第1話 桜ト菊-バンター-
袴にブーツの美人にシャツを着た紳士、ハイカラが歩くこの八宮商店街は今日も盛況であり、あちらこちらから客寄せの声が飛び交っている。
ここ八宮は、八つの社のちょうど真ん中に位置するため八宮なんて呼ばれている。この國で最も賑わっていると言っても過言では無いほどだ。
そんな中、誰も寄り付かない店があった。赤褐色の杉の戸に、「萬相談処-白詰草-」と書かれた看板は、若干斜めになっていた。
「フッざけんなこの詭弁無頼漢!!!」
扉の前のカラスが羽を震わす。どうやら声はこの看板の向こうからだ。
向かい合った紺色の長椅子には二人の男女が腰掛けていた。女性の方は何やら立ち上がっているが。
「なーにが、「俺はアイスクリンを食べないと死ぬ病気なんだ」よ。みっちゃん信じて買っちゃうとこだったでしょうが!なけなしのお小遣いなのよ?ふざけんじゃないわよアンタ!!」
髪に刺さった簪の装飾がツラツラと揺れている。浅葱色に白の菊模様が入った袴に身を包んだこのじゃじゃ馬、いえ女性は花蝶 風月と言う。
そんな花蝶の声を何処吹く風と欠伸を噛み殺しているこの青年は、萬相談処の一応の責任者、常ノ瀬解だ。
「みっちゃんは優しいよなぁ。それに比べて、お前はホントに可愛げがないな、すぐに刀握りやがって。実は女の皮被った般若だったりして……すみません」
刀に手をかけた花蝶は、相手にしないべからず。常ノ瀬、よく理解してました。
ーードン!ドン!ドン!
古びた杉の扉を開き、返事をする前に息を乱した袴の男が飛び込んできた。懐中時計がそろそろ袖から落ちそうだ。
常ノ瀬は男を一瞥すると長椅子に座り直した。
「アンタは確か、鶴ケ谷の」
「あぁ、あの最近出来た旅館ね」
花蝶は男を長椅子に誘導し、常ノ瀬の隣に一尺ほど開けて座った。
男は落ち着きを取り戻したのでしょう。頭をあげて縋るように二人を見上げた。
「おっしゃる通り、私は鶴ケ谷の千端藤四郎といいます。貴方たち白詰草に依頼がありまして」
常ノ瀬と花蝶は目を見合わせた。最近は依頼がなく、落ち着いてきたと思った矢先であった。
「依頼内容は?」
前のめりになる花蝶とは違い、常ノ瀬は長椅子の背に頭の後ろで腕を組んで寄りかかった。
「実は、うちの客が消えたんですよ。夜中、見回りしてるとある部屋から音が聞こえて。そこは客室ではなく倉庫で、コソ泥かと思って見てみると錠が落ちてたんです。次の日の朝一番に錠の番号の部屋に行っても、誰も居ないんです。旅館の出入り口は夜から朝までは封鎖してますし、見回りもいる。しかし、その倉庫以外に怪しい所なんてなかったんです。」
常ノ瀬は頭の後ろで組んでいた手を顎に当て、何やら思案しているようである。
千端は常ノ瀬がこの話を怪しんでいるのではと思い、矢次に口を回した。
「それに、客は名簿に記録してるんですが、案内したという記録はあるのに、その客の名前がないんです。受け付けした女房も、顔を覚えちゃいない。普段は客の顔、名前、特徴を全部覚えているというのに。それにその客の両隣の人たちも、大浴場で世間話をしたと言うんですけど、どうしても顔は思い出せないと…白詰草さん、私どうしたらいいんですか。旅館をやるのは女房と私の夢だったんです、どうか、お願いします、助けてください…」
千端は頭を膝に擦り付けた。




