14 WILL - 02 -
橘 晴臣はその場で大層居心地が悪かった。
夕暮れ時というのも相まって哀愁さえ漂うかのようだった。
何故ならそこは陽気な雰囲気を醸し出す、アメリカンスタイルのスナックレストランだったからだ。
病的な程細い身体を包むものは、申し訳程度に豹柄が付いているが殆ど真っ黒。
だらだらと伸び放題の金髪を緩く結んで、頬のこけた顔にはサングラスが張り付いている。
──俺、浮いてない? 何だってこんな爽やかな場所をアキは指定したんだぁ?
片肘を付き、げんなりしているとようやくアキが現れた。
「晴臣さん、すみません。遅くなって」
背後からの声に晴臣は顔を上げ、振り返る。
──誰?
アキの傍らに晴臣を見下ろす青年がいる。大きなブラウンアイズが興味深げに輝いていた。
晴臣と目が合うと、青年は口の端を心持ち吊り上げた。
「だいぶ待ちました?」
「それほどでもないよ」
眉を下げるアキの顔は晴臣の不満を吹き消した。相当申し訳なく思っているようだ。
それ以上にアキの隣にいるインパクトの強い青年に興味をそそられて、そんな事など取るに足りぬものになっていた。
「⋯⋯それより、彼は?」
「え、ああ。彼はジーン・ブロード」
名前を呼ばれジーンはすまし顔で微笑む。
今朝方まで二人でソーホーで遊び倒した後、ジーンのフラットで仮眠を取るつもりが寝坊したと釈明した。
アキは慌てて出かけようとしたが、ジーンが「どうしても会ってみたい」と駄々を捏ねた為に余計に時間がかかったのだ。
日本語で説明するアキだったが、呆れた様子の顔つきで会話を理解した様で、ジーンは大袈裟に肩を竦めてみせた。
「俺に会いたいって? 何で? ああ、まずは挨拶だな?」
晴臣はサングラスを外して立ち上がり、右手をジーンに差し出した。
「初めまして。俺はハルオミ・タチバナ。ハルだ。宜しく。俺に会いたいっていうのは何故?」
ジーンは晴臣と握手を交わし、真顔で質問に答えた。
「アキが日本で一体どういう風だったか聞きたい」
晴臣は意を汲みかねるように首を傾げる。
同時にアキはジーンに着席を促し、近くのボーイを呼んだ。
オーダーを済ませ再びジーンは口を開いた。
「アキと初めて会った時、絶望の淵に立っているようだった。日本でもそうだったのか?」
「ジーン」
アキは戸惑い、ジーンを止めようとする。が、ジーンはそれを無視し、続けた。
「誰のせいだったかは俺は聞いた。でも、周りの奴らはそれに気づかなかったのか?」
「⋯⋯その事について秀之から伝言がある」
『俺達はアキを京ちゃんの身代わりだとは思っていない。強がらずに助けを求めろ』
アキは目を閉じ、項垂れた。震える指先を祈るように組み、力を込める。
忸怩たる想いに心が軋む。
「秀之さんが気付いているのは分ってたんです。でも、笑われるのが怖くて⋯⋯」
「あいつは笑ったりしないよ。とても心配していた。彼はこうも言っていたよ。『アキはルアードにとって唯一無二の存在で、誰にも代える事は出来ないし、手放すつもりもない』。だそうだ。だから心を開いてみてはどうかな?」
「⋯⋯わかった。ちゃんと理解してくれる奴がいるんだな。日本に帰っても心配いらないんだな?」
「ああ、そうだ」
「それならいい。それだけが気掛かりだった。安心したよ」
ジーンは立ち上がり、アキの背中を軽く叩く。
見上げるアキの視線の先に穏やかな笑顔があった。
「俺は二十五日の打ち合わせがある。話も聞けたし、もう行くよ。⋯⋯ええと、ハル? 邪魔して悪かった。会えて良かった。⋯⋯アキを宜しく」
ドアをすり抜け、夕闇に染まる街へジーンは溶けていく。
残された二人はその様をずっと見詰めていた。
「なかなか印象深い青年だね。触れれば切れそうだ」
「ええ、あれでもかなり丸くなったんですよ。最初に会った時はもっとピリピリしてて」
興味深げな晴臣にアキは苦笑した。
「あれで?」
晴臣は目を丸くする。
「ふふ。そう、あれで。ジェイや秀之さんなんか問題じゃないくらい尖がってて。⋯⋯歌うと凄いですよ。世の中不満だらけで、かなりキてるんじゃないかと思っちゃいますよ」
アキはクスクスと笑いながら答える。
「へえ、彼はヴォーカリストなんだ。うん、まあいいキャラクターかもね。⋯⋯それにしても、アキ。前よりずっと明るくなったようだね」
「え?」
口元に寄せたカップを持つ手が止まる。
晴臣を見返す顔に強張った笑みが浮かぶ。
「秀之はかなり心配してたんだよ。このところずっとアキが⋯⋯、笑わなくなったって。何か隠してるんだろうって」
「⋯⋯本当によく見てるんですね。必死に隠してたつもりだったんですけど。秀之さんには、ばれてるだろうとは思ってましたが」
「うん、あいつはそういうの鋭いんだよね。根性悪い、サディストだけど」
そう晴臣は喉元で笑う。
つられてアキも苦笑する。
「でも、もう大丈夫そうだね。彼のお陰かな? いつ知り合ったの?」
「こっちに来てすぐに⋯⋯」
ジーンとの出会いと再会。これまでを晴臣にかい摘んで話す。
二人で解決策を見付けた事を。
⋯⋯サンドラについては何も言わずに。
「俺、どうしても帰る前にジーンのギグが観たいんです。今のジーンはとても前向きで、凄く無邪気なんです。多分本当のジーンの、ジーンらしい歌が聴けるんじゃないかって」
「そうか。そんなに絶賛してるなら俺も観てみたいが、明日には帰らないとならないからな⋯⋯。まあ、いい。アキも楽しみだ。おそらく今までで一番いいパフォーマンスになるだろうな」
自信に満ちたアキの顔に晴臣は破顔する。
同時にジーンのライブを見られない事を心底悔しがった。
今回は買い付けがメインでクラブを回る余裕がない。
「秀之にいい知らせを持っていける」
そう言って最後の買い付けを済ます為に、キングス通りの雑踏へ消えて行った。
アキ、基本的に空気読めないですからね…。




