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危険なふたり(四)

 王城へとつづく幹線道路では、すでに朝の混雑がはじまっていた。マイカー通勤をする車の列がノロノロと徐行しながら車道を埋めている。 


 よどんだ排気ガスと朝の気だるい空気がみちていた。

 国王が降伏宣言をしたその日から、街は急速にかつての平穏を取り戻しはじめた。政治も経済も、そして国民の生活もなにひとつ占領まえと変わらないレベルまで回復しつつある。もちろん傍若無人にふるまう占領軍の兵士によって市民が乱暴されたり、略奪行為で店が被害を受けることもあったが、軍隊や兵器によって国土が蹂躙される悲劇に比べれば、それは些細なことだ。


 秋晴れの、どこかすがすがしい青空がどこまでもつづいていた。赤い実をつけた街路樹に小鳥がむらがっている。これからまたペーシュダード王国の平穏な一日がはじまろうとしていた。


 不意にかすかなエンジン音がこの静寂を破った。

 それはたちまち爆音へと変わり、舗装された大地をバリバリ震わせた。

 見たこともないようなバカでかいバイクが、タイヤを唸らせて突進してくる。


 中心部へ向かう道にくらべ、下りの車線は比較的すいていた。それでも郊外へ出勤する車や配送のトラックなどが頻繁に行き交っている。そのなかを縫うようにして、ボスホスの巨体が、まるで砲弾でも流れ過ぎるように猛スピードで通過していった。

 垣間見えたライダーのすがたは、金髪を風になびかせた娘だ。

 さっきまであくびを噛み殺していたドライバーたちが、みなあっと叫んでそのすがたを目で追った。二階建てバスの窓から、退屈をもてあます学生たちが競って身を乗りだす。


「おい今のもしかして……アシさんじゃないのか?」

「まさか。近衛騎士は全滅させられたって噂だぜ」

「でも間違いないよ。ペーシュダードであんな無茶な走りをする女子は、アシさんくらいしか考えられない」


 そんな彼らのおしゃべりは、雷鳴のごときプロペラ音にかき消された。巨大なヘリコプターが二機、バイクを追跡していた。

 ミル24ハインド。

 全長およそ二十メートル、総重量は約十トン。戦闘ヘリ特有のゴツゴツした筋肉質の機体が、ある種の昆虫を連想させる。四銃身制ガトリング砲のほか、対戦車ミサイルや空対空誘導弾まで装備した、まさに化物ヘリだ。


 ヘリは朝の混雑する幹線道路をなめるようにして、バイクへ追いすがった。ボスホスには五百馬力のV8エンジンが搭載されている。が、それでもヘリコプターとバイクでは最初から勝負は見えている。あっという間に自分たちを抜き去ったヘリが高度を下げたまま反転してくるのを見て、アシが吐き捨てるように言った。


「あいつらマジうぜー」

 彼女はフル・ブレーキングで後輪をスライドさせると、遠心力で流れそうになる車体を必死にコントロールした。そして九十度向きが変わったところで、ふたたびクラッチをつなぐ。

「ルーダーベ、舌噛まないでねっ」

 もちろんルーダーベに聞こえるはずがない。だがアシのやろうとしていることを察したのか、彼女は「ひええっ」と貴族の娘らしからぬ悲鳴をあげ、しがみつく両腕にちからを込めた。


 エンジンが甲高い唸りをあげ、路面との摩擦でタイヤから煙が出る。

 路上で完全に横を向いたバイクが、そのまま障害物をクリアする競走馬のようにガードレールを飛び越えた。

 巨体が宙に浮いた。

 道路はちょうど高架になっており、十メートルほど下で別な道と立体交差している。そこへみごとに着地した。金属が硬いものに激突するものすごい音がして、六百キロの車体が大きくバウンドする。破損した部品が無残にも周囲へ散らばった。それでもこのモンスターバイクは、怖じることなくかえって手負いの野獣のようにふたたびエンジンを咆哮させた。


 降り立った道路は復旧工事の途中で、走行している車は一台もなかった。工事に使う重機が路肩に放置されているだけだ。アシは「通行禁止」と書かれたバリケードをはね飛ばし、ボスホスを急発進させた。スロットルを解放し、急速に増してゆく重力加速度に身をまかせる。


 一瞬バイクを見失ったヘリは、道路の上空を右往左往していた。それでも彼らの高精度カメラは、高架下をべつの方角へと走り去るアシたちのすがたを捉えた。獲物を捕捉した猛禽のように、ヘリが旋回する。アシは風圧で顔をキツネのように変形させながら、バックミラーをにらんだ。真っ黒な機体がぐんぐん近づいてくる。


 前方に新たなバリケードが現れた。その向こうには、爆撃によるものであろう大きな陥没がぽっかりと口をあけていた。

「ようし、ここまで来ればもうだいじょうぶ」

 アシは車体をかたむけると、路面に弧をえがいてバイクを急停止させた。背後へ向かって声を張りあげる。


「ルーダーベ、魔法であいつら片しちゃってっ」

 だが返事はなかった。ふと、腰にしがみつくルーダーベのからだが妙に重たくなっていることに気づく。

「あれれっ?」

 身をひねって後ろを確認した。そのひょうしにルーダーベの華奢なからだがドサリと地面へ倒れ込んだ。どうやら気絶してしまったようだ。


 逆光の朝日を背後から浴びて、不気味に黒い機影がぐんぐん迫ってくる。道路に立ち往生するバイクは、すでに機銃の射程内に入っていた。

 アシの顔から、さあっと血の気が引いていった。

「やべえ、アシちゃんてば大ピンチ……」


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