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北東

 スマホ越しから聞こえる咆哮と課長の悲痛な叫び声。

 何が起きてるのかは分からない。けど何か不吉な事が起こっているのは分かる。


 けたたましい獣の鳴き声。課長が張り上げる泣き声。

 それだけで嫌な想像を駆り立てる。そして気付く。ラウちゃんの声がしない。

 想像が嫌な方向へと更に傾く。


「課長! すぐそっちに行きますから! 待ってて下さい!」


 返事は無い。

 俺は一度スマホを置き、直ぐに支度をする。


「ルフ、竜華。ごめん、ちょっと行ってくるからお留守番頼むな」


 二人を連れていくのは危険と判断し、ルフと竜華にはそう告げる。

 けど、その首を縦に振ってくれることはしてくれない。


「イヤ! ルフも行くッ! ユキちゃんたすける!」

「お兄ちゃん私も行くわっ! ラウルが心配だもの!」


 寧ろ付いてくる気でしかいない。

 課長との通話は聞かれている。だから何が起こっているのかをルフも竜華も分かっているのに、それでも付いてこようとする。

 二人を見る。揺るがない決意の眼。

 こうなってしまえば二人を言い聞かすのは俺には無理である。

 だからと言って危機的な状況に二人を連れて行くことは出来ない。

 だから俺は――


「駄目だって言ってるでしょ! 頼むから言う事を聞いてくれ!」


 初めて二人に声を荒げてしまった。

 それだけ俺は余裕無く急っていた。

 シン、と静まり、ハッと我に返る。だが時は既に遅い。

 二人の顔は強張り、その目からじんわりと涙が滲んでいた。

 冷静になった頭で二人にどう声を掛けようか迷っているとルフが大きな声をぶつけてきた。


「だって! だって! お兄ちゃんなんかしらないッ!! だいっきらいッ!!」


 そう言ってルフは寝室へと走って行った。

 それを見て竜華も俺に言う。


「ルフッ! もう、お兄ちゃん! 言い方ってもんがあるでしょ! バカッ! 勝手にして!」


 ルフを追い掛け竜華も行く。

 取り残された俺はしばし茫然としてしまった。

 初めて二人から嫌われてしまった。その言葉が、現実が心を抉る。

 直ぐにでも謝って、機嫌を治してもらいたいけど、時間はそれを待ってくれない。


 突き刺さった言葉が抜けぬまま、俺はこの場を後にする。

 そのまま車へ向かい、乗り込もうとした時、アレイスターさんがやって来た。

 俺が事情を説明しようとすると、それを見透かしたアレイスターさんが言う。


「慶志郎、恐れていた事が起こった。一緒に来てくれ」

「勿論そのつもりです」


 そう言うとアレイスターさんがその身を変える。

 黒い炎を纏った不死鳥の姿に変化したアレイスターさんに俺はしがみつくようにして背中に乗った。


 翼を羽ばたき、一気に飛翔。

 荒々しく飛ぶ姿は修行の時に乗せて貰っていた時よりだいぶ違う。焦っているように見えるのは俺の気のせいではない。

 それだけアレイスターさんにとっても不測の事態が起こっていると窺える。


「手短に言う。花宮殿と少女が危ない。特にラウル、もしかすればもう――」


 アレイスターさんが少し言いづらそうに言葉を詰まらせた。

 あのアレイスターさんが言葉を詰まらせる程の恐れていた事。

 それだけこの先に何が待ち構えているか分かったもんじゃない。そしてそれは最悪――


 俺の脳裏にその最悪の結末が過る。

 そうさせないために俺は今、助けに向かっている。

 意識を集中しなければならない。ならないのは分かってる。甘ったれた事を言っている場合ではないのも承知の上だ。

 だけど……どうしてもさっきの出来事が頭から離れない。

 そんな俺の様子を心配してかアレイスターさんが聞いてくる。


「何かあったか?」

「いや、その、さっき俺、二人を怒鳴ってしまって……」


 これから戦場へ向かうのに、こんな事を言っていていいのか迷ったが、アレイスターさんにさっきの出来事を話した。

 その間、俺の話を黙って聞いてくれた。


「これでもし課長もラウちゃんも助けられなかったら俺、ルフと竜華に合わす顔が無い……!」

「慶志郎、心配するな。お前の妹も、あの幼き竜も、決してお前を嫌いにならない。もう少し信じてやれ」


 アレイスターさんが子供に言い聞かせるようにそう言ってくれる。

 静かに諭すように言われ、少し心が軽くなった気がした。


「まあ、少し生意気なところはあるがな。それ含め、お前がしっかりと二人を見ていてやれ」

「はい、分かりました。皆無事で帰ったらちゃんと謝んないと」


 俺がそう言うと、アレイスターさんがフッと笑った気がした。

 俺から顔は見えないし、不死鳥の姿だから判別の仕様が無いが、何となくアレイスターさんなら笑うだろう。


「――さて、お喋りはここまでだ。厄介な奴が現れた」


 そう言ってアレイスターさんは空中でその場に止まる。

 直後、見上げた空が明るくなった。いや、違う。視線の先、見上げた空から降下してくる炎に視界が眩んだ。


「アレイスタアァーーッ!」


 叫びながら落ちてくるそれをアレイスターさんが躱す。

 振り向きざまにそれを見る。全身に明るい炎を纏ったそれはまさにアレイスターさんと同じ姿をした鳥であった。


「アレイスターさん!」

「性懲りもなくまた来たか。オートリー」


 アレイスターさんがそれの名を呼ぶ。

 オートリーという人物が目の前に立ちはだかった。


「お前がいる所に俺の姿有り! 今日こそはお前を殺す!」

「うっとおしいな」


 灼けるように滾らせた言葉。燃えるような憎悪の感情。

 二人の間に何があったかは分からない。だけど、ただならぬ過去があるのは俺にでも想像に難くない。

 ぶつかり合う視線が開戦の合図のように見える。アレイスターさんもオートリーもそれを見据えている。

 しかし、此処で足止めをされる訳にはいかない。こうしている間にも課長とラウちゃんが……!

 それが奴らの狙いなのだろうか。だとしたら――


「アレイスターさん」

「分かっている」


 俺がアレイスターさんに声を掛けると、短くそう返ってくる。

 きっとアレイスターさんも敵の思惑に気付いている。皆まで言うなという事なのだろう。


「オートリー、今はお前に構う時間が惜しい。お前の相手はまた今度たっぷりとしてやろう」


 そう言ってアレイスターさんはオートリーから身を翻した。

 だがそのまま俺達を行かせる程、敵は、そしてオートリーの感情は止まってくれない。


「待てアレイスター! 逃さんッ!」


 激情のまま、オートリーが追ってくる。

 後ろを取られた俺達は格好の的になるだろう。ここでもし攻撃されたら――


「してくるだろうな。だが――」


 アレイスターさんが俺の思考を読み取った上で言う。


「俺が当たると思うか? 掴まってろ慶志郎。振り落とされるなよ」


 そう言ってアレイスターさんはスピードを一気に加速させた。

 あの言い方、絶対に良くない笑い方している。

 人の姿でそう言う姿が容易に想像出来る。けど、だからこそ、そこに絶対的な信頼をおける。


 直後、アレイスターさんの思惑通り、背後から攻撃が飛んできた。

 火炎を吐き出し、火の球が飛んでくるがそれをかすりもせずアレイスターさんは軽やかに避けきっている。


「降下する。しっかり掴まっていろ」


 チェイスの妨害のように飛んでくる攻撃を難無く避け切った先、アレイスターさんが急降下。

 逆風に煽られる視界の中で、俺はそれを見た。


「何だよ……これ……」


 降り立った地で、比べるにはおこがましい程の巨躯を見上げる。

 黒い獣――狼のような姿をしたそれが此処に来た俺達を睨んでいた。


「アレイスターーッ!」


 瞬間、怒号と共に空から火球が落ちてくる。

 そうだ、オートリーがいるんだった。

 それを忘れてしまうくらい、目の前の衝撃に茫然としていた。


「慶志郎、よく聞け」


 背後から呼ばれ、アレイスターさんに振り向く。

 人の姿に戻っていたアレイスターさんが俺を火球から守るようにして背中合わせで立っていた。

 その右手には黒い炎を纏わせ、いつの間にか剣が握られている。多分、その剣がオートリーの放った一撃を防いでくれたのだろう。

 周囲にはまばらに火の粉が飛び散っていた。

 アレイスターさんは次の攻撃に備えるためか、頭上のオートリーを見据えている。

 既にここは戦場であった。

 それでもアレイスターさんは俺に伝えたい事があるようでそのまま続けた。


「殺す事しか出来ない俺にその子は救えない。助けられるとすれば現状お前だけだ。覚悟はあるか?」


 普段滅多に感情を出さないアレイスターさんから強い意志を感じた。

 問われ、茫然と立ち尽くしたままの俺の目を覚ます。

 最悪を考えるなら、この子はきっと……


 強い想いが宿った言葉に、頷かない理由は無い――!


「それで良い。お前はその子にだけ集中していろ。俺は邪魔が入らないように――殺すだけだ」


 瞬間、ぶわりとアレイスターさんから炎が湧き上がる。

 ドス黒く、全てを呑み込むような闇の色。

 こんなにもおぞましいのに、こんなにも心強いと思えてしまうのはきっと積み重ねた信頼のおかげなのだろう。

 だからこそ、俺はこの人に背中を預けられる。


 アレイスターさんがオートリーへと向かう。

 人間のままでも体の一部を変えることが出来るらしく、その背中から翼を生やし、飛んで行った。

 それを見送り、俺も再度この獣――おそらくラウちゃんであろう狼に向かい直る。


 頷いたいいものの、どうすればいい。

 どうすればラウちゃんを救って上げられる……

 考えろ、考える――しかし答えが出るわけがない。当然だ、こんな状況に差し掛かったことなんて無いのだから。

 そして長く考えさせてくれる時間もくれやしない。


 狼が動く。がむしゃらに薙ぎ払うように前足を振る。

 避ける。疲労が溜まっているのか、それとも元々そんな早く動ける訳でも無いのか。

 どちらにせよ、そこまで動きが俊敏という訳でもなさそうだ。

 だからと言ってそれが好機だとは思ってはいけない。

 俺がこうして手も足も出ない状況が続くほど、ラウちゃんが苦しむ時間が続く。

 一刻も早く――突破口を――


「グッ……!」


 避けた先に二撃目。

 避けられるがこうも隠れる場所も無い場所では手を焼いてしまう。

 見晴らしの良い道路をこんなに憎たらしく思う日がくるとは思っても見なかった。

 しかしそれのおかげか見渡した少し先で倒れている課長を発見した。

 俺は急いで駆け寄る。


「課長ッ! しっかりして下さい! 課長ッ!」

「うっ、あっ……」


 苦しそうに呻く課長に呼び掛けるが、返事が無い。

 それでも必死に呼び続けた。


「そんな激しく揺すってやるのは止めときな」


 その俺の背後で声がする。

 振り向けば、そこにあの日に出会った男が立っていた。

 俺を見下ろす男が言う。


「やあ、慶志郎君。また会ったね」

「何で俺の名前を」

「そりゃ皆知ってるさ、英雄の息子なら誰だって知っている」


 そう言って男は笑う。

 その時、ゾクリとした感覚が背中を走る。

 言うなれば、アレイスターさんと似てるような感覚。それが今、俺に向けられている。

 やはりあの時感じたものは思い過ごしでも何でもない。


「これ全部、あんたの仕業かよ」

「そうだけど、そうじゃない。俺はあの子が手放した力をもう一度与えたまでだ」


 そう言った男に思い当たる節がある。あの玉だ。

 だとすればやはり、こいつがラウちゃんを――


 これ以上にない怒りが込み上げてくる。

 その想いに呑まれそうになるが、俺の意思では止められそうにない。


「おいおい、俺に構っていて良いのかい慶志郎君? 君は先ずあっちをどうにかすべきでは」


 そんな俺を見て男が言う。

 そんな事は言われなくとも分かってる。でも――一発ぶん殴ってやらないと気が済まない……!


「その男の言う通りだ慶志郎」

「……チッ。来やがったか」


 直後、アレイスターさんが降りて来て言う。

 アレイスターさんを見た男が明らかに嫌そうな顔をした。


「お前の相手はオートリー君だろ。どっか行け」

「あぁ、そうだったな。そして次はお前だ、ダイエン」


 アレイスターさんがダイエンと呼んだ男に剣を構えた。

 ふと、さっきまで鳴り響いていた怒号が無い気付く。そしてこの場に立つアレイスターさん。


「アレイスターさん」

「慶志郎、先生じゃないが怒りに心を呑まれるな。お前の想いはそんなもので汚して良いものじゃない」


 アレイスターさんが言う。

 視線はダイエンを見据えたまま。俺にオウミさんが言ってくれた事を説く。


「はい、すみません」

「わかればいい」


 そんなアレイスターさんをダイエンが全て見透かしたように言った。


「怒りに心を呑まれるな、ねぇ……お前がそれを言うなんて成長したねぇ〜」


 見下した物言いに俺が腹が立つ。

 おそらくアレイスターさんに対して挑発のような発言をしてきている。

 けど、アレイスターさんはそれに動じていない。それどころか全く興味無さそうに無視して俺に言う。


「行け、こいつの相手は俺がする。お前はやるべき事だけ考えろ」


 そう言われ、俺はまた巨大な狼と化したラウちゃんに走った。


 アレイスターさんに言われ、オウミさんに言われた事を思い返す。

 想いが力になるのなら、助ける事だけを考える。もう迷わない。


「ガアアアァァァアアーッ!!」


 叫びにも似た咆哮と共に振り下ろされる鈎爪。

 ラウちゃんには多分もう敵味方の区別が付いていない。

 けどそれでも課長が無事だった事を考えれば、玉に込めた想いが何だったのかが分かってしまう。

 こんなにも苦しそうに暴れる姿をもう見たくない。


「ラウちゃん……ちょっと痛いかもしれないけど……ごめんね」


 鋭く尖ったそれに切り裂かれたら一溜りもない。

 だけど俺は逃げずにそれに立ち向かう。

 ありったけの想いを胸に込めた力をぶつけようとしたその時だった。


 不意に風が吹いた。

 瞬間、空から落雷が俺とラウちゃんを隔てるように降る。


 見覚えのある、いや見慣れた蒼い雷。

 そしてその蒼雷の柱から光る銀色の流星が空から舞い降りてくる。


「ぜったいに、ルフがたすけるんだもん!」


 竜の姿をした竜華がルフを乗せてやって来た。

ちょっとした後書き。


慶志郎が出て行った後、布団を被ったまま出てこないルフに竜華は声をかける。


「ルフ? もう泣き止んで。お兄ちゃんだって急いでたんだし、仕方ないよ」


ルフにとって、叱られるというのが珍しいのかもしれない。

竜華は褒められる事は無かったが、その辺慣れてしまっている。


「ほら、いい加減出てきなさい。強い子でしょ?」

「リュウお姉ちゃん、あのね、ルフね、」


グズグズに泣きちらしたルフがひっく、ひっくとしゃくりあげながら言う。


「お兄ちゃんに、だいきらいって言っちゃった」

「あぁ……」

「ルフ、お兄ちゃんにきらわれたら、どうしよう……」


そして、ルフは泣いて、竜華に抱き着いた。

竜華はルフの背中をポンポンしながらあやす。


「そんな事お兄ちゃんがルフを嫌いになるわけないでしょ!だから泣き止んでちょうだい」

「だって、だってー!」


泣き止む気配はない。そこで竜華はルフに提案する。


「そんなに気になるなら確かめに行きましょ!」

「ふえっ?」


ルフが竜華を見上げる。

ぐしゃぐしゃの顔を拭いて上げながら竜華はルフを急かす。


「ほら、早く準備しなさい!置いていくわよ」

「でも、でも、」

「でもじゃない!いつものルフなら飛んで喜ぶでしょ」

「お兄ちゃんにまたおこられたらどうしよう」

「その時は私も一緒に怒られるわよ!かばってあげるわ」


何たって私がお姉ちゃんなんだから!

そう言って竜華はルフを乗せて飛び立った



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