死んでもう一度、逢いましょう。
駅から彼女の自宅までは徒歩10分。
駆けるならば、もう少し早く着けるだろう。
君に、言葉を、伝えに行く。
―死んでもう一度、逢いましょう。
大野が呼び鈴を鳴らすと、彼女は直ぐに顔を見せた。
あの日、大野が部屋へ招き入れた時と同じように、俯き加減で物憂げな表情を浮かべている。
「入って」
追い返されることも覚悟して来た大野にとって、中へ入るよう促されただけでも来たかいがあったと思えた。
最悪の場合、扉を開けて、顔を覗かせることすらしてもらえないかもしれないと、覚悟していたほどだったからだ。
「おじゃまします」
玄関の扉が閉まる音は、やけに大きく頭に響いた。
前に訪れた時と、変わらず綺麗に片付いたワンルーム。
彼女らしい小物で埋め尽くされた部屋は、やはり不思議と居心地がいいと大野は感じていた。
「あの、さ…」
どう切り出したらいいのか、いざこの状態になってみると解らなくなる。
ここに来るまでの間は、あれほど伝えたいと思うことが溢れていたにも関わらず。
「このあいだは…悪かった」
「解って謝ってるの?」
やっとの思いで紡いだ謝罪に、恋人はぴしゃりと反論する。
「解ってるよ。不安にさせた。俺は言葉が足りないから」
思うことと、口にする言葉には多少の食い違いも生じるけれど。
「先週は…いきなり連絡付かなくて腹も立ったし、正直信じられないと思ったけど。
それでもお前が来なくて何かあったんじゃないかって心配で、来てくれたんなら遅刻してようが何だろうが安心して」
だから、咎めることなど出来なかった。
「3年半も一緒にいれば、勝手に解ってもらえるって勘違いしてた」
大野は恋人を見据え、伝わるよう言葉で示す。
彼女の目が、次第に潤んでいくのが解る。
「殴って…ごめんなさい」
試すようなことをして、ごめんなさい。信じていなくて、ごめんなさい。
彼女は手のひらで顔を覆い、ごめんなさいを繰り返しながら涙した。
大野は静かに彼女の傍らにより、背中を撫ぜる。
きっとまた、上手くやれるはずだ。
こんな喧嘩は、取るに足らないいざこざに過ぎない。
そうだ。始めから予感していたではないか。
この喧嘩には騒ぎ立てるような原因があった訳ではない。虫の居所が悪かったり、タイミングが悪かったりしたのだろう、と。
今はただ、そういう時期なだけじゃないかと思っていたのだから。その巡り合わせが解消されただけだ。
「なあ。今から、映画行かねえ?」
先週、行くはずだった映画。
チケットは、財布に無造作に捩じ込んである。
「行く」
恋人が、赤く染められた目で笑う。
財布が戻って来て、本当に良かった、と考えたところでふと気付く。
財布と言えば…あの死神はどうしたのだろう?
「お呼びかしら、大野奏助」
不意に背後から聞こえた声に、弾かれたように振り返る。
そこには、さもそれが普通であるかのようにメリーが立っていた。
「復縁おめでとう」
鎌を携え、絨毯に座る大野を見下ろす。
「でも残念ね。映画には行けないわ」
「何を」
「さようなら」
メリーは鎌を振り下ろした。




