公爵の約束
ヴァサッ
赤毛の少女は翼を羽ばたかせ生い茂る木々を縫うように飛行する。
「くっ…」
前方を行く闇が光り、少女目掛けて閃光が正確に放たれてくる。
旋回していては間に合わない。
翼を双方逆方向に羽ばたかせる。
進行方向を変えずに螺旋状に回転する。
そこへ襲い来た閃光が少女のわき腹の衣服をかすめてゆく。
少女は閃光が飛来して来た場所を凝視するが、敵の姿は捕捉出来なかった。
ヒュッ
右方向から風を切る音…少女は瞬時に身をひねった。
次の瞬間、4時の方向から閃光が通過していった。
(いつの間にッ!?)
相手は一人、最初に飛来した閃光の位置から数秒と経たずまったく別位置から攻撃を受けた。
不意を突かれ状態を仰向けに転進するが、完全には避け切れなかった少女の右肩を掠めて行った。
「うぐッ…」
苦痛に顔をゆがめる。
一瞬閉じた瞳を再び開くと、二つ爛々とギラつかせた赤い眼光が飛来して来た。
咄嗟に右手に握るレイピアを振る。
しかし、レイピアの剣先は空を切っただけだった。
紙一重で剣先を避けた影の手が少女の喉元を捕らえる。
声を上げる事も出来ず、少女と黒い影が地表へと墜落する。
ズザザザザザァアアアアアア・・・
大量の土ホコリを巻き上げふたつの影は停止する。
すぐ傍の地面にレイピアが刺さる。
浮かぶ二人の赤い眼光。
少女の上に馬乗りになるのは青い肌の悪魔ダイモン…
「ッ…!?」
赤毛の少女は自分の喉元を絞める青い腕を両腕で掴み必死に引き剥がそうとしている。
だが、ダイモンの力が遥かに上回っていてビクともしていない。
『ようやく出て来たか…72柱魔神、赤の乙女、〝グレモリー公爵"!』
グレモリーと呼ばれた少女は苦痛の面持ちのままで青の悪魔を睨む。
『ハッ!魔界で26もの軍団を率いる誇り高き魔神の一族がこうも手の内で踊らされるとはね…』
上に圧し掛かるダイモンは鼻で笑い、余裕の笑みを見せる。
『いやぁ~、一族からはぐれ気味のお前に目をつけて正解だったぜ』
青の悪魔ダイモンの言うとおり、グレモリーと呼ばれた赤毛の少女は魔界の公爵家で少し浮いた存在だった。
そうなったきっかけは、幼い頃に分家にそそのかされ公爵本家の地下宝物庫から禁忌とされていた人間界に行った為だ。
主力となる分家の悪魔は全滅。ただ一人、少女だけが魔界に帰って来られただけだった。
後に分家の謀反の画策が発覚し、それに同行した少女は一族の監視の下辺境の地へ隔離されてしまったのだ。
そこへ付け込もうと接触して来たのが青の悪魔ダイモンとダイモン率いる軍団だった。
当初、まったく相手にしていなかったが、禁忌とされている人間界へのゲート開放を手伝う事を条件に出して来たのだ。
少女は孝太との約束を思い、ダイモンを利用しようと条件付きで軍団へ下ったのだ。
念密な計画に、下級悪魔を誑かせ傘下へと加えていった。
グレモリー公爵家の姫が居る事で参加する悪魔は多く、青の軍団は大きく膨れ上がった。
そして、魔王の要請で魔王軍に加わる為、26軍団と主戦力となる公爵達が戦地へと赴き手薄になった本家へ奇襲を掛けた。
手薄になったとは言え、公爵本家。
烏合の衆で膨れ上がっただけの青の軍団では荷が重かった。
しかし、それで良かったのだ。
〝少女一人が人間界にさえ渡れれば"
本家地下深くの宝物庫へ辿り着き、ゲート開放の儀式を始める。
少女の思惑通りゲートの解放に成功した。
宝物庫を守る下級悪魔が次々と葬られる中、少女はゲートの中へ飛び込んだ。
それは、少女一人だけの予定だったのだが…その後をダイモンがこっそり続いたのだ。
ダイモンの目論見は正にここにあった。
人間界での魔力増幅の事を知らない悪魔は居ない。
しかし、人間界に渡って帰ってこられた悪魔が居ないことも事実だったのだ。
ダイモンは人間界に行く事を狙っていた。
しかし、無事帰って来られた悪魔が居ず、計画が頓挫していた所に舞い込んできた話が ――人間界から生還した悪魔が遂に現れた―― ということだった。
ダイモンはすぐさま行動を起こし、少女の周辺に監視を付け目を光らした。
そして近づき唆した。
少女が真っ先にゲートへと飛び込んだ先で悪魔狩りの者達の注意を引いてくれたおかげで自分は存在を知られる事無く人間を貪り喰う事が出来た。
そして、美雪の近くに居て悪魔狩り達に目を付けられていない茂木に目を付けたのだ。
ギリギリと少女の喉元を絞める力が強くなる。
遂に野望が叶う刻なのだ。
『この力を以って魔界へと還り、魔王軍を倒し魔界の新王になるのだッ!』
ダイモンは笑いを堪えられず高らかと笑う。
しかし、首を絞められる少女が僅かに笑みを零したのをダイモンは見逃さなかった。
『なにが可笑しい?』
少女が喋れる様に首を絞める腕の力を緩める。
「ふっ…力を手に入れたとて、私を殺して、どうやって帰る、の?」
ダイモンの表情から笑みが消えた。
だが、すぐに笑みを取り戻す。
『そんな挑発に俺が引っかかるとでも?』
少女は苦しい表情を浮かべるも、尚も余裕の眼差しをダイモンに向けた。
一瞬とも、永遠とも思える沈黙が流れる。
それからダイモンは少女の首から手を離し、黒い衣の襟を掴み持ち上げた。
「ゲホッ…ゲホッ…!」
少女は激しく咳き込む。
構わずダイモンは持ち上げる少女の襟を閉めた。
『では、お前が知っている魔界への帰り方を教えろ。そうしたら命は助けてやる』
グググッとダイモンの背より高く持ち上げられる少女、地面から足が浮き肩で大きく息を吸い込んでいる。
少女は苦しい表情のままだが、再び口の端に笑みを浮かべた。
「だ…だ~れが教えるかっての…」
ダイモンの口元がギリッと歪む。
『このッ…!?』
しかし、ダイモンが声を発しようした瞬間ダイモンの背後から風を切る音が鳴った。
『…ッ!?』
ダイモンは咄嗟に少女を放し、大きく横へと跳んだ。
直後、ダイモンの頭があった所を赤い放射線物が通り過ぎた。
「チッ!惜しいッ」
少女の耳に聞き慣れた悪態の声が聞こえた。
突如空中で開放された少女は力無く地面へと落ちる…が、その下でやさしくキャッチされた。
少女の顔を覗き込む影が声を発した。
「大丈夫!?カノジョ!」
ぐったりとする少女だが、覗き込んで来た影の顔を確認するまでもなく相手が誰だか分かった。
「貴女に借りを作るのは癪に障るわね、明日香さん」
遅れて、心配そうに目を見開く明日香の表情が視界に飛び込んでくる。
「よく言う!」
明日香の表情がふふっと笑みで緩んだ。
明日香に支えられ少女はゆっくり起き上がる。
その直後…
「グレモリーーーッ!!」
闇の中から聞こえる少女の想い人の声。
その声の発する言葉の意味を理解するまで一瞬遅れた。
「こう、、た、くん…?」
両手で口を押さえ、頭で理解するよりも早く視界が涙で歪む。
「グレモリーッ!!」
もう一度その名を呼ばれる。
闇の中からガサガサと激しく小枝を踏み折る音が近づいてくる。
「孝太君ッ!」
少女も再度叫ぶ。
次の瞬間、少女を包む抱擁。
肩で息をしながら少女の胸に顔をうずくめる少年。
――思い出してくれたんだ――
少女は嬉し涙を浮かべ少年の顔を持ち上げ覗き込む。
「フフフッ、孝太君、背ちっさい」
嬉しさと恥ずかしさが相まって、丁度胸の所に頭がある少年の髪を優しく撫でて誤魔化した。
「馬鹿ッ!勝手に行くなよ、心配しただろッ」
涙目で本気で怒る少年。
何もかもが愛おしく、少女は少年を抱きしめる。
「全部、思い出したから…」
少女の背中に回した腕に力を込め、少年はつぶやいた。
「そう、ありがとう……私の主様」
抱き合う二人を少し寂しそうな目で明日香は見つめる。
「油断するでないぞ!」
闇の中からガサガサと遅れて鈴音がやって来た。
その声で再び気を引き締めダイモンの方へ向き直る。
ダイモンは木の上に乗り突然の闖入者達に警戒していた。
『お前達は…あの時の人間か!』
ダイモンは学校の屋上で受けた矢傷を擦りながら明日香と鈴音を睨んだ。
「全ての元凶、青の悪魔!悪魔狩り師の名の下、お前を駆逐するッ!」
鈴音が叫び、全員身構え戦闘態勢へと移った。
◇ ◇ ◇
【キャラ一覧】
翁 孝太
★本物語の主人公。強力な女系霊媒師の家系の末っ子長男として生まれる。霊感などの類は一切ない平凡な高校生。
撫子原 美雪
★孝太の恋人。女子陸上部のエースで周囲からも期待されている。孝太にベタ惚れ。
琴宮 詩織
★悪魔狩り師、琴宮三姉妹長女。保健医。妹達が居る前ではしっかりな姉をやっているが、根はのんびりやさんらしく孝太とふたりきりの時は間延びした口調になる。日本史に出てくるお姫様みたいな雰囲気だが、服装はかなり艶やかで挑発的。対悪魔戦では基本後方支援・作戦立案担当。
琴宮 明日香
★悪魔狩り師、琴宮三姉妹次女。孝太と同じクラスに転入。孝太から悪魔の気配がする為、よく行動を共にする。対悪魔戦では猪突猛進の近接タイプ。
琴宮 鈴音
★悪魔狩り師、琴宮三姉妹三女。1年生。ちっこくて可愛い声なのだが喋りが年寄りという特徴的な女の子。対悪魔戦では中間地点から前衛との連携攻撃タイプ。
グレモリー公爵
★ソロモン72柱の魔神の1柱にして地獄の26軍団を従える公爵家の一族。幼少期に孝太と出会い誓い(約束)を立てる。再び孝太と再会する為人間界へと戻って来た。
☆その他☆
谷津 優介
★孝太とは大の親友で幼なじみ。孝太と同じクラスで孝太と飴玉交換するのを日課にしている野球少年。
悪魔
★異世界から突如現れ、人間を喰らうモノ。肉体はあるが、人間の精神を乗っ取ったり弱みに付け込んで魂を供物にして契約を持ちかけたりする。契約時や獲物を襲う時以外直接人間に姿を現す事は無い。
翁 婆様
★遥か南国の島の王家に従っていた由緒ある霊媒師一族の長女。寺の住職である爺に見初められ嫁ぐ。現在は神殿の奥に篭り、その姿は翁母と翔子にしか見る事が叶わない。謁見の際は簾越しにしか話す事しか出来ず、孝太も幼少期以降は簾越しでしか会った事がない。実家一族とは絶縁状態である。
翁 母
★孝太の母で霊媒師巫女。言動が若く、思春期真っ只中の息子とも良好な関係を維持している。孝太には美雪推し。
翁 父
★一般のサラリーマン父。厳格そうに見えるがだらしない一面が。孝太には明日香推し。
翁 翔子
★孝太の姉。霊媒師巫女。超ブラコン。現在は冒頭の方で孝太とのメールのやり取りをしたのみで、まだ1回も登場してない。
愛する弟の為にきっと登場してくれるハズ?




