第五十六話 1914.12.29-1914.12.31 軍用機運用状況1914年
主人公は今一つ振るわない航空機部門のテコ入れを考えます。
1914年12月28日、会社は今日が仕事納めで、来年の仕事始めは4日からとなる。
とはいえ、戦時中という事もあり、全社すっきりと休業という訳にもいかない。
工場は停めるが、その間に製造ラインの整備点検などメンテナンスが入るし、対外窓口を務める部署などは交代で出社する事になっている。
俺はと言えば、年末年始も事務所で過ごす事にしている。流石に社員を正月返上で働かせているのに、経営者が休むわけにもいかないからな。
それに、戦地ではこの瞬間も敵陣とにらみ合いが続いているし、未だ戦争は続いている。
平時ならいざ知らず今は戦時だ。いつ何があるかもわからないから、いつでもどんな事にも対応できるようにしておかなければ。
年末という事もあり、事業としては大成功を収めていると言える陸上部隊用の武器や装備品に比べ、想定より今一つ振るわない我が社の航空部門をどうするか考えてみる。取り合えず、来年年明けから航空部門へのテコ入れを考えている為、現時点での航空戦や航空機産業の状況についての情報収集を、英国の関係各所に対し行った。
ところで、情報というのは新聞に載る事もあるが、当然ながら新聞にすべての出来事が掲載される訳はなく、特に軍事が絡むことは直ぐには発表されず、また発表されても概要だけで詳細は明かされない事も多い。戦時下であれば猶更だ。
しかし皇国の軍人でもある俺は、皇国軍に関する事であれば定期的に俺の日本でのオフィスが取りまとめた詳報が英国に届くから、少し遅れはするが英国に居ながら日本関連の出来事についてはそれなりに把握できている。
一方英国における俺の立場は、あくまで一民間企業経営者であるので、会社に頻繁に来訪する英国側の関連部署の役人や軍人から情報は入ってくるものの、必要な情報が何でも勝手に入ってくるという物でもない。
欲しい情報は取りに行かないと手に入らない事が多いからな。そこで俺は、これまでに培った人脈やコネを駆使し、英国の様々な部署のキーマンと言える人々に当たり、外に出ていない〝此処だけの話〟と言う奴を拾い集めた。
その結果、現時点では史実と変わらず本格的な空対空戦闘は未だ行われて居ない様だ。
精々が機内に持ち込んだ小型の銃器で撃ちあう程度で、運良く運悪く当たる事もある様だが、今のところ敵味方共に撃墜された機体の殆どは、地上からの砲火によるものだという事だ。
この時代の航空機は低速で、しかも比較的低空を飛ぶという事もあり、また装甲等の防弾装備は無きに等しい為、歩兵によるライフルの一斉射撃が馬鹿にならない脅威の様だ。
しかし、それでも空戦による初の撃墜というのは、既に仏軍担当の戦線で10月5日に発生していたらしく、俺の耳に入って来ていた情報というのはあくまで英軍の話だったみたいだな。
ところで仏軍も、現時点では航空機の武装をどうするかというのは模索段階で、正式装備として機体に機銃を装備するというのは未だ試験段階に留まっている。この10月5日に初撃墜を達成した仏軍機の武装も、仏のヴォアサンというメーカーの乳母車に羽を付けた様なデザインの推進式四輪飛行機に私的に機銃を取り付けたものだった様だ。
空戦の状況は、ヴォアサン機に仏軍で広く使われているオチキス機関銃を一丁取り付けて、機銃手と操縦士の二名で哨戒任務に出たところ、偵察任務を終え帰投中であった独軍アピアティックBIII型偵察機を発見、直ちに攻撃を仕掛けたそうだ。デザインの割りに意外に性能の良いヴォアサンと同等の速度しか出ない独軍偵察機は振り切ることが出来ず、応戦する事となった。
独機にはパイロットと偵察将校の二名が搭乗していたが、武装は偵察将校が持ち込んでいたモーゼルライフル一丁のみ。正確な空戦時間まではわからなかったが、結構長い時間仏軍地上部隊が見守る中空戦が繰り広げられたが、結局は火力に勝る機銃を装備していた仏機が独機に多数の銃弾を命中させて撃墜したようだ。
もっとも、仏軍機に搭載されたオチキス機関銃は50発近く発射したところで故障してしまい射撃不能になったのだが、その頃には独軍機は飛行不能な迄に被弾していたため墜落し、搭乗していた二名はともに戦死したそうだ。これが初の空対空戦による撃墜の顛末だ。
この時代、航空機は速度が遅くかなりの低空を飛び、しかも機体が軽い為墜落しても助かる場合が割とあるらしい。しかし、空を飛ぶという事は死と隣り合わせなのは間違いなく、特に防弾装備も無いこの時代では搭乗員の身体に被弾すれば致命的だし、そうでなくともパラシュートも無いこの時代、機体が破損して飛行不能になったら不時着するしかなく、その場合搭乗員は、失敗すれば徒では済まない。
また優れたパイロットは替えが効かず、優秀なパイロットの数を揃えろ、と言って簡単に揃う物でもない。
特に戦時の軍用機パイロットは折角飛べるように育成しても、かなりの割合が一機も撃墜する事無く墜とされ戦死するそうだ。
五機以上撃墜したパイロットは〝エース〟と呼ばれるが、墜とすか墜とされるかの真剣勝負に五連勝する程の抜群のセンスと運に恵まれた者だけがそこに至れる。それほど貴重な存在であるともいえる。
だからこそ、仮に撃墜されたとしても何とか生還できる可能性というのを高める努力をすべきだと俺は思うな。
今のところ皇軍の欧州派遣軍のパイロットはパラシュートを標準装備にしている訳だが、機体のキャパシティーの問題で、まだ防弾装備を備えるまでには至ってない。
それは兎も角、仏軍はヴォアサン機、独軍は青島でも使われていたエトリッヒ・タウベ機に爆弾を搭載し散発的ではあるが爆撃に成功しているらしい。
しかしながら、これらの爆撃で仏軍と独軍が使用している爆弾とは、爆撃手が片手で持って目視で落とせる程度の爆弾でしかなく、その効果は運よく建物に当たれば多少は損傷させることも可能だろうが、その命中精度や威力を考えれば嫌がらせ程度にしかなっていないのではなかろうか。
一方英軍はと言うと、デハビラントが前の職場で開発した偵察機のBE-2を爆撃機としても運用している様だが、エンジンが非力な為機銃と偵察員を下ろしてその空いたペイロードに爆弾を搭載している為非武装状態であり、また安定性が優れている以外は機体性能もそれ程優れている訳では無い為、独軍機の良いカモにされている状態の様だ。
他にも英軍では、後にランカスター重爆撃機で名を馳せたアブロ社が開発したアブロ504という軍用機を英陸軍、海軍の両方で多数運用している。この機体は操縦しやすい名機の部類で、前世では大戦前年の1913年に英軍に採用されて以降、改良を重ねながら八千機もの大量生産がなされ、終戦後も1930年代まで練習機として長く利用された。
前世の第一次大戦後に我が皇国でもライセンス導入していた程で、中島、愛知両航空機メーカーで陸上練習機、水上練習機として生産され、昭和初期に三式陸上初歩練習機が採用されるまで長く使用されていたはずだ。
このアブロ504で編成された部隊が11月下旬頃フランスのベルフォールから出撃し、ドイツのフリードリヒスハーフェンにあるツェッペリン飛行船の基地を攻撃して水素ガス工場を爆発炎上させることに成功したらしい。作戦自体は8月頃から始まっていたそうだが、航空機による爆撃自体が始まったばかりで試行錯誤もあったのだろう。
ちなみに、機体性能的にはフェアリーの開発した爆撃機の方が性能が良いのだが、アブロ社は1910年に設立された、既に名が知られて実績もあるメーカーであり、当たり前だがあちらの会社の方が信頼されている。アブロ504にしても我が社より早く実用化して英軍に採用されるなど一歩も二歩も先んじており、これは致し方ないのかも知れないな。
そのフリードリヒスハーフェン爆撃の報復という訳ではないのだろうが、英国本土にも今月の21日に初めて独軍のエトリッヒ・タウベ機が飛来し、ケント州アドミラルティ桟橋の近くで爆撃を敢行。桟橋の施設が被害を受けたそうだ。
ドイツと言うとツェッペリン飛行船の英国本土爆撃を連想するが、こんな時期から既に航空機による爆撃を行っていたというのは知らなかったな。
ところで英国は、今月の10日に英海軍では初となる本格的な格納庫を持つ水上機母艦を就役させた。
英海軍は、これまでにも格納庫は持たないが水上機の運用能力を持つ水上機母艦を複数運用しており、今月の25日に複数の水上機母艦から発進した水上機で独軍のノルドホルツ航空基地を爆撃したらしい。これが初の海からの航空機による攻撃となる様だ。
爆撃そのものは成功したらしいが、霧のせいで参加した九機の内三機しか母艦へ帰還できなかったそうだ。つい先日の作戦ということもあり、具体的な作戦詳細まではわからなかった。
こうして色々と今年の英軍、そして仏独軍の航空機の運用実績を集めた限りでは、史実でもそうだったが、この世界でも航空機はまだ主戦力の一翼を担う所までは行っていない。
そこで俺が目を付けたのが、フランス沖に展開して陸上支援を行っている皇軍の強襲揚陸艦。この艦は世界で初の全通航空甲板を装備している訳だが、英軍の認識ではあくまで上陸任務や物資輸送任務に特化した輸送艦に偵察機の為の滑走路が設置されているという程度で、これが航空母艦だという認識はあまり無い様だが、こいつを上手く使いたい。
実際の所この強襲揚陸艦の現状は、対地支援や物資輸送、そして偵察機の運用が行われているだけで、この艦に爆撃機や戦闘機を搭載して運用している訳ではない。
と言うのも、デハビラントの偵察機は他のどの機体よりも離着陸距離が短く、強襲揚陸艦での運用に向いているという利点が大きいため、現時点では強襲揚陸艦で戦闘機や爆撃機の運用が可能かどうかを未だ試してはおらず、正直どうなるかも分からない。
それらを考慮したテコ入れとしては、先ずは爆撃機の為の爆撃照準器の開発、それに迅速な爆装の為のリフト付きカートなどの開発が必要だと思われたので、年明け早々から着手するとしよう。
殆どすべて後の時代で使われていた物をそのまま作るだけだけどな。
これら新装備を搭載した強襲揚陸艦と爆撃機で対地支援爆撃を行えたら、英軍の認識も大きく変わってくるだろう。
まずは主人公が割と自由にできる欧州派遣軍での運用を目指します。