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アルフレッド英雄譚  作者: 昨夜名月
第1章 アルフレッド冒険する
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第7話 アルフレッド12歳、友達になる②

『太陽の剣』の前に白いユニコーン種の馬を4頭つないだ馬車があった。

 大きな箱型で、中には長椅子が2つ前後で向かい合うようにもうけてあった。

 ゆったりとしたしつらえで、サーベルの執事フランツとアルとエーテルが乗っても十分に余裕がある。


 エーテルはそのままのかっこうで、黒い帽子に黒いマント、アルがしつらえた黒いワンピースという姿である。


 アルの方はあれから部屋に戻って、冒険支度ぼうけんじたくに着替えている。


 失せ物探しだからといって、普段着でいくわけにもいかない。

 それに、ただでさえ冒険者らしくないのだから、せめて装備くらいしっかりとしておきたかった。


 剣と短剣を腰にさし、矢筒と短弓を背負っている。さすがにクロスボウは出番がなさそうなので置いてきた。


 馬車はゆっくりした歩調で『古町ふるまち』へ向かった。


 アルは落ち着かなかった。

 今まで乗った馬車はせいぜい街の駅馬車か乗り合いの馬車である。

 小部屋がそのまま馬に引かれているようなこんな馬車は初めてである。

 赤いビロードが敷かれた長椅子。

 窓にかかった黒絹のカーテン。天井には小さなシャンデリアがぶら下がっている。


「なにかお飲み物はいかがですか?」


 アルたちと向き合うように座っていたフランツがはしっこにある小箱を開けて言った。


「だ、大丈夫です」

 アルは首をブンブンと振った。


 きっと屋敷もすごいんだろうなあ、と今から気が気ではない。


 エーテルは落ち着かないアルとは対照的に、両手を膝の上に置いて人形のように微動だにしない。



 長く伸びる石造りの塀。

 その先に鉄柵の門が現れる。

 白装束に、大きく横に広がった帽子を斜めにかぶった2人の門番が、鉄柵の門を開けた。

 馬車は門をくぐり邸内へと入っていく。


 窓から外の様子をながめていたアルは、予想していたよりも地味な光景に拍子抜けした。


 塀に沿って植えられた木々。

 長方形の屋敷に向かって伸びる石畳。

 石畳の脇は芝が植えられている。

 途中で、噴水があったが水は流れておらず、どことなくわびしい。


「我が主人は2ヵ月前に屋敷へ移り住んだばかりなのございます。なにかと粗末なところがあろうかと思いますが、ご容赦ください」

 フランツがアルの心を読んだかのように言った。


「2ヵ月前。それじゃあ、俺と同じくらいだよ」


「これは奇遇でございますね」

 フランツは穏やかに微笑んで言った。


 屋敷の前で馬車が止まった。

 石造りの年代を感じさせる建物である。

 しかし、手入れは良くされているらしく、汚れた様子はまるでない。


 木製の大きな扉の前に、また白装束の男が2人。


 さきほどの門番もそうだが、背中にはクロスボウと矢筒を背負い、腰には剣をさしている。

 上着はフロックコートのように丈が長く、つめ襟になっている。


 フランツが扉の前に立つと、門番たちが扉を開いた。


 磨きぬかれたつややかな床石。

 扉からまっすぐ奥へと伸びる赤いビロードの絨毯。

 天井から下がる豪華絢爛たるシャンデリア。


 絨毯に並行するように、フランツと同じような黒いフロックコートの男たちと、白と黒のメイド服をきた女性たちがズラリと並んでいる。


 フランツがビロードの絨毯を歩いていく。

 アルとエーテルが続く。

 アルたちが屋敷に入ると、使用人たちが一斉に頭を下げた。


「だ、だ、大丈夫かな。俺、なんか変じゃない?」

 アルはギコギコと音がしそうなほどに緊張して歩きながら、エーテルに小声で言った。


「大丈夫ですよ。アル様はいつもどおりさっそうとしています。とても素敵です。まるで問題ありません」

 エーテルが言った。


 状況に配慮することなく、声のトーンはいつもどおりである。


「なんかもう帰りたくなってきた。失礼なことしちゃったらと思うと……なんかお腹もグルグルしてきたし」

「気にすることありません。相手がなに者だろうと、アル様はアル様ですよ。失敗をとがめるようなら、それは相手の人間性に問題があるのです。いざとなっら、その傲慢な貴族の息子を人質にして脱出すればいいんです」


 エーテルがニヤリと邪悪に笑った。

 この表情ではとても冗談には聞こえない。


 アルは誰も聞いてなかっただろうな、と慌てて周囲を見回した。

 ちょうど近くにいた長い黒髪の美人メイドがおかしそうに笑っていた。

 アルはそれで緊張がとけた。


 玄関ホールを出ると、中庭に面する廊下になっていた。

 大きな窓がいくつももうけてある。

 窓が開け放たれていることもあり、中庭に咲きほこる花々の香りが、風とともに入ってくる。

 中庭は花園になっているようだ。

 中央に東屋のようなものが見える。


 ホールもそうだが、廊下も天井が高い。

 屋敷に2階はないらしく、建物の高さはそのまま天井を高くするために利用している。


 長い廊下を歩き、中庭を挟んで玄関とは反対側に出た。

 その廊下の中央に、中庭に飛び出すような形で部屋がある。

 扉の前に門番と同じく白装束に帽子をかぶった少年と少女が立っている。


「カーラッドのご子息アルフレッド様とその仲間の魔法使いエーテル様をお連れした」

 フランツの言葉に少女が一礼して、扉を開き、中へと入った。


 すぐに戻ってくると、「どうぞ、中へ」といって礼をして下がった。


 アルはまたしても緊張してきた。

 大貴族の息子である。

 いったいどんな人なんだろか。


 部屋はこざっぱりとしていた。

 ビロードの絨毯。3方向にある開け放たれた大きな窓。

 奥の窓際に大理石の机。

 脇の方には長椅子が向き合って置いてあり、そのあいだにテーブルがある。


 置物や絵画のような装飾品はほとんどない。

 飾り棚の上の女性の胸像。

 机のはしに乗っている三角形に羽をつけたような青金属ブルーメタルの置物くらいである。


 アルはすぐにそれがカーラッド・マークだと気がついた。

 どうやらかなりのカーラッドファンらしい。


 屋敷の主人サーベルは、机のそばの窓に背を向けて立っていた。

 長くて美しい波打つ金髪が、風にそよいでいる。


 美貌だった。

 白磁のような白い肌。

 秀麗すぎる顔立ち。濃い青色の瞳。スラリと伸びた手足に、小さな顔。

 紺色のベルベット地のジャケットにズボン。シャツの襟元は開いており、そこから鎖骨がのぞいている。


 アルはこんな美しい人を見たのは初めてだった。

 息をするのも忘れるというのが大げさではなく、アルは息を止めて見入ってしまった。


 アルが止まっているあいだに、美人は窓から離れてやってきた。

 彼のまわりの空気が光彩こうさいを帯びているようだ。


「やあ、君が噂の『カーラッド・ジュニア』か。私はサーベル。ヴァルサ公爵の長子にして、この館のあるじだよ」

 言ってサーベルはアルの前に立つと、手をさし出した。

 そんな動作ですら神がかったほど優雅である。


 アルは自分の小汚い手で、この芸術的なほど繊細な手を握ってもいいのだろうか、と迷った。


 しかし、アルが手を握るよりも早く、サーベルがアルの手を取って、強引に握手してしまった。

 以外に力が強い。


「いい手だね。力強くて繊細だ。好きだよ、君の手」

 サーベルは言って微笑んだ。


 アルはフニャフニャと溶けてしまいそうになった。

 なんなんだ、この人は。


 ぼうっとなってつっ立っているアルの顔を、サーベルは腰を曲げて見上げ、あるいは横から回りこみ、あらゆる角度で観察した。


「うんうん。容姿は平凡だね。整いすぎて、特徴がない。カーラッドの息子だというから、もっと凛々しいかと思ったのに。瞳の中に叡智えいちのきらめきとか強い意志なんかが感じられると思ったのに。まるでないね。優柔不断で流されやすそうな顔だ。あくまでも、凡人だね、君は」

 それからまた美しい微笑みを浮かべて言った。

「なんだか拍子抜けしたよ」


 アルにとっては、のぼせるほど頭が暑くなっていたところに急に寒気が押し寄せてきたようだった。

 いや寒気どころか氷のつららが、大挙して胸に突き刺さったような気分だった。


 な、なんだこいつは、とアルは思った。


「それにどうも野暮やぼったいな。田舎臭い。せめて堂々としていればいいのに、縮こまってるものだから、余計にみすぼらしく見える。君、もう少し人からどう見えるか気にした方がいいと思うぜ。私くらいの美貌があるなら、逆に荒々しくて魅力的に見えたりもするだろうが」


 フラフラとして今にも膝をついて、もだえ苦しみそうなアルの前に、エーテルが立った。


 今までアルの影のように目立たない位置に立っていたのだ。


「なんだい、この子は。一丁前に帽子とマントをつけて、杖まで持って。魔法使いごっこかい、おチビさん」


 エーテルの杖の水晶が青く光った。

 一瞬、魔法陣が宙に浮かび、閃光と変わる。


 次の瞬間、サーベルが5メートルほど吹っ飛んで、床に転がった。


 驚きのあまり声を発せずにいるアル。


 エーテルが、うめきながら上体を起こしたサーベルに杖を向けた。


「エーテル、ダメだ」

 アルが叫んだ。


 ほぼ同時にエーテルの杖頭つえあたまが連続して光った。

 2つの魔法陣が入れ替わりで現れ、フラッシュする。


 目に見えない『衝撃弾』が飛んでいく。


 1撃目の『衝撃弾』が着弾して、サーベルを高く空中に飛ばし、2撃目の『衝撃弾』が落下する彼をもう1度、吹っ飛ばす。


 さらにエーテルが杖を向けようとするのを、アルはおさえこんで止めた。


「ダメだってば、エーテル」

「離してください。私はこんな侮辱は許しません。貴族というだけで失礼な言動が許されると思ってるなら、大間違いです。私もアル様もなに1つほどこしを受けていないというのに」

 いつも以上の早口で言った。

 そしてエーテルには珍しいかなきり声で叫んだ(無表情だが)。

「アル様、邪魔です」


 エーテルの体そのものが青い閃光を発した。


 アルはビリビリと体が痺れて、膝をついた。


 その隙にエーテルが飛び出していって、杖で倒れているサーベルを殴る、殴る、殴る。


 しかし、サーベルもやられているだけではなかった。

 杖をつかんで起き上がると、力づくでエーテルから杖をもぎ取った。


「よくもやってくれたな、チビ。私は35歳以下の女には興味が無い、特に子供は大嫌いなんだよ。だから、容赦しないぞ。覚悟しろよ、泣かせてやるからな」


 サーベルが言って杖を後ろに放り投げた。

 こぶしを固めてハアと息をかける。


 アルは体が痺れて、指先ひとつ動かせない。


「やめろ」と必死で叫ぶが、かすれた声しかでなかった。


 そのときである。

 アルの視界で黒い影が動いた。


 影はエーテルを守るように割って入った。今まで部屋のすみ傍観ぼうかんしていた執事のフランツである。


 フランツがサーベルを殴った。

 顔を握りこぶしで、である。

 サーベルが、また吹っ飛んだ。


「なんという無様な振る舞い。どこの世界に招待客を殴る主人がいるのですか」

「お、お前には目がないのか。たった今まで一方的に殴られていたのは私の方だぞ」

「さようでごいますか。失礼いたしました。少し考え事をしていたものですから。いずれにいたしましても、おふたりをご招待したのはサーベル様でいらっしゃいます。客の振る舞いは、招待したホストの責任。魔法でいたぶられようが、杖で殴られようが、それは甘んじて受けねばなりません。ですが、ホストが反撃をするのは言語同断。そういった場合は、後日、決闘を申し込むことによって、名誉を守るものなのです」

「しっかり見てたんじゃないかよ。なんで止めないんだ。私を守るのがお前の役目じゃないのか?」

「サーベル様がいかようにご対処なさるか興味がございましたので、傍観ぼうかんさせていただきました」


 そしてフランツは嘆かわしいというように頭を横に振った。


「結果はさんさんたるもの。実に無様なご様子でいらっしゃいました」

「なんて執事だ。私にその権利があったら、すぐにでも解雇するのに」

「それは残念でございます。馬鹿の相手をするのもそろそろ我慢の限界というところでまできておりますのに」

「主人を馬鹿呼ばわりしたな」

「それがなにか?」


 二の句が告げずにフランツを睨むサーベル。


 アルはふと不思議に思った。

 エーテルの魔法やフランツの鉄拳によってあれだけ派手に吹っ飛んだ割には、サーベルにはまるで怪我がないようだ。


 服は少し汚れ、髪は乱れているが、顔はきれいなものである。


「さて、サーベル様。いまだエーテル様のお怒りは解けておられないご様子。この屋敷の主人として、事態をスマートに収拾していただけることを私は期待しておりますが」

「そんなの簡単だ。このチビを……」

「わざわざご足労いただいたお方を有無をいわさず放逐ほうちくするようなことは、まさか、まさか、なさりせんでしょうな。もし、かような言葉がそのお口からこぼれ出すようなことがございましたら、私はサーベル様の教育を任された者として看過できません。尻打ち100回はいたしませんと」


「……ともかく、言い過ぎたことは謝罪しよう。いや、悪かった、つい思ったことを口に出してしまうのが私の悪いところなんだ。根は正直でいい奴なんだがなあ」

 サーベルはエーテルを無視して、アルの方に歩きながら言った。

「まあ、許してほしい。君を傷つけるつもりは、まるでなかったんだ」


 ようやく体が動くようになったアルは立ち上がり、目の前で美しく笑うサーベルと、それを後ろから睨むエーテルを交互に見た。


「エーテル、俺は別に気にしてないよ」

 アルは実は結構気にしていたが、そうは思わせないように明るく言った。

「見た目がちょっとみすぼらしかったって、冒険者には関係ないからね」


「アル様が気にしようと気にしてなかろうと、私には関係ありません。アル様を侮辱されたのが、腹がたってしかたがないのです」

「ま、まあ、まあ」


 エーテルはまるで怒りがおさまらなかった。

 しかし、なんといってもこれは初めてのアルとの仕事である。

 なんとしても成功さねばならなかった。

 仕方がなく、怒りを腹の底に押し込めて、サーベルへの攻撃はひかえることにした。

 なにか機会があったら、必ず思い知らせてやろう、と心に決めた。

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