仕事の次はまた仕事
リヴァイに店内へとエスコートされ、ふかふかの椅子に座った。
うわあ。そわそわする。しかしそれを誰にも悟られないように、頬に力を入れた。
「プフッ」
真っ赤なテーブルクロスに飾られた机を挟んで向かいの男が笑ってきた。優しく細められた目と、左頬にある傷にすこしドキッとしてしまう。ん?ドキッてなんだ。ドキッて。
「お嬢さん、緊張してる?」
お嬢さんとは似ても似つかない私を見てリヴァイは面白そうに聞いてきた。自分の格好は、お嬢さんとはかけ離れている。もともと長身で、かわいらしい女性と比べれば、目も細めだ。右目は長い前髪で隠しているし、左目の下にはリヴァイと似たような傷跡が残っている。声もすこし低めで、おまけに胸がない。性別は女。見た目は男。その証拠によく男性に見間違われる。
「別に緊張なんかしてないよ」
その発言はリヴァイにクリティカルヒットをお見舞いしたらしく、口元を抑え、笑いをかみ殺している。
「そういえば、髪が伸びたね」
そう言われ、自分の髪を手で梳かす。金髪をすこし脱色したような色で、この髪だけが自分の誇れる外見だ。光に照らすとすこしキラキラする。
「んー。そうだね」
そう言いまたリヴァイを見るとぽかんとしている。へ?と思い、うしろを振り向く。後ろには特に何もなく、不自然に思って、大丈夫?と聞いてみた。
「ちょっと見惚れちゃったよ」
「そういうことはもっときれいな人に言ってあげないと。リヴァイの恋人とかさー」
「いやいや、恋人なんかいないって。シェリルに言ったんだけどな」
リヴァイは女にとても優しい。間違えて惚れそうになるほど。その高いルックスと甘い声、細部まで計算されたような身のこなしと、100点を付けざる負えない気の配り方。リヴァイは自分の持っている武器、全てを使って女性を落とす。それがリヴァイの仕事の一つなのだ。
しかし、その女性の中に自分が入っていないことは百も承知だ。女として見られていない、そんなことはリヴァイと一緒にいると分かってしまう。
しかし、そんな思想は目の前に次々と運ばれてくる高級食材にかき消された。
その後リヴァイにごちそうになって、ライアーに帰る。その途中で彼はポツリと言葉を漏らした。
「君はもっと自分を飾れば、もっときれいになれるのに」
私は隣の男の発言にぎょっとした。
「えっと、それはレイラに言ってあげなよ。彼女、綺麗なのにいつも真っ黒いスーツ姿だし、長めの前髪でさ。リヴァイに言われれば絶対喜ぶって」
まっすぐ前を見て、レイラの喜んだ顔を思い浮かべながら返答した。
私と二人きりになった途端、彼女は嬉しそうに頬を綻ばすのだ。ほんのり頬を赤くしながら「リヴァイさんが…」とかなんとか。その姿は本当に恋する少女でかわいらしい。
そんなことを思っていると、リヴァイは適当なところに車を停めた。
そして、ポケットからスケジュール張とスマホを取り出し、電話をかけ始めた。
今日のこれからのスケジュールはキャンセルだ。とか、また後日に仕事を回す。だの。
そうして何本か電話を入れ、彼はにやりと笑った。
「シェリル、急な仕事だ。付き合え」
次は何なのだ。もうピンチはないと思うのだけど…
「私、用事が。…ね?」
巻き込まないで、と目で言ってみる。
しかし、彼はライアーとは別方向に車を走らせた。
そうこうして着いたのは、またお高いビルだった。軽いエスコートを受けながら、中へと連れ込まれた。その結果連れてこられたのは、ブランド品の中のブランド品を扱う店だった。リヴァイは近くにあった真っ赤な丈の短めなドレスと、シックなハイヒールを手にして、店員に呼びかけた。試着を頼むと。そして私の背を軽く押す。
試着?私が?こんなもっときれいな人が着るために生まれてきた服を??
店員はさも普通のようにかしこまりましたと一言。そして無駄に広さのあるフィッティングルームに促され、試着を促され、渋々と着ることになってしまった。そのドレス、サイズはあっているのに、何だろう。この似合わない人は。
鏡に映っている私は、猫背で情けない顔をしていた。真っ赤できれいなドレスに目が眩みそうだ。そして足元には控えめにダイアモンドがあしらわれた黒いハイヒールで飾られている。ダイアモンドを足元とか危ないところに付けるなよ、とか思いながら店員に外に出るよう促される。
フィッティングルームからでると、リヴァイに凄い驚かれた。口元に手を抑え、「わお」と一言。いやいや、「わお」だなんて言いたいのはこっちだからね。
そしてリヴァイは高そうなネックレスを私に付けた。慣れた手つきだ。だが、こっちは慣れていないもんで、近くて顔の温度が上がっていく。悟られないように下を向いた。
すると、リヴァイの手が私の髪を梳いた。
「ひぃ、ちょっ…」
そして後ろのほうで優しく結ばれる。緩いポニーテールをされてしまった。
「さあ、上を向いて」
上から甘い声が降ってきた。世の女性はこういう時うっとりした目で上を向くんだろうな。
「シェリル。ほらこっちを向いて」
対照的に私は顔をあげたくなかった。頑なに下を向いていると、影が動いた。そして体に不思議なぬくもりが伝わる。リヴァイの手が私の背中にあり、私の顔は彼の胸に埋まっていた。
「リ、リヴァイ!?」
「君が顔を真っ赤にしているのはとっくに分かっているんだよ」
「はあああ!?」
背中の束縛が少しゆるみ、リヴァイが離れると思っていたら、フウッと耳元に熱い息が当たった。全身がぞわっとして、逃げたいのに、背中の束縛と過度な緊張で足が動かない。
「ひゃああっ」
「そそる声を出すねぇ」
「この変態!女の敵っ!離れろ!!」
堅い胸板を押すが彼はびくともしない。それどころか
「今のシェリルはとてもきれいだ。もっと見たい。いいかい?」
などと耳元でささやきかけてくる。脳みそが沸騰しそうだ。もう何が何だか分らない。自分は何か失態を犯したのか。
そしてリヴァイの細い指が私の顎にあてがわれて、半ば強制的に上を向かせられた。
「ははっ。ゆでだこみたいだ」
睨みつけると、彼は「うんうん。可愛い可愛い」などと抜かしてきたので、諦めてもう脱いでいい?と聞いた。
すると彼は、また笑い出した。
「もうそれは君のものだよ。僕からのささやかなプレゼントさ」
「はあああ!?」
リヴァイは店員から紙袋を受けとり颯爽と店内を後にした。紙袋を覗くときれいに折りたたまれた私のスーツが入っていた。
車までその格好でエスコートされ仕方がなく乗り込む。
「まだ仕事は終わっていないんだ。悪いが付き合ってもらうよ」
隣で不敵な笑みを浮かべた彼は有無を言わさず車を走らせたのだった。