書籍1巻発売お礼ss:あなた色に染められたい
その日、アイリーンはひとり鏡台の前で眉根を寄せていた。
(最近、レクス様成分が不足しています……)
ホテル経営は随分と安定し、教会や工房の設立も滞りなく進行中――そんななか、久しぶりに外での仕事があるとレクスが村の男たちを連れて出かけてしまったのだ。しかも戻るまで一か月という長期任務である。
(エマが作ってくれたアクスタはありますけども、もっとこう身近に、常日頃からレクス様の存在を感じていたいというか……)
艶やかな銀髪、宝石のような青い瞳、長躯に映える黒い外套――と最愛の旦那様のことを思い出したアイリーンはその場でうっとりと目を閉じる。
だがすぐさま「はっ」と大きく目を見開いた。
(そうだわ! だったらレクス様の『概念』をまとえばいいのです!)
鏡台の前から勢いよく立ち上がり、廊下に待機していたサリアのもとへと向かっていく。
「サリア、少しお願いがあるのだけれど」
「……?」
数十分後、アイリーンの部屋になにやらたくさんの雑貨が入った箱が届けられた。銀の髪飾り、青色の石を使ったペンダント、黒い羊毛のガウン――アイリーンはそれらをためつすがめつ眺めたあと、そろそろと身につけてみる。
(この髪飾り、宝石が青だったら相当レクス様だったわ……あとこのペンダントは鎖が銀ならもう完全にレクス様だし、黒のガウンと合わせたらかなりレクス様寄りになると思うのだけれど……惜しいわね……)
銀、青、黒と彼を象徴する色合いを合わせては微妙に色味が違う、組み合わせがいまいちと試行錯誤する。だがなかなか納得のいくものが出来ずにアイリーンが困り果てていると、やがて箱の底から何種類かのリボンが現れた。
(このリボン……レクス様の髪と眼の色にそっくりだわ)
かなり昔に買ったものなのかやや年季を感じるが、綺麗に拭けば問題ないだろう。アイリーンはそれらを手に取ると、ソファに座り込んでなにやらせっせと作業し始めた。
(せっかくですから、これをこう組み合わせて、と……)
銀色のリボンをある程度引き出し、ハサミでじゃきりと切り落とす。ただ刃が痛んでいたのか断面がかなりギザギザになってしまった。アイリーンはやや無言になりつつも、今度は青色のリボンを同じくらいの長さに切り分ける。
そのまま二枚を重ねて可愛らしいリボンの形に結ぶ――と頭の中では完全にイメージ出来ているのだが、リボンの素材が柔らかいせいか、なかなかうまくまとまらない。
(あっ、またずれてしまいましたわ。ここを押さえて……うーん、今度は右側がやたらと長くなってしまいました……。もう一回最初からやり直して……)
ああでもない、こうでもないとアイリーンは額に汗を浮かべながら何度も試みる。やがて左右のバランスがあまり整ってはいないものの、銀と青を組み合わせた手作りのアクセサリーが完成し、アイリーンと満足げにそれを頭上に掲げた。
(完璧! ……とはいえませんけど、でも間違いなくレクス様の概念を詰め込んだアクセサリーですわ! よく頑張りましたわ、私!)
なんだかとても誇らしくなり、アイリーンはいそいそとそれを自身の胸元へと飾る。ここ数時間のアイリーンの行動を不安げに見守っていたサリアに向けて、満面の笑みで尋ねた。
「どうかしら、なかなか素敵に出来たと思わない?」
「す……」
「す?」
「素敵だと……思います!」
サリアの返事を聞き、アイリーンはいっそう嬉しそうに顔をほころばせる。そんな女主人の様子をサリアもまた嬉しそうに見つめていたものの――おそらく内心「これで良かったのだろうか」と自問していた。
なぜならアイリーンは――手先が絶望的に不器用なのであった。
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それから一か月後。
アイリーンはレクスの書斎に呼び出されていた。
「すまないアイリーン、忙しいところ」
「(ああ~~~一か月ぶりのレクス様……最高……ここにおられるだけで部屋中の空気が澄み渡っていくかのようでまさに存在が清涼剤、聖域の発生源、この綺麗な空気を胸いっぱいに吸い込みたい――)いえ、とんでもありませんわ。何か御用でしたか?」
「実は、その……」
するとレクスはどこか気まずそうにしたあと、ベルベットの生地が貼られた小箱をアイリーンの前に差し出した。おそるおそる受け取って開くと、中には銀と青のリボン、中央に青の宝石をあしらえたアクセサリーが収まっている。
「あの、これって……」
「気が利かなくてすまない。その……君がそうしたアクセサリーが欲しかったことに全然気づかなくて」
「欲しかった……?」
「胸元のリボンだ。ずいぶんと拙い出来だから、おそらくエマの手作りなんだろう?」
「え、ええっと……」
「そんなにボロボロになっても着け続けているのを見て、新しいものを作ってもらったんだ。良かったら使ってもらえないだろうか」
「いえ、これは元々こんな感じで……あと作ったのもエマではなく、その……」
だがレクスの曇りのない眼差しが眩しすぎて、アイリーンはそのまま静かに口をつぐんだ。
銀と青で作り上げられた『レクスの概念アクセサリー(完全版)』を手に、この上ない嬉しさと――ほんの少しだけ悲しさを覚える。
(もう少し……手芸の練習をした方がいいかもしれませんね……)
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余談ではあるが後日、アイリーンに「ごめんなさいね」と謝られ、ぽかんとしているエマの姿が見られたという。
(了)
書籍版発売お礼ssでした!
なろうにはない書き下ろしも収録されておりますので、ぜひ紙本も手に取っていただけると嬉しいです。




