第3話 桜-プレディクト-
客室から離れ、裸電球が一つだけ吊り下がっている廊下の隅に、”その”倉庫はあった。周りに人の気配は無く、いかにもという雰囲気だった。倉庫の扉は締め切られ、走り書きされた開放厳禁の紙が貼ってある。
常ノ瀬は客室の形とは違う引き戸を躊躇なく開いた。窓から差し込む光が中を照らす。予備の布団、座布団、浴衣。あとは趣味の悪い花瓶と、色が抜け落ちてホコリを被った、もう使われていないであろう掃除道具が鎮座していた。
「うちの事務所より少し小さいくらいか。しかし、人間が好んで来るような場所じゃあないな。モノノ怪に操作されたと考えるのが自然か…なんだ、絵の具か?」
常ノ瀬の足元だけではない、この床には零した比では無い絵の具が散らばっていた。さながら無惨なお花畑だった。踏んでみると不均等なザラザラとした感触に靴下が引っかかった。
(恐らく岩絵具だな…俺の知っているものよりも色が濃い、となると時間はだいぶ経っているだろう。この旅館、一から建てた訳じゃなさそうだな。)
ーー…で……あ……
常ノ瀬は辺りに視線を散りばめる。照らされた備品の山しかない。
「幻聴、じゃないだろうな。モノノ怪関連ならどんなことがあっても不思議じゃないし。…とりあえず花蝶と合流、それからみっちゃんのご機嫌取りだな」
「…お前は相変わらずだな、女の扱いが上手い。」
花蝶を見つけたはいいものを、目元を赤く腫らした女将が花蝶の膝で眠っていたのだ。花蝶は慣れた様子で女将の背中を撫でる。常ノ瀬は事務所でよく見る光景と重ねた。拗ねたみっちゃんをこうして花蝶はあやすのだ。
「女性と言いなさい、丁寧な方が幾分か素敵よ。…不安が強かったのよ、当然よね。旅館でお客が消えるなんて、信用問題に関わっちゃうもの。…一度も目が合わなかった、ずっと震えて、見てられなかった」
近くにあった座布団を一度折り、女将の頭を膝から乗せ変えた。花蝶は女将の頬に浮かぶ袴の痕をひとなでして、扉に寄り掛かる常ノ瀬に近寄った。
「行くぞ、大体捜査の方向性は定まった。あと、お前に頼みたいことがある。」
「何をかしら?」
来た道を戻り、揃えた履き物に足を入れる。先に革靴を履いた常ノ瀬は、入り口に腰掛けている花蝶を振り返って言った。
「誰人を呼んでおけ。恐らくだが、今回のモノノ怪は人がいる。」




