魂 第八話 折れぬ心
「……あれ?暗いな。」
レイはまだ夜なのかと思い、再び眠ろうとする。明日も早朝から魔法の練習で体力を必要とするので、当然の思考である。
だが明らかに自分のいる場所がおかしい事に直ぐさま気付き辺りを見渡した。
「月明かりが……窓が無い?」
妖精の国は外部から閉ざされた空間にあるにも関わらず、夜になれば月が出る。窓からは月明かりが零れ落ち、レイはそれを眺めるのが好きだった。だからこそ、すぐその違和感を感じた。
「ど、どういう……まさか。」
レイはベッドから立ち上がろうと手をつこうとして、ようやく気付いた。
ーーー既に死んでいることに。
自分は目が覚めて最初からベッドの上になどいなかった。魂となり三度目の漆黒に身を包囲されていたのだ。
「なんだ?……何が起きた?俺は……死んだ?」
周囲を何かが動く気配を感じる。恐らくこれから転生するために移動を開始した魂だろうとレイは考えた。
だがレイはそれらの流れについて行かなかった。行けなかった。
昂ぶる気持ちを無理矢理静めベッドへと入り、目が覚めたらゴブリンのバロンやニコ、そして妖精族のピピンやプップの為に魔法の習得に全身全霊で挑む気でいたからだ。
それが気付けば叶わぬものとなっていた。バロンやニコの命の為には時間が惜しく、ヘタしたら妖精族には二度と会えない可能性さえある。そんな残酷な現実に向かい合えずにいた。
「な、なんでだ。…どうして死んだ。何か騒ぎがあれば気付いたはずだ。そもそも妖精の国に侵入者なんて有り得ない。病気?心臓発作……。」
答えが出るわけも無いのだが、レイは不必要に思考を巡らした。現実逃避している自分へ、俺は向き合っていると言い聞かせるかように。
「なんで…なんで何も見えないんだよ。なんでプップさんもピピンさんもいないんだよっ!!」
叫んでみても声は木霊するだけで、残酷にも虚しい時間だけがレイに寄り添っていた。
ーーー「レイ様、お迎えに上がりました。」
気付けばレイのすぐ傍に、二つの角を生やした和服の女性が静かに佇んでいた。心を落ち着かせるような穏やかな声色の人物だったが、今のレイにとっては会いたくない人物でもあった。
「レイ様?」
「リョカさん。………俺は死んだんですね。」
「はい。亡くなられました。」
まるで他人事のようにごく自然に発せられた言葉がレイの胸を締め付ける。命を、人生を軽く見られているように感じてレイは憤りを感じた。
「キーナルメナン様がお待ちです。行きましょう。」
レイは思う。‘転生をすればしただけ出会いがあり、大切なものが増えていく。そして、自分は足を引っ張るだけで何一つ出来ていない’と。
そんな思いに歯噛みしながら思い出して悔やみ、自分の愚かさや無力さを責める。
ーーー自分を知らずして仲良くなり過ぎじゃの。それはリスクとなるのが分からぬかの?
キーナルメナンの言葉が再度レイの脳裏を過ぎる。
仲良くするなということか?いや、そうではないはず。意志薄弱で流されやすい自分を認識した上でなら仲良くしてもリスクにはならないという事だろう。
突然の死と別れに少しネガティブになっていたが、レイは気持ちを切り替えリョカを真っ直ぐ見詰めた。
「……お願いしまアバババ!!!!」
レイの言葉を最後まで聞くこと無く、リョカはレイに手を突っ込みキーナルメナンの元へ移動を開始したのだった。
☆ ☆ ☆ ☆ ☆
「お待たせ致しました、キーナルメナン様。」
「ぷふぉ。リョカよご苦労であったの。レイ、死ぬの早くないかの?情けないったらないのぅ。まぁ余としては新たなる甘味を得るチャンス到来じゃがの。」
キーナルメナンは少し呆れた顔でレイを見詰める。無限の時を過ごすキーナルメナンからしたら、レイの転生していた期間など一瞬でしかないだろう。
「ど、どーも。」
「ピューヒエル、レイが現れおった。戻ってくるのじゃ。」
キーナルメナンが独り言のように呟くと、時を置かずしてピューヒエルが現れた。
「レイ!もう死んじまったギャ!?」
「そうなんだよ。なんか死んだらしいんだ。」
「まぁ俺はお前に会えるのは嬉しいんだギャ!元気出せギャ!あー?レイ、印が顕現してるギャ!」
「うん。妖精族の母親らしい大きな木がいるんだけど、触れてくれって言われて触ったら浮き出てきたんだ。って、ピューヒエル!そういえばピューヒエルの印のせいで死ぬとこだったんだぞ!微精霊は寄り付かないし、そのせいで俺の周りだけ魔素がなくなるし!そういうのは先に言っといてくれよ!」
「フギャッギャ!悪かったギャ!おれっちもまさかあんな魔物になるとは思わなかったギャ!それにある程度強くなったら顕現するようにはしてたんだギャ!でも印のおかげで魔法は完璧だったギャ?」
「いや、全然だし。風の矢はあまり飛ばないし、斧も遅かったり斬れなかったりだよ。」
「ギャ~?なんで風ギャ?」
ピューヒエルは何か変なものでも見るようにレイを見ると、キーナルメナンの肩から飛び立ちレイの傍に舞い下りた。
「なんでって…魔法を教えてくれた子が風の魔法を使っていたからだけど。」
「おれっちは時空属性ギャ?」
「あっ。」
ピューヒエルの言葉にレイはまぬけな声を上げる。
「そっか。だから妖精の鞄を飛び越して亜空間に収納出来たのか!」
「レイ様、そんなことが出来たのですか?」
「はい。特に訓練もせずに出来ましたけど。」
「流石はピューヒエル様の印ですね。」
リョカはレイ専属の管理者となってから、レイの動向はもちろんモルフィーナについても調べ上げていた。
モルフィーナは微精霊が非常に多く存在する。それが影響して人間以外の種族も活発で、魔法の力を使う種族も多い。
妖精族もそのうちの一つだ。妖精族は空間魔法に長けており、微精霊でさえも見ることが可能な目を持っている。それは古くから微精霊に愛された特別な種族だからであろう。
モルフィーナにおいて空間魔法は種族固有のものであり、それが使えるのは妖精族のみ。だからこそ妖精族は守られてきた。しかしそれすらも凌駕して見せたレイの空間魔法は異常とも言えるものだった。
もちろんピューヒエルの印による加護の力だが、ピューヒエルの精霊としての格が高すぎるが故に、その効果も絶大だった。とはいえピューヒエルの能力をそのまま使える訳ではないし、ピューヒエルの力の1割にも満たないのだが。
それでも空間魔法の適切があるなど前代未聞である。高度な知能と個体数の多い人族は魔法に関して様々な工夫はしているようだが、殆どの生物の魔法の適性は1つ。良くて2つだろう。
レイは風の魔法を発動させることが可能であり、空間魔法も使える。既に2つの属性への適性があるということだ。人族に転生すれば秀才と称されるレベルだ。
「あとは強くなって練習もすれば少しは戦闘でも役立つギャン!折角あげたんだがら上手く使うだギャ!」
「うん!ありがとうピューヒエル!」
「レイよ、よかったのぅ。」
「はい!ところで、キーナルメナン様。いくつか質問があります。」
「なんじゃの?」
「俺のこと見てます?」
予想外のレイの質問だったが、キーナルメナンは別段慌てた様子を見せることはなかった。隠すことでもないと思っているのだろう。
「余は管理者じゃ。管轄外ではあるがレイとは友である故、確認はしておるの。」
「ほんとですか!?」
てっきり責められるものかと思っていたキーナルメナンは喜色を浮かべ詰め寄るレイに面食らい動揺を見せた。
「ほんとじゃの。…それがどうかしたかの?」
「俺の死因が気になって。あと妖精族の2人の様子も気になってて。」
キーナルメナンは全てを知っている。だが口は重く閉ざされ、中々答えようとしなかった。
「ど、どうかしました?」
「レイは前世の記憶があるがの………地球の物差しで全てを捉えておらぬかの。」
レイはそんなもの当たり前だろうと思っていた。だがキーナルメナンの口ぶりからしてそれは否定されるであろう感性なのだとも考えた。
「そうかも…知れないです。」
「ならばそんなもの捨ててしまえ。」
それは研ぎ澄まされ凍てつく氷のような声色だった。普段のキーナルメナンからはほど遠い、厳しい表情をしていた。言ってしまえば、キーナルメナンなりの思い遣りであり、レイの為ではあるのだが。
「知りたければ相応の覚悟をするのじゃ。」
「……はい。」
突然覚悟だどうだ言われても、レイには何のことかさっぱり分からない。だがレイは知るために返事を返した。
「ふむ。では話すかの。レイは目を覚ます事すら出来ぬ間に殺されたのじゃ。」
「…殺された?」
「そうじゃ。プップといったかの。おっとりして見せていた妖精族じゃ。あやつは中々の悪じゃの。ぷふぉ、眠気を誘発する薬を飯に混ぜ、無惨にも首をチョンパじゃ。」
「プップ……さんが?そ、そんなわけないじゃないですか。冗談も言って良いことと悪いことがありますよ?プップさんはいつだって優しくて思い遣りのある人だったんですから。」
レイは見るからに狼狽していた。信頼しきっていた者に殺されたなど到底受け止められる内容ではなかった。
「レイが何をどう感じようがそれが事実じゃ。奴は曲者じゃの。ねじ曲がった心で、欲した物を全て手に入れたかったようじゃが、妖精族にしては強い力と共にその歪んだ心も抑え続け生きてきたのじゃろう。だが地中に埋まるレイを見つけた時に我慢してきた気持ちが溢れた。レイを大切にする気持ちはあったのじゃろうが、誰かにレアなレイを取られるのは許せなかったのかの。まぁ何が原因でそんなに歪んでしまったのかは知らぬがの。」
「………。」
「レイよ。悪しきものに一々惑うようでは余の力を持て余すだけじゃ。どうするかの?弱き心を宿す魂を消し去り、故国にでも転生するかの?」
キーナルメナンはレイの元へ歩み寄り、掌を向ける。返答次第では躊躇うことなくレイの記憶をリセットしてしまうことだろう。
「ピピンさんは………もう1人の妖精族はどうなったんですか?無事ですか?!」
「あの緑色の髪をした妖精なら無事じゃ。レイの死で深い悲しみに溺れておるがの。そして桃色の妖精はレイを殺害後すぐに妖精の国を出たようじゃ。それも含めて緑色の者は憂愁の暗闇に身悶えしておるじゃろう。友の亡骸を己の手で埋めなくてはならぬ気持ちを想像してみよ。それでもお前は子供のように泣き喚くというのならば好きなだけ泣いて消え失せるがよいの。」
レイを見るキーナルメナンの瞳は鋭い。幼女の見た目からは想像も出来ない程の管理者としての圧をレイは感じていた。だが、レイの覚悟はキーナルメナンの言葉を聞き既に決まっている。
熱いまなざしでキーナルメナンを見詰め返し、レイは言う。そんなわけがあるかと。
「ほぅ。ではどうするのじゃ?」
「もちろん転生するに決まってる!」
「口ぶりまで変わったか。まぁ良い。で、転生してどうするのじゃ?」
「どうする……とりあえず走る!大森林を走り回ってバロンやピピンさんに生きてる事を知らせる!ついでにプップさんに説教する!」
「生まれ落ちるのが遥か遠い場所かも知れぬのにか?それに妖精は妖精の国からは出ぬ筈じゃ。桃色はまだしも、緑色とは会えぬのではないか?」
「どうにかするさ!やってみないと分からないだろ!」
「メナっち!その辺にしといてやれギャン!余り意地悪な事言うと嫌われるギャ!」
「ぷふぉ。……確かに甘味に嫌われたらまずいの。」
「悪いなレイ!メナっちもレイを心配してるから試してるだけギャン!」
「うん、それは分かってる。」
「心配などしておらぬがのぅ。」
「メナっちはレイの事をずっと応援してたギャ!レイは1人じゃないギャン!おれっちもついてるギャ!」
「そっか。ありがとう!」
「応援などしておらなんだがの。」
「それにレイは妖精族の国なら入れると思うギャ?」
「え?でも教わってないし。鍵がないと駄目な筈だけど。」
「レイは妖精の鞄なんて使ってないギャ?おれっちの印は妖精族程度には負けないギャン!!」
「それもそうか。よし、試してみるよ!ほんとありがとう!ピューヒエル!メナっち!!」
「や、やめるのじゃ。馴れ馴れしいのじゃ。」
「メナっちも喜んでるギャン!レイ!けっぱってくるギャン!!」
「そうです。レイ様ならメナっちを幸せに出来ることでしょう。頑張って下さい。」
「分かりましたリョカさん!メナっちの為にも頑張ってきます!」
「やめるのじゃ!余をからかうでない!」
レイは2人と1匹に励まされ落ち着きを取り戻した。むしろ以前よりも熱く強い心を持ったと言えるだろう。
「メナっち。もう一つ質問。無限転生の事は話しても平気?」
「うむ。……あまりお薦めは出来んがの。レイの大切にしてるものを守るために必要だと判断した時ならば仕方ないのじゃろうな。でなくては説明など出来ぬじゃろ。」
「よし!だったら後はやるだけだ!ありがとうな、メナっち!」
「だからその呼び名はやめよと言っとるのじゃ。」
やめろとは口にするが、キーナルメナンの表情は先程と打って変わって穏やかなものだった。レイの感情や覚悟を受け入れた時点で、彼女は気持ちを切り替えたのだろう。何だかんだ甘い幼女を見詰め、レイはこの運命に少しずつ順応し感謝し始めていた。
キーナルメナンを失望させることは魂をリセットすることに直結する。だがそれ以上に、この偉そうで優しき幼女を失望させることはしたくないとレイは心に決めた。どんなことにも自分なりに抗って、生きて生きて生きてみせると。レイの隠れたポジティブシンキングが覚醒しようとしている。有る意味では開き直りとも言うのだが。
「じゃあメナっちまたな!リョカさん扉へお願いします!」
「かしこまりました。」
「あっ!まつのーーー。」
「うん!今回はシュークリーム!ピューヒエル頼んだよ!」
「任せろギャン!!!」
そういってキーナルメナン御所望の甘味情報を伝え忘れることなく、熱い志を胸に秘めレイはリョカと共にキーナルメナンの元を後にしたのだった。
「アバババッ!」
ーーー「ぜーはーぜーはー。」
「レイ様、大丈夫ですか?」
「は、はい。気絶はしなくなったけど、この痛みは慣れないもんですね。」
「私には分かりかねますが……頑張って下さい。シュークリーム楽しみです。……シュークリーム。響きも良いです。」
「……。」




