お兄ちゃん
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外へ出れば、予報通りの雨――それどころか雪だった。
そして強風のせいで吹雪になっている。
知ってるか、田舎の四月はまだ雪が降るんだぜ? 吹雪になることだってあるんだぜ? これ豆な。
吹き荒れる雪が横顔を張るように降り頻っている。
俺は急いで車に乗り込み、エンジンをかけた。
「うわっ、やっべぇ。これ大丈夫か?」
車を起床させ、時計を確認する。
会社に行くには飛ばしても十五分はかかる。しかしながらこの天候ではそれは叶わない。少なく見積もって、もう十分は余計にかかると思った方がいい。
まあ、遅刻する程でもないが、道路事情と渋滞次第ではギリギリかもしれない。
それでもルフとの時間には変えられない。
ルフ大丈夫かなあ……。
心に残った思いに後ろ髪を引かれたが、俺は振り切るように車を発信させた。
路面が濡れているのと視界の悪さから、速度を出すのはやはり危険だ。唯一の救いは凍結していないことか。
車の備え付けのラジオから天気予報が届く。うわっ、今日だけじゃなく、今週いっぱいこんな天気が続くのかよ。
流れるそれを聞いて気持ちがげんなりするが、それでも車を走らせる。
会社まではほぼ一直線のまっすぐ道。途中にある橋の手前の信号で捕まり、車を止まらせる。
いつもならけっこう渋滞しているこの道も、この時間帯は車通りは少ない。これからはこの時間に出てこようかな。そうすればイライラしないし、何よりルフとの時間も取れるし。
まあ、その案は会社に着く時間次第で採用ということにしよう。そんなことを考えながら、青に変わった信号を通過した。
「おはようござっす」
「おいっすー、おや、慶がこの時間ってのは珍しいな。どした? あ、ははーん、さては昨夜はお楽しみだったか?」
会社に着いてデスクに座れば、谷野さんが茶化してきた。
ニヤニヤしながら握った拳の中指と人差し指の間に親指を突っ込んで、グリグリと動かしている。
こ、この人は週始めの朝っぱらから何を言ってんだ。っていうか、会話の開口一番がそれってどういうことだよ! 俺にそんな相手いる訳ねえだろ、セクハラですよそれっ!
俺は即座に否定しようとしたが、それよりも早く反応したのが課長だった。
「なっ⁉ 聞いてないぞ慶史郎! そんなふしだらな相手、私は認めんぞ! セクハラだぞっ!」
俺じゃねーよ! セクハラはあっちだ! それと課長は俺の保護者か何かですか?
課長はバンッと両手でデスクを叩きつけるように立ち上がり、俺の方へ詰め寄ってくる。
そのせいで周りの視線が俺と課長に向けられていた。
しかしながら課長はそんなことを物ともせず、猛禽類の如く獲物を狩る目で向かってくる。
威圧感がハンパない、朝っぱらから背中に汗――いや汁がまとわりついた。
俺は席から立ち上がり、課長を牽制するため両手を突き出してこう言った。
「課長、誤解です。そんな訳ないでしょ。谷野さんの言った事間に受けないで下さい」
「辛辣な事言うねぇ――って、慶。それ何、ミサンガ? お守り?」
俺と課長のやり取りを面白可笑しく見て笑っていた谷野さんが、俺の手首に指を差してそう聞いてくる。
あ、やべ。ルフに結んでもらったことすっかり忘れてた。何か、やけに馴染むから付けていたことに気付かなかった。ど、どうしよう……何て言えばいいんだ。
多分そんな思いが顔に出てたのだろう。谷野さんは顎に手を当て、「へえ……」とニヤつきながら漏らしていた。
俺には分かる。あれは絶対ろくでもないことを考えている顔だ。
「慶史郎……お前が私に嘘をつくなんて……」
あ、そうだ。まだこっちの対応が終わってないんだった。
俺は谷野さんから課長へと目を移す。
課長は睨みながら、握った拳をプルプルと震わせていた。
な、何で⁉ どこにそんな怒る要素あった!? いやそもそも、嘘なんてついてねえぞ。
どうやら課長は完全に誤解している。いや違う、遊ばれている、谷野さんに。
ならば一刻も早く解かなければならない。じゃないと俺が耐えられない、この集まった視線に。
俺に向けられた視線は様々だった。物珍しいものを見る目や「ああ、またか」というような微笑ましく見守る目、ニヤニヤした目に猛禽類。
その中で一番怖い視線が俺を見据えている。俺はどうにか課長を説得出来ないか試みた。
「だ、だから誤解ですって」
「なら、それはどう説明するんだ! ま、まさか! 私というものがありながらお前は売女とあんなことまで――そ、そんな……⁉ セクハラだぞ、それは!」
いや、アンタだよっ! 何ちゅー事口走ってんだ!? ふつーに言ってるけどセクハラですからね、それ! 後、怖えーよ!
俺はクワッと睨む課長に言葉を詰まらせたが、手首に結ばれてたお守りの経緯について話をした。
「こ、これはですね……そ、そう! 親戚の子供に貰ったんですよ。お揃いで付けようって言われてたんです」
嘘は言っていない。ルフについて少し暈しただけ。
しかし、課長には伝わらなかった。課長は悲痛に目を伏せて、声を荒げた。
「嘘だっ! そうやって何人もの女を誑かしてあんなことやこんなことまで――セクハラだぞ、それ。ハラスメントだぞ!」
もうこの人、セクハラって言いたいだけじゃないのか……。寧ろセクハラしたいんじゃないか……
ふと課長の手に視線を移すと、握った拳の人差し指と中指の間から親指がはみ出ている事に気付く。親指がグリグリと動いている。
もうヤダ……何でハラスメントされてる側がこんな責め立てられているのだろうか……誰か助けて。
期待はしていないが、俺は谷野さんに目だけで助けて求めた。
しかし、谷野さんは見飽きたのか、俺達のやり取りなんか興味無さそうにパソコンを見ながら何やら考え事をしていた。
こ、このやろう……元はというとアンタのせいなのに。
心の中で愚痴を零し、同時に本当誰か助けてと嘆く。
俺の必死の想いが通じたのか、キンコンカンコンと音が鳴った。
ナ、ナイスタイミング! このチャンスを逃してなるもんか。
「ほ、ほら課長、時間すよ? 早く朝礼始めましょう?」
「むぅ、後でたっぷりと聞くからな」
課長がなんか不穏なことを言い残し、渋々といった感じで自分の席へと戻ってゆく。
他の方々も何事も無かったように立ち上がり、朝礼が始まった。
さて、どうやって課長の誤解を解くか。
やっぱり正直に話すべきか――いや、余計ややこしくなりそう。じゃあ証拠見せてもらおうか、なんて言われた日には溜まったもんじゃない。
それにルフ人見知りだからなあ……会っていきなり電撃とかもうショート寸前だわ、寧ろ頭のブレーカーが落ちてしまう。
え? じゃあどうする――
「私からは以上です。何かありますか――では今日もよろしくお願いします」
結局何も思い浮かばないまま、朝礼が終わる。
そういや、朝のゴタゴタのせいでパソコンを立ち上げていなかった。
俺は腰を下ろし、パソコンを立ち上げる。
少しして立ち上がったパソコンからメールボックスを開いて、中を確認しているとチャットが届いた。送り主は谷野さんだ。
『くくっ、朝から災難だったな』
誰のせいだコノヤロー!
感情のまま文字を打ち込みたくなったが、グッと抑える。
俺は冷静に文字を打ち込んだ後、向かいに座っている谷野さんに顔を向けた。
『いや、大丈夫です。でも、勘弁して下さいよ? 課長真に受けてんじゃねーっすか』
『まあ、花ちゃんはあれでけっこう心配してるというか焦ってるというか、まあ、俺から言っておくから安心しろ』
文字を読み終わっただろう。顔がにやついている。そしてまた返ってきた。
いや……いやぁ? 何だろう、これ程安心出来ない安心しろは見たことがない。しかし、何で課長が焦ってるのだろう? 心配してくるのはありがたいけど……。
『そういや、朝来る時大丈夫だったか?』
『はい? 何がですか?』
『ほら、慶が通ってくる橋。あそこで昨日竜巻があったんだって。ニュース見てねーの?』
脈絡なく話が変わったと思ったら、谷野さんからURLが添付されたメッセージが届く。
開いて大丈夫だろうなと思ったが、杞憂に終わった。
開くと、いつも通る橋にある河川敷に出来た竜巻を見出しに記事が書かれていた。確かにこれは愛衣ちゃんがはしゃぐ気持ちも分かる。俺だってテンション上がってる。
俺は高ぶった気持ちをそのまま文字に起こして谷野さんに返した。
『本当っすね。っていうか、うお! マジですげえっすね』
『だろ? 愛衣がテレビで見てはしゃいでたから何事かと思ったらこれだもん』
『次何時発生しますかね? こういうもんって生で見たくなりません?』
『お前は……なんか本当に愛衣と同じ事言ってんな』
『何すか? それは俺の頭が小学生って言いたいんすか?』
『そうとも言う』
『ひどっ⁉』
『まぁまぁ、次発生するのは何時だろうな。案外すぐ発生するんじゃないか』
「慶史郎、ちょっといいか?」
「は、はいっ!」
そんな話で盛り上がっていると、課長に呼ばれる。
突然だったので少し声が上擦ったが、何事も無かったように課長の目の前に立った。
「どうしましたか?」
「あ、いや、ちょっと手伝って欲しくてな。付いて来てくれ」
課長にそう言うと立ち上がり、そそくさと歩き出す。
急ぎの用だろうか、俺はその後を追った。
キンコンカンコンと、十八時を知らせる鐘が鳴る。
俺は既に退社の準備を済ませ、今か今かとこの音を待ち侘びていた。
鐘が鳴り終わるのと同時に俺は席を立つ。
「お疲れっした」
「ちょ、ちょっと待て慶史郎。朝の事……忘れていないだろうな」
席を立った俺を課長が呼び止める。振り向くと切れ長の目がジーっと俺を見据えていた。
相変わらず怖えぇ……。けど、何となくだけど、その目はどこか不安そうに俺を捉えているような気がした。
俺の勘違いかもしれない。だけど、その目は確かに見覚えがあった。俺の帰りを待ってくれているであろう少女が今朝していた目とまるで同じだ。
「うぅ、慶史郎。お前はやっぱり……」
だったら俺は安心させてやりたい――いや、やらなければならない。
そんな気持ちが先走ってしまい、気付けば俺は足をくるっと返して課長の所へ向かっていた。
そしてそのまま、ルフにするのと同じように課長の頭を撫でてしまっていた。
「大丈夫っすよ課長。俺を信じて下さい」
「……へっ?」
「ひゅー、やるぅ」
「……あっ」
課長の素っ頓狂な声が、俺が何をしでかしたのかを伝えてくる。
ヤ、ヤ、ヤッベェェェエッ⁉
思わず叫びそうになったのを何とか堪え、俺は急いで弁明した。
「ちちち違うんすよ。こ、これは、えっ、えっと、そ、そう! これは課長が悪いんです!」
しどろもどろで何も弁明出来ていなかった。何なら課長のせいにしてしまった。
そんな俺を顔を赤くした課長が鋭い目付きで睨んでいる。や、ヤバイィ……めっちゃ怒ってらっしゃるぅ……背中から汁がブワッと、ブワーッと噴いた。
俺は蛇に睨まれた蛙の如く、ただ茫然と立ち尽くしながら課長のお叱りのお言葉を待っていると助け舟が出された。
「ハハハッ! 慶、お前最っ高だな!」
違う。全然助け舟じゃなかった。只の泥舟だった。はよ沈めっ!
谷野さんはこれでもかと言うくらい大声で笑って、課長の所へ向かってゆくと、何やら耳打ちをしていた。
「――そうか、慶史郎。そういう事だったんだな。そういう事は、えへへ、先に言ってくれないと困る。私だって心の――いや、何でもない」
いや、何が⁉ こっちは何でもありますがっ⁉
谷野さんが離れると、課長は体をもじもじさせ、照れたようにそう言ってくる。相変わらず目付きは鋭いけども。
いや、それよりも! ア、アンタ、課長に何を言ったんだ……。
それを確かめるため、俺は谷野さんに視線を送ったが、返ってきたのはすごくいい笑顔で出されたサムズアップだった。
俺には分かる。あれは絶対ろくでもないこと吹き込みやがった。
それとその仕草がいちいち似合うのが腹立たしい。イケメン、リア充、末永く爆発しろ。でも愛衣ちゃん悲しませたら許さんからな!
「慶史郎、今のは許してやる。でも次はないからな。つ、次はその……何だ……事前に言ってくれ……人前ではセクハラだぞ!」
俺が谷野さんに呪詛を送っていると、課長が俺を見据えてそう言った。
途中聞き取れなかったけど、その目がはっきりと言っている。次やったら殺すって――す、すみません……。
俺は大きく頭を下げ、恐怖で震えそうになった声を出来るだけ抑えて課長に謝罪した。
「はいぃ、ス、スミマセンでした」
「いやそこまでは……まあ、いいか。じゃあまた明日な。お疲れさん」
「お、お、お先に失礼します。お疲れ様でした」
た、助かったぁ……いや、これは本当に助かったのか?
ま、まあ、課長の不安を払拭出来、且つ俺は生き延びた。お互いWin-Winな関係を築けた。うん、そうしよう、そうであってくれ。
俺は課長に挨拶をして退社したのであった。
外へ出れば、吹雪は止んでいた。
しかしながら、小ぶりな雨は降っている。
俺は車に乗り込み、急いで帰宅する。
その道中はずっとルフのことを考えていた。
まず、帰ったら思いっきり抱きしめたい。そこからぐしゃぐしゃに頭を撫でたい。
それからお留守番出来たことをいっぱい褒めて、ルフの望むこと全部叶えてやりたい。
頭の中で垂れ流れる煩悩に深く頷いていると、話題に上がったあの橋へと差し掛かった。
車から眺める分にはいつもと変わらない只の河川敷だ。ただ、少し川の推移が高くなっているような気はした。
今度は何時発生するかな。あ、でも朝は勘弁してくれよ。朝はルフとの時間を優先することにしたんだから。
そう祈りながら橋を渡り終わると、俺は車の速度を少し上げた。
「ただいまー」
玄関を開けると、家の中は真っ暗だった。
あれ? 電気の点け方教えたんだけどなー、もしかして忘れてしまったか? それとも寝てしまったのだろうか。
「ルフー?」
靴を脱いでリビングへと向かう。
しかし、そんな悠長な事を考えてる場合ではなかった。
リビングのドアが映し出したぼやけた光が俺の足を急がせた。
「ルフッ!」
勢いに任せドアを開け放ち、電気を点けると、ソファーに座っているルフのもとへと駆け寄る。
ルフは青白い光を纏っており、電撃をバチバチと鳴らして、膝を抱えて俯いていた。
「大丈夫かっ⁉」
「お兄、ちゃん?」
俺に気付き、ルフは顔を上げた。
その目は赤く腫れていた。
「ルフね、強い、でしょ? お兄ちゃんとの約束、守ったよ……?」
俺を捉えると、ニコッと笑う。
強がって、ニコッと笑って、俺を見ている。
今にもまた泣き出しそうな顔して、それでも必死に耐えて俺を見据えて、絶対に泣くもんかって笑って――
「ごめんな、寂しかったよな……ごめんな……」
これ以上見ていられなかった。
無理して笑ってるルフのことを。
辛くて寂しくて怖い筈なのに――
込み上げてきた感情のまま、俺はルフを抱きしめる。
青白い光も、電撃も、今は関係ない。
それで怪我したって構わない。
今はただ、ルフを安心させてあげたい。
「もう大丈夫だからな。俺はここにいるからな」
「ううん、ル、ルフも、ごめん……泣いちゃ……いけない……のに……泣かないって……きめたのに……うわぁぁん!」
腕の中で紡がれた言葉が涙で濡れてゆく。
それは無理くり作った笑顔を決壊させるように――堰を切ったように大きな鳴き声になって溢れ出す。
堰き止めるものが無くなった感情は、身に纏う青白い光を強くする。
轟く雷鳴と共に電撃が周囲へ拡散する。
それでも俺はルフを離さなかった――離したくなかった。
不安や辛さを抱え込んだ小さな少女の想いを突き放すことなんて出来る筈がない。それに――
約束したもんな。一緒に強くなるって、共に挑むって
――瞬間、俺の手首に結ばれたお守りが光り出す。
今朝のような瞬間的にではない。今度は大きく、はっきりと。
ルフと同じ色をした光が溢れ出した。
俺はこの光を知っている。
温かくて、孤独を照らすこの光に懐かしさすら感じる。
それはルフと出会うよりずっと前のこと。しかし、この温もりのある綺麗な光を俺は一体何処で――
「……あったかい」
その光に見惚れていると、ルフがそう呟き顔を上げる。
その顔は涙と鼻水でぐしゃぐしゃだったけど、笑っていた。
さっきまでの強がって作った笑顔ではなく、年相応の少女が浮かべたあどけない笑顔を俺に向けていた。
とても眩しくて、それでいてとても愛おしくて、俺は今度はそれに見入ってしまっていた。
「……お兄ちゃん、はずかしいぃ……」
どのくらい時間が経ったのだろうか。
感覚では数十秒、もしくは数分くらいだと思うが、永遠に見ていられるルフの笑顔がどんどん赤く染まってゆく。
気付けば、青白い光も電撃もいつの間にか消えていた。
そ、そういえば! あの時もそうだった。
初めて会った時も、マスコットの股間を蹴り上げた時も、電撃を出した時はいつもこうして顔を赤らめ、どこか辛そうにしていたではないか。
ま、まさか、怪我でもしているのか? また俺に遠慮してそれを隠そうとしているのか?
そう思ったら居ても立ってもいられず、俺はルフを一度立たせる。
そして全身を撫で回し、何処か怪我してないか確かめた。
「だ、大丈夫か⁉ 怪我してないか⁉」
「お兄ちゃん……」
「な、何だ⁉ やっぱりどこか具合が悪いのか⁉」
「ううん、何でもない。大丈夫だよ?」
何故だろう。ルフはそう言いながら、何処か可哀想な目を向けてくる。
言うなれば、谷野さんの下らない話を聞いてる俺のそれとまるで似ている。何故だろうか……。
と、ともあれ確かめた結果、ルフの体には怪我どころか傷一つない美白の肌だったし、モッチモチで柔らかったし、満足した。あれ? いつの間にか主旨が――
い、いかんイカン。今は煩悩に身を任せている場合じゃない。
俺は頭を振って、煩悩を振り落としていると、ルフが抱きついてきた。
「お兄ちゃん、おかえりなさい」
「あぁ……。た、ただいま……」
おぉぅ⁉ あ、あかん……
不意に突っ込んできた衝撃に備えることが出来ず、俺は股間を強打した。
猛烈に走る激痛と共に意識を手放しそうになったが、その途中で見えたルフの笑顔のおかげで、何とか繋ぎ止めた。
痛みに耐え、俺は震える手でルフを引き剥がすと、ポケットからハンカチを取り出し、ルフの顔を拭いた。
「わわっ」
「こ、こんなに顔濡らして――ほら、これでどうだ」
「ん! ふみゅぅ……」
少し私怨が入ってしまったかもしれない。拭う手には力が入ってしまっている。
ルフは何とか逃れようと顔を背かせながら抵抗していたが、虚しくも終わってしまう。
それがどうやら不服だったようだ。ルフはむぅ、っと口を尖らせ、俺をジトッと見てくる。
そんな表情がとても可笑しくて、つい笑ってしまった。
「ははっ、ごめんごめん。可愛くて、つい」
「ふみゅう……お兄ちゃんのいじわる」
可愛い子は虐めたくなるというのはこのことだろうか。もっとルフにかまいたい――いや、俺の頭は小学生か! 小学生だった……。
そ、そんなことより、俺は改めてルフに問い掛けた。
「ルフ、ごめんな。やっぱり一人でお留守番は辛かったよな」
俺がそう聞くと、ルフは黙ったまま、こくりと頷く。
やっぱりルフを預けられる場所を見つけるまでは一緒に居た方がいいな。幸いなことに有給なら溜まりに溜まってる。その間で何とか――
「でも、もう大丈夫だよ。お兄ちゃんのあっかいの感じたから」
そんなことを考えてると、ルフがそう言った。
俺を見上げるその顔は嬉しそうに笑っていたが、はて、どういうことだろうか……全く分からん。
「……どういうこと?」
「んとね、ルフにね、お兄ちゃんのあっかいのが流れてきたの!」
――えっ? 何それ怖い。
「ルフの中ね、お兄ちゃんのでいっぱい!」
――えっ? 何それ卑猥。
「これでいつでもお兄ちゃんを感じられるの!!」
――why⁉ どういうこと⁉
ヤッベェ……ルフの言ってること全ッ然理解が出来ねぇ。
何ッ⁉ 俺のあっかいのって⁉ 完ッ全に一つしか思い浮かばねぇぞ、オイッ⁉
も、も、もしかして俺の中の煩悩が知らず知らずにルフを――
アアァァァーーッ。
そこまで考え、俺は心の中で叫んだ。
俺は何ちゅー事を……い、いつの間にコラーゲンたっぷりのすっぽんを振る舞ったんだ……。
だからあれ程言ったんだ、恥を知れ愚か者!
し、しかし! これだけは言わせてくれ! 俺は無実だ!
いくらロリコンに片足を突っ込んでるからって、全身どっぷり浸かってはいない! 愛のあるタッチはしたが、ワイフなるダッチはしていない! それにまだ流石に早過ぎるだろ――だからまだって何だよ⁉
「お兄ちゃん、あのね、ルフ今とってもしあわせ」
そう悶絶していると、ルフがそう言った。
その目、その顔、その雰囲気に、一瞬見知らぬ女性の姿が重なる。
それは今までの人生で見覚えのない女性だった。しかし、俺に微笑むその女性にどこか懐かしさを感じた。
何処かで出会ったことがあるか考えてみたが、思い出せない。けど、俺は確かに知っている。でも一体――
更に考えてみるが、途中で聞こえたくぅーっというお腹の音が、俺を現実に引き戻した。
音の鳴らし主を見れば、恥ずかしそうに俯いて、お腹に手を当てている。
そんなルフに俺はニッて笑いかけた。
「すぐご飯に作るから、もうちょっと我慢出来るか?」
「うん、大丈夫でしゅ……えへへ」
俺は一先ず考えていたことを捨て、未だ俯いたままのルフの頭を一撫でする。
するとルフは照れたような笑った。その顔がとても可愛いくて、そして何より幸せそうだった。
俺はこの笑顔を守りたい。
親父やルフのお母さんが居ない今、ルフを守れるのは俺しかいない。だって俺は、ルフのお兄ちゃんなのだから。
読んでいただきありがとうございます。とりあえずここで区切らせていただきます。
一応全体的なプロットみたいのは出来ております。私のネタが尽きるのが早かったのと、社畜にとって貴重な休みなので他の作者様の小説を読みたいのです。
思い付きで書いた小説となっていますので至らない部分はあると思いますが、これからもご贔屓に。そして広い心で何卒お許しくださいませ。




