妖猫 第十一話 予期せぬ光
何故ナターシャに包帯を外してくれと頼まなかったのかと言うと、そんな単純なことで現状を打破できるとは思えなかったからだ。
俺がナターシャを見捨てる事が出来るのならば話は簡単だ。だが俺を逃がしたとなれば奴隷であるナターシャは有無も言わせず殺されるだろう。
かと言ってナターシャを連れて妖精の国へと転移するほどにはこの子を信用していない。
俺だけの命ならそれでも構わない。だが一度きりの命しか持たないナターシャや妖精達に負担を掛けるわけにはいかないと思った。
怪我を癒してもらい、頭がおかしくなりかけていたときに優しい言葉までくれた。そんな子を容易く見捨てられるほど俺の心は
強くない。
「大丈夫?」
黙りこくった俺を心配そうにナターシャが覗き込む。
「あぁ。」
なんとか顔を上げて答えると、ナターシャは幼さが少しだけ残った顔で口元をほころばせた。
「おう。ようやくお目覚めか。」
するとやれやれといった様子で小部屋へ顔を出した人物が声を掛ける。重装備で魔法を弾いていたブイアンと呼ばれるムキムキの男だ。
鎧を脱ぎ露わになった厚い胸板は、鎧なんて要らないのでは?と思わせる程だった。
豪傑。そんな言葉がブイアンには似合っているように感じる。
俺が急襲した際に、ブイアン自身は俺の魔法程度では何ともなかったわけだが部下を懸命に庇っていた。それを直接見たからか、それ程嫌悪感がこいつにはない。
「ナターシャ、随分と回復魔法の腕を上げたんだな。」
「はい!頑張りました!でも……。」
「でも?……あぁ、そういうことか。」
ブイアンは何故か俺の手を見る。小刻みに震えている手を。いや、体も震え続けている。
「ダイアにこっぴどくやられたからな。精神崩壊しなかったのが奇跡だ。心は回復魔法じゃ治せないからな。ゆっくり時間をかければ自然と良くなるだろう。」
まるで娘を見るような優しい眼差しのブイアンと、尊敬する上司に慰められ喜んでいるようなナターシャ。
そんな姿を見ていると、ブイアンが悪人ではないのじゃないかと思えてしまう。
まぁその辺は何とも言えないか。立場が違う。魔物サイドからの目線と人間から見た魔物への対応ではまるで価値観が違う。
「ところで……お前はなんなんだ?魔物か?」
「ブイアン様…。」
ストレートに思ったことをぶつけてくるブイアンに少し不安げな表情をナターシャは浮かべる。
だが、ブイアンはすぐにそれを察知してナターシャにフォローをした。
「いや、悪意はない。ただの好奇心だ。ダイアとは関係ない。」
「そう……ですか。すみません、出過ぎた真似を。」
ナターシャはすぐに謝ってしまう癖がありそうだった。俯くナターシャへブイアンが小声で耳打ちする。
「ナターシャ。防音の魔法は使えるな?」
「はい。この部屋だけであればなんとか。」
それを聞いたブイアンはナターシャへ魔法の行使を申し出た。すると柔らかな何かに覆われるような感覚が俺を包む。
「完璧だな。ほんとに成長したもんだ。」
「はい!ありがとうございます!」
俺の焼け爛れた皮膚を治した回復魔法といい防音の魔法といい、見た目とは違いナターシャは有能な魔法使いなのかもしれない。
「よし、ではまず言わせてもらおう。勝手だが…俺は俺の正義を貫かせてもらう。」
「は?」
何をいきなり。意味が分からない。
「国王だろうがダイアだろうが、誰の元で働こうとも俺は俺の信じた生き方を偽りはしない。俺は純粋にお前に興味がある。そして知り得た情報をダイアに告げる事も無い。」
胸を張り宣言してみせたブイアンは何故かどこか誇らしげだった。発言は格好いいのに態度のせいで脳筋にしか見えない不思議さがある。
「まぁそんなこと言っても信用されないのも分かっている。しかしお前を知る為だけならば幾らでも方法などある。」
魔法や薬、そして拷問とでも言いたいのだろうか。
「だが俺はそんな方法を使ってお前を知りたいわけではない。俺は妖精を助けるために命をかけたお前を高く評価している。少なくとも俺の仲間を簡単に裁いてくれるどこまでも強欲で凶悪な魔女なんかよりはな。」
「ブイアン様…まさか。」
「俺はお前を逃がすつもりでいる。信用せずともそれだけは理解していろ。そしてナターシャにもそれを手伝ってもらいたい。」
「も、もちろんです。」
逃がす?破天荒過ぎだろ。一体こいつになにがあったんだ。
「俺は魔物をただ魔物ってだけで悪とは思わん。存在で言うならダイアの方がよっぽど悪だ。昔のダイアは戻らない。魔女となったダイアはもうとまらないだろう。禁忌の魔法までも手に入れようとしているくらいだからな。」
禁忌の魔法?なんだそれは?
俺が疑問を口にするよりも早くブイアンは話を続けた。
「ダイアの思い通りに事が進めば、パレット王国はいずれ狙われる。大国に対してでさえそんなことを現実にしてしまえるほどの女だ。力を蓄えいずれ戦争をするのは目に見えている。俺はダイアとは違い、生まれ故郷を簡単に捨てることなど出来ない。その為にもお前をダイアに利用させるわけにはいかない。」
俺とナターシャは黙ってブイアンの話に耳を傾けた。ナターシャの気持ちは知らないが、少なくとも俺の運命が少しずつ明るくなっていくように感じたからだった。




