3-1
GWはいかがお過ごしでしたでしょうか?
ACT・3
「楓ちゃん?」
黒いミュータントと相対して約2日が過ぎた。
たまたま授業の都合により午前中で学校が終わった夏樹。
ステーション・ターミナルで見覚えのある長い黒髪と、制服を纏った後姿を見かけ声をかけると、呼びかけられた本人はびくっと体を震わせ周囲を見回す。
「こっちこっち」
再び呼びかけると、夏樹に気づいたのか眼鏡の奥の瞳に安心したような表情を浮かべ駆け寄ってくる。
「こんにちは、長森さん」
「こんにちは…ってか、さっきぶりだけどね。
授業は?」
「えと、休講になっちゃいました」
「そっか。実は俺も」
困ったような表情で答える楓に笑って答える夏樹。つられて楓も笑う。
つい1時間ほど前までいつものメンバーで昼食を共にしていたわけだから、交わす会話としてはちょっと奇妙な内容だ。
「聖ちゃんも千草も午後は忙しいらしいから、申し訳ないけど先に帰らせてもらおうって」
「ああ、そういうこと。
俺も今日は何も予定がなくなったから、帰って休もうかなって」
そんな事を話していると、ホームにシャトルが滑り込んでくる。
二人と同様の理由で帰宅する生徒も多いのだろう、平日の昼の割には混みあう車内。
何とか乗り込んだものの座ることまでは出来ず、それでも隅のいいポジションを確保することには成功する。
「思ったより、混んでるね」
「そうですね…」
肩越しに車内を見回して呟く夏樹の懐で、上を見上げつつ答える楓。
二人の身長差は約30㎝あるためこうなる。
「こっちの生活は慣れた?」
「…はい。いろんな方に良くしてもらってるので、だいぶ。
まだ、人が多いのには慣れないですけど…」
「成程…楓ちゃん、人混み苦手っぽいもんね」
そういったところは見抜かれていたらしい。
ストレートな言い方に顔を真っ赤にする。
と、肩越しにこちらをちらちらと覗う視線に気づいた夏樹。
あまりこういった無遠慮な視線には楓は不慣れだろうと、さりげなく肩に担いだ通学カバンの位置を変えて視線をさえぎる。
とたんにがっかりとした気配と、ちょっとした怒りの気配を感じる。
「…?」
夏樹の様子を不思議そうに見上げる楓に、何でもなさそうにひょいっと肩をすくめて見せた。
「ん~。一人のときは女性用の車両とかがいいだろうね」
「そうですね。そうします」
そっちはそっちで注目浴びそうだけど。そんなことを考えながらアドバイスをする。
良くも悪くもこの少女は目立つ。
整った顔立ちに華奢な体躯は、男からすれば保護欲を掻き立てられるし、瑞穂が言うには女性から見ても羨ましいらしい。
お嬢様然とした佇まいをかもし出すのに一役買っている、膝元まである艶やかな黒髪を今日は一房編んであり、さらにそれらにアクセントを加えているのは眼鏡の奥にある少し吊り気味な赤い瞳。
普段制服を着ているのは地味に見せるためなのだろうが、着こなしが上手なことと私服派が多いこともあいまって逆に目立つ。
(何か、あいつみたいだな…)
方舟はおろか、世間一般においても知らない人はいないという程有名な幼馴染を思い浮かべる夏樹。
最もその幼馴染は恥ずかしがり屋の楓と違い、自身が人目を引くことなど気にしたりすることはないが。
「そういえば、昼思ったけどコンタクト外すようにしたんだね」
「は…はい…ちょっと頑張ってみたくて。
聖ちゃんたちも勧めてくれたので。まだ、眼鏡には頼ってますけど」
「そっか。ま、綺麗な色をしてるから隠しておくのももったいないしね。
聖とかも瞳の色が違うから、お互い直ぐ慣れるよ」
「あ…ありがとうございます…」
さっきとは違う気恥ずかしさで真っ赤になる。
『…いきなり、ぐっと来る言葉だねぇ』
(―か、華音?)
突然呟かれた言葉に少し慌てる。
『この前、千草にも言われた言葉だけど、男の人に言われるのは別だよね~』
「楓ちゃん?」
「は、はいっ!?」
うつむいたままの楓が気になったのだろう、声をかけてくる夏樹に思わず裏返った声を上げてしまって少し笑われてしまった。
(うう~)
『こーゆー時にからかっとかないと♪
最近、出番がないからちょっとフラストレーション、溜まり気味なんだよ~』
(ちょっと~)
ひとしきりからかうと気が済んだのか大人しくなる。
「どうかした?」
再び声をかけられるが、言うに言えず頭を振り煩悶とするしかなかった。
「あ、昼といえばもう一つ。聖の手の怪我治してくれたらしいね。
俺たちからもお礼、言わせてもらうよ」
どうにもわたわたしている様子に首を傾げながらも、とりあえず話を変える。
夏樹たちからすれば感謝の一言に尽きるその件、実は方舟の方で良くも悪くも問題になっている。
楓自身にそういった意識はまったくないのだが、全治1ヶ月以上と診察された怪我を完治レベルまで治癒した能力は、この都市に所属している治療能力者の中の上位者と比べても遜色ないのだ。
そのようなことと治療能力者は元々手薄なこともあり、上層部から再びスカウトするように指示が来ているのだが、本人が所属する意思を見せていない以上無視することにしている。
「あー。それと、弁当も分けてもらってありがとう。
美味かったです」
何故か敬語で頭を下げる夏樹。
今日は夏樹以外が弁当だったため、ちょっとずつつつかせてもらったのだ。
「いえ…あまりたいしたものじゃなくて」
謙遜する楓にぱたぱたと手を振る夏樹。
いつもの面々で料理が出来るのは翔と千草だけだが、手馴れた二人と比べても純粋に美味だった。
「…そういえば、お昼購買のでしたけど、普段はどうされているんですか?
一人暮らしって仰ってましたけど…」
「うーん…あはは…」
何となく聞いた楓に、笑ってごまかす。
一人暮らしは長いが自炊なんてしていないし、いざとなれば学食や方舟の食堂に行けばそれなりにバランスのあるものは食べられるので、家にいるときはジャンクフードや酷いときはサプリメントなどで済ますことも多々ある。
夏樹の様子にそういったことを察したのだろう、苦笑交じりにため息を漏らし、
「あの…それなら、ご迷惑でなければ今度お弁当作ってきましょうか?」
「…? マジで?」
驚く夏樹の言葉に今さら自分の口をついて出た言葉の意味に気づいたらしい。
らしからぬ大胆な発言に本人も驚いた様子で、自分の口元に手を当てて小さくなる。
「…っと」
自分たちの言葉に少し視線を集めてしまったことに気づいて、再びカバンや体の位置を変えて好奇の視線からカバーする。
こうしておけば傍から見る分にはカップルくらいに見えるだろう。
楓には迷惑だろうが。
(―それはすごく助かるけど、大変じゃない?)
(…いえ、作ってしまえば一緒なので…。材料も無駄にならなくて済みますし…
でも私、朝弱いからいつも…って言うのはできないんですケド…)
ぼそぼそと小声で会話する二人。
楓の提案は夏樹にとってはありがたいことだし、唯一の購買組としては食費も浮く。
何より、いつの時代も女の子の手料理は男にとっての夢なのだ。
(…いや、迷惑でないのなら、よろしくお願いします)
(はい…分かりました)
己の欲に負けて素直に頭を下げる夏樹。
そんな様子に知らず笑顔を返す。
無邪気なその笑顔に、不覚にもドキッとしてしまった。
そういった会話をしながら30分ほど揺られ、二人が住む地域のステーションに到着する。
「…あれ? 何でしょう、あの人だかり」
駅前の広場に片隅に出来ていた人だかりに目を留めた楓。
通りざまにひょいっと夏樹が覗き込む。
「んー、街灯が折れたっぽいね。老朽化したのでもあったんだろうけど。
この辺って割と新しいはずだけどね」
腑に落ちない表情を一瞬だけ浮かべるものの、すぐ気を取り直す。
楓の家までは歩いて15分程、夏樹の住んでいるところまではもう少しかかる。
賑やかな繁華街を抜けて、閑静な住宅街へと入る。
この都市でもドーム都市に移行する際に区画整理などは行われたが、旧世紀の町並みや地形などを上手に使っているため、こういった昔名残な所は観光客にも隠れた人気がある。
「あの、すいません」
不意にかけられた声に二人は足を止めた。
周囲に人影がないことから、自分たちにかけられたものだろう、振り返ってみるとそこに居たのは白いワンピースを身につけ、つばの広い同色の帽子を被り、肩からポシェットを提げキャリーケースを引いた観光客然とした少女。
「よかったぁ、ちょっと迷っちゃって」
口調とは裏腹に人懐こい笑顔を浮かべる少女に、二人は顔を見合わせる。
「何か?」
「あ、お尋ねしたいことがありまして。お時間は取らせませんので♪」
「はぁ…」
帽子を脱いでショートボブの髪を振りながらにこやかな返事を返す少女に、微妙な表情を見せる夏樹。
観光案内をしてくれといっても正直、自信はないし日の浅い楓は論外だろう。
と―
(―?)
一瞬、何かが引っかかった気がして首を傾げる夏樹。
「えーと、お兄さん、長森夏樹さんですよね?
突然ですが―死んでもらえません?」
「―っ!?」
膨れ上がった異質な気配に夏樹の中で警鐘が一斉に鳴った。
それにしたがって、反射的に間合いを取ろうとする夏樹。
だが、突如として音が世界から消えたことにわずかに反応が遅れ、ぷしゅっというくぐもった音とともに、左脇腹に灼熱感が生まれる。
「くっ!」
それが何かを理解するより早く、
ごっ!!
不可視の何かに顎をかち上げられ大きく吹き飛ばされた。
あまりの出来事に一歩も動けなかった。
楓が少女の言葉を理解するより早く事態が進みすぎて。
ただ、吹き飛ばされた夏樹の付近に広がる朱色が現実に引き戻す。
「長森さんっ!?」
悲鳴を上げ、駆け寄ろうとする楓。
だがその足元で硬いものが跳ねる音にその足を止められた。
「ダメだよ? お姉ちゃんは動いたらさ」
がらり、変わった幼い声と自然な動作でポシェットから取り出し、突きつけられた銃口に悪寒が走る。
「お兄ちゃんといたって事は方舟の人? 始めて見るなぁ?」
再度引き金が引かれ、くぐもった音がする。それが消音器と呼ばれるものだとは本の内容くらいでしか知らない。
向けられた銃口から吐きだされた鉛の弾が頬をかすめて、たらしたお下げを吹き散らしていく。
恐怖と、視界の端に捕らえた髪の毛に腰が抜けてしまい、へなへなと座り込んでしまった。
「なぁんだ、つまんない。普通の人なんだ」
心底詰まらなさそうに呟いて、へたり込み眼鏡越しに自分を見上げて涙を浮かべる楓の瞳を見つめる。
「知ってる? ドラマとかでこんなとき目撃者ってどうなるか」
銃口を楓の額に押し当て、あくまで楽しそうに話す少女。
押し当てられる銃口は熱を帯びて熱い。
とめどない恐怖に奥歯がかちかちと鳴る。
普段は強気の華音ですらおびえてしまっていてどうしていいかわからない。
「あまり他人を巻き込むな、とは言われてるけどさ、気をつけていたって事故って起きるものだよね?
大丈夫、銃で撃たれるか車に轢かれるとかその程度の差だよ?」
こともなげに告げる少女のあまりの物言いに、ふざけないでと叫んでやりたい。
人が集まるように叫んでやりたい。
ようやくそこまで考えは行き着くのに―
「…ぅ…あ…」
すくみ上がる自分の喉は引きつって、しゃくりあげることしか出来なくて、
「じゃあ、バイバ…」
「いい加減にしろよ、ガキ」
引き金が引かれる瞬間、声とともに伸びた手が銃をひねり上げ、同時に振るわれた拳が少女を殴り飛ばした。
「楓ちゃんっ!」
吹っ飛ぶ少女には構いもせず、くずおれる楓の体を支え呼びかけると、呆然とした視線を夏樹に向けた。
「あ…長森さん…?」
「良かった…怪我はしてないね?」
ざっと様子を一瞥して安堵のため息をつく。
「長森さんは…?」
「ん、平気」
「良かったぁ…」
それでも自分を心配する少女に笑みで答えると、張り詰めていた糸が切れたのかそのまま気を失う。
「いったーい。ひっどいなぁ。女の子の顔を殴る? ふつー」
「黙れ」
楓を横たえてやりながら凄みの聞いた声を投げつけつつ立ち上がる。
夏樹の様子に少女の笑みも少し変わる。
「へぇ、怒ったんだ?」
「黙れと言った」
振り向きざま、取り上げた銃を持ち替え少女の足元に威嚇を叩き込んで眉間に狙いを定める。
「下手な真似をすれば、次は当てる。
お前、何者だ? 殺し屋にしては気配が白すぎる。『はぐれ』にしては俺のことを知っていたな」
「黙れって言ったじゃん。喋らないよ。
それに、答えると思う?
一応、事件起こすよーって予告したけどね? 街灯壊れてたでしょ」
あくまでも人を喰った様子に、期待はしてなかったのだろう、鼻を鳴らす。
「思わねぇし、気づく訳ねぇだろ。
それならお前を捕まえて聞き出すだけだ」
獰猛な笑みを浮かべる夏樹にひょいっと肩をすくめて見せる。
「おお、怖い怖い。
なら、用件を伝えてとっとと消えることにするよ。『人払い』も長くは出来ないしね。
何、簡単なことだよ。お兄ちゃんには『ディアボロス』と殺しあってほしいだけなんだ」
少女の言葉に軽く眉をひそめる。
「あれ? 固体識別してないの?
会ってるはずだけどなぁ、黒い人型」
「…あれはお前らの差し金か。
面倒くせぇ、あれ連れてとっとと失せろ」
心底嫌そうな表情を見せる夏樹に楽しそうな笑みを浮かべる。
「お兄ちゃんに拒否権はないんだなぁ。
今、有利なのはこっちなんだから」
言葉を発しながら指を鳴らすと、夏樹を中心に直ぐ後ろで気を失っている楓を含めるように薄い同心円が広がる。
「それはうちにいる転移能力者ので、今からあるところに…ってうわぁっ!」
言葉を遮るように顔面を狙ってきた夏樹の蹴り足をぎりぎりで避けると宙へと浮かび、間合いから離れる。
「人の話ぐらいは最後まで聞こうよ? せっかちな男は嫌われるよ?」
「お前ごときに好かれる気はない、まして銃を向けられてる状況でへらへらしてるような奴にはなおさらな」
にべもなく切って捨てる夏樹に苦笑を浮かべる。
「まあ、それはいいんだけどさ、とりあえず話し聞いてよ。
そのお姉ちゃんがどうなってもいいって言うなら別だけど。
こっちもそうだけど、あまり長引かせたくないでしょ? あまり軽い怪我じゃないみたいだし」
態度とは裏腹に、状況を冷静に把握する少女に少し認識を改める。
楓のことはもちろん、着ている服の濃い色で分かりづらいはずの撃たれた傷にまで気づいていることに。
小さく舌打ちをして、銃を構えたまま楓のところまで戻る。
「そうそう、人間ききわけが肝心、
とりあえず『それ』使って飛ばすから、一戦交えてもらえばいいだけなんだ。
勝てば帰るなり、そのお姉ちゃんとイチャつくなりご自由に♪」
楓との関係は否定すべきなのだが、こういった手合いに言っても意味がない。
「随分と適当なんだな」
「んー。そうでもないかな? お兄ちゃんが勝てばこっちとしてはデータは取れるし、負ければ方舟の高ランクエージェントが一人減るからデメリットはないんだよね」
「なるほど、それはこの場でお前を倒しても変わらない訳か」
「そうだね、転移は私とは関係ないもん。
その時は行方不明の可哀相な女の子が一人生まれるだけ。次、そこから出ればお姉ちゃんだけ飛ばす。
行き先は何処だろうね。ミュータントの巣? マッドな科学者の所? それとも飢えた犯罪者の男共の所かなぁ? どの道、そんなに可愛いんだもの、どこでも需要はあるよ♪」
「…下種が」
少女の言葉に吐き捨てる夏樹。心底吐き気がする。
だが、それでもここで冷静になれるのが高ランクエージェントである理由。
「…好きにしろ。で? どこまで飛ばされるんだ? 場所が分からんことには帰りようがないんだが?」
「んー。詳しくは話せないけど、うちの能力者もそんなに能力高くないからね。この都市のどこかのラボだとは言っておくよ」
「そら親切にどうも」
夏樹の言葉を皮肉と受け取ったか楽しそうに笑う。
「それじゃあ、ごゆっくり♪
あ、何かいいたいことあったら聞いておくよ。遺言かもしれないから」
「いらねえよ。
…いや、一つ言っておく。お前が何者で何をしようと構わんが、俺は必ず食い破って見せる。
その後の自分の心配でもしとくんだな」
「うわぁお、悪役発言~」
「…方舟が正しいかどうかなんて別段どうでもいい。
ただ、俺は自分が正義の味方なんて思ったことは一度もねえ」
口笛を吹いて茶化す少女の前で夏樹は凄みのある笑みを残し、その姿は虚空へと消えた。
後には少女の姿。
「怖いなぁ…」
誰にでもなく呟く少女。
「きっちり置き土産を残していくんだもの」
夏樹の念動力で殴られふらつく体を支え遠くを見やる。
跳ばされるあの瞬間、自分がやられた分はきっちりとやり返された。
今までにない、いい獲物だと思う。
しばらくは退屈をしなくてすみそうな予感に、にんまりと笑みを浮かべた。
「楽しませてくれるよねぇ…?」
その言葉は風に流され、誰にも届くことなく消えた。
もう少し文才が欲しいと願います
ひょっとしたらベースはそのまま、全体的にリニューアルをはかるかも?




