちが本物だと思う?」
「偶然名前が似通っていたという可能性については検討した?」
「検討せずに却下した」
「……そうかい。まあ妥当だな。そんな偶然は考えにくい」
「それでどっちが本物?」
「白戸姉弟と俺は小学生の頃から付き合いだからな。こっちがオリジナルと言うよりないだろう」
「つまり江都は、蜜葉の方を、私の大親友をパクリ野郎呼ばわりするって事ね」
「俺は大親友に対して『パクリ野郎』というフレーズがスムーズに出てくるオリちゃんの脳内構造こそに疑問を覚えるが……」
「それはさて置いといて」
「はいはい」
「確かに白戸のお姉さんが小学生の頃に既に誰かの模倣をしているっていう案は不自然極まりないし、それだったら蜜葉が大学デビュー的に名前を偽ったと考えた方が分かりやすいわよね。でも、蜜葉が白戸のお姉さんの名前を騙っていたのはどうしてなんだろう?」
「正確には名前を完全にトレースしていた訳ではないだろ? 名前の音だけだ。仮に字面だけ見られても、それだけで『この人は本物を騙っている偽者だ』とはなりづらいよな。つまり、どこか本気じゃないというか、大真面目に白戸姉との成り代わりを計画していた訳ではないという気はするな。もしかしたら、色々と事情を知らないオリちゃん相手だからこそ、白斗さんは白斗さんとして振る舞ったのかもしれない。ある意味、『ごっこ遊び』的というか。大体、白斗さんは白戸姉と外見も大きく違う。コスプレとしても成り立っていない」
「現実に存在する身近な人間の格好を真似をするのを、コスプレと言うのかは疑問だけれど……そんなに外見は違うの?」
「そもそも外見上は真似はしてないんじゃないかな? 白戸姉とはこっちではそこまで親しく付き合っている訳じゃあないんだが、それでも大学構内で見掛けた時には地元の時とあまり変わってなかった。あいつの髪型、ショートカットなんだよ」
「それは確かに分かりやすい違いね。私も蜜葉くらいに伸ばした黒髪ロングは見た事がないし」
「白斗さんは自分の外見上のアイデンティティは保とうとしてたって事か。じゃあ模倣しようとしてたのは名前とかメンタルとか、あるいはエピソードの部分なのかな。先輩の武勇伝をあたかも自分の経験のようにして語る後輩みたいな感じか? ちなみにオリちゃん、白斗さんとはどんな話をしてたんだ?」
「主に恋愛バナシかな。それも過去にこんな恋愛をしたんだ~っていう体の恋バナじゃなくて、現在進行形で付き合っている相手との日常について語る感じのヤツ」
「つまり、オリちゃんは俺について語ってたって事?」
「そう。江都には無許可でエピソードを配信しておりました」
「恥ずかしいんだけど……」
「そう言うと思ってたから黙ってたんだよね」
「いや、ホントに恥ずかしいんだけど?」
「うん、ごめん。謝るよ」
「……まあいいか。それで? 白斗さんの方は?」
「最初は度を越してイチャイチャしているカップル話だったんだけどね……」
「ふうん。度を越してイチャイチャしているエピソードなら、確かに白戸姉弟らしくはあるな」
「どんな姉弟なの……」
「ブラコン姉とシスコン弟」
「分かりやすいけどストレート過ぎて気持ち悪い」
「いや、オリちゃん。ちょっとした忠告だけど、白戸姉弟の前で近親相姦的な愛を否定するなよ?」
「どうして?」
「殺されるから」
「…………うーん。どうも本物は本物でとても業が深そうだけれど、取り合えず話を戻そっか。蜜葉の話した事についてね。確かに初めは砂糖被ってるみたいなベタベタした甘い話だったんだけれど、しばらくしない内にドロドロし始めたの」
「どんな風に?」
「端的に言っちゃうと彼氏のDV。蜜葉、夏なのにいつも長袖着てるんだけど、それって殴られた痕を隠す為だって」
「その痣を実際に見た事はあるのか?」
「まさか疑ってるの?」
「いや、というか……オリちゃんはその白斗さんの話はどこまで信じてるんだ?」
「私は基本的に蜜葉には、暴力を振るってくる彼氏はいると思ってる。それが誰なのかは置いておくとしてもね。あまりにも話が真に迫り過ぎているから。あのエピソードが完全に妄想で生み出された捏造だとしたら、逆にかなり怖いよ」
「待て、ちょっと整理しよう」
「例えばだけど……蜜葉には彼氏がいる。そうだね、それが白戸の弟くんだとしたら? 蜜葉は白戸姉弟のベタ甘な関係に憧れを抱いていた。だけど、実際に白戸の弟くんと付き合い出してみたら、物凄い暴力を振るわれて……それで蜜葉は、自分がもし白戸のお姉さんだったらこんな事にはならなかったのに、って思い悩んで、遂には自分とお姉さんを混同するように……」
「オリちゃんオリちゃん、すっごく複雑な妄想になっちゃってるけど」
「うーん。でもあり得ないとは言えなくない?」
「まず、白戸姉を知ってる俺からすると、アイツが弟と誰かが交際するのを許すとは思えない。地元では白戸姉は、弟が誰か付き合ったとしたら、弟も交際相手も両方殺しそうだという評判だった」
「白戸のお姉さん、どれだけ殺意を放出してるの……」
「それくらいにブラコン狂いだったんだよ。お陰で弟に告白する相手はついぞ現れなかった」
「ふうん。じゃあ、蜜葉は誰と付き合っていたんだろう?」
「恋人の名前が白鳥光輝なんて白戸弟を模している物である以上、やっぱり実在はしないんじゃないのか?」
「うーん。蜜葉の話が完全な妄想っていうのはあり得ないと思うんだけどなあ。蜜葉が白戸姉を真似たごっこ遊びをしている、みたいな江都の説を仮に採用するとしてだよ? じゃあDV話は何処から来たわけ? 白戸のお姉さんは、白戸の弟くんに常々暴力を振るわれるような関係を築いているの?」
「それはない、と思うけどな……最近、白戸姉には避けられていて、白戸弟の方ともロクに話せちゃいないんだが、少なくとも地元では、姉の立ち位置の方が強かったぞ? 白戸弟が白戸姉に暴力を振るっている所なんて想像出来ないんだけどなあ」
「ねえ、私の説と江都の説、どっちにも穴がない?」
「これ以上摺り合わせたり議論を重ねたりするのも不毛、って気がするな。どっちも実態を踏まえていない仮定に過ぎないと言えばそうだし。やっぱり白斗さんの真相については、白斗さんに聞くしかないという結論になったな」
「一番最初まで戻っちゃったじゃん……ねぇ、じゃあ少なくとも江都が確実に知ってる話を教えてよ」
「えっと、何?」
「だからさ、江都の地元の話。白戸姉弟のエピソード。それを聞いたら、蜜葉が何で白戸姉の名前を模倣しているのかの参考になるかもしれないし」
「分かったよ。うーん……どっから話せばいいかなあ。どうせなら初めから話すか。何だかんだで幼馴染だから、ちょっと長く語っちゃってもいい?」
「いいよ」
「……俺が初めて白戸姉弟に会ったのは、小学三年生の時だな。小学校から高校に至るまでずっと同じ学校だったのに、何故か奴らとは同じクラスになった試しがない。だから初めて会ったのも町内会だった。子供会っつーのかな。地方だと地域の子供だけで集められてちょっとした催しに参加したりすんだよ。分かりやすいのは祭りの練習とかだ。……ともあれ白戸姉弟を見た時、俺は一目でコイツらは尋常じゃないって思ったよ」
「尋常じゃない?」
「ああ。何ていうか空気が異質なんだ。子供の中で明らかに浮いている。それどころかこいつらホントに人間なのか? みたいな感じ」
「そんなにヘンだったの?」
「ヘンというか……まあ、その印象はすぐに薄れちまった。子供会で一緒に過ごす内に、普通の子供にしか見えなくなった。でも今でもあの時働いた直観は正しかったんだと思ってる。アイツらはきっと自分を偽って、上手く他の子供と同じように見せる偽装に長けていたんだ」
「子供ながらに腹黒だったって事?」
「いや、俺が考えるに白戸姉弟は自分達の本性について、自分達自身が上手く掴めていなかった気がする。だから、周りの子供達と似たような振る舞いをする事を選んだんだ。まあ、このニュアンスってかなり抽象的で、単なる俺の印象論って感じられちゃうかもしれないけどな」
「ふうん……。あ、一個疑問があるんだけどいい?」
「なんだ?」
「さっき、江都は白戸姉弟と同じクラスになった事はないって言ってたけど、そもそもどっちかとは学年が違う筈じゃないの? 江都は姉と弟、どっちと同じ学年だったの?」
「どっちとも同じ学年だった。それにあの姉弟は常に同じクラスだった」
「え、どういう事?」
「双子なんだよ。あの姉弟は。だから、俺達は全員同学年なんだ。それで、弟だけ大学入る時一浪しやがった。だから、大学ではアイツだけ後輩なんだ」
「あ、なるほどなるほど。ごめんね、ちょっと気になったから……それじゃあ、姉弟エピソードの方に戻ってください」
「おうよ、ここからが本題だ。まあ、小中高と白戸姉弟が俺が通った学校は問題が起きまくりで、窓が金属バットで叩き割られるわ、盗んだバイクで走り出すわ、そういうのが色々あった訳だけどな。男女問題も起こりまくりだ。性犯罪、軽犯罪、停学、退学……そんな感じのオンパレードで、そして、そういった問題の案件と『直接関与していないにも関わらず』、常に白戸姉弟は何らかの形で関係していた」
「どういう事?」