黄根 第三話 その声一日千秋につき
「ドンカーブさん!ここです!この辺りで聞いたんです!」
プップさんが消えて暫くすると、どこかで聞いたような声が聞こえてきた。
声の方に視覚を向けると、以前薬草を採取しに来た冒険者がいた。しかし今度は二人では無く三人に増えている。
「……何もいないけどな。」
「でも本当なんですよ!薬草を探していたら何処からか呪文みたいなのがヒソヒソと聞こえてくるんです!」
「……じゃあここで見ててやるからとっとと薬草集めてこいよ。依頼の期限迫ってんだろ?」
堂々とした態度のドンカーブは他の二人よりも少し装備が良さそうに見えた。やりとりを見ていても最初の二人よりは上の立場なのだろう。
「ありがとうございます!」
そういって2人は薬草集めを開始した。ビビりすぎな2人は風に揺れる木の音や小動物にでも一々反応を示し、周囲をキョロキョロと見回す。
「おいおい、幾ら何でもビビりすぎじゃねーのか?大森林とはいえここはまだ境界だぞ。それに昼間なんだから、まともな魔物すら出て来やしねーんだしよ。」
「それはそうなんすけど。」
「まぁ怖いの我慢して薬草集めしてくれや。ちょいと小便してくらぁ。」
すぐ戻って下さいよと声をかけられたドンカーブはやれやれといった感じのジェスチャーをしながら歩いていく。俺の方に。
「ここですっから心配すんな。」
するとドンカーブはズボンを下ろし、ドンカーブのドンカーブをポロンと取り出した。
俺の目の前で。
くっ、このままでは俺の純潔な部分が汚されてしまう。プップさんにも嫌われるかもしれない……致し方ない、喋ろう。
「人間よ、森を汚すな。」
俺の黒歴史である魔獣ゴブ・イフリートを召喚し喋りかけると、ビクッとしたドンカーブは辺りをキョロキョロと見回しだした。取り敢えずドンカーブをしまいたまえ。
「な、なにやら聞こえたぞ!いまのか?!」
「そうです!それです!!まじなんです!!」
驚いてはいるようだが未だにドンカーブはドンカーブをズボンに仕舞わずにいる。まだ安心は出来ないな。
「その汚らわしいものを仕舞え。然もなくば貴様に呪いをかけ、二度と立ち上がれなくするぞ。」
色んな意味でな!!!
「よく聞こえねぇが……何かいるのには間違いないな。お前ら、引きあげるぞ!!」
「まってくだせぇー!!」
ドンカーブは慌ててズボンを上げると走り出し、2人を置いて先に消えていった。
最後に取り残された奴はまたしても荷物をぶちまけながら走り去った。
危なかったぜ。いくら草になったといっても、尿を被るなど耐えられないからな。
☆
結局昨日のうちにプップさんが戻ってくる事は無かったが、妖精の花の蜜のおかげでスッキリとした気持ちで朝を迎えることが出来た。
今日は大台の10日目の朝だ。
体調はすこぶる調子良いのだが、心はちょっとだけメランコリックになっている。
何故かというと、人間が気になってしまっているからだった。あいつら間違いなくまた来るだろうからな。そのうち気付かれて引っこ抜かれ、見世物小屋にでも売られそうで気が気でない。
「はぁ。ネガティブな事を考えていても何も出来ないからなぁ。なんつったって草だからなぁ。暇だなぁ。プップさん来ないかなぁ。」
今思えば気が遠くなる程に長く続いたクイズdeプップ(勝手に命名)も楽しい時間ではあったんだよな。長すぎるけど。
だが待てど暮らせどプップさんが来ることは無かった。
「あー、もう今日が終わっちゃうよ。プップさんどうしたんだろう。」
夜遅くに来るはずも無いと分かっていても、プップさんなら突然現れるのではないかと期待してしまう。
だが結局現れるのは小動物やら魔物だけだった。
☆
15日目の朝を迎えた。だがあれからプップさんが来ることは1度も無かった。
最初のうちはどんな生き物でも良いから暇潰しに現れてくれと思っていた。
気付けばプップさんの可愛らしさに癒され、プップさんが訪れるのだけを待っていた。
恋心とは違う。単に友達として早く逢いたくてたまらなかった。
だが、プップさんは来ない。
「どうしたんだろう。何かあったのかな。」
飽きられて来なくなったという答えも頭を過ぎったが、そんなこと以上にプップさんの身に何か起きたのではという心配な気持ちになった。
プップさんは来ない。もちろんピピン様も来ない。
☆
とうとう20日目が過ぎたが結局プップさんが来ることは無かった。
転生してからの経験からして、そろそろ葉が萎れる頃合の筈だったが、妖精の花の蜜の効果が絶大なのか葉先までピンピンしている。
「もう会えないのかなぁ。」
プップさんは天然だ。それも重度の。
だがとても優しくて純粋で、話をしているだけで元気を貰えていた。
「折角仲良くなれたのに、寂しいなぁ。」
モルフィーナは不安が常につきまとう。だがこの短期間で命の恩人が2人も出来た。
「良い世界なのかもしれない……なぁ。」
不穏な気持ちを無理矢理ポジティブに切り替えようとするが、簡単にはいかない。
まだ良い人間に出逢えていないのだ。
そしてその鬱屈した気持ちは不安と共に現実となり、求めていない客が現れた。
「ドンカーブ。噓じゃ無いだろうね。」
「冗談でお前をこんなところまで連れてくる勇気はねぇな。俺と若いのが2人確認してる。噓じゃねぇ。」
草原地帯の草むらを掻き分けて現れたのは、この間来たドンカーブと女だった。
ドンカーブは若い2人の冒険者に比べて装備だけでなく体躯も立派だ。
だがその横に立つ女も負けず劣らずの体つきで、一言で言うなら女戦士。ワイルドでボーイッシュな風貌は、素人目ながら実力者なのだろうと思わせる。
「ここら辺だ。」
2人は若いのが蹴散らしていった荷物の辺りで立ち止まり、周囲を見渡していた。
「何かいるようには見えないけどねぇ。」
「俺も最初はそうやって疑ってかかってたんだ。だがボソボソとした声が突然聞こえて来やがった。」
すると女戦士がショートソードのような物を腰から抜き出すと、周囲の雑草を刈り取るように振り回した。
頼むからこっちこないで。痛いのは嫌だぞ。
「ふぅん。大森林を目の前にあんた達がビビりすぎて幻聴を聞いたとしか思えないけどねぇ。」
「あぁ!?誰がビビってるってんだ!!こちとらトロール討伐にだって参加してんだ!今更魔物にビビるわけねーだろ!」
「なにが討伐だい。10組も参加してやっとこさ倒した癖に。」
ぐぬぬとドンカーブは悔しそうに唸っていたが、何も言い返せずに睨むだけだった。
「だいたい最近の冒険者は腑抜けすぎなんだよ。クランばかり気にして、自分のランクを上げる努力が足りなすぎだね。」
「言ってるお前がパレットで1、2を争うクランの斬り込み隊長なんだから笑えるけどな。」
「偶々誘われて入ったクランが偶々成長していって偶々そこで活躍しただけさ。あんたもいい加減プラプラ冒険者やってないでしっかりやんなよ?昔馴染みなんだし、ちょっとは協力してやるさね。」
「ふん。余計なお世話だ。」
「そう言うと思ったよ。あんたはあんたで頑張るんだね。……あれ?」
赤っぽい簡易的な鎧を身に纏い、ドンカーブを手玉に取っていた女戦士が何かに気付いた様子を見せた。こっちを見てるのが気になる。というかやばくね?
「あ?どうした?」
「いや、あの草……ここらじゃ見たこと無いねぇ。」
「草?そんなもんどうだっていいだろ。それより声の主を突き止めようぜ。」
「見たことが無いもんは何でも気になるのが冒険者ってもんさ。もしかしたらただの草が一生遊んで暮らせるきっかけにだってなりかねないんだからねぇ。」
そう言うと女戦士が俺の方へ向かって歩き出した。どどどどどどうしよう!!どうしたらいいんだ!?
「……森を荒らすべからず。」
「おぉぉい!今の聞こえたか!?」
今俺がやれる事は脅かす事くらいだ。案の定ドンカーブは良い反応を見せた。
「当たり前さね。私の耳の良さは獣人にだって負けないと自負してるからね。」
「パルガル、気を付けろよな。」
ドンカーブは初めて女戦士の名を呼んだ。その名はパルガル。だが今の俺にとってそんなことはどうでもいい。
だって脅かしてもパルガル止まらないんだもの。
「声の主は…こっちだねぇ。」
「ど、どこだ!」
パルガルを追い抜く勢いでドンカーブが走り寄ってくる。ビビってないじゃないか!(笑)
だが小馬鹿にしつつも実際は笑える状況ではない。今の俺には臆病なドンカーブでさえ脅威なのだ。……人間怖い。
レッドゴブイフリートに転生した時の緊急時は、大抵訳の分からぬまま時が過ぎていく事が多かった。だが今は違う。袋の鼠……もとい袋の草だ。移動手段さえない状態では包囲されているよりたちが悪い。
ドンカーブもパルガルも既に目と鼻の先。最早次の作戦など皆目浮かんでいない。
「見たこともないこの草が怪しいねぇ。」
「おいおい。草が喋るなんて聞いたことがねぇぞ。」
やべぇ。まじやべぇ。完全にロックオンされた。
「引っこ抜くかね。」
「お、俺がやる。パルガルは反撃されたときの対応頼む。」
意地だけでやる気を見せたのかと思ったが、ドンカーブは思ったよりも冷静なようだ。
ドンカーブは勇んで一歩踏み出すと俺の葉っぱをまとめて鷲掴みにした。
そして勢い良く引っ張り始めた。
髪の毛を引かれるような鋭い痛みが走る。
やめれ!千切れる!!葉っぱ千切れっから!!!
だが踏ん張ると痛みが続くだけで中々千切れる事も無く、俺の葉っぱは耐え続けた。
「ふんぬらばぁ!!!!」
ドンカーブもプライドからか掛け声を掛けて気合いを入れ直して粘る。
するとブチブチと根が切れるような音が聞こえだし、足元?にまで痛みが走る。
「ぐぅぅぅおりゃーッ!!!!」
手応えを感じたドンカーブが最後の力を振り絞る。俺も何とか踏ん張っていたのだが、やたら痛いし疲れたしで限界を迎えてとうとうズボッと地面から飛び出してしまった。
「ギィャァーーーーー!!!!!」
「ぎゃぁーーーーー!!!!!」
思わず俺が叫ぶとドンカーブもそれに続いて叫び声を上げる。そしてドンカーブは恐怖心からかキモさからか、掴んでいた俺の葉っぱを離した。
その姿はまるで、休日に家庭菜園をしているお父さんがとうとう収穫まで辿り着き、意気揚々と葉っぱを掴み引っこ抜こうとしたら芋虫を握ってしまった時のようだった。……違うかな。
そしてそのまま地面に落ちていく感覚がして、人間だった頃の感覚で着地と同時にコロンと回り受け身を取り、その勢いを利用して立ち上がった。なんか立ち上がったのだ。
今の俺……立ってね?
2本足で地面を踏みしめている感覚がして違和感を感じて驚いていると、そんな俺を見て驚愕の表情を見せるドンカーブに対してパルガルは冷静だった。
「何ぼさっとしてんだい!こいつはかなりのレアだよ!さっさと捕まえな!!」
レア?俺はレイですけど?なんて突っ込む余裕はない。俺は自分の感覚を頼りに、足を懸命に動かした。
草むらへ飛び込みカサカサと掻き分けて全力で走る。するとドスンドスンと巨人が迫るかのように2人の足音が後に続く。
捕まったら見世物小屋で生殺し状態だ。そのような気持ちで俺はとにかく全力でジグザグと走りまくる。
「そっちへ行ったよ!!!」
「わかってらぁ!!!」
ドンカーブも何故か強気になっている。小さな俺の姿を見てから強気になれる小心者は厄介極まりない。
「どっちだ!!」
「……こっちだよ!!」
右へ左へ逃げる方向を変えてどうにか2人から距離を取った。だがまだまだロックオンされている。
そして俺は気付く。新たに転生してから初めて地上に出て動き回る苛酷さに。
「ぜぇ、ぜはぁ!苦しいぞちくしょう!!引きこもりだったんだから優しくしろっての!」
苦しい。息が続かない。
このままでは動けなくなってしまう。捕まるのも時間の問題だ。どうしたらいい。死ぬのも、生き地獄も嫌だ。俺は何もしてないじゃないか!ほっといてくれ!
俺の気持ちなど知る由もない2人の人間は、徐々に落ちていく俺のスピードに距離をどんどん縮めてくる。
そんなとき、俺が待ち望んでいた声が聞こえた。
「レイくん!!!こっちだよ!!」
声の聞こえた方を見るとプップさんが両手を振っていた。俺はプップさん目掛けて最後の気力を振り絞りなんとか走り抜けた。
背後に感じる気配にぞわぞわしつつ、プップさんを目指す。そして俺はプップさんの元へ辿り着くがプップさんは両手を広げたまま動くことはなかった。
「あぶなーーー」
恐怖の余り勢い良く走る俺を、プップさんは避けずに受け止めた。その豊満な胸で。
「レイくん!!逢いたかったよぉ~!」
ぷよんぷよんとした幸せな感触が俺の顔を覆う。プップさんは今まで触ってきた全ての感触を凌駕する柔らかさだった。
「プップさん!!逢いたかったでずぅ!!!!」
「会いに行けなくてごめんね~。でももう大丈夫だよ~!レイくんはわたしにとって特別なんだからね~!」
逢いたかったでずぅとか言ってしまう俺はキーナルメナンの言うとおりかなりキモい。
様々な感情が溢れ出る俺を差し置いて、緑だらけの景色がプップさんの「いっくよぉ~!」という言葉と共に一変していった。
ストックはあまりないのですが、連投です(^^ゞ
書けば書くほどに自信が消えていくという不思議な感覚に悩みながら頑張っているので、少しでも暇つぶしになれたら幸いですヽ(´ー`)ノ
読んで下さってありがとうございます。




