18. 今度は誰かのために
夕食は食堂車に行けない私のためにテレサとミラが食事を入れた皿を給仕に運んで来てくれた。
夕暮れに染まった街並みや田園が飛ぶように過ぎていく様を窓から眺めているだけで、心踊る風景だ。
これから行くアッシュクロフト領はどんな所だろう?
フリッツは窓辺に座り、どんぐりを齧りながら、夜空に星が輝く様を眺めていた。カイが自分のコンパートメントに戻ったあと、私とイヴォンヌはテレサとミラが持ってきてくれたネグリジェに着替えた。
「ね、アッシュクロフト領に行ったら、試してみたいことがあるの」
私のブルネットの髪を梳かしてくれながら、イヴォンヌが言った。
「何?」
「あなたには、他の人が昔褒められて温かい気持ちになった記憶を思い出させる力があると言ったでしょう?」
——さっき、フリッツも言ったわ。
部屋の隅の衣装扉の中にベッドを作ってもらって寝ていたフリッツが、扉を開けて顔を出した。
「主、俺が言ったのはそれだ」
「分かったわ、フリッツ、早く寝なさい」
「ふふっ、フリッツ分かっているわ」
イヴォンヌはフリッツに目配せをした。霊獣リスは私の言葉に気分を害した様子で扉を閉めかけたが、イヴォンヌの言葉に「任せた」と小さく言って、ピシッと扉を閉めた。
「私ね、あなたの力は人を救うと思うのよ」
「私の力が?」
「えぇ、ロミィの力が。救いを求めているのに、人は何を求めているのか自分では分からないものなのよ。あなただって二年間も引きこもった」
私は小さく頷いた。
そうだ。
何を求めているのか自分でも分からなかった。
「だからね、お店を開いたらどうかと思うのよ」
「お店?」
「そうよ。必要な人の方から来られる場所を作るの。占いみたいに。ほら、救いを求めているのに、答えが漠然としている人ばかりでしょう?」
「そうね」
「だから、みんなが漠然とした悩みを抱えたまま、ただ店に足を運べるようにするの。そういう場所を作ってみるのよ」
「その場所がお店なのね?」
「そう」
イヴォンヌは私の顔をのぞき込んだ。
「皇女の私は顔をあまり知られていないわ。引きこもっていたから、みんな最近の私を知らないの」
「えぇ、そうね」
「そういう意味では、好都合ね。メイドのお仕着せを着て店に立てば、私が皇女だなんて気づかないと思うから」
「あ、カイの蜂蜜菓子を出して、お茶が飲めるようにしましょうよ」
「いいわね」
私はだんだんイメージが膨らんできて、楽しくなるのが分かった。
「あなたは二年間、自分の部屋の扉を閉じていたでしょう?」
「……そうね」
「今度は、誰かを迎えるための扉を開ける。それが、あなたの店の扉よ」
皇宮の閉じた、自分の部屋の扉を思い出した。来る日も来る日も閉めっきりの部屋に、窓から食料を運んでもらっていた。
今度は、店の開いた扉をイメージした。お店に来た人たちの心の中の扉を開けて、幸せな記憶を本当に蘇らせてあげられるとしたら。
私は、気分が明るくなってきたのを感じた。明るいいいイメージが湧いた。
「私、店を開きたいわ」
イヴォンヌはすぐさま言った。
「よし!営業時間、料金、契約書、制服、看板——全部考えましょう。そうだ、アッシュクロフト領で、一度だけ試してみない?」
「待って、イヴォンヌったらせっかちなんだから。今決めたばかりよ!」
私たちは笑った。
従姉妹のイヴォンヌはライバルだったはずなのに、いつの間にかお店を開く同志になったようだ。
その夜、静かに寝息を立てるイヴォンヌの横で、私はこっそり「術式顕現」をした。
赤い花がますます増えていた。
どうやったら、術式の綻びを修復できるのか分からない。
私は、扉を開ける側になりたいと思った。
その同じ夜、赤い花はまた増えていた。
——この花は、助けを待っている人なのかもしれない。
——でも、その人たちのところへ入っていったものは?
私が開けてしまった魔法結界の扉から、赤い花は来たのではないか。




