妖猫 第一話 妖精の国へ
「来たぜ、モルフィーナ!!!」
やる気満々でモルフィーナへと降臨した俺は、早速周囲を見渡す。
「…………どこだよここ。」
大森林とは打って変わって、岩肌や茶色い粘土のような土が丸見えな険しい山が見渡す限り続いている。俺を照らしてる太陽は朝日ではなく沈み行く夕日に見えた。
今にも溢れ出しそうな溜め息を飲み込み、気持ちを切り替え空を見上げて叫んだ。
「ヤッホー!!!!!」
ヤッホー。それは故国の美学。何故それを今叫んだのかと聞かれたら返答に困るところではあるが、敢えて言うとしたら気合を表に出したかったからだ。
木霊に耳を澄まし、ヤッホーの響きに気持ちを入れ替えて俺は走り……出さなかった。
「ピューヒエルはやれると言ってたけど、自信ないなぁ。」
妖精の国へと通じる扉は妖精の鍵が必要だ。仲良くなったピピンさんでさえ教えてくれなかった程の妖精族秘蔵の魔法……そんなものがまともに魔法を理解してない俺なんかに使えるのか甚だ疑問だ。だがピューヒエルが冗談を言うとも思えない。
「……やってみるか。」
決心はついた。だが魔法というものの概念すらも理解してない俺は何をどうして良いのかさえも分からずにいる。
ーーー「困り事か?」
どうしようかなと考えていると、突如声が聞こえてきた。しかし、辺りを見渡すが目に見える景色は裸の岩山だけだった。
ーーー「困り事か?」
もう一度聞こえた声に、これは幻聴では無いのだと確信する。
「誰かいるのか?」
「やはり我が声が聞こえているか。……困り事ならば手を貸そう。」
俺の声に反応し姿を現したそれは、見るからに悪人面したゴツイ粘土の塊だった。手足や胴体があるようには見えないが、顔だけで今の俺よりも一回り以上でかい。
「精霊か?」
ピューヒエルの印で精霊が寄ってくると口酸っぱく言われてきたから、すぐにその答えに辿り着いた。
「然様。我は土の精霊ゴーツイーナ。汝により呼び出されたのだ。論ずるまでも無く契約を求むのだな?」
……ゴツいな、にしか聞こえてこない。
なんとなくだけど、とりあえずこいつは胡散臭くて仕方が無いぞ。土だけなら色々と便利そうだけど、初対面なのにやたら上から目線だし。それに絶対にピューヒエルより遙かに格としては劣っているだろう。これまたなんとなくだけど。
「俺には呼び出した記憶も無いし、契約なんてのも求めてもいないな。それにまだまだ他人の手を借りるほど追い込まれてない。ということでーーーー」
「汝が我の力を求めたのにも関わらず何を言うか!土の精霊王である我を愚弄すると言うのならば決して見逃すことは出来ぬぞ!……本当に良いのか?」
ゴーツイーナは脅迫めいた口調で無理矢理契約を迫ってくる。完全に悪徳商法じゃねーか。土の精霊王とか100%嘘だろ。
これは参ったなぁ。対処法を聞いておくんだった。いつもあっちに行くと聞きたい事の何個かを聞き忘れるんだよなぁ。
とりあえず下手に行くか。
「精霊の王を愚弄するだなんてとんでもない。だが誰かの力を求めて無かったのも事実なんだ。わざわざ来て貰って申し訳ないんだけーーー」
「この期に及んで何を言う!既に我はここに姿を見せたのだ!その責任は取って貰うぞ!!」
話を最後まで聞かない奴だな。ほんと面倒くさい。俺が強かったら既にギッタンギッタンにしてるところだぞ。
「責任ねぇ……要するに無理矢理にでも契約させるぞって事か?まぁその気は無くとも呼び出したのが事実だとしたら迷惑かけてるからな。」
「分かっているではないか。ならばさっさとーーー」
「だが断る!!」
目には目を。話の途中遮断には途中遮断だ!俺は弱いけど弱気にはならないぞ。なんてったって無限転生があるからな!痛いのは本気で嫌だから死なない努力は惜しまずやらせて貰うがな!
「………責任を取らぬのならば後悔させてやろう。」
そういってゴーツイーナが体を震わせると、渇いた粘土のような塊だったものが徐々に人型へと変貌していく。体が出来て、手足が生えていき、すぐに俺の倍は余裕である大きさになっていく。だがそれでも止まること無く音を立てながら大きくなっていた。
「ていっ!」
明らかな敵意を曝け出した相手に、戦闘態勢が整うまで待ってやる義理は無い。今だ!と言わんばかりに隙を見せているゴーツイーナの膝へ風の鎚を叩き込む。
普通なら容易く躱されそうなハンマーの形をした魔法があっさりとゴーイツナの膝を捉え砕いた。
「ぐがっ!……この卑怯者めが!」
「ていっ!」
リアルな戦闘経験がほぼ皆無な俺には、暢気にくっちゃべってる余裕は無い。膝を打ち抜かれバランスを崩したゴーツイーナの反対足の膝へ風の鎚をお見舞する。
「ぐげっ!」
間の抜けた声を上げながら両足を壊されたゴーツイーナは後方へズドーンと倒れた。
「ていっ!」
それをみた俺は慌てて追い打ちをかける。もちろん風の鎚だ。興奮してるせいで、もう体もなんか無駄に鎚を振り下ろすように動いてしまっている。
「ぐあっ!やめろ!やめろやめるのだ!ストップ!」
「ていっ!ていっ!ていっ!」
問答無用で風の鎚を振り下ろし続ける。手も足も胴体も破壊し続けて、気づけばゴーツイーナは最初に見たときの状態に戻ったかのような形になっていた。
「すみません。ごめんなさい。許して下さい。ほんとそんなつもりじゃ無かったんです。もう叩くのやめて下さい。というか、どんだけ連続で魔法使えるんですか!風の精霊がついてるようにも見えませんし。」
「土の精霊王が随分弱気になったもんだな。」
「すみません。あれ嘘です。本当はまだ生まれてまもないんです。50年位しか生きてないんですよ。だから許して下さい。」
50年で生まれて間もないってなんだよ。しかもやっぱり土の精霊王嘘じゃねーか。
「またまたご冗談を。クレイスピリットキング様なんだからまだまだ余裕でしょ。ていっ!」
初期状態となったゴーツイーナは風の鎚をくらい、ぐぼらぁと恥ずかしい声を上げてゴロゴロと急斜面を転がり落ちていった。
精霊にこんなことして問題にならないかな。大丈夫かな。微精霊にまた避けられるとかないよな。
「まぁやっちゃったことは仕方ないか。でも今はそれどころじゃないし忘れよう。」
知らない土地に転生してすぐに悪徳精霊と出くわすと思ってもいなかったが、焦ったとはいえやり過ぎた気がする。だが今は妖精の国へ行くというのが最重要課題となっているので、気にしてなどいられない。
妖精族の持つ鍵を、ピューヒエルは普通に使えるっしょ?的なニュアンスだったことから、風の魔法や空間魔法の収納みたいに感覚でやれるのではないかと考えている。実際、収納する時なんかは何も意識してないし、風の魔法だって魔素と生命エネルギーを混ぜ合わせているような感覚をもってなどいないのだから。
「ピューヒエルを信じて軽い感じで行ってみるか。………ただいまー。」
何となく扉を開くようなイメージで、エアードアノブを掴み、エアーオープンする。
「……うそ。開いたよ扉。」
半信半疑で行った行為だったが、目の前には空間を切り取ったかのような長方形の異空間への扉が開かれていた。
「ピューヒエル、ありがとう。レイ…いっきまーす!!!!」
ピューヒエルのくれた優しさと力に感謝しつつ、俺は妖精の国への扉をくぐった。
☆
「き、きゃー!!!化け猫よ!!!!!」
「にげて!みんなにげてーー!!!」
「何処に逃げるってのよ!!!外なんかに逃げたらこんなんばっかなんでしょ!?」
「でも、ここにいたら檻の中のパーパクよ!!!」
「じゃあ、みんなで殺るってこと!?」
「無理でしょ!」
「武器武器!!」
「無理でしょ!」
「こいつデカいよ!」
「殺れる!!」
「食われるわ!!」
「そうよ!どう見ても60センチはあるのよ!?」
扉をくぐった俺が見たのは、いつも妖精達が最も集まっていた噴水と小さな池のある広場だった。プップさんとピピンさんがここへ来ているのはあまり見た事がなかったが。
そして以前同様に妖精達が井戸端会議に勤しんでいる所へ俺は突入したのだ。
説明しよう!心慌意乱とは、酷く慌てて何が何だかわからなくなるような事を言うのだ!
使ってもいない言葉を心で説明しながら、今の自分がまさに心慌意乱状態なのだと知り、逆に冷静になれた。
つーか、檻の中のパーパクってなに?パーパクめちゃくちゃ気になるんですけど!しかもたまに物騒な事言ってるの誰?!
いやっ、そこじゃにゃい!にゃいじゃなくて!化け猫って所だ!慌ただしいせいで何に転生したのか確認する事さえ忘れていた。人参の感覚でいたから自分の事を化け猫とか言われて一瞬化け猫が現れたのかと思った。
他にもあるぞ、妖精達が自分の半分くらいのサイズに驚いた。
なのに60センチはあるのよ。だ!
俺60センチくらいなんだな!小さいな!化け猫とかデカいとか言われた後だと高低差ハンパないな!
未だに妖精達は逃げて!とか武器武器!とかパニック状態なのだが(パーパク状態ではない)、俺は人参の頃の身体能力からは考えられない程の早さで妖精達の間を突っ切ってピピンさんの元へと急いだ。
川沿いを走り続けていると、やがて2人が住んでいた可愛らしい家が見えてきた。
「ハァッハァッ……ピピンさん。」
妖精達の様子からしてプップさんが妖精の国へ戻り大暴れなんて事にはなってないのだとは想像出来たが、自らの目で見るまでは心から安心出来ない。不安から全速力で走り抜けてきたせいで、俺の息は乱れていた。
「うわっ!」
気が焦り、石に躓いて派手に転ぶ。余程俺は焦っているのだろう。深く息を吸い深呼吸をしてから立ち上がり、ピピンさんの家の前に向かい走りだした。
「灯りが点いてない……いないのかな。」
日が沈みつつあるこの時間は、いつもならプップさんが晩御飯の支度をしているので花形のランプの照明が点いていた。
だが窓は無人であることを証明するように暗く陰っていた。
コンコンと木製の扉をノックしても返事は無かった。意を決しお邪魔しまーすと声をかけながら戸を開いた。
窓辺から差す夕日の灯りを便りに辺りを見渡すと、以前の元気な2人の姿を思い出してしまい胸がざわめいた。こんなにも変わってしまったのかと。
ーーー日常が壊れてしまったのは……全て俺のせいなのだろう。
そんな事が脳裏を過ぎり重くなってしまった足を無理矢理前へ押し出しピピンさんの部屋へと向かう。
すると、寝るとき以外は開け放たれていたピピンさんの部屋の扉が閉まっていた。押し寄せる寂しさに胸がキツく締め付けられながら、そっとドアノブに手を掛ける。
「ピピンさん、入るよ。」
恐らく外出しているのだろうが、念の為声をかけながら戸を開く。すると暗がりの中、布団に包まって丸くなっているピピンさんを見つけた。
ーーーー誰?
扉を開いた俺に、ピピンさんの声が聞こえた。
悲しみで心が窶れてしまっているのか、今にも消えてしまいそうな弱々しさを感じた。
ピピンさんは、鈴の音のように可愛らしいのに凜とした印象をもたせる声の持ち主なのに。
「ごめんね。ピピンさん。」
胸が熱く破れそうだった。こんなに悲しませた張本人が自分なのだから当然だと思った。
戸惑いからすぐに声を掛けられずにいたが、何とか絞り出したのが謝罪の言葉だった。だがそれを聞いたピピンさんは少し慌てたように起き上がると、じっと俺を見つめてきた。
「レイ……なの?」
ピピンさんは何故かたった一言だけで、変わり果てた姿の俺に気付いて見せた。鋭すぎるだろ。
「うん。」
「夢?」
「夢じゃないよ。」
「でも、駄目人参が怪しい猫の精霊っぽく見える。」
「今はね。でもレイで間違いないよ。」
「……それがレイの本当の姿?精霊?魔物?」
「んー、誰でも見えるみたいだから、多分魔物なのかな。俺にはケットシーっぽく感じるけど。」
「ケットシー?聞いたこと無い。……やっぱり夢ね。」
ピピンさんは自己完結に至り、もぞもぞとベッドに横たわろうとする。
「待った待った!夢じゃないってば!」
「でも、何で……レイがいるの?だって……だって。」
そこまで言ってピピンさんは俯き、言いにくそうに黙り込んだ。
寝ぼけ眼だったピピンさんは徐々に覚醒してきて、現実だと分かり混乱しているのだろうか。
「これからちゃんと説明する。だからピピンさん、顔をあげて?」
「……レイ…………ぐすっ。」
「ピピンさん。大丈夫だよ、大丈夫だか……えぇ?!」
ふいに泣き出してしまったピピンさんに慌てつつも落ち着いた感じを装って目の前まで近付くと、ピピンさんは突如ベッドから飛び出し俺に抱き付いてきた。
「レイ…プップが。プップが……。」
「大丈夫。俺はこうして生きてるし、プップさんもきっと大丈夫だから。」
プップさんの名を口にして泣き続けるピピンさんの背中を擦り、経験の無い状況に感だけを頼りに慰める。
……後でピピンさんが冷静になった時に生意気とか罵られそうだな。




