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危険なふたり(五)

 リヒャルト・ワーグナーの劇中曲「ワルキューレの騎行」が、アシの脳内で鳴りはじめる。

 言わずと知れた映画「地獄の黙示録」のテーマだ。


 二機縦列で突進してくるミル24ハインドの先頭が、銃火を吐いた。

 四本の銃身が、モーターのちからによって目に見えぬほどの高速で回転する。

 まるで巨大なミシンを使って路面を縫い付けるように、無数の銃弾がアスファルトに突き刺さりながら迫ってくる。


 いったん停止してしまった大型バイクを迅速に移動させることは、大の男数人がかりでも至難の技だ。ましてや今は、ルーダーベが意識を失っている。それらの状況からすばやく判断して、アシは逃げるのをあきらめ、完全に開き直った。


「いいよ、やってやろうじゃないの」

 太ももに巻きつけてあるレッグホルスターから、真っ赤にペイントされたリボルバーを引き抜く。彼女の愛してやまないコルトパイソンだ。

 通常のパイソンが四インチの銃身を持つのに対し、彼女のパイソンは倍である八インチの長さを誇っている。正しくはコルト・パイソンハンターといい、専用のスコープを取り付ければ狙撃銃の代わりとしても使える。


 しかし所詮は拳銃だ。ヘリコプターを撃ち落とせるわけがない。ましてや相手は「空飛ぶ戦車」として兵士たちから恐れられるミル24ハインド。装甲の硬さには定評がある。その鉄のかたまりに対して拳銃で挑もうとするなど、まさに蟷螂の斧で風車に立ち向かうドン・キホーテ・デ・ラ・マンチャだ。


「そのむかし東条英機っておっさんも言ってたじゃん。飛行機は、高射砲じゃなく気迫で落とすものだって」

 アシは両足をふんばって腰を落とすと、コルトパイソンの撃鉄を起こした。アイソサリーズ・スタンスの構えをとるのは、ファッションモデルなみに細い両腕でマズルジャンプによる衝撃を吸収しなくてはならないためだ。


 敵のヘリコプターは今や、機体にペイントされたラゴス軍の国籍マークが視認できるほどの距離まで近づいていた。ガトリング砲から無尽蔵に放たれる十二・七ミリ弾が、アスファルトの舗装を木っ端みじんに粉砕しながら迫ってくる。


 アシはその野生のチーターなみともいえる視力で、ヘリコプターのコクピットを睨みすえた。ぼんやりとだが、操縦桿をにぎる兵士が白い歯を見せて笑うのが見えた。

「アシちゃんブチ切れた……女の一念岩をも通すってゆうのを知らないのか?」

 彼女の脳内BGMが「地獄の黙示録」から「ダーティハリー」のテーマへと切り替わった。

 ギリっと奥歯を噛み締め、トリガーを引いた。

「堕ちろよ、クソがっ」


 彼女の驚異的な射撃能力は、そのばつぐんの視力だけに依存するものではない。着弾点までの距離、空気抵抗、弾丸の自由落下速度、気流の状態など、弾道を左右するあらゆる情報が、銃をかまえた一瞬にスーパーコンピューターなみの速度と正確さをもって解析されてしまうのだ。


 ヘリの操縦桿をにぎっていた兵士は、コクピットのガラスにひびが入るのを見て驚愕した。拳銃では機体に命中させるだけでも至難の技だ。なのに銃弾は確実に自分めがけて飛んできている。五層構造の強化ガラスでなければ、死んでいたかもしれない。

 ピシッ、ピシッとたてつづけに銃弾がガラスを傷つけた。

 兵士が悲鳴をあげた。

「ば、化物だっ」


 これまでヘリコプター対バイクという圧倒的優位から相手を少しいたぶってやろうという慢心を抱いていた兵士だが、即座に考えを改めた。

 遊んでいたら、こっちがやられる。

 彼は、対戦車ミサイルのスイッチに指をかけた。

 アラーム音が鳴り、赤外線シーカーが拳銃を構えるアシのすがたをロックオンする。


「ふざけやがって……あとかたもなく吹っ飛ばしてやる」

 スイッチを押した。

 しかし機体の左右に張り出した小翼からミサイルが発射されようとするまさにその瞬間、横合いから飛んできたべつのミサイルによってヘリは撃ち抜かれた。テールローターを吹き飛ばされたヘリは、プロペラの代わりに機体自身をくるくると回転させながら後続のヘリに激突した。ジェット燃料のケロシンに引火して、瞬く間に炎を吹きあげる。そのまま地面へ墜落し、破片を周囲にまき散らしながらアシたちのいるほうへと転がってきた。


「うひゃあッ」

 驚いたアシは、火事場のバカぢからでルーダーベを引きずって路外へ飛び出した。その間一髪のところを、巨大なスクラップと化したヘリが道路をけずりながらバイクをなぎ倒していった。あたりにはモクモクと黒煙が立ち込め、そこらじゅうで空中分解したミル24ハインドの残骸が燃えあがった。


 アシは歩道に尻もちをついたままミサイルの飛んできたほうを振り返った。道路工事で排出された残土が積みあげられ小山を成しているそのてっぺんに、ひとの影が見えた。ひょろりと背の高いその影は、肩に携帯ミサイルの発射器らしきものを担いでいた。


 影の胸のあたりで、なにかが光った。

 それは金属質のものが朝日を反射する光だった。

 その神々しい輝きを見て、アシが叫んだ。

「神父様ァ!」

 その声に答えるように、黒服の神父がゆっくりと右手をあげた。


 また胸のロザリオが輝いた。

 アシは拳をにぎりしめ、涙目になって声を張りあげた。

「もうッ、神父様のバカァ! アシちゃんたち、ぺしゃんこになるところだったんだからっ」


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