第六十二話 1915.4.15-1915.4.15 新型車両
主人公が戦車の開発を終えてから何をしていたのか。
英軍の関係者が持参した要求書に一通り目を通し、必要な指示や手配を済ませると、すっかり夜も深くなって居た。
俺はオフィスを出ると、構内灯の白熱電球に照らされた通路を一人歩いて、工場の敷地のとある一角へと向かった。
工場は現在二交代勤務を導入してフル稼働状態であり、そろそろ十時になろうかという時間ではあるが、生産ラインからはまだまだ鐵工所独特の音があちこちから聞こえて来る。
最初は小さな町の鐵工所だった我が社だが、今や幾つもの棟を連ねた巨大工場を構えるまでになった。広大な土地がある米国ならば一つの街がすっぽり入る位の広さになったかもしれない。英国だからそこまでの広さは無いが。
それでもかなりの広さがある工場敷地だから、構内を歩くだけでも良い運動になる。
見掛けた社員たちに声を掛けながら暫く通路を歩いて行くと、目的の建物に到着した。
工場の外にも繋がる工場内の広い私道に面した建物正面の大きな搬入出扉を通り過ぎると、この建物の裏側にある通用口の方へと回り込んだ。
そして鍵で通用口の扉を開けると、建物の中に入った。
この建物は所謂部外秘にしている建物で、限られた関係者以外立ち入りは出来ない。
それは英軍や皇国の関係者であろうと、俺が許可した人間以外は立ち入れない。
この建物は俺の願望を実現するための建物。
俺の願望とは、すなわち転生する時に願った戦車の開発だ。
流石に自ら戦車に乗り戦車隊を指揮して前線に出る事は叶わなかったが、この建物で何者にも邪魔される事無く、俺が作りたい物を作る。
まあ、俺の秘密基地みたいなものだな。
といっても、この建物だけですべてを作り出すのは無理な話で、実際は試作品を最終的に組み立ててテストを行う建物、と言う事になる。
つまり、開発した新型車両等が初めて完成品の形となるのがこの建物という訳だ。
通用口から入って直ぐに設置されている時計を見ると、既に十時を過ぎていて、この建物に残っているのは守衛だけの筈だ。
守衛室へ顔を出すと、当直の初老の守衛が暇そうにしていたが、俺の顔を見ると慌てて立ち上がって声を掛けてくる。
「社長、こんな夜更けにどうされましたか」
「サム、いつもすまないな。
ちょっと奥の部屋に用があってな。
鍵を頼む」
「はい、ただ今」
そういうと、守衛は腰に下げた鍵束から鍵を一つ選んで壁の鍵棚を開けると、中から一つ鍵を取り出して渡してくれる。
「ありがとう。
そんなに長居するつもりは無いが、奥の部屋のブレーカーも入れておいてくれ」
「わかりました」
守衛は守衛室に併設された電源室へと向かったので、俺は非常灯だけが灯る薄暗い廊下を抜けて一番奥の部屋の前まで来ると、鍵で扉を開けて中へと入った。
この部屋は試作品を組み上げる部屋で、同時に二両の大型戦車をくみ上げられるほどの広さがあるが、今はスイッチ類が設置されている壁面の非常灯が仄暗く灯るだけで、奥の方は真っ暗ではっきり見えない。
程なく守衛がこの部屋の電源を入れてくれたのか、スイッチのパネルの所に取り付けられている白熱電球が灯ったので、俺はこの部屋の照明を灯した。
この部屋に取り付けられている照明は、工業用の光量の大きい大型の電球を使っているので、途端に部屋の中が明るく照らされる。とはいえ、前世の投光器で照らす様には明るくはならないのだが。
そんな照明に照らし出されているのは、カバーで覆われて部屋の真ん中に鎮座している大型車両だ。
カバーを外すと、出て来たのは砲塔を持った大型の八輪車両。つまりは兵員輸送車だ。
そう、砲塔を持った完全密閉型の兵員輸送車は、実は既に完成しているのだ。
戦車を作りたくて転生した俺が、一先ず戦車を形にして完成させたのに、その後何もしていなかったわけはなく、戦車を完成させると直ぐにこいつの開発に取り掛かっていたのだが、つい先ごろ試作品の完成にまで漕ぎ着けていたのだ。
この車両は俺が前世で最後に手掛けた車両と同じコンセプトを持つ車両で、このモデルは兵員輸送車両だが、この車両を使って機動自走砲を作る事も、迫撃砲搭載車両を作る事も可能だ。
スペック的には全長は約八メートル、全幅が約三メートル、全高が約二メートル半、重量が約二十五トンで四百馬力のV型12気筒ディーゼルエンジンを搭載している。
大型のコンバットタイヤを使う八輪駆動車となって居て、計算上は全てのタイヤが被弾していても完全に破損しない限りは全く動かなくなる事は無い筈だ。
乗員三名で運用し、収容できる兵士は最大八名。歩兵が乗車したまま戦闘に加わる事には対応しておらず、歩兵が戦闘に参加する場合は後部ハッチから降車する事になる。
武装は、車長と銃手の二名が入る砲塔に12.7mm機銃と8mm機銃を搭載しているが、大型の砲塔リングを採用している為、将来的には20mm機関砲などに換装が可能だ。
但し、外面は見るからに未来的で前世の多用途装輪装甲車に見えるが、勿論前世にあった様々な先端装備が搭載されている訳ではなく、先端素材が使用されている訳でもない。また前世の装輪装甲車は七百馬力級のパワーユニットを搭載して百キロで疾駆することが出来るのに対して、この車両は、まだ本格的な試験は行っていないが、恐らく五十キロが精々だろう。
だが、この車両の大きさは敵兵士を圧倒するだろうし、この車両ならば火炎瓶や収束手榴弾程度の攻撃はものともしない筈だ。
問題は、パワーユニットのV型12気筒ディーゼルエンジンと足回りの耐久性。四輪駆動車のライセンス生産でこの手の車両のノウハウは蓄積できていると思うが、八輪駆動車というのは米国でもまだ開発されて居ない。
俺は前世で八輪駆動車を手掛けているので未来知識があるが、それでも量産にはまだまだ時間が必要だろう。
この車両は、特殊迷彩を施して遠方からの視認を困難にした上で、英軍から借りている演習場で試験し、問題点の洗い出しや不具合の修正を行う事になるが…。
〝可及的速やかに〟という英軍からのオーダーがあるから、多少の不具合なら〝そのまま生産せよ〟と通達が来そうな気もする。
可及的速やかに未来的ICV登場ですが見た目だけな可能性大です。