第四十一話:リクト・アルタイルの性質
今回は特殊な話です。
スランプが続く……
「今の内にリクトに言っておく、護衛中はマナは機能しないと考えた方がいい」
「機能しないってお前……」
ネルが真剣な表情をしながら俺に小さな声で言ってくるけど、その内容がこれまたどうしようもない事だった。
チラリ、とリーネさんに引きずられているマナを見てみるけど、その表情は相変わらずなんて言うか、とても女の子がしちゃいけない歪んだ笑いを浮かべていた。
こんな状態の彼女を見て思ったことは、早くなんとかしないと……って事だけだった。
あ、そういえばネルは肝心のアーラに対してかなり警戒していたな、マナの誘いも頑なに断っていたのを宿屋で見てたし、それにアーラの護衛の依頼が来てからも表情が硬くなっていたし、理由聞いてみるかな、一応これから護衛対象の元に行くんだし。
「そーいや、ネルはアーラの事を警戒してたけど、どうしてだ?」
「あれがレリィに似ていた、同一人物と思える程に。それと私は例外だから良いけれど、リクトとアマネとマナは心の中でも名前を呼んじゃ駄目、その瞬間に魅了される」
「デタラメすぎんだろ……てか何でネルは平気なんだ?」
「幼い頃から魅了されまくってたから、耐性が付いてるだけ……克服したのは私が魔導の道に入ってからだけど」
一体どういう環境で過ごしてきたんだよネルは……しかし面倒な奴が出てきたな。もしあの子と敵対するようになったら、単純に対応できるのはネルだけになるって事になるんだが……どうにか俺の能力で対抗できないかね?
まぁそれにしても、初めて喰らったな状態異常系の攻撃。毒とか麻痺とかも出てくる事を考えると、僧侶系の仲間が欲しくなってきたな、アマネだけじゃ負担がデカすぎるしな、あの子一人で遠距離攻撃、補助魔法、回復魔法とかアマネが倒されたら簡単に崩壊するぞ?
俺も回復魔法を覚えられたら良いんだけど、適正属性の問題がある、いくら常識凌駕である程度無視できるといっても、先日の一件で俺自身が把握しきれない効果の発動は避けた方が良いし……難しいな。あ、そういえばネルは状態異常回復魔法も使ってたな。てことは……
ちょっと好奇心が出てきた、まぁ水筒の物質化みたいに存在しない物を創り出すっていう離れ業でも無いし……機会があれば試してみるか。
「まぁあの子の事は今は忘れようぜ?それに似てたって事は別人なんだろ?ならアーラさんの護衛を嫌がる理由は無くなったじゃん!それに俺達が力を合わせれば生き残れるよ、いざとなったらカズト君に全部押し付けてアーラさんと逃げりゃ良いんだしさ、変に力入ったら普段の力も出せないしリラックスしようぜ?」
どの口が言ってるんだか、本当。
天道十二門を怖がってるのは、俺だっていうのに……今でも決心できない、戦う決心が。立ち塞がる決心が。
重すぎるんだ、俺の手にある命の数が、奴等が襲って来るとしたら、コンサート会場で戦闘になる可能性が出てくる、そうなると死人もきっと。
マナの仲間が死んだ姿を見て、俺は初めてこの世界の事を怖いと思った、今まで魔物の事を怖いと感じた事もあるし、命のやり取りに怯えた事も無くはない。
けど、この世界そのものを怖いと思った事は無かった、それがあの時初めて感じた。
そして俺の目の前で命を落とした人間を、初めて見た。そこで改めて知ったんだ。命の重さを……
今日、俺の手の中にはアマネとネルとマナだけじゃない、カズト君やスズカちゃん、それだけじゃない。コンサートを楽しみにしていた人やアーラさんの命まで、俺が握っている。
怖い、怖い、怖い。
でも、俺が立ち止まったら皆が死ぬ、それだけは御免だ。だから俺は進まないと行けない。
怯えを気取らせないように、無理矢理笑顔を作ってネルに言う。仲間の事を俺のように不安と恐怖に囚われるような状態にはしない、したくない。
今回だけだ、今回が特別なんだ、今回を過ぎたらまた何時もの日常が戻ってくるさ。
依頼を受けて、皆で美味しいご飯を食べて、皆で笑って過ごせる日がまた来るさ。
あぁ、そうだな。今度は開拓したいな。せっかく昇格したんだから……はは、はははは。
「そうだね、無理に力が入ってたかもしれない……私だけが背負ってる訳じゃないのにね」
何かがひび割れる音が聞こえた気がした。
「そうそう!俺達がいるんだから!」
「うん、会場の人達は私達が守る。天道十二門から」
「そうそう……俺達が皆を守るんだ!そう考えたら勇気が湧くだろ?」
「……うん」
ああ、だから。
早くこんな日は過ぎてくれよ。
畜生。
☆ ☆ ☆
リクトを臆病者と言ったカズトの言葉は、正しかったのかもしれない。
彼はブレイヴに襲われた日から、恐怖を感じていた、彼自身はマナの仲間の死体を見てからだと思っているが、それはきっかけに過ぎない。爆弾はその時点で既に幾つかあるのだ。
S級冒険者のブレイヴに目をつけられた時から。
アマネが暴漢に襲われかけた日から。
ネルが満身創痍でゴブリンロードに立ち向かい、それに殺されかけた瞬間を見てから。
マナの事情を知って、S級冒険者から託されてから。
ウェアウルフの群れと戦い、気を失ってから。
その際に、自分は何をしていたと気付いてから。
彼の爆弾はまだ爆発しない。
彼は手に入れたものを手放したくない。
彼自身、一人で出来ることなんてたかが知れているのに。決して心が強くない一般人なのに。
勇者として召喚された彼は弱い能力を見つけてから少しは安堵したのかもしれない。
それっぽい言い訳をして、魔王という強大な存在から逃げたかったのかもしれない。
その途中に、この世界の未知に惹かれただけ。彼自身はそんな大役は務まらないだろう。
彼は臆病なただ一人の現代人なのだから。
でも彼は、産まれて初めて守りたいと思える人間に出会えた。仲間に出会えた、だから彼はそんな彼女達を守れる力を求めていた。
誰よりも臆病で、誰よりも怖がりで、そして……誰よりも人が傷付くのを怖がる……力とは縁が無い人間が力を求めた。そしてその彼自身の性質を世界は見抜いてたのだろう。
彼自身には似合わない、不相応、相応しくない性質。それでも自分が手に入らない物を求める、臆病な彼が力を求め……そしてその求めた物を自分が使いたいと思う人間の為に使いたいと思う。そしてほんの少しのご褒美として、自分が知らない事を学ぶ為に力を使う。今までそんなチャンスは一度も訪れなかったから。
誰よりも怖がりだけど、誰よりも優しい。そんな彼はきっと、世界で一番優しい強欲なのだろうから。
☆ ☆ ☆
「皆さんお疲れ様です、こちらがアーラ・ベガルデ様の待機している楽屋になります」
楽屋って初めて来たな、前の世界でも来る機会なんて無かったし。
成程、確かに扉の横の壁にはアーラ・ベガルデ様っていう髪が貼り付けられてるな。若干緊張してきたな。
「離せですぅ!」
「はいはい、暴れないで下さいねー?」
そしてマナ、お前はいつまでリーネさんに拘束されてんだ?
「リクト君、どうかした?」
「え?俺?」
急に声をかけられたからびっくりした、でもどうかしたって言われても……
「何か何時ものリクト君じゃないみたい、何か変だよ?」
「変って、さっきまでのアマネの壊れ具合の方が変だった気が……」
「ご、誤魔化さないでよ!」
えぇ、どうしろって?
「とにかく中に入りましょう、カズト様御一行も既に中で待機しています、後は私達だけです」
おっと、そりゃ悪い事をした。
「じゃあ、さっさと中に入ろうぜぃ?」
俺は仲間達に笑いかけて、扉をノックする。
「失礼します、今回護衛を依頼された銀河の冒険団の者ですが」
『はーい、入ってどうぞー』
「失礼します」
扉を開けた先にいたのは、紫色の髪のツインテールをした女の子と、カズト君とスズカちゃんがいた。
「来てしまったか、リクト」
「待ってたわよ?ふふっ」
「がるる……!」
「ふ、ふぉぉぉぉ!!!!!アーラ様!生アーラ様ですぅぅぅ!!!」
威嚇すんなネル。そして暴走すんなマナ、ほれ見ろカズト君達が引いてるじゃないか。
それにしても、先日会った時とは違って鎧を着てるんだな、カズト君は。
そして彼女が、アーラ・ベガルデか……
「うんうん、君がリクト君か。話は聞いてるよ?面白い子だってね」
「話……?」
話ってカズト君から話を聞いたのか?でも彼の性格上面白いって他人から言うかなぁ?
「えっと、誰から話を聞いてるんでしょうか?」
まぁアマネの疑問は俺も聞こうかと考えてたから、このまま答えを待ってるだけでいっか。別に他に知り合いなんてレ……じゃなくてあの子位だし。
「自分の兄さんからだよ、ブレイヴ・X・リテイクって言うんだけど……知ってるよね?」
何かが壊れるような音が聞こえた気がした。
「ブレイヴっ!?」
「そうそう!……それとネルちゃん?初めまして……だね」
「チッ……初めまして」(成程、道理で似てると思った……彼女の存在をすっかり忘れてたよ、私の失態だ)
「ブレイヴ……あの時僕達の前に現れた彼の妹か、それに……やはり接触していたのか、リクト達と」
「あらあら、これは面白い事になってきたわね?」
アマネが驚いた声を上げているけど、上手く聞こえてこなかった。
あのブレイヴの妹?それに俺を面白い?
なんだよそれ、こんな所であいつの名前が出てくるのかよ。
はは……はははは……
「それで、何故俺達に護衛を?」
「勿論君が知りたいからだよ?自分の兄さんが面白いって評価した人間なんて、滅多にいないからね……それに今回来る天道十二門はそんなに強くないって兄さんは言ってたし、それに予想外の人もこの街に来たから、万が一も有り得ない」
「予想外の……?」
「それは内緒、君達に聞かせたら何もかも終わっちゃうからね」
「合点……何で居たのかの理由が分かった」
「会ってたんだ、まぁ利害が一致しただけだよ。あの子の目的は分からないけど、自分のコンサートの邪魔は極力しないって言ってたから」
話が進む、けど付いていけない。
思考が止まった、完全に。
「では、僕達は保険……と?」
「ううん、本当ならあの子が来る事が自分にとって予想外の出来事だし……たまたまだよ、玉だけに?」
「寒っ」
「ちょっ、酷いな!これでも渾身のギャグのつもりなんだよ!?失礼じゃない自分に対して!」
「流石アーラ様です!私に出来ない事を簡単にやるなんて!感激ですぅ!!!」
「ねえ、それ褒めてるの?違うよね!?」
……………止まった思考でも、出来ることはある。それは話を進める事だ。
「なぁ、護衛の打ち合わせをしないか?」
「おっと、そうだね……!?」
アーラが咳払いをしてから、俺達を見つめた。
俺とアーラの視線が会ったけど、彼女は少し驚いた表情を浮かべてこう言った。
「ねぇ、君大丈夫?この場にいる誰よりも危ないよ?今の君……」
何かが壊れた音が聞こえた。
そこから先は何を言ったのか俺は覚えてない、覚えているのはただ一つ…………
俺の目の前に、変わり果てた景色があった。
俺の目の前に、ある人物がいた。
カズト君だ、俺の隣に立っている。
「馬鹿野郎下がれ!殺されるぞ!?」
「……殺す?まさか、僕は殺さないさ……勇者はね」
勇者は殺さない、つまりそういう事か
は、はは……OK分かったよ。
例え相手が人の姿をしていたとしても、関係無いね。
「殺す」
俺は腰に付いている刀を、抜いた。
さて、今回の話で一気に時系列が飛びましたが、これはリクト視点での話です。
つまり彼以外の視点で、今後のアーラの護衛話が繰り広げられます。
他の人物から映るリクト、彼の姿はどう映るのでしょうか……




