その花の、花言葉
頭を飾る黒のリボンを左腕に。
亡くしたものへの、喪章として。
―その花の、花言葉。
仕事を終えたメリーは、タコの滑り台のある公園に戻り、ブランコを揺らしていた。
いつも決まって、仕事の後はこうして一人になる。
後悔が、頭を巡る。
メリーの仕事のスタイルでは、必ず、刈り取るその場に第三者がいる。
それがたまらなくもどかしかった。
自分を死神だと知り得ない人間の目の前で、仕事をこなさなければならないことは億劫であった。
対象者でない人間に、死神の姿が見えることなど稀だが、だからこそ目の前の人間が何の前触れもなくいきなり倒れたりしたら、誰でも驚くだろう。
場合によっては驚く、と言う表現では甘いかもしれない。
ショックを受け、取り乱し、パニックを起こすこともある。
メリーは、そんな人間を見るのが嫌いであった。
「やっぱり。辞めようかな、この仕事スタイル」
ターゲットと親睦を深めた上で、仕事をこなす。
このスタイルには、メリーはある種の誇りを持っていたし、これから先も貫きたいと考えている。
だが、決まって、仕事の直後は今回のように後悔が押し寄せる。
「何も告げずに刈り取っちゃえば、別に情とかないし。相手が一人になったところを狙えば、誰にも見られないし」
ひっそりと、誰知れず、死を迎えるだけだ。
「それが正しい仕事の仕方だけれど」
メリーはその様な仕事の仕方が嫌いだった。
第三者の悲痛を聞くより、ずっと、避けたいと思っていた。
「だからやっぱり」
自らのスタイルを貫き通していかなければならない。
メリーはわざと、これ以上はないほど大きく溜め息を吐く。深呼吸も兼ねた。
立ち上がった後は、次の仕事に向かおう。 ああ、その前に今回の報告書を書かなくては。
メリーは頭の中を整える。
今回の対象者の名は、大野奏助。
初めに接近したのは、3日前だった。幾分か肩を沈めて歩く男の衣服から、何かが落ちたのが見え、反射的に駆け寄る。
拾い上げればそれは財布で、使い古された革の風合いがなかなかに良い味を出している。
死神であるメリーにとって、人間の使う金などは興味の対象外ではあったが、その財布の持ち主が今回のターゲットであることに気付いてしまった。
放っておきたいところだったが、なまじ知っている人間の持ち物ゆえ、それが出来ずにいた。
「まあ、後々会うことになるし」
メリーは呟き、大野の財布をマントの内側に仕舞い込む。
そして、ふと周りを見渡し、大野を探す。もう随分と先に進んでしまってはいたが、視界に捕らえることは出来た。
音も立てず、近くまで寄る。
人間という生き物は、財布と並んで携帯電話と言う道具を大切にしているらしいと聞いたことがある。
死神は、金には興味を持たなかったが、携帯電話には惹かれるところがあった。
「どうせ財布も落としたんでしょ」
メリーは口角を上げると、大野の衣服から携帯電話を抜き取った。
「少し、お借りしますね」
初めて手に取る携帯電話に、心踊るものを感じたメリーであったが、扱いが解らず次第に飽きた。
何が楽しいのかしら?
そんなこともあったな、と考えたところで、メリーは時間軸を本日の正午に合わす。
大野と出会った時刻だ。
財布と携帯電話を拝借して以来行動を起こさなかったのは、機会を窺っていたから。
思惑通り、仕事は完了した。
滞りなくとは言い難いが、上々だろう。
その様に、報告書には記そう、とブランコから立ち上がったとき、後ろから声を掛けられた。
「メリー!」
死神である自分の名を呼べる人間など、普通はいない。
だがメリーは、その声の主に心当たりがあった。
「珍しいことも、あるものね」
小さく漏らし、振り返る。
「どうして此所へ?奏助」
走って来たのだろう、息を切らした奏助が、メリーの背後に立っていた。
大野はメリーに、何故を問うためにここに来た。
もしかしたらまだ、この公園にいるかもしれないと考えてのことだ。目的の人物の後ろ姿を見つけ、思わず名前を叫んだ。
「どうして、ってそれは俺が聞きたいことなんだか」
肩で息をし、大野は言う。
「あたしの仕事は終わったわ。もう奏助は関係ない」
メリーが突き放すように言う。
仕事の後にかつての対象者に会うことは苦手であった。
「終わった、って…お前、死神じゃなかったのかよ」
「死神ですけど」
自分が今以て生きていることに疑問を抱かずにはいられない大野。
メリーが、自分に向かって鎌を振り下ろす瞬間を見た記憶はある。もう、これで死ぬのだと確かに感じた。
しかし、目が覚めたとき、大野は変わらず彼女の部屋にいた。
自分の顔を、心配そうに覗き込む彼女が「急に倒れるからびっくりしちゃった」と言ったところで気付く。
何故、自分は生きているのだろう?
「当たり前じゃない。あたしが刈るのは人間の命じゃないもの」
メリーは大野を見やる。
「あたしが刈り取るのは恋心。君の、恋人に対する恋心はあたしがあのとき刈り取った」
「恋心…?」
大野は呆気にとられる。
「なんだよそれ?意味解んねえし、第一、俺の彼女に対する気持ちは今だって変わってねえよ」
「本当に惹かれ合ってたら、あたしが恋心を刈り取ってもまた恋に落ちる」
しかし、通常ならばその時点で死神に関する記憶は消える。
ごく稀に、記憶が消えずに残ってしまうこともあるが、だからと言って自ら再び死神に関わろうとする人間はいない。
まして、必死に駆けて、進んで会いに来る人間など。
「本当に、珍しい」
メリーは大野に目を向けたまま、小さく笑う。
「まだ聞いてく?あたしの話」
「ああ」
大野はうなづいた。
「あたしたちみたいな恋心を対象に刈り取る死神は、失恋した人間のもとに派遣されるの」
先程まで一人揺らしていたブランコに、再び腰を預けメリーは言う。
「死んでしまった可哀相な恋心を頂いちゃうのが死神の仕事」
ざっくり説明するとね、と苦笑しつつ、メリーは続ける。
大野は隣りのブランコに腰掛けた。
「でもそうすると、何故だか人間はとても苦しむのよね」
強制的に刈り取られた死んだ恋心は、どう作用するのか後々も人を縛り付ける。
「失くした恋に捕らわれ続けて、長く苦しい思いをするの」
メリーはそれを嫌がった。
「それに加えて、あたしってね、お節介でして」
「お節介?」
「失恋した人を放ってはおけないのよね」
どこか寂しそうに笑うメリーの横顔を、大野は見つめた。
「あたしたちみたいな死神ってのは、死んだ恋心を刈らなくちゃいけないんだけど、
おせっかいなあたしは失恋した人を復縁させてから『死んだはずの恋心』を刈り取ってるのよ」
だから鎌も『オカマ』なのかな、と漏らすと、メリーはブランコを揺らした。
「それってどういうことだよ」
「厳密に言えば規則違反なのかも。でもあたしは、喧嘩なり擦れ違いなり仲違いを解消させてから『さっきまで死んでいた恋心』を刈る」
死神のくせに、なかなか献身的でしょう?
「だから俺にも…?俺、お前のおかげでアイツと仲直りできて。だから礼を…」
「止してよ」
大野の言葉は遮られる。
「あたしは仕事を果たしただけだし、何より、神様ですもの?」
人間のために尽くすのは、当然の行いなのだとメリーは笑顔を向けた。
「それもそうか」
大野もつられて笑顔を見せた。
「さて!あたしはそろそろ次の仕事に向かいますかな!」
膝をぽんと叩き、ブランコから立ち上がる。
「また、次の奴にもお節介焼くのかよ」
冷やかし半分、大野が問うとメリーは「うん、気分かな?」とはにかんだ。
恐らく、彼女のお節介焼きは治まらないだろう。
それを何と無しに感じ取りながらも、大野は「そうか」とだけ返した。
「じゃあね、奏助。彼女と仲良くしなさいよ」
「言われなくとも」
「あたし以外の死神は、甘くはないからね。本当に恋心を刈られたら恋愛なんて、あっさり終わっちゃうんだから」
そして、失恋に苦しむことになるのよ。
「短い間だったけど、それなりに楽しかったよ。バイバイ」
メリーは手を振り、別れの挨拶をする。
「じゃあな」
死神に振り回されたと言う気持ちがないわけではなかったが、大野はどこか清々しい思いでいた。
「あ、そうだ奏助。メリッサの花言葉を知ってる?」
去ろうとしていたメリーは、急に思い立ったように口を開いた。
「いや、知らねえ」
「その花の花言葉は、」
『同情』
だからあたしは、人間を放ってはおけないのよ。
メリーが微笑んだのが見えた後の記憶が大野にはない。
いつの間にか現れた死神は、いつの間にか消えていた。
最近、俺はツイてない。
財布を落とし、
携帯電話を落とし、
評判を落とし、
彼女には殴られたが、
死神に救われた。
そんな日常も、悪くはない。
おわり




