7-3
「そういえば、なんで真菜は俺とつるんでいるんだ?」
「え?」
ゼロは真菜がなぜ自分に付いてきて居るのかを尋ねた。「鑑定」に近い異能を持っている鏡花は兎も角、彼女が付いてくる理由が無いのだ。
「だって、ゼロさんが居なければわたし、死んでいたかもしれないから・・・・・その、なんて言うのかな、恩返し・・・・・・じゃないけど、何か手伝えることが無いかなって・・・・」
「・・・・・・・あのときは本当に肝を冷やしたぞ。まさかこっちの世界に来て目の前で誰かが轢かれそうになっているなんて、思いやしないだろうが」
ゼロはこっちの世界に着た当時の出来事を思い返していた。
とある町の上空、突如空間に亀裂が入り、そこから赤黒い影が現われた。
「さて、こっちの世界に来るのも何度目か・・・・・・・」
現アストライア王国の国王、グレイシア・ゼロ・ファーレンフリード。彼は向こうの世界から離脱した「転生者」がどのような末路を辿っているのか、そして彼らはどんな思想を掲げているのか調査するために、世界をまたいで移動してきたのだ。
「どうやら、ここは“駅”みたいだな」
ゼロは自分が降り立った場所を見下ろす。駅の屋根の上に降り立った龍人に気付くものはおらず、線路の上を行き来する金属の塊にばかり注意が向いている。
「(10代後半の人間は皆顔色が良いが、20代以上の人間、特にスーツを着た男は皆死んだような顔をしている。これじゃまるで奴隷の方が数倍生き生きしている)」
彼らは皆、何かにとりつかれたように群れを成し、囚人のように電車から出て、そして入っていく。その様はまるでどこかに収用されに行くような雰囲気だ。
「(まあ、俺には関係ないか。さて、今回の拠点だが_______)」
と思案していたときだった。
「きゃあああああああああああ!!女の子が落ちた!!」
「?!」
女の甲高い叫びがゼロの耳まで響き渡った。同時に駅のホームが騒然となり、ジリリリリリ!!と耳をつんざくようなけたたましいベルが鳴り響く。
「(あれは・・・・・・人間の少女か。足を押さえて倒れ込んでいるな)」
線路の真ん中に、セーラー服を身に纏った少女が足を押さえて倒れていた。見るからに苦しそうな表情をしており、ホームに足を滑らせたと同時に足首を痛めたのだろうとゼロは推測した。
「誰か!!誰か助けてあげて!!」
「ダメだ!!もう電車が来る!!」
「(人任せにしてんじゃねえよ、ダニ共が)」
皆勝手に騒ぐだけ騒いでいて、誰も少女を助けようとしない。その様子に怒りを覚え、ゼロは目尻を痙攣させる。
「(仕方が無い。目の前で死なれても胸糞悪いし、これで“転生者”にでもなられたらたまったものじゃない)」
ゼロは即座に判断した。背中の腕翼を展開し、屋根の縁をつかむと、その身を勢いよく押し出した。砲台のように飛び出した勢いのまま滑空し、一直線にホームの少女に向かっていく。
「痛い・・・・・痛い・・・・・・」
足首を痛めた少女_____久遠原真菜は激痛に悶絶していた。ホームから足を滑らせた彼女は変な風に線路に落ちたため捻挫してしまったのだ。
そんな彼女の元に、無情にも電車がギャギギギギギ!!と突っ込んでくる。どう見てもブレーキが間に合っていない。
「(嘘・・・・・私、死んじゃうの・・・・・・・)」
真菜は電車がやってくる様子を、ただ呆然と見つめていた。そして、
ズギャギャギャギャ!!と耳をつんざく異音がホームに響き渡った。
「うっ・・・・・・・・・・・!?」
真菜を襲ったのは衝撃でも無く痛みでも無く、凄まじい自重だった。誰かに強引に担ぎ上げられたようなGと、まるで背中に電車が張り付いているかのような凄まじいG。それに真菜は思わずうめき声を漏らした。
そして、自分のとは別にうめき声を発していた誰かがいた。
「グッ・・・・・・・・・・!!」
「え・・・・・・・・!!」
真菜は誰かに抱え上げられていた。お姫様抱っこのように真菜を持ち上げ、あろうことか自身の背中で電車を押しとどめようとしていたのだ。
見ると、その人物の背中からは異様に長く太い腕のような翼が生えており、その腕翼の鉤爪をレールに突き立てていたのだ。凄まじい火花と摩擦音が真菜に襲いかかってくる。
「グフッ・・・・・!!」
その人物は一見女性にも見えるような顔立ちの青年で、色白の肌に赤黒い長髪、そしてその髪に混じる黒いメッシュが特徴的だった。雰囲気からして明らかに人では無いのだが、そんな人物に自分が助けられた、という事実を未だに実感できていなかった。
そして__________
「あの後、二人で病院に行ったんだよね」
「ああ。本当に心臓に悪かったよ。二重の意味でな」
真菜はゼロに救われたおかげで捻挫以外にたいした外傷は負っていおらず、ゼロも口の中を切ったことぐらいで済んだ。尤もしばらくの間咳き込んでいて、電車に追突されたダメージは負っていたようだった。曰く「俺は龍人、というか魔族とは思えないほど耐久力が無くて名。本当なら電車にはねられた程度では何の問題も無いハズなんだが・・・・・」との事だとか。人間の真菜からすれば、そもそも軽く咳き込むのと口の中を切るのぐらいで済む時点で十分すごいと思うのだが、あくまでも人間目線の感想でしか無い。
「まあ、あのときは互いに無事で済んだことだ。今度からは気をつければ良いことだ・・・・・そういえば、商店街に寄って良いか?是非とも調査したいことがあるんだ」
「え?何ですか?」
「・・・・・・・41(フォーティーワン)で新発売のアイスクリームが発売されたみたいなんだ。これは決して見逃すわけにはいかなくてな」
「相変わらず、甘いものとアイスが好きね」
などと談笑していたときだった。
「きゃっ!!」
「あ、わりぃ」
すれ違いざまに、真菜と男性の肩がぶつかった。体格差故か、真菜は軽く突き飛ばされる。
「大丈夫か?」
「あ、だ、大丈夫です」
倒れ込んだ真菜の手を握り、引っ張り起こす。その男性は一件冴えない感じで、ボサボサの黒髪にカーキ色のジャンパーを羽織っていて、無精ひげを生やしていた。
「ぼーっと考え事していたんだ。悪かったな、お嬢ちゃん」
「あ、そ、そんなに気にしないでください」
軽くやり取りすると、男性はその場を離れた。なんだかホームレスに近い薄汚さを感じさせる、浮浪者のおっさん、といった雰囲気だった。
「ふう、何なんだろうあの人。新手の痴漢とかだったらやだなぁ」
と、ぼやいていたときだった。
「真菜、なんかされなかったか?」
「え?」
深刻な形相でゼロが真菜に詰め寄った。
「あの、大丈夫ですよ?お尻とかお胸とか触られなかったし・・・・・・」
「違う。なんか変な術とかかけられなかったか?洗脳されていないよな?俺のことが解るか?」
「だ、大丈夫ですよ!!どうしたんですか!?」
何やら焦りを見せるゼロに、真菜は狼狽える。ゼロはひとしきり真菜を上から下まで注意深く観察した後、鏡花の方を振り返った。彼女の表情も緊張の色を帯びている。
「・・・・・・やっぱり、お前も感じていたんだな」
「ええ。くっきりと見えたわ。“勇者”の姿が・・・・・今までの誰よりも鮮明に」
鏡花の目には、先ほどの男が異世界に居た際の姿がはっきりと映っていた。重装備にマントを羽織り、一振りの剣を携えた勇者。恐らく5年はくだらない長い期間向こうに居たことが見て取れた。
「彼、間違いなく“転生者”だわ。今までの誰よりも、長い間向こうの世界に居た“勇者”よ」
「(やべぇな・・・・・とんでもない奴がこの町の、ましてやガキの姿で潜んでいたなんて)」
男は冷や汗をかいていた。考え事をしていたせいで真菜を突き飛ばしてしまい、慌てて彼女を助け起こしたのだが、その際にそばに居た少年から一瞬、鋭い「殺気」を感じた。見た目こそ不良と言ってもおかしくは無い風貌だが、その感じた殺気は明らかに戦い慣れたもののそれだった。どう考えてもただイキがっている不良などでは無い。
しかも。
「一瞬だけ感じたあの魔力・・・・決して多いわけじゃ無かったが、明らかに密度が違った。魔族・・・・・・それも、幹部クラスの奴だった」
そして男はメニュー起動、と唱えた。
「スキル行使、”スキャン“。”今すれ違った少年を分析せよ“」
そう唱えると、虚空に「窓」が浮かび上がる。しかしそこにはデカデカと「データがありません」と表示されている。
「クソッ・・・・・スキルで未然に防いでいるのか、それとも別の理由か・・・・いずれにしても、対峙すると厄介だな。可能な限り会わないようにしよう」
そうつぶやいて、男は「窓」を閉じた。ポケットに手を突っ込み、けだるそうに体を揺すりながら、男は雑踏の中に消えていく。
男の名は「見返再三」。一度「異世界転生」を果たして魔王を討伐した後、王国にその強さを恐れられて送り返された「元勇者」だ。




