これで我慢して?
目が覚めたらふかふかのベッドの上だった。真っ白なシーツからは柔らかいにおいがした。心地いい自分の家のものではない、上品な香り。
ん?自分の家のものではない?
「おはよう、シェリル」
もぞもぞと動くとリヴァイが隣に寝ていた。見惚れるほどの優しい目をしながら。
「って、いやいや!どうしてこうなった!?」
「覚えていないのかい?」
私は上半身だけ起こすと体をくまなく確認する。裸ではないが、あの赤いドレスではなく、薄いピンク色のネグリジェだった。
「リヴァイがなにかしたの!?もしかして私、…」
私は頬に手を当て、はああっと思い切り息を吸い、驚愕した。
「んー?君の本当の姿をみたかな」
「ええええ!?」
リヴァイはもう耐えられないと言わんばかりに笑い出した。
「昨日の夜のシェリルは可愛かったなー」
私はもう一度布団の中に潜り「ああ…もうお嫁にいけない」などと呟いた。
「大丈夫、大丈夫。シェリルは僕が貰ってあげるよ」
「…そんなことはきれいな女性に使う決め台詞であって、私は練習台なんだー、きっと」
もごもごと布団の中で、聞こえないほどの声量で呟いた。
「昨日もそんなこと言ってたね」
「え!嘘、そんなこと言ったの、私!?(というか、聞こえたの!?」
思わず布団の中から顔を出しリヴァイに嘘でありますように、と懇願しつつ問い詰める。
「そりゃもう、わんわん泣きながらね。リヴァイは女性に凄く優しいけど、それは仕事のためであって。しかも自分はその女性の中に入ってないとか。昨日かけた言葉の数々は、自分のために贈られたわけじゃなくて、別の女性に贈るための練習だとか」
サアアアッと顔が青ざめていくのがわかる。最大の失態と一生分の羞恥を味わったようだ。
「僕の気持ちを一つもわかっていない」
リヴァイは凄く切ない顔をして、そんなことを呟いた。
その憂いの表情に昨日の自分の態度を振り返る。勝手に怒り、同僚である彼にひどく当たってしまったような気がする。目を合わせなかったり、わざと会話をそらしたり…。
「昨日はごめんなさい」
彼は違うよ、君を謝らせたかったわけじゃない。と言いゆっくりと私を抱きしめた。
「ちょっ…リヴァイ!」
「シェリル。君が分かってくれてない僕の気持ちは、昨日の君の態度ではない。シェリルは、自分が思っている以上に美しいのに、それを自分自身でひどく否定している。そんな時のシェリルはとても悲しそうで、辛そうなんだよ。僕はそんなシェリルを見ているのが嫌なんだ。だから、もっと自信を持ってほしい。戦闘の時も、プライベートでも」
リヴァイの表情は見えないが、少し早い鼓動の音から伝わってくる。これらは、本心だと。
気づけば私はリヴァイの背に腕を回していた。リヴァイがピクリと反応して、リヴァイの腕の力は一段まして強くなった。私はリヴァイの背中をさすりながら「ごめんね。そしてありがとう」と彼に言った。
そして彼はゆっくりと腕の束縛を解いた。それに倣い私も腕を緩める。
彼は私をまっすぐ見据え、私も吸い込まれるような瞳を見つめ返した。
「絶対嫌いになんて、させないから」
顔の体温が一気に上昇した。自分でも真っ赤になっているのが明白だ。
私の顔をみてリヴァイはくすくすと笑い、私の長い前髪を優しく掻き上げた。長い前髪の下からは右目と同じ、奥の深い群青色の瞳が覗かせた。彼は優しく目を細め私の額にキスを落とした。しかし、それは数秒後に気づいたことで。
「そろそろ仕事に行こう」
だなんて、言葉が頭上から降ってくるときには、私はまたゆでだこになっていたのである。
支度を終え、いつものようにリヴァイの車に乗り込む。しかし私の手の中には即興で作ったサンドウィッチが2つ入っていた。中身はリヴァイの家の冷蔵庫から適当に頂戴した。材料はトマトや卵焼き(電子レンジを使用)、サラダを適量など、簡単すぎる出来だった。仕方なくそれを朝ごはんにするため持ち出してきたのだった。
リヴァイに断りを入れ、車内でサンドウィッチを頬張る。もっとちゃんと作ればよかった。適当に混ぜ込みすぎて、味が統一されていない。
車は信号により停車した、かと思えば、横の大きな影が動き私との距離が近まった。
「それ、僕にも頂戴」
正直、かなり驚いて、数秒後膝の上に置いてあったもう1つのサンドウィッチを手渡しする。
ありがとう。と短い返事をして彼は丁寧にラップをはぎ取る。リヴァイは高級食材ばかり食べていて、舌も肥えている筈だ。大丈夫だろうか。いや、大丈夫であるはずがない。そしてリヴァイが食べようとしたとき、ちょうど信号の色が変わり、車は発進せざる負えなくなった。途中で止まるようなところも今はなく、仕方なくリヴァイは私にサンドウィッチを預け、車を走らせた。
私はというと、もう食べ終わっており目の前のサンドウィッチを眺めている。本当においしくなかったらどうしよう、と。
そして、運転席に目線を移すと、彼は何でもいいから口に入れたいようだ。腹をすかせた子供のようにうずうずしている。
思わず私の口からは笑いがこぼれた。
「あんまり期待しないほうがいいよ」
「僕の目にはとてもおいしそうに見えたけど」
「どうだか」
そんな会話をしながらようやく車は停車した。そして私は彼にサンドウィッチを渡そうと思い彼のほうに目を向けると。
「早くしてくれ」
え?と思考が停止した。リヴァイが口を開けてこちらを向いているのだ。
「じ、自分で食べなよ」
私は顔をそむけたまま、彼のほうに不細工なサンドウィッチを向けると、彼は渋々それを受け取り頬張る。
「ん。おいしい」
「それはよかった」
彼は危ないことに片手で運転しながら器用にサンドウィッチを平らげた。
「美味しかったよ。どうもありがとう」
「でもそれリヴァイの冷蔵庫から勝手に材料をもらって、しかもキッチンまで借りて作ったものなんだ。…勝手にして、ごめんなさい」
時間がなかったので。それを言い訳にしても他人の冷蔵庫を漁るのはやはりまずかった。彼が怒っていなくても、反省している。
「だから2つ作った」
ん?と彼のほうに首を傾げる。
「僕に1つあげるために作ってくれた。そうだろう?」
彼にはすべてお見通しのようで、少し悔しさが募る。
「さあね」
窓を眺めながら、ぶっきらぼうに呟いた。
「素直じゃないなー」
隣で嬉しそうなテノールの声が聞こえた。