第五十五話 1914.12.15-1914.12.28 クリスマス休戦
この世界でも英独戦線でクリスマス休戦が発生しました。
1914年12月下旬、戦争中ではあるものの戦地から遠く離れており、戦火が未だ及んでいない英本土では、今年も例年通りのクリスマスが各家庭で行われ、それが終われば新年に向けての準備が行われるのだろう。
膠着する西部戦線ではこの世界でも、前世でもあった〝クリスマス休戦の奇跡〟と言うやつが英独が対峙する戦線で発生したらしい。
この頃の英独軍の間では、たとえ陣営が異なり殺し合う敵同士であったとしても、前線で戦う兵士たち個人にはまだ何の禍根も無く、お互いの国の兵士に敵愾心を抱いているわけではなかったからこそ起こり得た奇跡なのだろう。
彼らは未だ「戦争はすぐに終わる」と楽観視しており、中には戦後の再会を約束して住所を交換しあった者も居たらしい。
この辺りの気安さの理由には、戦前ドイツから結構な数の出稼ぎ労働者が英国に来ており、そのため英語に堪能なドイツ兵が多かったという事情も影響しているのだろう。
とはいえ前世では、その後毒ガスが使われたりして夥しい戦死者を出し始めた為、翌1915年以降にはそういった楽観視や気安さは失われてしまい、この奇蹟の様な出来事はこれっきりとなった筈だ。
そのクリスマスに、うちの会社でもささやかだが〝催し〟が行われた。
催しといっても、社員たちは帰宅したら家族でのクリスマスパーティがあるわけだから、当たり前だが長く会社に引き止めるのは野暮というものなので、終業後にケーキを配ったりクリスマスカードを交換し合ったり、といった程度のものだ。
後は、この時代の他社にはそういう物はないらしいが、うちの会社は金額は少ないが、クリスマスイブに社員全員に賞与を出している。
丁度、クリスマスに年末年始にと、色々と入用になる時期だから、社員には中々好評だ。
そもそもこの時代の会社は福利厚生などは無いに等しいし、ボーナスというのは株主などに利益配当する意味合いで支給する位で、社員にそういうものを出すという習慣がそもそも無いようだ。
日本だと、江戸時代からボーナスの原型のようなものがあったらしいから、この辺りは職能とは無関係に、社員を家族と考える日本型企業と、経営者と労働者がはっきりと区別されている欧米型企業との違いかもしれないな。
俺はというと、例年ならクリスマスの日だからと早く帰るという事もなく、いつもどおりの時間まで会社で仕事をしているのだが、今年は秘書にケーキを貰ったのでいつもよりは早めに切り上げて帰る予定にしていたのだ。
久しぶりに早めに帰ることを下宿に伝えていたせいか、下宿の家主である老婦人がクリスマス用にとごちそうを用意してくれていて、久しぶりに豪華なメシを食べた気がする。
普段は会社の社員食堂で社員と同じメシを食べているからな。
ちなみに、英軍でも前線の兵士のためにクリスマスは特別なメニューが配られるらしい。流石にケーキは無いが、普段は無いようなクッキーやショートブレッドなどのお菓子が配給されたらしいな。
我が皇軍はというと、ロジスティクスが有効に機能しているかどうかの試験の意味も兼ねて、11月から準備をしていた英国風のクリスマスケーキを兵士たちに送り届けた。
英国風のクリスマスケーキというのは、前世日本で食べたようなスポンジケーキにクリーム、フルーツでトッピングと言うようなものではなく、正確にはクリスマスプディングと呼ばれる、ドライフルーツやナッツなどを練り込んで固く焼き上げたハードタイプのケーキであり、これをブランデーやラム酒などに漬け込んで仕上げに砂糖でコーティングする。
だから作るのに時間が掛かるらしいが日持ちのするものなので、予め作っておいた物をクリスマスに前線へと送り届けても大丈夫だったわけだ。
俺も、秘書から貰った固いケーキをちまちまと切りながら、紅茶を入れて数日掛けて齧る感じになるだろうな。
年の瀬になって、ブリティッシュセミコンダクターで作らせていたネオン管を応用したニキシー管の試作品が完成した。
併せてネオン管を応用した7セグメント表示機の試作品も同時期に完成した。
この辺りはウィリアム・ラムゼイ卿と共同研究者のモリス・トラバースというこの道の大家がイギリスに居て、そのうちのインドに居たトラバースが戦争で帰国してきた所を設立メンバーの一人として英国政府の紹介で雇うことが出来たのが大きい。
化学者である彼はガラスやガスなどを扱うエキスパートで、言い換えれば真空管やネオン管などチューブ型ガラス管の開発者としてもピカイチの技術がある人材だ。
ニキシー管も7セグメント表示機も、デジタル機器が普及する以前から技術としてはあったもののあまり活用されることはなかったが、うちの会社にはコンピューターエキスパートのトーレス・ケベードが居るから話は変わってくる。
トーレスはうちの会社に来て直ぐにトランジスタで回路を組むのにハマり、同時期に来てもらったエクルズやジョーダンと共にチームを組み、その結果ダイオードやフリップフロップ回路を短期間に完成させた。
結局は発想の問題で、ヒントがあればこの手の優れた人材は、比較的短期間で正解を導き出すことが多い。
デジタルの概念やデジタル回路にしても、俺が前世で習得していた知識や概念を彼らに図面や資料にして提供するだけで、たちまち現物となって出来上がってくるというわけだ。
これに関してはゲルマニウム精錬法やトランジスタといった下準備が出来ていたからというのも大きいとは思うが、初歩的な4ビット計算機が出来るのはそう遠い未来ではないのかもしれない。
年の瀬に、彼らを前にニキシー管式の10進表示や、7セグメント表示機での16進表示のデモンストレーションをやった時の、彼らの旺盛な好奇心ややる気を見せられて俺はそう思ったね。
ちなみに、入力用の16進キーパッドは既に完成してある。
それを使って表示させたのだから。
主人公はワーカーホリックというやつですね。




