表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
15/56

始まりの終わり(二)

 焼け残ったコンクリート塀のうえに、男がひとり腰かけていた。ニヤニヤしながらブルームーンたちのほうを見下ろしている。

 白いスラックスに、白い麻のジャケット。シャツや皮靴、ネクタイまで白い。

 あきらかに場違いな格好だが、その白一色でコーディネートされた服装を台無しにするかのように、なぜか顔だけが不自然に青黒かった。


「おまい……だれだ?」

 ブルームーンは佩刀のつかに手を伸ばしながら、男を睨みつけた。

「いつからそこにいた?」

「おやおや、殺る気マンマンってわけですな。しかし武人たるもの、やたらに殺気を放つものではありません」


 ミキ・ミキが、吸いさしのタバコを指先でピンとはじいた。

「見たところラゴスの兵士ではなさそうだな。かといってピクニックに来た登山客ってわけでもあるまい。お前のその目、多くの人間を葬ってきた殺人者の目だ」

「ご賢察いたみ入ります」

「なんでこんな山んなかウロチョロしてる?」

「じつは、これが私の仕事でしてね」


 男はわきに置いてあった軍刀をつかむと、軽快な身ごなしで地面へ降り立った。鷹揚なしぐさで尻についた埃をはらう。

「日々、君たちのような反乱分子を取り締まっているわけですよ。帝都パルチザンのミッキーくん」

「な、なぜ俺のことを……」

「職業がら、私はなんでも知っていますよ。そちらのお嬢さんがペーシュダード王国の近衛騎士であることも、それからボルガンの残兵どもが昨夜全滅させられたってこともね」

「なに、全滅しただと? それはどういうことだっ」

「夕べ、君たちが野営地を進発したあとレンジャー部隊の急襲を受けましてね。司令官以下、全員が戦死を遂げたそうです。いや諸君らはじつに運が良かった。ラゴスのレンジャー部隊は殺人マシーンと呼ばれていますからね。偶然あの場所を離れていなければ、君たちだって今ごろどうなっていたことやら」


 男は、口もとにあからさまな嘲笑を浮かべた。ミキ・ミキは奥歯をギリっと噛みしめ、サングラスの奥にある瞳を険しくした。

「あんまりなめた口きくなよ、おっさん」

「やれやれ、チンピラみたいなことを言う」


「で、けっきょくあんたダレなわけ?」

 気の短いブルームーンは、すでにムラマサの鯉口を切っている。その姿をジロリと横目で見て、男は急に破顔した。

「ほう、これはまた良いこしらえの刀をお持ちだ。じつは刀剣の目利きを趣味にしておりましてね。ちょっと刃文を拝見させてもらってもよろしいですかな」

「そうやって質問をはぐらかされるのが大っ嫌いなんだよね。つい殺したくなっちゃうわけ。てゆーか、もうそうするか」

 ブルームーンが腰を入れてゾロリと刀を引き抜いた。白刃が朝日を浴びてギラッと輝く。


 それを見て男は、今度こそ本当に驚きの声をあげた。

「そ、それはもしやムラマサ……いやそんなバカな。ムラマサは、たしかフェニキア条約で魔剣と認定され、当時の連合軍によって全てが破却されたはずだが」

「ところがどっこい、熱狂的な蒐集家たちによって隠匿され、極秘裏に受け継がれてきたのだよ。これは、そのうちの一振ってわけ。今は亡きわが師匠から譲り受けた、形見の剣だっ」


 男は一瞬キョトンとしていたが、やがて今までのがぜんぶ作り笑いだったと確信させるような、ものすごく邪悪な笑みを浮かべた。

「こりゃあ良い。小娘ひとり斬ったところで面白くもなんともなかったが、思わぬところで良い拾いものをした。もしそれが本当にムラマサならば、まさに魔剣ちゅうの魔剣。この私が所有するにふさわしい逸品だ……」

「悪いけど、こいつを手に入れようとしてもムリだ。ムラマサは所持する人間をえらぶ。わたしのように心正しき乙女だけが、この剣を振るうことを許されているのだ」


 そこへ異変に気づいたライマーたちが駆けつけ、男を遠巻きにして油断なく身がまえた。

「ブルームーン様、こやつはなに者です?」

「さあ? よく分かんないけど、なんかヤバいやつってことだけは確かみたい。面倒だから斬り捨ててしまおうか迷ってるところ」

「全身にルーン文字のタトゥーを入れた男がいるという噂を、以前どこかで耳にした覚えがありますぞ。その正体はPGUのエージェントで、彼には魔法攻撃が一切通用しないという話も」

「あっ、俺も思い出した」

 ミキ・ミキが叫んだ。

「五年前、トラキア諸国で魔女狩りと称して、ドルイドの聖者たちが何人も暗殺された事件があった。高位魔術師であるはずの彼らが、ほとんど赤子の手をひねるように殺されていったんだ。その首謀者が、全身にアンチマジック・スペルを刻んだPGUのエージェントだったと言われている。たしか名まえは……」


「ユーリイ・ミハイロヴィチ・ドロノフ」

 自分でそう名乗ってから、男はわざとらしく肩をすくめてみせた。

「いやあ驚きましたな。あなたがたの情報収集力もたいしたものだ。極秘裏に行動するのが我々の任務ですが、こうなにもかも知られていたんじゃ、もうシャッポを脱ぐしかない」

 そう言ってあたまに乗せていた白いフェドラハットを脱ぐと、それでタトゥーだらけの顔をパタパタ扇ぎはじめた。


 会話についてゆけないブルームーンが、ミキ・ミキのほうを振り返る。

「ねえ、ペーゲーウー、ってなに?」

「PGUとは、ラゴス連邦の秘密警察である、国家保安庁総局のことだ」


評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ