堅牢
翌日、まだ夜も明けない日の出前。
ぬくい布団を剥ぎ取られ、連れていかれた先は知らない何処かの山の奥。
未だ雪の残る山肌に立つ俺とオウミさん。
寒さなんてものは此処に来る途中で慣れてしまった。その道中で眠気も置いてきた。
ちなみに此処までの道中はアレイスターさんに飛んでもらった。
不死鳥に乗る経験、一生分の運がどれくらい必要なのか。
それだけ稀有の出来事を体験しているのに――いやそれだけの珍事を経験したからこそ今もうこんなに気疲れしているのだろう。
そんな俺から言える事は一つ、不死鳥って凄い禍々しい……。
「さて慶志郎、始めようか」
オウミさんが発する光が暗がりを照らす。それは日輪か、それとも月光か――この曖昧な時間帯に眩い光が降臨した。
その光の前ではもはや何も隠せない。闇に消された空気すらもキラキラと輝いている。
神々しい、思わず見惚れてしまっていた。
しかしそれと同時に俺は今とてつもない狂気を感じている。
「どうした慶志郎そんな呆けた顔をして。今更この光が物珍しい訳でもあるまいに」
オウミさんはそう言うがこれ程までに綺麗で純度? だっけかが高そうな光は見たことがない。素人目でもそれくらい分かる。
その光に当てられ、俺の本能が騒ぎ出す。
言うなれば防衛本能のようなものだった。心の奥底が曝け出されたかのように体が震えが止まらない。
寒い訳ではない。俺の中にある何かが目の前のオウミさんに恐怖しているのだ。
怖い、逃げ出したい、そう思う反面、その美しい光に魅せられ、奪いたいという衝動が心を揺らす。
心を掻き乱され、惑わされ、圧倒され、ぐちゃぐちゃだった。おかげで力を発揮出来ない。
そんな俺の心を読んだのかオウミさんが静かに語りかけてくる。
「落ち着け慶志郎。感情に心を振り回されるな。お前がその力を揮う理由は何だ」
俺が揮う理由……そんなの決まっている。ルフと竜華を守るためだ。
「そうだ。ならばこんなことで心を乱すな。どっしりと構えろ」
オウミさんの言う通りだ。こんな不甲斐ない俺では二人を守るなんて出来やしない。
リシとの闘いを思い出せ、また二人を危険な目に合わせるつもりか。
オウミさんの言葉に拳を握る。
怖がるな、ビビるな、臆するな。
立ち竦んだ意思が光を取り戻し、俺の心を奮い立たせる。
いや、それだけじゃない。リシとの闘いよりもずっと強く、熱い。
「――想いは力。お前の望みが、意思が強ければ相応の力が必ず応えてくれる」
俺を見据えながらオウミさんが説明してくれる。
だとすれば俺の想いはあの日よりずっと強くなっている証。俺の力は正真正銘、守りたいっていう想いなんだ。良かった……。
しかしながら、俺以上に光を纏うオウミさんは一体どんな想いがあるのだろうか――
「気が向いたら何れ教えてやろう。それよりも、落ち着いたか?」
「はい。おかげでさまで」
「うむ。ならば慶志郎構えろ。お前の持てる力をぶつけてこい」
そう言うとオウミさんがクイクイと手を動かした。
どうやら初撃は俺に譲ってくれるらしい。
寛大な人なのか、それともそれだけ余裕を持って受け止められるのかは分からない。
いや、寧ろその両方を持ち合わせているのだろう。だからこそ、この人が先生と呼ばれる所以――
ならば此処は胸を借りるつもりで遠慮なく行かせて頂きますッ!
「うむ、その意気だ。遠慮も心配も無用。どん、と来い――!」
オウミさんがニヤリと笑った。
オウミさんの言葉を皮切りに一気に駆ける。
今持てる力を拳に纏い、光に乗せて、全力で打つ――
「ふむ……」
「いっ……」
「いっ?」
「痛ったああァァァーーッ⁉」
搗ち合った力の衝撃に思わず叫んだ。
は……ハアーッ⁉ 何これ⁉ めちゃくちゃに固てぇんだけどッ⁉
俺の拳がオウミさんの目の前の何かに阻まれた。
見れば、青い光が殻のようなものを形成してオウミさんを護っている。それを思い切りぶん殴った瞬間、寺にあるような鐘の音が澄み渡った。
いやそんなことより、まじで何だあの堅さ⁉ あんな薄っすい膜のどこにそんな強度があんのよ⁉
手がヒリヒリするなんてもんじゃない。これは折れた……
手をグーパーグーパーと握っては広げて、丸めては解いてを繰り返す。感覚はまるでないが、多分折れてない。良かった……
安堵したのも束の間、頭の中に置いておいた疑問とパニックが同時に襲い掛かる。
そんな俺に構うこと無くオウミさんがポツリと言葉をこぼす。
「――良い音色だな」
呑気かッ!! 何を当たり前かのように風情を味わってんのよ⁉ いとをかし!!
「む。慶志郎、お前は感情に流され過ぎだ。もっと穏やかな感情を持て」
言う通りだけども! オウミさんの言う通りだけども!
い、いかんいかん。こんなことで心を乱される訳には……はっ⁉ もしやこれがオウミさんの策略……?
精神攻撃、こうやってペースを乱すことによって俺の平常心を鍛えようとしている……?
そうだ、思えばオウミさんは俺の感情の揺れ動きしか口にしていない。それに口癖のようにどっしり構えろと言っていた。
辻褄があった。これは俺の心をその殻のように堅牢なものにするための試練……!
オウミさんの意図を読み取れた気がした。答え合わせをするかのように俺はオウミを目を見据える。
けれどもオウミさんは何とも言えない微妙な顔をしながら俺を見返している。
あ、あれ? おかしい。思ってたのと違う。こんな筈では……
「あー、回り回ればお前の考えも否定は出来ないな。うん、合ってる。合ってることにしよう」
すごい投げやりな答えが返ってきた。いや違う、これは俺に言ってる訳では無い。オウミさんが自身に言い聞かせているように見える。
「コ、コホン。そんなことよりも慶志郎。続けるぞ」
咳払いを一つするとオウミさんを取り巻く空気が元に戻った。
仕切り直し、そう言いたげな雰囲気に俺も気持ちを入れ替える。
さっきの反動のせいで手はまだガクガクしているがこんな状態でオウミさんの攻撃を受け切れるだろうか……。
「安心しろ。私から手を出すことはしない」
安心、なのだろうか……?
つまり俺がまた打ち込まなければいけないのだろ。それってまたあの痛い思いをするんだろ。大丈夫かな、俺の手粉々にならない?
そう思ったが、受けに回ろうが攻めに回ろうが結局のところ痛い思いをするのは変わらないということに気付く。
大丈夫。これは己の精神を鍛えるための鍛錬。
心頭を滅却すれば何とやら――大丈夫、俺の拳は砕けない。
そう自分に言い聞かせながら俺は拳に力を集中させた。




