第4話 ロールキャベツ
—―「子供がテレビを見てロールキャベツ食べたい言ったのよ。そしたら嫁がぎょっとした顔をしてさ。俺が言うならまだしも子供に言われたら作らざるおえないよなあ。」
「うわぁ、嫁さんどんまいだな。おまえも子供に便乗してないで、なんかスイーツでも用意しとけよ?」
「おー。なるほど。「ラッキー」なんて思ってたけどそういう気遣いがいるのか。さすが、既婚者のプロ」—―
……
…
『手作りロールキャベツ』
おすすめメニューをぼんやり眺めながら、いつだったか後輩たちのやり取りを覚える。僕の目の前でそういう話題にならないのは、後輩たちに気を遣わせてしまっているのか。そんなこと気にせず話題に入れて構わないのにと思うが、なんだか不甲斐ないような、自意識過剰になっているだけか、なんだかよくわからない気持ちになってしまう。
「ご用意しましょうか?」
メニューをじっと見ていた僕に気付いたのか、千春さんが声をかけてくれた。
「ああ、いや、ちょっと考え事してて」
「なんだい、りょうちゃん。気になるんなら頼んじまいな。ちーちゃんの作るロールキャベツは絶品だぞ」
「げんさん。そんな、良さんが困るので押しつけはやめてください」
「いえ、いただきます。食べたいな。とは思っていたので」
「おう。ちーちゃん。一番ええとこ用意したってくれい」
「なに自分が作ったみたいに言ってんのさ」
今日も常連3人組がお店を盛り上げてくれている。羨ましいくらいに仲のいいことだ。
ロールキャベツなんていつ以来だろう?自分で作る?ありえない。巻くためのキャベツを用意するだけで最低でも半玉のキャベツを買わないといけない。独り身では消費できるか微妙な量だ。おでんでたまにあったりするが、だいこん、こんにゃく、たまごで十分だし、あえてロールキャベツを頼むほど飽きもしない。つまるところ、嬉々として飛びつくほど好きでもないだけなのだろう。
「あのニュース見たか?交通事故。じじが運転しとったらしいが、困るよな。俺たちまで白い目でみられる。大事にならなかったのがせめてもの救いだけどよ。いつ免許返納するか、いよいよ俺たちも考えねえといけないのかもな」
「ああ、高速道路のだろ?最近は車も進化してて、電気で制御するってんだから、昔馴染の俺たちからしたら便利過ぎて逆に危ないのかもしれねえな」
「げんさん。あんたヤケに機嫌がいいわね。いったいどれくらい勝ったのよ?」
珍しくちゃんとしゃべるな。と思ったらそういうことか。実際いくら勝ったのだろう?ギャンブルは特にしないが、人のお金の動きは気になるといえば気になる。3人組のわちゃわちゃに気を向けていると、コンソメの優しい香りが店内を包み込んだ。
「お待たせしました。ロールキャベツです」
少し深さのあるお皿にたっぷりと注がれたスープ、きれいに巻かれた大ぶりのロールキャベツ。見ただけで料理上手だとわかる仕上がりだ。
(おお……透き通った出汁、しっかりと巻かれているが軟らかそうなキャベツ。これこそお手本と言っても差し支えのない出来栄えだ。美しささえ感じる)
しばし湯気の上がるロールキャベツを鑑賞したあと、箸をつける—―
スッ—―
(……っ、一切の抵抗のないキャベツ。これほどまでに美しく巻かれた物を崩すのは忍びないが、むしろそれを受け入れてくれている。いや、誘われているっ?!箸先から崩れるほどの軟らかさと儚さが伝わってくる。この関係を壊してしまうんじゃないかという恐怖を抱きながら、誘いに敢えて乗る。大人の駆け引きは時に大胆に—―だが、できるだけ傷つけないよう、優しく丁寧に。キャベツを、割る。誘われているとはいえ、雑に扱ってしまっては男の風上にも置けないだろう?割ったそばからさらに湯気が上る。ああ…っ。今の僕にそれだけの熱い想いを受け止められるのだろうか……!)
やさしく慎重に、二人の関係が空中分解しないように、初恋よりも優しく口へ運ぶ—―
ハフッ—―
(……っ!—―間違えたッ。完全に心構えを間違えた!軟らかいが故に、あまりに丁寧にいき過ぎたんだ!ガツンとくる濃い目の味付け、そして圧倒的な旨味。ただコンソメスープで煮込んだだけのやわらかいキャベツではない。いや、きっとものすごい時間をかけて煮込まれたんだろう。それだけの丁寧な仕事ももちろんこの料理から見て取れる。
だがそんなわかりやすい味ではない。魔性だ。魔性の女がここにいる。女性ような儚さを前面に押しながら、この力強さ。いや、推しきれない味の深み。目の前に佇む大きめのロールキャベツ?違うな。この料理の本質はこのスープだ。)
澄んだスープの中に不敵な笑みを浮かべる女性が見える。震える箸を必死に抑え、今度も慎重に、中の肉と一緒に食べる。
ハフッ—―
(っ!あっさりとしている!ロールキャベツのメインとはなんだ!軟らかく煮込まれたキャベツ?中に包まれた肉ダネ?ああ、どちらを取ってもいいだろう。ただ、この目の前に横たわるロールキャベツの、真に味わうべきはやはりこの出汁だ!肉ダネが一歩引くことで更にこの出汁を引き立たせている…やはり誘っている。私のことを、もっと知って。と!)
品の欠片をぶん投げることも承知の上で、皿を口元へ運ぶ。味わうんだ。据え膳食わねばなんとやら、この女性を、ハニートラップだとわかっていても、乗るしかない!そうだろう!
ズッ—―口に含むと同時に豊かな出汁の香りが鼻の奥で懐かしい記憶を叩く
『おかえりなさい』
—―しっかりと一番出汁の香りがする。いつだったか、学校から少し早く帰ると出汁を引く姿があったっけ。あのときは何気なく香っていた懐かしい匂い。子供の頃はそれほど裕福だとは思わなかったが、今なら思う。味噌汁一杯でも出汁を引いてくれていた母の料理は、それでもう贅沢なものだったんだと。豊かな旨味を支える丁寧な出汁が心の奥まで温めてくれる。先ほどまでの高ぶりはどこかへ行き、今はやさしさに包まれていた。今度は添えられたカラシと一緒に食べてみる。
(—―っ!なんて!あっさりした肉ダネだからこそ引き立つカラシ!主役のために一歩引いたかと思えば、ちゃんと隠し玉を持っていたのかおまえぇ…!。いち、に、、何段構えだよ!たった一皿にこれだけの表情を引き出すことができるものなのか!憎い。あんたが憎いよ千春さん!)
――はっ。
視線を感じて我に返る
「いかがですか?」
固まっている僕を見かねたのか千春さんが訊ねてくる。
「あー、このロールキャベツ。スープがめちゃくちゃ美味しいです。コンソメだけじゃない、一番出汁の旨味もしっかり感じます。でもそれとも違うこの濃い旨味はなんですか?」
恥ずかしさを隠すように聞くと、千春さんは嬉しそうにパッと目を輝かせた。
「気づいてくれました? 実は一番出汁を濃い目に作ってベースにするのもですけど、玉ねぎのかわとか、人参の余ったところ、特にキャベツの芯なんかからも出汁を取ってるんです。あと、お肉は煮込んだ時に硬くなり過ぎないように豆腐も入れてます」
「なるほど……、余った野菜とキャベツの芯、ですか。だからこれだけコンソメの味も力強くなるんですね」
僕の感想で嬉しそうにする千春さんを見るに、うまくやり過ごせただろうと思う。思いたい。
ただ子供のように喜んで食べるのも悪くないが、こうやってしっぽり味わってみるのもいいものだ。こんど、後輩たちにこの店でも紹介してみようか。たまには誰かと飲むのもいいかもしれない。—―また来よう。そう思うのだった。
駅から少し離れた住宅街の片隅に、今夜も小さな灯りがともる。飾らないけど手間暇のかかった一皿。心地よい常連たちの人間ドラマ。一日の疲れを忘れ、ようやく自分と向き合える――。やっぱり、ここはいい店だ。
コンソメとトマトとどちらがお好きですか?




