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お目覚めならば、悔いてください

死神メリー。


死は別に、怖いことでも何でもない。また新しく生まれるための、始まりなのだから。

彼女の仕事は、そのための手助け。



―お目覚めならば、悔いて下さい



目が覚めれば、そこは公園の滑り台の上だった。

「おはよう。良く後悔できた?」


少女が大野の顔を覗き込む。

ああ、そう言えば死神に狙われていたのだったな、などと寝起きの頭を働かせて記憶を反芻させる大野に、メリーは笑いかける。

「ちゃんと後悔してもらうために、ちょっとばかり眠ってもらったんだけど…」

しっかり思い出せた?とメリーは問う。

「あ。えっと…」


夢を見ていた。

鮮明に思い起こすことのできるその夢は、彼女と喧嘩した日の夢だった。

あの日、彼女は約束の時間には来なくて。連絡も付かなくて。現れたと思ったら殴られて、泣かれて。


思い起こせるものの、やはり何が悪かったのかは解らないままだった。

「俺、何かしたかな」

大野が一言漏らすと、メリーはあからさまに嫌な顔をした。

「あんまりヒントは出したくないんだけどね、あんまりにもだからひとつ教えてあげる」


肩をすくめ、呆れ顔を露にしながらメリーは言う。

「何かしたのがいけなかったんじゃない。何もしなかったのが駄目だったの」

それだけ告げるとメリーは滑り台を滑っていった。

「これでヒントは2個目だからね!解んない限り降りてくんな!」

「は?」

降りて来るなと言われても。

まあ、降りようと思えばいつでも降りられるか、と考え、大野はメリーの言葉を頭の中で繰り返してみる。


何かしたのがいけなかったんじゃない、何もしなかったのが駄目だった。

そういえば、彼女は大野に「どうして何もなかったかのように接してくるの」と言ってはいなかったか。

加えて、メリーが諭した「彼女は約束をすっぽかしたことを咎めて欲しかったんじゃないのか」と言うこと。

つまりは、

「俺に約束破りを責めて欲しかったってことか?」

彼女がどういう思考を働かせたかは解らないが、あの大遅刻は意図したものであって、それを咎めて欲しがっていたのか。


「気付いた?」

下に降りたはずのメリーが、いつの間にか再び傍らにいる。

「彼女、不安だったんでしょ。奏助の態度」

何をしても怒らないから、本当に自分は想われているのか。

どうでもいい存在だと位置付けられているのではないか、と。

「んな訳ねえじゃん。むしろ逆だろ」

「言葉にしなきゃ、解んないよ。だって君ら、人間なんだから」


彼女に急に、会いたくなった。


彼女は今、自宅にいるのだろうか。

自分を出迎えてくれるだろうか。

彼女の家の最寄り駅は、何処だっただろうか。


「あーもう!アイツ携帯出るかな」

今から行くと、連絡を入れなくては。

「…って俺、今携帯ねえじゃん!」

「落としたからね」

ポケットに入れていたはずの携帯電話は、気付いた時には消え失せていた。

「あ!財布もないじゃん!」

…財布と共に。


「どうやってアイツん家行くんだよ!」

思い立ったら直ぐに行動せずにはいられないのが、大野の性格らしい。

もっとも、彼女の不機嫌の理由を悟れば、誰でも直ぐに駆け付けたいと思うのだろうが。

「奏助、少し落ち着きなよ」

「落ち着けって言われても!」

騒ぐ大野を、冷静に見据えるメリー。


「これ、なーんだ?」

『オカマ』と同じようにマントの内側から、笑顔でそれらを取り出す。

「俺の携帯と財布…。お前、何で」

「ほら、だからあたし、神様ですし」

びっくりした?と、してやったり顔のメリーは大野に携帯電話と財布を手渡し、目前に見える駅を指差す。


「最寄り駅はそこから3個目。早く行け」

「おう、サンキューな」

大野はメリーから落とし物を受け取ると、滑り台の柵を飛び越え、降りた。

若干、足に響いたが構いやしない。


とにかく走って、全速力で、彼女のもとに向かおうと思った。


急いで切符を購入し、電車に飛び乗った。

直ぐに降りることが出来るよう扉付近に立ち、3駅先を目指す。


そして、ふと思い出していた。

大野が彼女と喧嘩をした翌日、彼女の友人に会ったときのことだ。

「奏助、あんた評判がた落ち」

会うなりそう蔑み言う彼女の友人を、大野は訝しんだ。


「なんだよ、いきなり」

「奏助のこと、もっとましな奴だと思ってたんだけど。あたしも、みんなも」

どうやら、彼女の友人仲間の内で、俺の評判が落ちているらしい。

理由は間違いなく、彼女との喧嘩にあるのだろう。


「アイツとの喧嘩のことを言ってんなら、俺はまだいまいち把握しきれてねえんだが」

彼女が何故、あんな態度を取ったのか、このときの大野は理解できてはいなかった。

そんな大野を見て彼女の友人は「そりゃそうでしょうね」と呟き、息を吐く。

「あの子は奏助のこと、奏助が思ってる以上に考えてるよ」

だからこそ、不安にもなるし、試してみたくもなる。言わなきゃ伝わらないのはお互い様だけれど、と思ったがそこまでは口にせず、彼女の友人は去った。


あのときは、何を言わんとしているのか解りかねたが、今ならその意味が解る気がする。

恋人は恐らく、友人たちにも不安を打ち明けていて、日曜日のいざこざのことも伝えていたのだろう。

(俺が全部悪い訳じゃないと思う。だけど、俺も悪い)

不安にさせたのは大野だが、大野と同じく恋人も何も言わなかった。

(言葉にしなきゃ、解らない。人間なんだから)

大野はメリーに言われた言葉を反芻する。


アナウンスは目的の駅に間もなく到着すると、告げた。



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