いつもより少し早い朝
よろしくお願いします
アラームが鳴る前に、目が覚めた。
理由は分からない。ただ、最近はこういう日が増えている気がする。
枕元のスマートフォンに目をやると、まだ6時前だった。
いつもより、少しだけ早い。
「……中途半端だな」
二度寝するほどでもないし、起きるには早すぎる。
結局、そのまま天井を見つめることにした。
カーテンの隙間から差し込む光が、やけに白く感じた。
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「蒼真、起きてる?」
一階から母の声がする。
「起きてるよ」
短く返事をして、ゆっくりと体を起こした。
特に変わったことはない、いつもの朝。
それなのに、どこか引っかかる。
言葉にするほどでもない、小さな違和感。
――気のせいか。
⸻
リビングに降りると、トーストの香りが広がっていた。
テレビでは朝のニュースが流れている。
『昨夜未明、都内の一部地域で小規模な地盤沈下が確認され――』
「またその話か」
何気なくつぶやくと、母が頷いた。
「最近多いよね。なんだか怖いわ」
「どうせ工事の問題だろ」
適当に答えて席に着く。
ニュースはすぐに別の話題へと移った。
芸能人のスキャンダルや、どうでもいい話ばかりだ。
特別なことは何もない。
いつも通りの朝だった。
⸻
通学路も、いつもと変わらない。
駅まで歩き、電車に乗り、学校へ向かう。
ただ、それだけのこと。
それなのに、今日はどこか違和感があった。
人の流れが、少しだけ遅い気がする。
――いや、違うか。
自分の感覚がズレているだけかもしれない。
前を歩くサラリーマンに、ふと目が留まる。
どこかで見たことがある気がした。
だが、思い出せない。
「……気のせいだな」
そう呟いて、視線を外した。
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「おい、蒼真」
ホームで声をかけられ、振り返る。
そこには、いつもの友人たちがいた。
「今日は早いな」
「たまたま目が覚めただけ」
「珍しいな」
そんな何気ない会話をしながら、電車に乗り込む。
車内はいつも通り混雑していた。
ほとんどの人が、無言でスマートフォンを見つめている。
その中で、一人の男と目が合った。
知らない顔。
なのに、一瞬だけ違和感が走る。
――どこかで会ったことがある。
そんな気がした。
男も同じように、わずかに眉をひそめていた。
だが、すぐに視線は逸らされる。
それだけのことなのに、妙に印象に残った。
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教室に入ると、すでに何人かが席についていた。
いつもの空気。
いつもの景色。
窓際の席に座る女子が、こちらを見た。
白峰澪。
名前くらいは知っている。
話したことはほとんどないはずなのに――
なぜか、胸の奥がわずかに落ち着く。
目が合うと、彼女は一瞬だけ驚いたような表情を浮かべ、すぐに視線を逸らした。
「……なんだよ」
小さく呟く。
特に意味はない。
ただの気のせいだ。
⸻
授業は、特に何も起こらず終わった。
昼休みも、放課後も、いつも通り。
何一つ変わらない一日。
ただ――
帰り際に見た空だけが、妙に印象に残った。
夕焼けが、濃い。
赤というより、どこか紫が混ざったような色。
「こんな色だったか……?」
誰に聞くでもなく呟く。
「普通だろ」
隣にいた友人が答える。
「……そうか」
それなら、そうなのだろう。
⸻
帰り道、イヤホンをつけて音楽を流す。
聴き慣れた曲。
そのはずなのに、途中で一瞬だけ音が途切れた。
――ザッ
ノイズのような音。
「……?」
スマートフォンを見るが、異常はない。
曲も普通に再生されている。
気のせいか。
そう思って歩き出した、その時。
ほんの一瞬だけ。
何かが聞こえた気がした。
言葉だったのかすら分からない、かすかな音。
聞き取れなかった。
それでも確かに、“何か”だった。
⸻
夜。
ベッドに横になりながら、天井を見つめる。
今日一日を思い返してみても、特別なことは何もなかった。
なのに、どこか違う。
何かが、少しだけズレている。
そんな感覚が残っている。
⸻
目を閉じる。
意識が沈んでいく。
その直前――
暗闇の中で、何かが見えた。
遠くに、光がある。
星のように揺れる、小さな光。
手を伸ばせば届きそうで、届かない距離。
その奥に、誰かが立っている気がした。
顔は見えない。
ただ、“そこにいる”という確信だけがある。
⸻
次の瞬間、意識は途切れた。




