妖猫 第十話 壊れていく音
暗闇は嫌いだ。
目を開けても閉じても何の変化もない。
なのに不気味な何かに蝕まれるかのように、心にまで黒い染みが広がっていくような感覚に陥る。
体が熱い。身悶えするほどの痛みに意識が覚醒していく。目覚めを後悔するほどの鋭い痛みがいつまでも消える事無く、正確に精神的均衡まで崩そうとする。
胸も腹も両腕ももいでしまいたい。今までの死は一瞬だった。痛みを強く認識するよりも早く死んだ。
だが今は違う。
身動ぎする事も叶わず、冷や汗と眩暈が止まらない。こんなことなら死んだ方がまだマシだ。
皮膚や体毛が焼けた匂いに囲まれ、滲み出る血と仲良く倒れている。
「ひぐぁあぁ!……いだい、痛い!たずけ、たずげで!!」
目には見えない黒い牙が腕を食い千切る。
姿のない赤い爪が腹を割く。
……熱い、……熱い、熱い熱い熱い熱い熱い熱い!!!!
「ああぁアァアヴぁあぁ!いだいあぁ!!!」
なんで、なんでこんな目に。
辛い、死にたい。早く殺してくれ。どうしてこんなに血が流れているのに死なない!!
暗闇に光が灯る。
鈍く光る赤い光が。
ひとつじゃない。丸いのに鋭く感じるそれは俺を囲むように数え切れないほどに。
目だ。
これは目だ。死なないように監視してる。死なない程度に苦しめようと企んでいる。
怖い。……怖い怖い怖い怖い怖い怖い!
頭が破れてしまう。爆発しそうなほどの激痛が頭部を包む。
ふと気付く。
あぁ、なんだこれ、片目がどろりと飛び出しているんだ。
なんだいつの間に。
ふと痛みが引いていく。
少し離れたところから声が聞こえる。
ーーーちゃんが笑うから歪。
ーーーゴブ、フー、トば。
ーーーおうほっほっほぁっ。
ーーーまるで鯨異。胸騒ぎ詰まってて灼熱。
ーーー入ってもい?ね?
ーーー夕べ見つけたところだからね。やめて
「あーぁ妖精殺すな言ったのに」
顔の前にポフッポフッ。
小さな音が二つ。丸いのが二つ。
暗闇はどこへ、今は何故かはっきり二つが見える。
小さな小さな愛らしい頭が二つ。
「あアァァァ……。」
ピピンさんとプップさんは、死んだら終わりなのに。誰が誰が誰が誰が!!誰が殺した!!赦せない赦せない赦さない!!
するとピピンさんだった丸が目を開く。
ーーーお前だろう。
☆ ☆ ☆
「大丈夫かこれ?……一体何をしたんだ?」
「…少し強めの夢を。少しは従順になってもらえるかと。」
「少しねぇ。これだから陰の王国一の魔術師は嫌だ。絶対俺にはやるなよな。」
「やりませんよ。仲間ですから。」
「あー、怖い怖い。」
☆ ☆ ☆
何度目の目覚めか。それさえも分からない。無くなったはずの目や腕も違和感が無く、体の痛みも無い。
夢か?はたまた知らぬ間に何かの魔法でもかけられていたのか。そうは思っても現状を考えると焦燥感に苛まれる。脳裏に焼き付いてしまった二つの頭部。ギロリと睨み付けてきた瞳を思うと体が強張る。
手足を拘束され身動きが取れない。錠代わりに使われている包帯のような布は、プップさんに使われていたものと同じ物だ。どうやらこれのせいでプップさんは魔法を使えず逃走することが出来なかったようだ。俺も同じく魔法は使えないらしい。
「起きた?体調は……良いわけないか。」
顔を起こし周囲を見渡す。すると小柄な女が桶とタオルを手に歩み寄ってきていた。まぁ小柄とは言っても俺よりは断然大きいのだが。
「怪我は魔法で治したよ。でも私の魔法だから完全にとはいかなかったけどね。ごめんね。」
とりあえず思う。何故この子は謝ってきたのか。
「あっ、でも怪我は治ってると思うよ。ただ、回復魔法だと焼けちゃった毛までは戻せないみたい。」
伏し目がちに俺を見る目は少し不安げにも見える。
「……辛かったよね。助けて上げられなくてごめんね。でも私なんかじゃどうにも出来なくて。妖精さんもそっと逃がしてあげたかったけど、それも出来なかった。怖かった。」
この子は…なんなんだ。ダイアの仲間じゃないのか?
「でもそのせいで今度は猫さんまで辛い目に遭っちゃった。私にも猫さんみたいな勇気があれば良かったのにね。ごめんね。」
「……君は?」
「私はナターシャ。治療の魔法が少しだけ使えるただの奴隷だよ。」
奴隷。この世界には奴隷が存在するのか。まぁゴブリンや妖精がいるのだから驚きはしない。それよりもダイアが奴隷を連れてまで王国から逃げてきているという事実で、ダイアへの嫌悪感に拍車が掛かる。
結局ダイアが口にする綺麗事は紛い物だ。
「怪我を治してくれてありがとう。でもそんなことして大丈夫なの?」
「大丈夫です。ダイア様の許可は頂きましたから。贖罪とは違います。勇気を猫さんに貰ったので打診してみたらすんなり許可を頂けました。」
先程まで涙目で震えていた少女とは思えない剛胆さだな。でもとても有り難い。俺は痛みにとても弱いみたいだから助かった。
この子なら魔法を封じている包帯を外してくれるのではないかと思いそれを口にしようとしたのだが、俺はそれを止めた。




