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立ち寄ってもらえる方へ送ります
1人くらいいるとありがたいですが(汗)
「…聖ちゃん、その手どうしたの?」
楓が転入してきて、10日程経ったある日の昼食時。
包帯でぐるぐる巻きにされた聖の右腕に目を留めた楓は、少し眉をひそめて尋ねる。
この学園において授業は単位制であるため、午前中に楓が履修している科目は二人と重なっておらず、その上登校時間も合わなかったから、今日の第一声がそれである。
学校生活は勉強自体が中等部で止まっていた時期があるため、少し大変ではあるもののなんとかついていっている。
友人関係も二人のおかげで割合早くクラスに打ち解けることが出来たし、二人の勧めで明かした瞳の色も思っていたよりもすんなり受け入れられたようで、本格的にコンタクトを外すことも考え始めている。
こうして屋上で昼食をとったりするのも普通になった。
「んーと、ロケットパンチに改造中?」
楓の質問に、今朝千草にしたのと同じ返事をしたら不思議そうな顔をされて、千草にはチョップを入れられた。
「分かりにくいネタするんじゃないって言ったでしょ? 楓、固まってるじゃない」
千草にたしなめなれ、小さく舌を出すと、
「…昨夜、仕事でちょっとヘマしちゃってさ…」
恥ずかしそうにぼそぼそとした声で答える。
「学校、出てきて大丈夫?」
「うーん…お医者さんにも止められたし、まだ痛いんだけど、部屋に独りでいるほうがヒマで死にそうな気がして…」
らしい、といえばらしい答えに悪い気はしたが、小さく吹き出してしまう。
「朝イチで電話してきて、今日は『おにぎり』がいいって言ってくる位だから、死にゃしないわよ」
「うわ、ひどっ! 愛がない~」
結局、いつもの調子に戻る二人の様子に、楓の表情も解れる。
そうやって三人で昼食をとるものの、やはり腕が痛むのか聖はおにぎりを食べるのも少し苦労していた。
「やっぱり外は暑いねぇ…」
のほほーんとした声で左手にコップを持って麦茶をすする聖の横顔を見ながら、楓は思案することしばし。
「…あの、聖ちゃん?
良かったら診せてもらえる? 私、少しならケガを治せるから」
「…ホントっ!?」
控えめな楓の申し出に、目を輝かせる聖。
だが、少し困った顔になる。
「えと…傷口、見せないとダメかな?」
子供っぽくはあってもやはりお年頃、傷口を人に見せるのははばかられるものもあるらしい。
楓もそこは汲んだのだろう、無理強いはしない。
「うん、見せたくなったら無理にとは言わないよ。ケガの種類とか具合を言ってもらえれば。それだけでも治療は大体出来るから」
「んと…ヤケド…」
お願いしますと言って腕を差し出す聖。
改めてぐるぐる巻きの包帯に手をかざし、表情を曇らせる。
「火傷ならあまり触らないほうがいいね…
それにしても、結構酷いんじゃない? お医者様は何か言ってた?」
「ん~。あんまし詳しいことは覚えてないけど、楓ちゃんみたいな顔された」
あくまであっけらかんとした聖の様子に深いため息をつく。
たぶん、これが聖なりの強がりなのだろう。
「じゃあ、始めるね。気は楽にしてね。千草とお喋りとかしてていいよ」
微笑んで息をつくと、呼吸を整える。
聖の腕に手をかざすその表情が真剣さを帯び、瞳の色も徐々に深紅へと変わっていく。
その神秘的な光景に二人とも、一瞬見とれてしまう。
見た目には何も変わらないが、聖にはその変化が感じられ始めた。
「…? 痛みが…?」
手をかざした所から波が引くように治まっていく痛みに、聖は驚きの表情で見つめ、思わず漏らした声に顔を上げる楓。
「どう…? 気分悪くない?」
「ん…ちょっと暖かいのと、こそばゆい感じがする」
「そっか、それはちょっと我慢してね?
でも、思ったより酷いね…。少し時間かかりそう。だいぶ痛かったでしょう?」
「んー…」
心配そうな口ぶりに、そ知らぬ顔でとぼける聖。
強めの痛み止めをもらってもかなり痛かったのはこの際黙っておく。
聖の様子に「もう…」と少し呆れた表情を見せるも、再び治療に専念し始めた。
「聖ちゃん? 終わったよ」
「んにゃ?」
いつの間にかうとうとしていたらしい。楓の声に目を覚ますと、自分を覗き込む赤い瞳と目があった。
「少し動かしてもらってみてもいい?」
楓の言葉にこくんと頷くと、言われたように腕を曲げ伸ばししてみる。
「何か少し突っ張る感じがするー」
「んー。落ち着くまでは2・3時間はかかると思うから、それまでは無理に動かしたりはしないでね?
他に痛いところはない?」
もう一度頷くと、楓に許可をもらって包帯を解いてみる。
「を? をを?
すごい…治ってる…?」
実を言うと、昨晩の時点で見た目も大分酷く、医者からも外科処置は必要だろうとまで言われていたのに、今は少し赤みが残るものの火傷があったとは思えないくらい綺麗に治っていて、流石に聖も目を丸くする。
そのあまりにも嬉しそうな様子と、少しの疲労感に一つ息をついた。
「楓、大丈夫? 疲れてない?」
「あぅ…ごめんね、楓ちゃん」
二人の言葉に楓はぱたぱたと手を振って笑顔を向ける。
「私は大丈夫。聖ちゃんも少し疲れたでしょ?
この能力って、私と治される人の体力半々で治すみたいなの」
「へ~。そなんだ? でもすごいね。
方舟の『メディック』にもこんなに綺麗に治せる人少ないんだよ?」
「そんなこと…」
褒めちぎる聖に、照れたように謙遜して見せる楓。
「じゃあ、お礼ってわけじゃないけど、私の『力』も見せたげるー」
「…どうせ、『跳ぶ』んでしょうけど、いつかみたいに屋上の外には飛び出さないでよ?
あんた、上には浮かべないんだから」
二人の会話に、首をかしげる楓。
そんな会話をしながら、いつもより少し賑やかにランチタイムは過ぎていった。
昼休みも終わりに近づき、次の授業のため楓は校舎の中へと戻り、同じように屋上で過ごしていた生徒も少なくなると二人のほかには数人が残るだけになった。
「ふぁ…」
と、小さくあくびをつく聖に、やれやれとため息をつく千草。
「昨夜、痛くて殆ど寝てないんでしょ?
次の授業、休講で空いたからしばらく休んどきなさい。時間になったら起こしてあげるから」
「ん、そーする」
眠たげな顔はそのままに、再びあくびをする聖。
「わーい。千草の膝枕だ~」
妙に上機嫌でころん、と転がるとあっという間に寝息を立て始めた。
再びため息をついて、眠る聖の顔を見つめる千草。
「いつ以来かしらね、こういうの」
ふわふわの髪を手で梳きながら、普段見せないような優しい表情で呟く。
幼馴染の二人は小等部時代にとある事故に巻き込まれ、聖は覚醒者になり千草は片親を失っている。
それだけでも深く傷ついていた二人を待っていたのは体面のため、保身のために聖を切り捨てようとする汚い大人たちだった。
覚醒者になった聖を忌避する大人たちに、まだ幼かった二人がどんな思いでいたかなど関係なくて、その頃から聖は笑わなくなったし自傷癖までついた。
聖は被害者なのにそんなことをする大人たちが嫌で、聖を連れて家出などを繰り返すようになり『不良』というレッテルを貼られ、最終的に聖の祖父に引き取られるようにこの都市へと流れ着いた。
来た頃に聖はようやく少しずつ笑うようにはなったものの、それと引き換えるように自分に両親がいたことは覚えておらず、子供の頃に亡くなったという記憶に置き換わっていた。
体の成長が止まったのもこの頃からだと思う。
そんな二人の事にお構いなく向こうから色々と面倒な連絡などがあったが、まったく取り合わないうちにこなくなった。
そのことに関して千草は何の後悔もない。
事の善悪はともかく、大事な幼馴染を少しでも守れたという自負はあるから。
だからだろうか、過去にこの都市で政治家として辣腕を振るっていたという聖の祖父も、厳しい面は多々あるもののそれでも二人の好きなようにさせてくれている。
だから―
「…幸せにならないとね。誰にでもその権利はあるんだから」
わがままで、自分達本位だと思う。
だとしてもそんな夢は見ていいはずだ。
そう思いながら呟く千草の表情は、子を思う母のそれだった。
「残業かい? 昨日の今日でご苦労なこったね」
「あ、ドクター」
オフィスで机に向かい、報告書を作成していた瑞穂はかけられた声に顔を上げた。
「もう遅いんだ。鍵くらいしときな? まぁ、何かあるわけでもないだろうがね」
言いながら歩いてくるのは白衣を身に纏った白髪の老女。
声と容貌からそれなりの年齢に達していることは推察できるが、背筋はぴんとしているし矍鑠としている。
女性の名は、アリス・サンフィールド。
この都市での医療スタッフの長であり、能力開発部研究員。
そして、瑞穂の精神制御に関する主治医。
時計を見ると、午後9時を回ったところ。
言われるまで気がつかなかったが、昨晩の出動からするとほぼ24時間経っている。
「…気づかなかったです」
苦笑交じりに答える瑞穂が居るのは各チームのリーダーにあてがわれているオフィス。
瑞穂は戦場に出てもリーダーとしての指揮が多く前線に立つことは少ないために、こういったデスクワークが必然的に多くなる。
「ふぅん、スカウトの報告書?
それと…新型の報告だね」
「はい。ウチの子が怪我をしました…」
「聖だろ?
他のチームに活気がないから直ぐ分かった」
ディスプレイ上に開かれているデータを聞かれ答える瑞穂。
聖は、そのキャラクターゆえに隊員のマスコットとしての位置が確立している。
たいしたケガでないときほど大げさに騒ぐ聖が、今回は「へーき」と一言しか言わなかったのだ。
どれほどだったのか想像に難くない。
「スカウト報告は…あぁ、この子か」
聖のケガについて問おうとしたものの、先に問われタイミングを逸してしまう。
開かれている内容は楓についての件。
夏樹から『無理』と一言あっただけなので、なんと報告を書いていいのやら未だに悩んでいる。
「脈はなさそうなんですが、報告書は出さないといけないから」
いいつつ席を立ち、アリスにコーヒーを淹れ、自分にはハーブティを用意する。
瑞穂が好むのはカモミールのハーブティ。
知り合いから、落ち着くからと勧めてもらったところ妙に気に入り、以来好んで使うようになった。
「お、ありがとよ。ブラックでいいよ」
瑞穂に礼を言うと、スツールに腰掛けたままカップに口をつける。
「あの、ドクター。聖のケガの具合は…」
「全治1ヶ月。それに外科処置も行う予定…」
「…そうですか…」
思っていたよりも重い内容に表情を曇らせる瑞穂を横目に言葉を続ける。
「…だった」
「だった?」
眉をひそめ、問い返す瑞穂に、
「おや、聞いてなかったかい? あの子夕方に医局に顔を出したけれど、ほぼ完治していたよ。
検査終わったらここに顔を出すようには伝えたんだがね」
逆に意外そうな顔をされて言葉に詰まる。
言われてみれば、午後に1度来客があった気もするが、仮眠を取っていたから断った覚えが微かにある。
「でも、どうして? それこそ昨日の今日ですよ?」
「その子さ」
ディスプレイを指差してコーヒーをまた一口。
「噂の『楓ちゃん』さ。
治してもらったらしいよ。あたしも見たけどね、たいした腕だ。
少し腫れは残しちゃあいたけど、処置も検査も問題なし。
ここまで腕のいいヒーラーは、なかなかお目にかかれないね。脈なしってのがもったいない」
彼女にしては珍しく手放しの賞賛。
「そうですか…でも良かった」
アリスの言葉に胸をなでおろす瑞穂。
一安心したら、眠気が襲ってきた。考えてみれば軽く仮眠を取ったものの、ほぼ1日中ここで缶詰状態だった。
「そろそろ帰りな。明日も早いんだろう?」
「そうですね」
ディスプレイを落としながら答え、眼鏡を外して目元を押さえる。
今着けていたのは普段の伊達眼鏡とは違い、目の負担を軽減させるもので、デスクワークが多い瑞穂には欠かせないもの。
視力は決して悪くないが、やはり長時間画面と睨めっこしていると疲れる。
「しばらくは、メンバーが足りないから準待機だろ?」
「そうです。でも今回の件、あまり長くかからないかもしれません」
自分とアリスのティーカップを片付けながら、肩越しに答える。
「どうしてだい?」
「まだデータ自体が出揃ってないから断言は出来ないんですが、たぶんあのミュータント、長くないです」
棚にカップを収めつつ話を続ける。
「今までの検査結果からすると、異常にテロメアが短いんです」
「…なるほど、だからもう長くないってことか」
「はい。それともう一つ、あまりこっちは知らないほうが良かったかもしれませんけど、8割以上の確立で『元人間』です」
少し沈む声に、アリスの表情も渋いものになる。
近年、人間が感染したミュータントは少なくなっている。
ただそれは治療法などが出来たからではなく、ミュータント化の兆候が現れた場合、冷凍睡眠という措置をとることが増えているためである。
世界を席巻している『Lウィルス』の厄介なところは、潜伏期間が1~2日と短い上に変化も劇的であるということにある。
ただ、空気感染はしない。ある程度の高温で死滅することや低温下では活動が行われないなど、ウィルスそのものの強度は低いために被害が食い止められた。
冷凍睡眠は問題を先送りしているだけかもしれないが、人命優先と考えると致し方ない。
それでも、年に幾度かはミュータント化した『ヒト』と遭遇することがある。
普段もミュータントを相手にしているものの、それでもやはり同胞を倒さなければならないというのは気が滅入る。
恐らく言葉の裏にあるのは時間が解決することを望む本心だろう。
二人とも無言でオフィスを出ると、瑞穂のコミュニケーターがコール音を鳴らした。
「あ…すいません」
アリスに断ってコミュニケーターを開く瑞穂。どうやらメールだったらしいが、読み進めるうちにその横顔がにやけてきた。
「翔からかい?」
「は…はいっ!」
からかい混じりに口を挟むと少し裏返った声で返事を返す。
「何だって?」
「え…その、晩御飯、作っててくれるって」
嬉しそうに顔を赤らめて答える瑞穂、すでにその足は駆け出しそうにそわそわしている。
「…早くいってやりな。待ってるんだろ?」
「はいっ! それじゃ、失礼しますっ」
ぺこり、と頭を下げて通路の向こうへと走っていく。
微笑ましい行動を笑顔で見送り、その姿が見えなくなるとすっと目が細められる。
「命短し、恋せよ乙女ってね…
あんたは人形なんかじゃあないんだ」
鋭い目つきで睨むのはここに居ない誰か。
「…もっと自由に生きな。あんたの幸せを望んでるのは沢山居るんだ」
妙に感傷的なのは年齢なのかどうなのか。
やれやれと頭を振りながら自分の研究室へと足を向けた。
「脳波に変化」
暗がりに響く男の声。
「…夢でも見てるんじゃない?」
男の声に応えるのは場違いなほどに明るい少女の声。
だが声で場が和むこともなく、聞くたびに男の頬を背中を冷たい汗が伝う。
「夢、ですか? こいつらが…」
「そ、動物だって夢を見る。
それなら『元』人間のこいつらが見たって不思議はないんじゃない?」
ディスプレイの明かりに照らされ浮かび上がったのは、白衣を身に纏い髪型をショートボブにした年端も行かないように見える少女。
「…しかし、こいつをまだ使うんですか?」
「…何? 文句あるの?」
男の何気ない問いにあからさまに不機嫌そうな声になると、微かな光源で見える瞳が細められ剣呑な光を帯びる。
「い、いえ。そのようなことは…」
「…ふぅん。ま、いいや。
こいつは便利だしねー。拾って2年くらいになるけど、安定してるし強い」
ディスプレイに映し出される、液体で満たされた槽の中で浮かぶ黒い巨体に目を細める。
それは、夏樹たちがかろうじて退けた『悪魔』の姿をしたミュータント。
「おかげで、沢山データが取れたけど、そろそろ限界なんでしょ?」
自分の声に頷く男に、あっけらかんとした声をあげる。
「なら、最後にちょっと派手な舞台を用意してあげないとね。
自称『人類の防波堤』の方舟にぶつけてあげようかな?
でも、邪魔だよねー方舟。人間なんてこの地球の病原菌だから、滅ぶだけで助かるものも沢山居るのに」
狂気にも似た何かを孕んだ声で呟く少女に、微かに男の奥歯が鳴る。
そんな男の様子など気にした様子でもなく、手元のキーボードを叩く。
「やっぱり最後はこの人だよね。唯一こいつに傷をつけたんだから。
長森…なつきって読むのかな? 何か女みたいな名前だね」
表示されるデータに目を通してくすくす笑う少女。
「ま、倒せたら高ランクエージェントは減るし、無理でも在庫処分できるから、こっちには何も損はないから楽だよね」
少女の独白に誰も答えを返せない。
『もう一暴れしてみようか。
ちゃんと舞台は用意してあげるから頑張るんだよ『ディアボロス』…』
一瞬の後、少女の姿はモニターの向こうにあった。
ガラスに頬を当て、目を閉じる少女。
その姿は幼いにもかかわらず、どこか艶やかで―
『私たちの望む世界のために。病原体を駆逐するために』
謳うように呟き、微笑んだその顔は美しく、酷薄な笑みだった。
プライベートの忙しさと遅筆さのコラボレーション




