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小さな悪意


「追いかけてみたはいいものの!」


天上駅から飛び出した二人は、ロータリーを抜け大通りへ出る。

駅前こそ閑散としていたが、少し離れれば高層ビルが並び、車の流れも途切れない。


帰宅ラッシュ。クラクション。信号待ちの列。


都会ほど騒がしくはないが、田舎ほど静かでもない。

中途半端に人の多い街。


「どこ行ったか見当つかない!」

(やっぱり華って計画性ないんだ……)


冷は内心でため息をつきながらも、キャリーケースを片手に全力で走る。

人を避け、肩をすり抜け、視線を巡らせる。


やがて大きな交差点へ。


「華、あそこ」

「……あっ!」


信号待ちの人混みの中。


赤縁眼鏡。紺のセーラー服。少女の背中。


——その瞬間。人混みの奥から、不自然に伸びる“手”。


どん、と。

少女の身体が前へ押し出される。


「えっ」


冷の呼吸が止まる。


その先の横断歩道の信号は、まだ赤。

走る車は減速していない。


少女の足が、車道へ踏み出す。

ようやく気付いた運転手がクラクションを鳴らす。

迫る大型トラック、その間隔は思考が理解する間すら与えない。


時間が、伸びる。


このままでは——


「ダメ!!」


ダンッ!!

叫ぶ華の足がアスファルトを砕く勢いで踏み込む。

二十メートル。


一瞬。風を切る音。


周囲の悲鳴が遠ざかる。

少女の前に、華がスライディングで滑り込む。


迫る鉄の塊。フロントガラス越しにトラックの運転手の絶叫が微かに聞こえる。


華は拳を振りかぶった。

腰を回し、空気が震える。


ドンッ!!!


拳が空間を叩いた。

衝撃波が放射状に広がる。

小石を巻き上げ街路樹の葉が大きく揺れた。

耳を劈く轟音と共にトラックのフロントが深く凹み、巨大な車体がばねのように跳ね上がる。

何千トンもある鉄の塊が宙を舞い、

アスファルトに跡を残しながら後方へ弾き飛ばされた。ボールの様に車体は跳ねながら角ばった造形がへこみ、やがて滑りながら停止する。


そして静寂。

周囲の車は事態を察知し急停止、後続の車が突っ込み玉突き事故が発生。クラクションがそこかしこで立ち上がる。


数秒遅れて、周囲から絶叫が上がった。


華は立っている。

少女を背に向け。拳を下ろしながら。


そして、青ざめる。


「……し、しまった!」


完全に、公衆の面前だったことを思い出す。

しかも交差点のど真ん中で。

スマートフォンを掲げる人影が、いくつも見える。


「エスケープスモーク!」


群衆をかき分け咄嗟に駆け寄ってきた冷が、小さな金属球をアスファルトに叩きつける。


パキンっと弾ける音。


次の瞬間——ボンッ!!

白煙が爆発的に広がり交差点と周辺の視界は一瞬で塗り潰される。周りからはどよめきと、咳き込む声が聞こえ、混乱が巻き起こる。

信号待ちをしていた車も白煙に巻き込まれ、更にクラクションが連鎖する。


「もう!計画性もって!」

「ごめんごめん!助かった!」


白煙の中、華は少女の腕を掴む。


「走れるか?」


尋ねられた少女は呆然としながらも、かすかに頷く。


「よし!いくぞ!」


煙の中、三人は歩道へ駆け上がった。

冷は人の流れを見極め、一瞬で進路を決める。


大通りを抜け狭い路地裏へ。元繁華街だろうか、彼方此方には廃れた看板が見られる。

更に奥へ進み街の喧騒が遠のていく。

細い階段を駆け上がり、建物の陰に駆け込んでいく。



そして交差点の煙幕が晴れる頃には、

もうそこに誰もいない。


残されたのは横転したトラックと、

騒然とする交差点だけだった。




*********************************************




「…ここまで来れば大丈夫か!」


大通りからかなり走った三人は、住宅街の小さな公園に辿り着いていた。


ブランコが風に軋む。

夕日は沈みかけ、空は群青へと移ろう。


家々の窓に灯りがともりはじめ、道路脇の外灯がぽつり、ぽつりと点灯していく。

さっきまでの轟音が嘘のようだった。


「それにしても、さっきの何?煙みたいなの」


華が息を整えながら言う。


「クリスチャントから貰ったエスケープスモーク。もしもの時にって、この前渡されたの」

「へー、いつの間に!」

「というか、もう少し考えて行動したほうがいいよ」


冷は淡々と言う。怒鳴らない。

その代わり、目が本気だ。


「あははは、つい!」


華は頭をかきながら笑う。

その軽さが、いつも通りで。

――さっき、トラックを拳で殴り飛ばした人間とは思えない。


少し離れた場所。

パンダのスプリング遊具に、少女は腰かけていた。

足は地面につかず、わずかに揺れている。


二人を、じっと見ている。

観察するような目で。


「あの…助けてくれて、ありがとうございます」


声は小さいが、はっきりしている。


「いいっていって!」


華は即答する。


「何者、なんですか?」


その問いに、空気がわずかに変わる。

華と冷は顔を見合わせ、言葉が見つからないでいた。


目の前で非現実的な光景を見せられたのだから疑問に思うのが正しい。


影喰を探している――とは言えない。

だが、誤魔化しきれるとも思えなかった。


「わたし達は…」

「大道芸人だよ!」


華が口を開く。

右腕で力拳を見せつけながら即答。


(む、無理がある……それは無理があるよ華……)


冷の内心が凍る。

誰でもわかる嘘だ、と。


少女はぱちりと瞬きをする。


「へぇー。そうなんですか。凄い」

(え、信じてるの……?)


純粋無垢な反応に冷は内心目を丸くしていた。


少女はゆらりとパンダを揺らす。

きし、きし、と金属音。


その目は笑っていない。


「……なにか用でした?」


静かな問い。夕闇が、少しだけ濃くなった。


「あ!そうそう!私とぶつかった時、これ落とさなかった?」


思い出した華はポケットから

プラスチックケースに入った学生証を見せる。


「…そうです、わざわざ?」

「ないと困るでしょ!」

「………」


少女は少しうつむく。

表情は沈んでいた。


「…困りません。必要、ないです」

「え?」


予想外の回答に華は目をぱちくりさせる。

その様子を見ていた冷は、眉を顰めポケットから拾った布を取り出す。


「これも、貴女の?」

「……そうです」


答える少女に、華と冷は顔を合わせる。

二人の考え通り、この少女には何か起きている。


確信する瞬間だった。


「すいません、そろそろ帰らないと」


少女はパンダの遊具から降りると、二人に向き変える。


「ありがとうございました」


軽く会釈をすると駆け足で立ち去り、公園を後にしていった。微かだが遠くで犬の遠吠えが聞こえてくる。

風は生ぬるい。気が付けば日は完全に沈み、空の茜色は薄らいでいた。


先ほど会ったばかりの二人は

ただ、少女の背中を見送ることしかできなかった。




****************************

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