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09.歓迎会とババ抜き対決

 歓迎会当日。

 管理人の家に着いた総悟は、ドキドキしながらもインターホンを押すと。


「いらっしゃい阿多部くん」と出てきたのは凛太朗だった。


「モリリン先輩こんにちは……管理人さんはどうしたんですか?」

「入ればわかるよ」


 言われるがままリビングまで移動すると。


「うわあ」


 隅っこで爆睡中の管理人。丁寧に毛布までかけられている。


「俺達が来る前にはもうだいぶ呑んでたみたいでね……」


 話には聞いていたが、まさか自分の歓迎会が始まる前にこんな惨状になるとは。

 見て見ぬ振りをし、総悟は先に来ている根岸達にペコリと頭を下げた。


「根岸さん、西宮さん、こんにちは!」

「よう主役」

「こんにちは阿多部くん」


 根岸とは何回か面識があるが、隣にいる西宮唯にしみやゆいという女性と会うのは入居時の挨拶を含めて二回目だ。

 ベージュのロングヘアーで毛先をカールしているのが、お洒落であり大人っぽく感じる。初対面のときと変わらない柔和な表情は、彼女にとっての自然体なのだろう。

 空いている席に総悟が座ると、唯は思いつくように口を開いた。


「そういえばわたし、まだ阿多部くんとじっくりお話ししたことないのよね」

「そういえばそうですねっ」

「うふふ、特に話す話題がないわねえ」

「あはは、そうですね」

「お前ら仲良くなれそうで安心したよ」


 不毛な会話すぎて根岸は呆れている。


「根岸さんと西宮さんは大学生なんですよね?」

「ええ、根岸くんは私大でわたしは美大。どっちも三年生よ」

「美大なんですか? じゃあ絵を描くの上手なんですね!」

「そんなことないわ、ただ描くのが好きなだけだから」

「こいつの絵は上手いぞ。いずれ有名になるだろうしいまのうちにサイン貰っとけ」

「もう、根岸君ったら」


 根岸と唯のやりとりを見て、総悟は気になる点が一つ。


「あの、お二人ってもしかして付き合っていたりします?」


「いいえ」と二人から速攻で否定されてしまった。


「え、あ……いえ、とても仲好さそうな雰囲気だったから、なんかすみません!」

「ううん別に気にしてないわ、ただよく言われるから」

「嫌いじゃないがタイプじゃない」

「奇遇ね、わたしも」

「そうなんですか……」


 仏頂面な根岸とニコニコしている唯。

 二人とも表情は変わらないが、もし気を悪くしたと思うと申し訳なくなる。

 そんな総悟を見かねてか、凛太朗が割って入った。


「でもはたから見れば二人ともお似合いのカップルですよ。美男美女でお互い温厚ですし」

「そ、そうですよねっさすがモリリン先輩!」

「どうせ二人とも良い相手見つからないんですし、余りもの同士付き合っちゃえばいいんですよ」


 そして空気が重たくなった!

 二人の容赦ない反撃が始まる。


「森、お前十年以上片思いの分際でよく言えたもんだな」

「夏葉ちゃんにもそのぐらいの威勢の良さで言えたらいいのにねえ」

「オレが代わりに言ってやろうか? 生まれたときから好きだったんだって」

「森くんと夏美ちゃんは赤ん坊のときから一緒なんだって」

「それで他の男に惚れるってことはよっぽどこいつが魅力ないかヘタレか」

「本当すみませんでしたもう黙りますんで」


「モリリン先輩、会う度に失言を確認してるんですけど……」

「こいつはそういう奴だ」

「慣れるとおもしろいわよ」


 自分のために空気を変えようとしてくれたのだから、失言は多いがきっと悪い人ではない。

 この二人にとっても彼の失言は日常茶飯事なのだろう。あしらい方がこなれている。

 それにしてもこれで全員……なはずがない。


「ところで夏葉先輩と羽鶴さんはいないんですか?」

「あの二人はまだ料理してるよ。もう少しで来るんじゃないかな」


 テーブルには結構な量の料理や飲み物が置かれているがこれ以上増えるというのか。卵焼きが香ばしい。

 噂をすれば、玄関から騒がしく足音が聞こえてきた。


「お待たせー! みんな揃ってるね!」

「お姉ちゃんもうお酒に負けてる……」

「夏葉先輩、羽鶴さんもこんにちはっ」

「……こんにちは」


 片手で隠している容器が気になるが、羽鶴も来てくれたことが嬉しい。

 これで全員が揃い、テーブルの両側に二人ずつ根岸と唯、凛太朗と夏葉。

 そして奥に総悟と羽鶴が隣同士で座る形となった。


「森、お前が乾杯の音頭手短にとれ。あれがあんなんだし」


 管理人はぐーすか眠っている。


「畏まりました」

「リンちゃんやけに素直だね? もっと根岸さんには歯向かうべきだよ!」

「森さんまた余計なこと言ったんだね……」


 凛太朗の失言癖は羽鶴にも知られているようで、もはや周知の事実。


「皆さん飲み物は持ちましたね? それじゃあ阿多部くんの入居を祝いまして……乾杯!」


 乾杯の音色が鳴り響き、総悟の歓迎会が始まった。

 まず手始めにシーザーサラダをいただく総悟。シャキシャキ感がたまらない。


「おいしいです! このたくさんの料理は夏葉先輩達が作ったんですか?」

「そうだよっ。あと羽鶴ちゃんと唯さんも! 管理人さんはお金を出してくれたよ!」

「飲み物とか材料はオレと森が買ってきたぜ」

「ケーキもあるよ」


 至れり尽くせりだ。自分の歓迎会とはいえ、なにもしていないのが少し心苦しい。


「そして総悟くんのメインディッシュはこちらになりまーす! ほら羽鶴ちゃん!」


 夏葉に言われて羽鶴はずっと隠し持っていた容器をそっと差し出す。


「これって……ミートボール!」

「羽鶴ちゃんが一人で作ったんだよっ。ねー?」

「……好物だって言ってたから」


 あのときから自分のために計画してくれていたとは感激だ。


「ありがとう羽鶴さん! 早速食べてもいい?」

「うん、どうぞ」


「いただきます!」とミートボールを口に入れると。

 まずミートソースの芳醇な甘みが舌の上で絡みつき、柔らかな食感が噛まずとも伝わってくる。噛めば噛むほど肉汁が口中に広がり、ミートソースとの相乗効果でより濃厚な味わいが堪能できる。

 つまり。


「すっごくおいしいよ羽鶴さん!」


 その美味しさを一言で表すにはもったいないぐらいだ。思考が言語化できないほど美味しいので美味しいとしか言えない。


「総悟くん口にミートソースついちゃってるよ……」


 羽鶴がティッシュで総悟の口元をふくと、それを見ていた唯はくすくすと笑っている。


「二人とも仲が良いのねえ、羽鶴ちゃん楽しそう」

「オレのときは話すまでに三ヶ月かかったのにな」

「俺なんて半年ですよ」


 鮭おにぎりを小さく食べながら羽鶴が言い返す。


「……だって根岸さんはでかいし目が怖いし森さんは話す機会ないんだもん」

「みんな自分から話しかけきゃダメだよー! 羽鶴ちゃん見かけによらずなつっこいんだから」


 羽鶴を含め、みんな良好な関係を築き上げているようで羨ましい。総悟も早く馴染んでいきたいなと気合が入ってしまう。

 談笑を交えながら食事が進み料理がほとんどなくなると、そろそろ頃合いかと言わんばかりに夏葉が身を乗り出した。


「ねえねえお腹いっぱいになったしみんなで遊ぼ! トランプもってきたんだー!」

「いいですね! トランプでなにやりますか?」

「ウルトラ神経衰弱だよ!」

「ウルトラ……」


 いの一番に食いついた総悟だが、ウルトラで勢いが衰えた。

 テーブルの上をある程度片づけ、夏葉はトランプを無造作に並べていく。


「ルール説明も兼ねて、まずあたしから引くね!」


 有無も言わさず適当に二枚めくるも、さすがに一発目では同じ数字は揃わない。

 普通の神経衰弱ならここでめくったカードは同じ位置にするはずだが……夏葉はまた無造作にかき混ぜていく。


 その混沌さに誰もが度胆を抜かれた。


「自分の番が終わるごとに混ぜこぜにするの! これがウルトラ神経衰弱だよ!」

「待て待て待て待て」

「完全に運頼みのゲームになりますよ!?」


 根岸と総悟からクレームが入ったが、多分夏葉以外のみんなもそう思っている。


「だからいいんじゃーん、あたしバカだからこうじゃないと勝てないもん!」

「有名進学校の生徒がなに言ってんだとにかく却下だ」

「むー、じゃあじゃあジョーカー二枚混ぜてさらに同じトランプをもう一箱追加するの! そうすると合計百八枚になるでしょ? 名づけて煩悩神経衰弱! どう!?」

「どうと言われましても……」

「なっちゃんらしいね」


 変則ルールで遊びたい気持ちは充分に伝わってくるが、いかんせん内容がよろしくない。


「二倍手間になるだけだろ、却下」

「根岸さん文句ばっかり! じゃあなにがいいのさ?」

「やらないに一票」

「それこそ無効票だよ! 総悟くんはどう? 普通のでもいいよ」


 自分に振ってくるとは思わなかった。

 ならばここはオーソドックスに……


「ババ抜きとかどうですか?」

「あらいいわねえ。そうしましょ」

「オッケー! じゃーあたし配るねっ」

「なっちゃんジョーカーは二枚入れちゃダメだよ」

「おっと危ない、リンちゃんありがとっ!」


 ここで総悟は懸念を抱き、羽鶴にこっそりと聞いてみる。


「……モリリン先輩って夏葉先輩にはそんな失言しないんだね」

「なっちゃんが失言に気づかないのもあるけど……好きな人に対しては気をつけてるんじゃないの?」


 その心がけを他の人にもできないのかなと思いつつ、配り終わったので手札に集中することにする。

 ……あまりペアがない。

 周りがペアを捨てるなか、急遽夏葉が追加ルールを申し出た。


「そーだ、ただ勝ち負け決めるのもつまんないしこうしない? 最下位の人が一位の人の言うことを聞くの!」

「始める前に言えやお前って奴は」


 せめて手札を見る前に言ってほしかったが、特に拒否するつもりはない。


「もし僕が一位で羽鶴さんが最下位だったら」

「ババ抜きで学校行かなきゃいけないとかいやなんだけど……」


 魂胆が丸見えである。


「軽いのでいいからそうしよーよ! ジュース奢るとか掃除当番交代するとかそんなの!」

「うん、いいよ」

「仕方ねーな、ぜってーまけねー」

「わかりました! がんばります!」


 そうして始まったババ抜き対決。

 一位をとったらどうしよう勉強仲間がほしいな一緒に勉強してもらおうかなどとあれこれ欲望を漏らしながら遊んでいると。


「あら、わたしが一番ね。なにお願いしようかしらねー」


 あっさりと唯があがってしまった。

 途端、心なしか総悟と夏葉以外の雰囲気が変わったような気がする。特に羽鶴に至っては真剣みが増しているように見える。


「おし、あがり」

「あたしもあーがりー!」

「俺も。あとは阿多部くんと相江さんだけだね」


 奇しくも羽鶴との一騎打ちに。いくら真剣だろうと運要素が絡めばどうしようもない。


「総悟くん、悪いけど私絶対負けたくないから」


 いつになく言葉に重みが乗っている羽鶴。もちろん総悟もわざと負けるつもりはないが、なにが彼女をそうさせているのだろう。

 総悟、残り一枚。羽鶴、残り二枚まで進み、次は総悟がカードを取る番だ。

 勝っても負けても恨みっこなし。右のカードをいざ引き抜こうとしたのだが。


 抜けない。


 どうしても抜けない。


「……あの、羽鶴さん?」


 力を込めてカードを取らせてくれないあたり、明らかに数字のカード。

 だが、これはルール違反ではなかろうか。


「ぬー…………」


 必死だ。羽鶴の小さな唸りが聴こえる。

 そこまでするほどの負けず嫌いなのか、それともそこまでして唯の言うことを聞きたくないのか。

 だとすればここで総悟まで意地になる必要はない。

 おとなしく左のカードを取ろうとするとすんなり抜けた。


 当然、ジョーカー。

 その後数字のカードを羽鶴に引かれ、最下位は総悟に。


「負けてしまった」

「あーざんねーん! じゃあ総悟くんが唯さんの言うことを聞くんだよ!」

「ごめんね汚い手まで使って。でも私、どうしても負けられなかったの。だって……」


 羽鶴がなにかを言いかけると、唯がにっこりと割り込んだ。


「じゃあ阿多部くんがわたしの言うこと聞いてくれるのね」

「えっと、お手柔らかにお願いしますっ」


 なにをされるのだろう。痛いのは嫌だ。


「阿多部くん、明日は空いてる? もし良ければちょっと付き合ってほしいんだけど」

「……はい? 大丈夫ですけど」

「じゃあ決まりね! 明日の昼過ぎにわたしの部屋に来てね」

「わかり、ました……?」


 結局なにをされるのか不明のまま終わった。痛いのは嫌だ。

 唯との会話が済むと、なぜか根岸と森と羽鶴に肩を優しく叩かれる。


「阿多部、どんまい」

「阿多部くんなら意外と楽しいかもよ」

「がんばってね総悟くん……」

「え、なに、なんでですか」


 不安でしかない。痛いのは嫌だ。


「次みんなでゲームやろーよ! 根岸さん四人対戦の持ってきた?」

「何本か持ってきたぞ、かかってこいへたくそ」


 すでにゲーム機のセッティングを済ませてある夏葉。切り替えが早いというかマイペースというか。


「私もやる……」

「交代でやろうか、阿多部くんもほら」

「……はいっ」


 唯との明日の予定が気がかりだが、いまはいまを楽しもう。

 普段あまりやらないゲームに夢中になり、和やかに総悟の歓迎会は幕を閉じるのであった。

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