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第94話 それでも君は。


 時計のカチカチという音を聞きながら、検査結果をまつ。短い針が真下を向く頃、担当医師がやってきた。


 「娘さんは、やはり急性骨髄性白血病でした。今後は、強い抗がん剤を使った治療が必要になります。お母様はご存知とは思いますが、抗がん剤治療には、色々なリスクがあります。まずは、この同意書にサインを……」


 つむぎは抗がん剤の使用を望んでいないのではないか。俺が迷っていると、みやびがサインした。


 「みやび。手紙にもあったが、ツムギは治療を望んでは……」


 すると、みやびは、俺の手を振り払った。


 「バカじゃないの? 子供が躊躇っていても、背中を押すのがわたしたちの役目じゃないっ!!」


 すると、医師は、きまずそうにもう一枚の同意書を出した。


 「これは、急変時の措置に対する同意書です。こちらにも」


 俺は書類に目を通す。

 すると、その最後の段に「死亡時に……」という言葉が目に入った。


 それは、おれに、現実を嫌が応にも突きつける言葉のようで、鈍器で頭を叩かれたような気持ちになった。


 みやびは、それにも黙々とサインする。


 説明が一通り終わり、待合室が静かさを取り戻した頃、看護師さんが駆け込んできた。


 「娘さんが意識を取り戻しました!!」


 俺たちは簡易的な紙の白衣をもらい病室に入った。


 中に入ると、つむぎがこっちを見た。

 挿菅されているため、言葉を発することはなかったが、その目は「ごめんなさい」と言っているように見えた。


 次の日から、抗がん剤治療がはじまった。

 

 1週間を1クールとして、寛解導入療法として強力な抗がん剤を点滴する。効果があれば、1ヶ月半ほどで正常な造血が開始されるとのことだった。


 だが、つむぎには殆ど効果が無かった。

 ただただ辛い姿を見せつけられているようで、俺は何度も病室で泣いてしまいそうになった。


 俺の方は、何もする気が起きなくて。

 仕事にも行けなくなった。


 りんごのためにも稼がないといけないと頭では分かっているのだが、何もする気がしない。


 無精髭を蓄えて、惰眠を貪る。

 俺は、本当に弱い人間だ。


 娘が戦っているのに、現実に向き合うことができない。


 やがて、つむぎには、どの種類の抗がん剤も効果が低いことが分かった。医師は、抗がん剤の使用をやめて様子をみるように提案した。



 様子を見るって。

 ……要は、死ぬのを待つだけじゃないか。


 俺は何度も何度も、つむぎの手紙を読み返し、その数と同じだけ絶望的な気持ちになった。


 さくらやカレンは、俺を気にかけて、毎日のようにウチに来てくれていた。だが、やがて彼女たちの足も遠のいた。それはそうだろう。こんな辛気臭い顔を見せつけられて、八つ当たりのようになじられるのだ。


 瑠衣もいつの間にか、ウチに寄り付かなくなり、コトハも一人暮らしをすると言って、家を出て行ってしまった。

 

 最後は、りんごが残ってくれたが、俺を見ると俯いて悲しい顔をするようになった。やがて、俺は、りんごにも当たり散らすようになった。


 どうせ。

 りんごも、いずれいなくなるのだろう。


 こんなにもツムギが大きな存在だとは思わなかった。ツムギが元気になるのなら、俺の命も含め、世界中が滅びても良いと思った。


 つむぎが入院して数ヶ月経った頃。

 みやびから一通のメッセージが入った。

 

 日本では認可されていない最新の治療を受けさせるために、アメリカに連れて帰るというのだ。みやびは医師で、自らも最新の治療に携わっている。


 俺は医師ではないし、何もしてやれない。


 本来、喜ばしいはずの、みやびからのメッセージは、おれには自分の無力を痛感させられる罰に過ぎなかった。


 つむぎがアメリカに行く日。


 おれはツムギの顔を見るのが怖くて、見送らなかった。


 最新の治療といったって、日本とそんなに変わるものか。どうせ、どうにもなりやしない。


 「ツムギともこれきりか……。最後まで無力で最悪な親父だったな。俺は父のことを嫌いだったが、俺はそれ以下だ」



 そう。

 おれは最低だ。


 周りの人が、一番助けを求めている時に逃げ出した。


 やがて、りんごも顔を見せなくなった。

 ……俺は全部なくしたのだろう。


 どだい、こんなおじさんにモテ期なんて、過ぎた話だったのだ。全部は泡沫の夢。


 クリスマス会の写真を見ていると、自然にその言葉を口にしていた。


 「……、死のうかな」

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