第7話 アルフレッド12歳、友達になる③
「よし、少しばかりごたついたが、とにかく、私と君はこれで旧知の中というわけだ。さあ、こっちでお茶でも飲みながら話そうぜ。おい、チビ。お前にもいちおう茶を出してやるぞ。感涙むせびながら飲むんだな」
言うとサーベルはアルの背中をポンポンと叩いて向かい合う長椅子へといざなった。
エーテルはその馴れ馴れしい態度にさらなる怒りを覚えた。
サーベルの腰まで伸びた波打つ金髪を睨みながら、舌打ちを繰り返した。
サーベルはアルと向い合って座った。長い足を組む。
「フランツ、茶の仕度を」
傍らで足をそろえて立つ黒衣の執事にいった。
「すでに手配してございます」
フランツの言葉を聞いていたかのように、扉が開いた。
短い金髪を肩で切りそろえたメイドがティーセットを乗せたワゴンを押してやってきた。
テキパキとテーブルに置いていく。
フランツは顔にこそださなかったが、内心は眉をひそめていた。
メイドがあまりにも無作法だったためである。
メイド頭のエフィールにきちんと言っておかなくては、と思った。
この屋敷で働く者たちのほとんどは、クラングランに来てから雇った者たちである。
メイド頭のエフィール、警護役のローズとジェイルの双子、そしてフランツ。
サーベルが従えてきたのは、この4人だけなのである。
別の、長い黒髪のメイドがやってきて、芸術的なほど繊細な飴細工が乗ったケーキを置いていった。
今度のメイドの作法は完璧であったので、フランツは満足した。
エフィールの教育というよりも、個人の資質の問題なのだろう、と思い直した。
「さあ、遠慮なく召し上がってくれ。ちまたで評判のケーキ屋に買いに行かせた一品だ。屋敷で雇っている料理人も、王都で腕を磨いたというだけあって、まあ悪くはないが、料理によって得手不得手がひどい。デザートのたぐいは特に苦手なんだ。私は甘いものが大好きなのにな。もう1人雇おうといっても、フランツが聞きゃあしない」
「人の上に立つ者がもっとも心を配らなくてはならないのは、雇い人たちの職務に対する誇りなのでございます。ウェインはよくやっていると私は思います。もう1人料理人を雇うことは彼の誇りを傷つけることでしょう」
「これだ。堅苦しいんだよ、考え方が」
それからサーベルはアルに微笑んだ。
「君、人から勧められたら、ともかく口をつけるもんだぜ」
生クリームの上に乗った7色の飴細工に見とれていたアルは、スプーンを手にした。
繊細な彫り物がされている。
クリームをすくって口に運ぶ。
「うまい」とアルは思わず声に出した。
それから、これは礼儀作法として、まずかったかな、とサーベルを見た。
サーベルは人の心を奪わずにはおれないような、素晴らしい微笑みを浮かべてアルを見ていた。
アルは顔がほてってきた。
妙にやりづらい相手である。
「ほら、チビ。お前も食べていいぞ。安心しろ、多少無作法でも見逃してやるよ。私は寛大なんだ」
しかし、エーテルはアルの隣で膝に両手をおいたまま微動だにしない。
人形のように虚空を見つめている。
サーベルが鼻を鳴らした。
「可愛げがない。ただでさえ、見栄えが悪いんだから、せいぜい愛想よくした方がいいのにな」
「黙れ、クソ野郎」
エーテルがボソリとつぶやいた。
ボソリとつぶやいた割には声は大きく、その場にいる全員によく聞こえた。
アルは聞き間違いだろうと思った。
エーテルがそんなひどい言葉を使うわけがない。
サーベルはなにも聞こえなかったかのように、平然と白磁のカップに入った茶を口に運んでいる。
「そういえば、君の名前をまだ聞いてなかったな。どこかの、できそこないのチビが邪魔したおかげで、お互い自己紹介もままならなかった。『カーラッド・ジュニア』と呼んでもいいんだが、そういう呼び方は当人の自尊心を傷つけることもあるからね」
「アルフレッドです」
アルは隣のエーテルを手で示した。
「こっちはエーテル」
「アルフレッドか。うん、まあそんなところだろうな。年はいくつだい?」
「4月に12歳になりました」
「私の2つ下だ。これからは私のことを兄のように慕うといい」
「は、はあ」
隣でエーテルがまた大きな声でつぶやいた。
「耳から脳みそを垂れ流して死ね」
アルはこれは間違いなく聞き間違いだ、と思った。
エーテルがこんな暴言を吐くわけがない。
サーベルはやはり聞こえなかったかのように完全に無視した。
「アル、と君のことを呼んでもいいだろう? 断られてもそう呼ぶけどね。私のことはベルと呼ぶといいよ。いままで誰にもそんな呼び方をされたことはないんだが、君にはそう呼んでもらうことにしよう。君の噂を聞いてから、何度も君のことを考えたよ。早く会いたかったんだが、用もないのに冒険者を呼ぶのは失礼だろう」
サーベル(以後ベル)が言ってアルの目を見つめた。
「待ってたんだよ。ずっとね」
アルは、この部屋はずいぶん暑いな、と思った。
じんわりと汗が出てくる。
エーテルが舌打ちした。
「馬鹿は馴れ馴れしい」
やっぱり寒いな、とアルは思った。汗が一気に引いた気がする。
「期待値が高かったばかりに、君に失礼なことを言ってしまったのかもしれないな。だが、これだけは信じてほしい。私は君を見下しているつもりも、馬鹿にしているつもりもこれっぽっちもないんだ。変な話だが君に会う前から君とは心を分かち合えるような気がしていたんだ。友達になってくれるかい、アル」
アルはこんなふうにストレートに言われたのは初めてだったので、とても居心地が悪かった。
そして、このサーベルという少年はどうも苦手なので、できればもう会いたくない、と思った。
「アル様、はっきりと言った方がいいですよ。貴様のような厚顔無恥な馬鹿野郎とは友人どころか知人ですらありたくないって」
「アル、君も大変だな。こんなのになつかれて。まだ、ゴブリンにでもなつかれたほうがましだろうに」
ベルは心から同情するようにアルを見た。
それからおもむろに自分のことを話し始めた。
継母と折り合いが悪く、10歳のときに故郷を出て、4年間外国を渡り歩いていたこと。
2ヶ月前からクラングランで住み始めたこと。
カーラッドのことは初めて『カーラッドの冒険』を読んだ時から尊敬していること。
いつか自分も冒険者になりたいと、弓の腕を磨いていたこと。
「サーベルなのに?」
「まさにそれだよ。サーベルなんて名前をつけられたからには絶対に剣なんか使うもんかって思ったのさ。君だって、ソードなんて名前をつけられたら、絶対にそう思うぜ」
アルは、自分ならむしろ名前に負けないように剣を磨きそうだ、と思った。
2人にはそのあたりに絶対的な性格の差がある。
う~ん、とベルは腕を組んでうなった。
ただうなっているだけなのに、なぜだか華麗に見える。
「どうも、ぎこちないな。私たちは相性がとても良いと思うんだがなあ」
「分をわきまえてない。羞恥心が欠如している」
エーテルがつぶやくたびに、アルはビクリと体を震わせる。
ベルの方は眉ひとつ動かさずに無視してのけている。
「あの、そろそろ仕事の話をしませんか?」
「それだよ」
ベルが手を打った。
大きすぎず、小さすぎず、実に小気味よい音が鳴る。
「アル、私たちのあいだで敬語を使うなんてよしてくれ。敬語ってやつは相手に敬意を表しながらも踏み込みにくい壁を作る。人間関係を潤滑に保つには役に立つが、友情をはぐくむために邪魔になる。いいかい、敬語はなしだ」
エーテルが喉を鳴らして笑った。
「私たちの仲……とんだ勘違い」
アルは敬語を使うのが苦手である。
それでも、クラングランに来てからは初対面の年上の相手に対しては礼儀正しくあろうと敬語を使ってきた。
しかし、だいたい、いつのまにか敬語をやめて普通に話してしまう。
敬語を使うなと言われるのはありがたかった。
「じゃ、じゃあ、ベル。ええと、仕事の話をしようよ。盗まれたっていう首飾りのこと」
「いいぞ、その調子だ」
ベルはうれしそうに言った。
「君からベルと呼ばれるのはとても気持ちがいいな」
「ええと、5000ジットもするんだよね。その首飾り」
「そう焦るなよ、アルフレッド。せっかく、良い雰囲気になってきたんだから」
言ってベルはいたずらっぽく笑った。
もちろん、こんな表情も美しい。同時に可愛らしくすらある。
同性でなおかつ性的な部分で非常に未熟なアルだからこそ、なんだかちょっと照れくさくなる、という程度すんでいるが、相手が妙齢の女性ならばすぐに彼の虜になっていることだろう。
外見だけでなくベルには人を惹きつける魅力があった。
明るく、自信に満ちあふれ、話術もたくみで、なおかつ聞き上手でもある。
アルのベルに対する苦手意識はほんの30分にも満たない雑談で消えてしまった。
アルがベルに好感を持ったということを察したのか、エーテルは途中から毒づくのをやめた。
アルの隣で完全に置物と化した。
アルは短い時間に大いに笑った。
なんだか幼なじみたちと馬鹿な話をしていた頃と同じような気持ちになっていた。
気づいた時には仕事そっちのけで、互いの弓の腕前を披露し合おうということになっていた。
「よし、さっそくやろう。屋敷の裏に弓の練習場を作ってある。短弓でも長弓でもクロスボウでも私は受けて立つぞ」
「すごい、クロスボウも使うんだ? どんなのを使ってるんだい」
「まあ、見てからのお楽しみさ。最近、すごいやつを手に入れたばかりなんだ。私は金にあかせてなんでもかんでもそろえるってのは嫌いなんだ。コレクションてのは本当に価値のあるものを手に入れてこそだと思うからね。そして、それをその価値がわかる人間に披露する。価値観を共有できる者がいればこそ、手にした物が輝き続けるんだ」
バンとテーブルが大きな音を鳴らした。
アルは驚いて隣を見た。エーテルが杖でテーブルを叩いていたのである。
「エーテル、ど、どうしたの?」
「私たちはなにをしにきたのでしょうか?」
「なにをって……」
アルはそこまで言って気がついた。
アルは冒険者として消えた首飾りを探しに来たのだ。
弓の腕を披露しあったり、クロスボウのコレクションを見せてもらいに来たわけではない。
「ごめん、エーテル、俺、すっかり忘れてた」
ベルは鼻を鳴らした。
「野暮な奴だ。たかだか5000ジットの首飾りなんて、どうだっていいじゃないか」
うぶくベル。
その肩に白い手袋をした手が乗せられた。
フランツである。
「これは豪気なことをおっしゃる。5000ジットがたかだかとは」
「今のところ肩はこっていないぞ」
「さようでございますか。それは大変結構でございます」
言うとフランツはベルの肩をつかんで、そのまま彼を持ち上げた。
ベルが悲鳴をあげる。
フランツはそのままベルを放り投げた。
ベルが勢いよく吹っ飛んで床に転がった。
「おい、なんで私は投げ捨てられたんだ」
ベルが起き上がって言った。
顔にかかる髪の毛を払う。
「ご自身で築いた財産でもございますまいに、たかだか5000ジットなどおっしゃられる。はなはだしく不愉快でございますな」
「だからといって、問答無用で主人を投げるのか、お前は」
「いたしかたございませんな」
アルはこの主従はいったいどういう関係なのだろうと思った。
容赦なく主人を殴ったり投げ飛ばしたりするなんて、普通ではない。
「そのうちに絶対に解雇してやるからな」
「そのときを楽しみにしておきましょう」
言いながら、フランツはベルの腕をつかんで、引きずるように長椅子に連れてきて座らせた。
「さあ、そろそろこの屋敷の主としての責務をお果たしいただきましょうか、サーベル様」
「わかったよ」
ベルは子供っぽくふてくされて言った。
それからようやくベルは事件について話し始めた。
盗まれた首飾りの名は『明けの明星』。
かの高名な『暁の女王』に由来する品だという。
ベルはカーラッドのファンであると同時に『暁の女王』のファンでもあった。
珍しいことではない。
この2人は現在の西方諸国でもっとも有名で人気がある。
どちらも故人だが、『暁の女王』は亡くなってから26年、カーラッドは5年しかたっていない。
彼らの足跡がまだまだはっきりとした色彩をたもっているのである。
ちなみに、『暁の女王』と同じく人気のある女性は『聖乙女アルテット』。
こちらは亡くなってから400年以上の年月が経っているために、前述の2人に比べて人間味が薄らぎ、神話のような扱いとなっている。
ベルが『明けの明星』を買ったのは4年間の外国生活中のことである。
『暁の女王』が好きだからという理由だけではない。
大金を宝石に変えて、持ち運びしやすくするという理由があった。
故人でこれから先も人気が暴落することもない、『暁の女王』由来の品ならば、金貨に戻すことは容易である。
このほかにも高価な宝石や貴金属のたぐいはいくつも所有している。
クラングランでの暮らしが落ち着いたら、徐々に金貨に戻し、貸し付けなどの運用を行うことになる。
「ほかの物はきちんと金庫に入れて、大事に閉まってあるんだが、なぜか『明けの明星』だけは、そこに飾ってあったのさ」
ベルは壁の飾り棚を指差した。
大理石の台座あり、そこに女性の胸像が乗っている。
『明けの明星』は昨夜までその胸像が首にかけていたのである。
「ほう、なぜか、とおっしゃられましたか」
フランツが言った。
「私がきちんと見張るから大丈夫に決まっているだろう、と金庫へ入れるのを頑なにこばんだお方が、なぜか、と。その同じお口で、たかだか5000ジットの首飾りなどどうでもいいともおっしゃられる」
フランツが肩を回すと、バキバキと大きな音が鳴った。
「ああ、そうだった、そうだった。そういえばそんなことも言ったな」
ベルは気楽に笑うと、フランツを振り返った。
「おい、そんなにやる気になるなよ。誰だって、ちょっと忘れてしまうことくらいあるだろう。なんでもかんでも、教育という名の暴力でことを済ませるのはお前の悪いところだぜ、フランツ」
「私は女子供も上司も部下も必要とあれば殴れる男。主人だろうと殴るのです。気に入らなければ」
「おい、なにを誇らしげに言ってるんだ」
「主人を殴るは執事の誉れ」
「お前だけだ、そんなことを誉れにするやつは」
「そんなことはございません。世の中には主人(男性に限る)を凌辱することを無上の喜びとする執事(青年)もおりますれば」
「そんな執事…………まあ、確かに1人心当たりがいるが……」
そんなやりとりのあと、またベルが話しを戻した。
昨夜、ベルがこの執務室を出る際には、確かに『明けの明星』は胸像にかかっていた。
各窓は、窓ガラスのほかに金属の鎧戸をしており、フランツが毎晩その確認をしていること。
ベルとともにフランツが出て扉にしっかりと鍵をかけたこと。
鍵はフランツとベルが1つずつ持っているだけでほかに合鍵はないこと。
「それで、2人とも鍵はまだ持ってるの?」
アルの言葉にフランツが頷いた。
「はい、間違いなく所持しております」
「まあ、当然だな。これでお前の鍵がなくなっていたら、ほかの者に面目が立たないからな」
言ってからベルは手の平を広げた。
「つまりなくなったのは私の鍵だよ。きちんと寝室に持っていったんだが。朝起きたらなくなっていた。不思議なこともあるもんだな」
つまり犯人は1度、ベルの寝室に行って鍵を盗み、その鍵で執務室の扉を開けて、首飾りを盗み出したということである。
「そこの馬鹿、いえサーベル様の寝室には簡単に侵入できる者なのでしょうか。見張りなどはいなかったのですか?」
エーテルがフランツに向かって言った。
サーベルへの反発心を脇へおいて、好奇心を満たすことにしたのである。
「いえ、夜中といえど警護の者が入り口を守っておりました。それなりに腕の立つ者たちでございます。出し抜くのは簡単ではございません。果たして犯人はどうやってサーベル様の寝室へと侵入したのか。実に不可思議でございます」
「そりゃあ、窓からだろう」
ベルがこともなげに言った。
「昨夜は寝苦しかったからな。窓を1つ、開けておいたんだ」
フランツの眉がピクリと動いた。
「そのようなお話はうかがっておりませんが?」
「当たり前だ。言ってないからな」
「なぜ、お話いただけなかったか理由をお聞かせ願いたいものですな」
フランツが両手の平を開いたり、閉じたりした。
ボキボキと骨がきしむような音がする。
「逆に聞くが話す意味があるのか? 扉からだろうが、窓からだろうが、中に入られて盗まれた事実には変わりないだろうが。窓から入ったことが盗人の手がかりになるとは思えんしな」
「窓から入ったんなら、外に足跡が残ってるかもしれないよ」
アルは言った。
思ったよりも簡単に事件は解決するんじゃないか。
「行ってみようよ」
「いえ、それはあまり意味が無いと思います」
エーテルが言った
「結局、屋敷の中に戻って、この部屋に入っているのですから」
「でも、足の大きさを見れば、ちょっとは手がかりが……」
「そういうやり方はとても時間がかかると思います。そんなことをするよりも『物探索』の魔法を使って、『明けの明星』が現在どこにあるかを探すほうが早いですよ。ところで、フランツ様。屋敷で働く方々の中で、今朝から姿が見えないという方はいらっしゃいませんか?」
「朝から使用人たちは誰も屋敷の外へは出しておりません。外へ出たのは私と御者だけでございます」
フランツは使用人も疑っている。雇って2ヶ月たらずの者たちである。
絶対の信用を与えるにはまだ早い。
「それは妙ですね。私が犯人ならば首飾りを盗み出して、すぐに屋敷を出ていくのですが」
「やはり使用人の中に犯人がいるのでしょうか?」
「たまたま、そこのクソが窓を開けていたから鍵を盗むことができたわけですし。ほかにもあまりにも情報に通じすぎています。少なくとも内部から手引した者がいるとみて間違いないと思いますよ。まだ行方をくらませないところをみると、よほど捕まらない自信があるのかもしれませんね。ひょっとしたら、狙いは別のものかもしれませんよ」
フランツが険しい顔になった。
ベルを見る。
「なんだよ。金庫の鍵は私は預かってないぞ。お前の管轄だ」
「金庫などはどうでもよいのでございます」
「それなら私が首飾りなんてどうでもいいといったら、怒ったのはどういうことだ」
「優先順位の問題でございます」
「高価な物は全部金庫に入れてあるはずだろう。例の首飾りをのぞいて」
「私が真に案ずるものはただ、御身のご無事だけでございます」
ベルが笑った。
それは今までと同じく華麗ではあったが、温かみのある笑みだった。
「知ってる。その言葉を聞きたかっただけだよ」
アルは今ひとつ、話の流れについていけなかった。
エーテルがどうして屋敷の中に犯人がいると目星をつけたのかも、どうもピンとこない。
「とにかく、使ってみたらどうかな。その、魔法をさ」
アルは言った。
「結局、それが一番手っ取り早いんでしょ」
エーテルは頷くと立ち上がった。
「『物探索』の魔法は探索物と所有者との関係性が重要です。所有者との絆が深ければ深いほど、短時間で見つかるのです」
言うと、そこで初めてエーテルはベルに目を向けた。
その目にははっきりと嫌悪の色がある。こういうところで、いつもの邪悪な笑みを浮かべればよさそうのものだが、エーテルにしてみればベルに笑いかけるなど真っ平ごめんである。
「そこの見るだけで不快な人。頭の中で首飾りの様子を思い浮かべるのです。できるだけ、鮮明に。色や形はもちろん、手触りなども」
「自分の審美眼がおかしいことをそれほど強調しなくてもいい。見ればわかるからな」
ベルは言って、足を組んで、顎に手を当てた。
「残念だが、魔法の失敗を私のせいにはできないぞ。私は記憶力がとてもいいんだ」
エーテルが杖を両手で握ると、杖の水晶が青く光った。
エーテルは早口で呪文を唱えた。
杖の水晶から青い光線が幾筋も伸びて、エーテルの前方に青い模様を描いていく。
いつもながらアルにはエーテルの呪文がさっぱり聞き取れない。
きっと、魔法専用の言葉なのだろう。
今回の魔法陣は複雑で大きかった。
呪文も長い。
約10分間にわたり詠唱が続いた。
やがてエーテルの呪文が終わった。杖頭の光も消える。
「エーテマーサ」
エーテルが言うと魔法陣が閃光を放った。
魔法陣は消え、代わりに肌色のモヤが残った。
「アイナー」
エーテルがベルに向かって指をつきつける。
モヤがゆっくりとベルに向かっていく。
ベルが不快そうにそれを追い払う。
モヤはその手にまとわりつき、腕を上って、彼の頭のまわりにとりついた。
右耳から吸い込まれていき、しばらくたったあとに、左耳から出てきた。
ベルの目の前で、凝縮していき、なにかを形作り始める。
色づき、変形し、膨張し、伸縮し、首飾りになった。
ルビーを主役にした黄金の首飾り。ただ、サイズが親指と人差指で作った輪ぐらいしかない。
「『明けの明星』は、こんなに小さくはなかったぞ」
「所有者との絆がそれほど深くなかったせいです。私の魔法は成功しましたので、これがうまくいかない場合、責任の所在はほかの人にあります。まあ、誰とは言いませんが」
首飾りのミニチュアがゆっくりと動き出した。
フワフワと宙を飛んでいく。
「このまま本物の場所へ向かっていきます。追いかけましょう」
アルは立ち上がった。
確かにこれなら簡単だ。
魔法って便利。
しかし、首飾りのミニチュアの動きはとても遅かった。部屋を出るまでに10分かかった。
「どうも退屈だな。見つかったら呼んでくれ」
言うとベルは警護の2人を引き連れて行ってしまった。
アル、エーテル、フランツで首飾りのミニチュアを囲み、ひと塊になって進んでいく。
「所有者との絆が深ければ、本物へと導くスピードも速いのですが」
歩きながらエーテルが言った。
「でも、時間はかかっても必ず見つけることができるじゃないか。すごいよ、エーテル」
「はい、根気よくいきましょう」
2時間が経過した。
首飾りはまだ動き続けている。
止まったり、引き返すこともある。
さすがにアルも心配になってきた。このまま永延に動き続けるのじゃなかろうか。
「本物の首飾りは移動しているようですね。そうでなくては、ここまで迷うはずがありません」
エーテルが言った。
「犯人は首飾りを持ち歩いているようです。フランツ様、すぐに屋敷にいる全員を集めてください」
「わかりました。玄関ホールに整列させましょう」
言うとフランツは走って玄関の方へと行ってしまった。
「逃げちゃうんじゃない?」
「はい、それが問題です。そうなったら、私たちにできることは何日もかけてこの首飾りの幻影を追い続けることです。ただ、私は犯人がなぜ今までで逃げなかったのかが気になります」
「ほかに狙いがあったんじゃないかって、言ってたね」
エーテルが杖を頭上にかかげる。
浮かんでいた首飾りのミニチュアが杖頭に吸い込まれた。
「もしかしたら、犯人は逃げないかもしれません。アル様、戦いになるかもしれませんよ」




