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始まりの終わり(三)

「ようするにアレだろ、007みたいなやつ」

 コホンと咳ばらいして、ブルームーンが映画の声色をまねてみせた。

「……なおこのテープは自動的に消滅する」

「ばーか、それはスパイ大作戦だ」


 ミキ・ミキは油断なくドロノフ大佐のすがたを視界の端にとらえながら、トラックを降りた。

「戦争の陰にPGUありと言われててな、ラゴス連邦は宣戦を布告するまえにまずPGUのエージェントを敵国へ送り込むんだ。侵攻のさまたげになりそうな政治家や軍人を抹殺するためにな」

 ライマーが後をつづける。

「さらに相手国の反乱分子をそそのかし、内乱を起こさせたりするとも聞いておりますぞ。無償で武器を供与し、あたかもラゴス軍が後ろ盾になったように思わせて、武装蜂起させるのだそうです」

「もちろん用が済んだら始末されるけどな。俺たちの仲間にもひどい目にあった連中が大勢いる」


 ドロノフ大佐はわざとらしく首を縮めてみせた。

「いやはや参りましたな。こんなところで吊るしあげを食うとは思わなかった。まあ、たしかに要人暗殺の指令を受けたり、反政府組織と接触することはありますよ。でもそれは任務のほんの一部にすぎない。我々はけっして映画に出てくるスパイのような華やかな存在ではないのです」


「……で?」

 飢えた狼の目をしてブルームーンが訊ねた。やっと食事ができると思っていた矢先なので、機嫌が悪いことこのうえない。

「考えもなしにのこのこ乗り込んでくるバカには見えないけど、おまいは、どうやってこの砦を奪い返すつもりだ」

「奪い返すなんてとんでもない。職務上、大佐の階級は得ていますが、私は軍人じゃない、たんなる国家公務員だ」

「じゃあ、なにしに来たんだよ? 勿体つけてやがると、いいかげん斬っちまうぞ」

 ブン、と片手でムラマサに素振りをくれ、タトゥーだらけの顔を睨みつける。しかしその凶暴な目つきをものともせず、ドロノフ大佐はニコニコしながら言った。


「ええと、こういう場合なんて言うんだったかなァ。あ、そうそう、ブルームーン殿のご高名を聞きおよび、一手ご教授ねがいたく参上つかまつりました。こんな感じでよろしいのでしょうか」

「おまい……わたしと剣の立ち合いがしたいのか?」

「じつはそうなんですよ。こう見えても剣の腕には少々自信がありましてね。ペーシュダードで一番の遣い手がここにいると聞いて、どうしても勝負してみたくなったのです。いけませんかな?」

「いや、いけなくはないけどさ……」


 戸惑うブルームーンに、ミキ・ミキがそっと耳打ちした。

「おい気をつけろ、なにかの罠かもしれないぞ。こいつら任務遂行のためなら、どんな汚い手でも使うからな」

「わかってるさ。でもわたしだって騎士のはしくれだ、堂々と勝負を挑まれて逃げるわけにはいかないよ。それに近衛騎士であるこのわたしが卑怯な振る舞いをすれば、国王陛下のお顔に泥を塗ることになる」


 ムラマサの刀身をトンと肩にかつぐと、ブルームーンはドロノフ大佐にむかってあごを突きあげた。

「フン、いいだろう。真の目的は知らないけど、たった一人でここへ乗り込んできた度胸に免じて相手をしてやる。ただし、わたしは寸止めとかそういう器用なマネはできないからな。腕の一本ぐらい覚悟しておけよ」

 パチパチパチパチと拍手が聞こえた。

「ブラボー、それでこそピンクの悪魔と恐れられるペーシュダードの近衛騎士だ。お相手していただけるとは光栄の至り」

「いいか、だれも手を出すなよ」

 ブルームーンは、その場にいた騎士たちの顔をぐるりと見まわした。

「たとえわたしが敗れても、こいつを無事に帰すんだ」

「心得ました」

 ライマーがうやうやしくうなずいた。


 日が少しだけ高くなった。

 丘陵の頂上には樹がほとんど生えていないため、夏の日差しが容赦なく照りつけてくる。


 対峙する二人のあいだに、いつの間にかゆらゆらと陽炎が立ちのぼっていた。

 ブルームーンは、ツツっと九歩の間合いまで迫ると、切っ先をやや斜めに下げた変則的な青眼に構えた。

 いっぽうのドロノフ大佐は、いまだ剣を鞘のうちへ納めたまま両手をだらんと垂らし、左足を半歩引いて巌のごとく佇立していた。


「おまい……さては居合をつかうな」

 押し殺した声でブルームーンが訊ねた。

「クククッ、さっきは腕に少々自信があるなどと言いましたが、私の抜刀術はだれにも破られたことがないのです。あなたも一歩刃圏へ踏み込んだが最後、この世の見納めとなるでしょう」

「その飄々とした構え、正伝ハヤシザキ流の夢想の位と見たが、どうだ?」

 ブルームーンはあえて適当な流派の名を出した。ドロノフ大佐がニヤリと勝ち誇ったような笑みを浮かべる。

「これはしたり、わが手のうちを見誤るとは、ペーシュダードの近衛騎士もたいしたことありませんな。私がおさめたのはタミヤ神剣流です。あなたも武人ならば、音速の剣を知らぬはずはないでしょう」

「……音速の剣?」

 本当は知っていたが、ブルームーンはわざと知らないふりをした。

「おや、知らない。ならば冥土のみやげに説明してさしあげましょう」


 ドロノフ大佐は、優越感からしだいに饒舌になっていった。

「音速の剣とは抜く手も見せず、ふたたび刀身が鞘へおさまったときには相手の首が落ちている。すなわち、剣を抜くのがあまりに速すぎて人間の動体視力ではその軌跡を捉えることができない。そのことから畏怖の念を込め、だれ言うともなく……」


 パァンと乾いた発砲音がした。

 ドロノフ大佐は一瞬なにが起こったのかわからずポカンとしていたが、自分のジャケットの胸にみるみる血の染みがひろがってゆくのを見て、呆然となった。

「きさま……なにを?」

「さすがの音速の剣も、ピストルの弾には勝てなかったようね」

 そう言ってウインクしたブルームーンの右手には、いつの間にかベレッタM九二が握られていた。


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