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世界一簡単な世界滅亡  作者: 篠渕暗渠
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参 友人




     参 友人




 私立楠條院なんじょういん大学に通うところの大学生、久留火折風くるび・おりかぜは友人として白斗蜜葉しらと・みつはの相談に乗り続ける。しかし、それでも最近気が重いというのも事実だった。

 蜜葉の持ちかけてくるのは恋愛の悩みだった。しかもこう、甘かったり酸っぱかったりする方じゃなくて、叫んだり喚いたり怒鳴ったり殴ったり病んだりとかそっち系で、少なくともときめきはない。

 別に相談に甘酸っぱさとか爽やかさを求めているわけではないけれど……、重苦しく悩んでいるからこそ誰かに相談したくなるというのも分かるけれど……、その点、何でもうんうんと聞いてしまう自分は都合がいい相手だということも分かるけれど……。

 蜜葉がお手洗いに立っている間、思わず座っているカフェのテラス席から天を仰ぎ、ぐぐいっと背伸びをしてしまった。

 折風にとって蜜葉は女友達の一人という位置づけだ。ただ、ポイントとしては二人とも現在進行中で恋愛をしていて、お互い、恋人への深い想いが強くのろけ話も結構好きという共通項があることが上げられる。のろけ話なんてお腹いっぱいだわ、こっちは今相手すらいないのよ、的な反応を女友達に返されることが多かった折風にとって、蜜葉は何を話してもうんうんと楽しそうに聞いてくれる格好の相手だったのだ。あの頃は楽しかったなあ……と折風は回想に現実逃避する。

 恋人との甘々エピソードを延々と語るという無益だけれどひたすらに脳が蕩ける時間の共有によって深くなっていった折風と蜜葉の仲は、自然と週の内に決まった時間の集まりを設けるにまで至った。それが金曜日のお昼である。この曜日は折風と蜜葉が共に二コマ目と四コマ目を取っているので、昼過ぎから十四時くらいまでの時間がポッカリと空いている。この時間に大学内にあるカフェで遅めの昼食を取り、のんびりとお茶を楽しむのが二人の習慣になっていた。

 その楽しい時間に影が差したのはいつの頃だっただろうか。

 そもそも女友達同士の会話は本当に難しいと、比較的人付き合いの活発な方である折風ですら思う。表面上は楽しい会話に思えても、その裏ではいくつもの気遣いが飛び交っていたり、大体人間関係を構築する段階でパワーバランスが大体決まっていて、それを逸脱すると延々と裏で陰口を言われたりするものだ。

 蜜葉は折風にとって、比較的気を遣わないで喋れる相手だった。蜜葉は群れず、良い言い方をすれば孤高であり、悪い言い方をすれば孤立していた。そして、良い意味でも悪い意味でも常識に囚われない柔軟さを有していた。

 だから、楽しかった時期にそもそも気付くべきだったのかもしれない。今は楽しいけれど、だけど、蜜葉との関係は案外『楽しい』と『キツい』、どちらにも容易に転び得るものなんだよ? と自分に警報を発しておくべきだったのかもしれない。常識を知らず、恋人との関係を、女友達にどこまで明かしていいものか、そのラインが存在していない風な、何事も喋り過ぎる蜜葉とのやり取りにおいては。

 しかし、ここまで考えて折風は自分勝手に考えすぎだな、と自重した。確かに蜜葉との話で気が重くなっているのは事実だけれど、だけれどそれを理由に自らの持ち前の明るさを失い、愚痴っぽくなっていてもしょうがないと思った。今大変なのは蜜葉なのだ。これ以上、頭の中で人間関係についての悩みを広げていてもしょうがない。どっちかといえば、蜜葉の抱える問題がどうすれば解決するのかというそこにこそ思考を割くべきではないのか。

 何となく折風の中で話し合いの方向に整理がついた時点で、蜜葉がお手洗いから戻ってきた。

「……大丈夫? 少し席を離れる時間が長かったようだけど」

「うん。少し体調が悪くて、お手洗いの中でふらついちゃった」

「本当に、ムリしちゃダメだよ……」

 蜜葉の特徴と言えば長い髪だ。目を隠すくらいに長い前髪に、背中の大半を覆い隠す後ろ髪。自分がそんな髪型だとしたら鬱陶しくてやってられないだろうと思ってしまうが、見ている分にはちょっと現実離れした雰囲気が好ましい。お姫様みたい、とまでは言わないけれど、若干の憧れすら感じてしまう髪型だった。長い年数、髪を切らないという積み重ねがなければあの髪型は作れない。

「それでさ、今ちょっと蜜葉を待っている間に考えていたんだけれど、今まで蜜葉の悩みを聞いてきてさ、私ホント、それくらいしか出来ないって思い込んできたのね。今だってある意味、蜜葉と彼氏さんの間に割り込んでいって、『蜜葉をいじめるなー』って叫ぶとかさ、そういうことはできないんだけれど。でもそういう実力行使的な方向じゃなくって、今ある現状をどうしたら打開できるかなって方向で、話をすることってできないかなって思ったのね」

「うん……」

 蜜葉は少し不思議そうに首を傾げながら言う。前髪がさらりと流れて、綺麗な目があらわになる。その可愛らしさに折風は、やっぱり蜜葉に暴力を振るう男なんて、彼氏であれど最低だ、という思いを新たにする。

「でも、今の現状を打破しようと色々したら、白鳥くんに別れを切り出されないかな……」

 そう、この期に及んで蜜葉は白鳥光輝しらとり・こうきとかいう彼氏と別れる気がないのだ。それどころか、あちらから別れを切り出されることを心配すらしている。

「うーん。今までも言おう言おうとは思ってたんだけどね、でも最後は蜜葉の気持ちが大事だと思っていたから、言わなかったんだけど。でも、そろそろ潮時じゃない?」

「――潮時って?」

「もう白鳥くんとは距離を置いた方がいいんじゃない?」

「別れろってこと?」

「……うん、そうだね」

「じょ、冗談じゃない!!」

 蜜葉が髪を振り乱し、取り乱す。

「わ、わ、わ、私から離れるなんてあり得ないよ……!」

「でもさ、毎日のように殴ってくるんでしょ? しかも、外で他の女と会っているかもしれないんでしょ? ある時期からいきなり冷たくなったんでしょ? それにさ、白鳥くんも酷いとは思うんだけれど、私がそれ以上に心配しているのは、蜜葉、あなた自身の様子がドンドンおかしくなっていくところ。蜜葉と白鳥くんが一緒にいることは、もう二人のためにならないんじゃないの?」

「で、でも……どんなに冷たくても、殴ってきても、私感じるの……白鳥くんの心の中心は、ずっと変わってなくて、そこには何も変わらない白鳥くんがいてくれてる……白鳥くんは、本当に私のことを愛してくれてるって思うの。心の奥底から……。今はその愛情を、白鳥くんが私にどう表現していいか、分からなくなっているだけなんだよ」

「うーんと、……」

 えーと。

 これ、一体どうしたらいいんだろうな……。蜜葉に白鳥くんとの距離を取らせる前に、私が蜜葉と距離を取るべきなんじゃ? という考えさえ折風の脳裏には浮かんだ。

 楽しい時だけ一緒にいて、本当に困ったり苦しみに落ちぶれていったりしたら少しずつ距離を取る。それが蜜葉が何となく体得してきてしまった嫌な人間関係の作り方だったが、しかし蜜葉はその方法論があまり好きではない。

 ただ常識だけで考えるなら、蜜葉の彼氏の依存心はもはや彼女自身の縋るような妄想さえも取り込んで、何の専門知識もない折風ではどうにもならない、ということになるだろう。カウンセラーでも紹介してみるべきか。

 しかし、友人関係だけではなく、恋人関係も全てひっくるめて、人間関係とは一体何なのだろうか、と折風は思う。

 その人間関係において、優しさとは何なのか。

 今この瞬間、何が目の前にいる友人にとってかけるべき言葉だ? 正解は見つからない。

 アンバランスな女の子がいたとする。その女の子は一人の男の子と出会い支えを得た。しかし、アンバランスな女の子と付き合った彼も、ある種の攻撃性を抱える問題がある男の子だった。攻撃的な男の子はアンバランスな女の子にやがて自らの闇をぶつけるようになる。しかしその攻撃性すらも男の子の一部なのだと女の子は受け入れている。女の子は自己評価が低く、その男の子以外に自分と付き合ってくれる人はいないと考えている。それに『他にもいい人がいる』というのは簡単だけれど、しかし、私はこの子に『絶対に』それを保障することができるだろうか? その子が現実に付き合えたのはその男の子だけだったのだ。恋愛が人生の全てと言い切るつもりはないけれど、しかし、自分にもこの子にも重要な一部分であることは目に見えている。そして、話を聞いたとしても他人からは完全に窺い知ることのできない人間関係において、上から目線で行動を強要することができるか? したとして意味はあるのか。

 結局のところ――本人の意志に任せるしか、ないのかなぁ。

 そんな拍子抜けの結論が出て、それでも折風は自分なりの気持ちを口にした。

「私はさぁ、何があっても蜜葉の側にいてあげたいなぁ、って思うよ。白鳥くんのことももう乗りかかった船っていうか。まぁ、私なんかに何ができるかも分からないけれど、それでもちゃんと話を聞き続けていきたいって思う。……泣かせちゃってごめんね」

「……うん、私こそごめん、頭おかしいよね……ごめんねぇっ」

 蜜葉の頭をよしよしと折風は撫でた。

 時計を見ると、そろそろいい時間のようだ。

「じゃあ、今日のお茶会はこれまで、ということでっ」

 そんなちゃらけた言い方をして、折風は蜜葉を見送った。


 そのカフェからすぐのところで、折風は四コマ目に同じ講義を取っている波切江都なきり・えとと出くわした。折風の彼氏であるところの江都に、彼女はバツの悪い顔を見せる。

「……もしかして見てた?」

「ああうん。何かヒートアップしているみたいだったから、俺が入れる空気じゃねえなーって感じで。何かフォローした方がよかった? もしかして」

「ううん。全然。まったく。不要」

「その区切るような連続の否定やめてほしいなぁ」

「あはは」

 江都と話していると何だかんだで心が軽くなるのを折風は感じた。

「オリちゃんって割と友達多い方だけどさ、あの子見たの俺初めてかも」

「あれ? そうだっけ」

 そう言えば彼氏とのエピソードでノロケ倒すという会の名目からして、積極的に江都に伝えようとはして来なかったかもしれない。無意識にではあるものの、蜜葉と会っているのを秘密にしている部分があったかも。

「名前気になる?」

「多少はね」

「もしかして、浮気?」

「違う」

「あの子は白斗蜜葉っていうんだよ」

「――え? う、ううん……?」

 一気に怪訝な顔になる彼氏を不思議に思いながらも、折風は言葉を続ける。これを機に蜜葉が抱える問題を江都に相談するのもいいかもしれない、と考えたのだ。これからも蜜葉を見守る気ではいたが、問題としてはかなり膨らんでいて、自分だけで抱え込める重さを越えている。

「それであの子の彼氏は白鳥光輝っていうんだけど……」

「うん……??」

 そこで完全に江都が困惑したような険しい表情を浮かべたために、折風は戸惑った。

「もしかして二人のこと知ってるの?」

「えっと、まずシラトミツハさん、だっけ? それってさっきいた長い髪のあの女の子だよね」

「え、うん」

「それでそのシラトミツハと付き合っているのが、シラト、リ、コウキか……」

「いきなり呼び捨て?」

「あ、ごめんごめん。女の子の方は明らかに違うし、同姓同名の別人って線も……」

「何それ」

「いや、大したことかどうか、今は分からないんだけれど、この大学に俺と同じ地元の幼馴染の姉弟がいるじゃん?」

「うん。聞いてはいるよ。会ったことはないけど」

「その姉弟が白戸光羽と白戸光樹っていうんだよ。そっちの名前はどんな漢字?」

 江都はメモ帳に『白戸光羽』『白戸光樹』という文字を書いて示し、同様に戸惑う折風も『白斗蜜葉』『白鳥光輝』という文字を同様に書いた。

「ふうん……無関係だと言いたいんだけれど、どうもそう言い切れないのがあいつらの悪評ってヤツだよな……」

「ねえ江都、一体どういうことなの?」

「さっき色々カフェでオリちゃんとその白斗さん言い合ってただろ? その問題に、俺が知ってる姉弟も絡んでいるかもしれないって話」

「どこがどんな風に絡んでるってゆーのよ」

「それはまだ分からないけれど――厄介なことに俺の地元ではさ、何か問題が起こる度にその中心にいるのがあの姉弟なんだよなぁ……」

 どんな星の下に生まれついたんだかねぇ、とぼやく江都に、勝手に一人で話を終わりにしないでよ、一から十まで分かるように説明してくれる? と折風が食らいついた。

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