6-1
「おはよう・・・・・ございます・・・・・」
「遅いぞ、マナ。もうすぐ夜明けだ」
「あ、もう夜明けなんだ・・・って、全然お日様が見えないけど・・・・・」
寝ぼけ眼のマナは目をこすりながら眠気を飛ばしていたが、夜明けだと言われて見上げた空は不気味な雲に覆われていて、陽の光が全く見えなかった。風景が真っ暗闇かはっきり見えるか、の違いでしかない。
「魔界は基本的に雲に覆われた環境だからね。昼も夜もたいした違いがないんだ」
「ああ。このように昼夜が曖昧だから、我々は夜中に奇襲を掛ける、といったことをしないのだ」
「それに、今回は敵陣の地形や城の構造などが全く以て不明だからな。下手に奇襲を仕掛けてこちらが罠にかかるなんて事は避けたい。だから敢えて夜戦は避けているのさ」
ネロ、エミリア、グーフォがそれぞれ夜中に奇襲を仕掛けるような事をしない理由を話した。普通の潜入捜査やゲリラ戦などとは訳が違う。相手は「転生者」である可能性を考慮すると、下手にコンディションの悪いときに仕掛けるのは危険なのだ。あくまでも「万全」を期すこと。それが大前提だ。
「よし、そろったな。・・・・・・・それじゃあ、まずは作戦をおさらいしよう」
トーヤが全員の前に立ちネロがガラス板を操作し、虚空に「窓」が表示される。そこにはいびつな円形を描いたものの中心に、城のような建物のマークが描かれている。
「ご存じの通り、今回は敵陣の地形や城の間取りなどが全く以て不明だ。故に散開して的の拠点を包囲し、一気に叩くという戦法は非常にリスクが高い。仮に魔王トールが“転生者”だとしたら、どんな手を使ってきてもおかしくはない。・・・・・・・・・・・そこでだ」
トーヤは指示棒を持ち出して、「窓」を直接操作する。今自分たちがいるところを始点に、まっすぐ城の方にラインを引いていく。
「単純明快、中央突破だ。どんなトラップが仕掛けられているか解らない以上、下手に迂回するよりもリスクは防げるはずだ。危険地帯やトラップに出くわしたら、そこを避けるように進路を変えれば良い。的の状況を常に把握できるようにすることだ。いいな?」
トーヤがそう念押しすると、騎士の一人が手を挙げた。
「隊長。敵の拠点への侵攻手順は解りましたが、肝心の拠点の攻略はどうするのでしょうか」
「そこはまだ考える必要はない。一度敵の拠点へ確実に侵入するルートを見つけ次第、そこで侵攻を中断、安全地帯の確保を行いそこで改めて決定する方針だ。最悪の場合、リアルタイムでの指揮をとることになると思った方がいい」
騎士の質問に答えながら、トーヤはパチンと指示棒を収納した。
「繰り返すが、敵陣の構造が解らない以上、現時点で思案したところでたかがしれている。前もって何パターンかの戦略を考えることはできるが、それが通用するとは限らない。寧ろ100パターン用意したとしても、相手はそれを簡単に躱してくる。・・・・・・・・相手が常識の通用する相手だと思うな」
ゴクリ、と誰かが唾を飲み込む音が聞こえ、一段と緊張感が高まる。
「それじゃあ、作戦を開始しよう。ネロ、“サイレンサー”の起動を」
「はいよ~」
ネロは背中に何やら物々しい機械を背負い、何かのスイッチを入れた。すると辺りに紫色の粒子が舞い始め、トーヤたちの体を淡いオーラが包み込む。
これは「サイレンサー」という装置で、ある程度「物音」の発生を抑えつつ、敵からの「スキル」などによる「索敵」を無効化する役割を持つ。さらに「相手がこちらの存在に注意を向けない限り、相手は自分たちのことを認識することができない」という効果もあり、今回のような大人数での作戦には最適なツールとなっている。
「コイツで物理的な足音などの“物音”を抑えつつ、極力敵側の“索敵”を無効化する。ただし流石に会話をシャットアウトすることはできないし、俺たちの姿は辺りからは丸見えだ。くれぐれも“相手の注意を惹かないように”。いいな?」
緊張感が高まる中、全員神妙な面持ちでうなずいた。いよいよ、組織をあげた大々的な潜入作戦が幕を開ける。
「・・・・・・・・・・・・・・それじゃあ、作戦開始だ」
トーヤがトーンを落としてつぶやくと、皆一斉に歩き始めた。重装備の兵士の金属同士がぶつかり合うような音も、今は「サイレンサー」の効果に阻まれて聞こえない。
「(ついに・・・・・・ついに始まったんだ・・・・・・)」
皆を先導するトーヤの後を追いながら、マナは鼓動を早めていた。これまで彼女自身が戦闘力を持たないこともあって、前線からは遠いところにいた。そんな彼女が初めて表立って戦線に立つことは、マナを人一倍緊張させるのに十分だった。
かくして、戦いの火蓋は静かに切って落とされた。
クロガネ王国の領土に確実に足を踏み入れたが、その森の中は思いのほか平坦だった。毒の沼だの茨の道だの、果てには地雷原なども予想はしていたが、あっけないほどに淡々と進めている。
『・・・・・・・・・こちら、トーヤ・グラシアルケイプ。どうだ?トラップなんかは見つかったか?』
『こちら、グーフォ。“罠探知”で探しちゃいるが、全く引っかからん。俺様達は、警戒しすぎたのか?』
『こちら、ネロ。ボクのほうも“魔力探知”で調べてはいるけど、やっぱり引っかからないね。でも、油断は禁物だ』
『了解。だがどこでいきなり差し掛かるか解らん。警戒を怠らぬよう。以上』
トーヤは耳の穴に埋め込んだ「思念型通信端末」越しに会話する。これは他の通信機器と比べると有効範囲が非常に狭いが、声を発することなく連携することができるという代物だ。運用に非常にコストのかかるツールではあるが、それだけ今回の作戦が重要である事を物語っている。
と。
「ハァ・・・・・・ハァ・・・・・・」
「だ、大丈夫ですか・・・・・・ゲイボルグさん・・・・・?」
トーヤの後ろを、ゲイボルグがおぼつかない足取りで付いてきていた。「冥府の陸海淵」ではグーフォとともに先行し状況を把握していた彼女だが、明らかに様子がおかしい。震える彼女を、マナが肩を寄せながら気遣っていた。
「わ、解りません・・・・・・ただ、説明不能な恐怖感に襲われています・・・・・」
普段は非常に事務的かつ冷淡な態度を取っている彼女が、見るからに疲弊している。この森に入ったときから、彼女は以上を訴え始めたのだ。
その一方で、トーヤも異変を感じていた。
「(・・・・・・・・おかしい。モンスター達の挙動が、明らかに不自然だ)」
トーヤ達はこの森に棲息するモンスターに度々遭遇してきた。彼らがいることに何らかの方法で気付きさえすれば、「サイレンサー」の認識不能状態は簡単に突破されてしまう。特に生来聴覚や嗅覚の発達しているモンスターなどは、彼らの存在をいとも簡単に捕捉できてしまう。
しかし、この森に棲息するモンスターは、皆特定のルートを巡回していたり、特定のタイミングで辺りを見回すと言った行動をしたり、兎に角「まるでプログラミングされたような」挙動をしているのだ。そしてそんな彼らからは生気が感じられないのだ。やろうと思えばいつでも気づけるような距離なのにもかかわらず全く反応しないし見向きもしない。生物学的にもかなり違和感を感じる動きを見せていているのだ。
『あ、あの・・・・トーヤくん・・・・』
『どうした、マナ。言って見ろ』
耳にはめ込んだ「思念型通信端末」から、マナの連絡が入った。トーヤははめ込んだそれに指先を添えて、通信に応じる。
『なんだか、変なの・・・・・ここのモンスターさんたち、何にも言わないの・・・・・・』
トーヤは肩越しに後ろを振り返ると、マナが不安げに辺りを見回していた。彼女に付き添っているシロも、落ち着かない様子で辺りを見回し、盛んに鼻を鳴らしていた。
『トーヤ隊長。今気づいたのだが・・・・ここの森、大半がトレントだ』
『?!』
エミリアからの通信を聞いて、トーヤは自分のすぐそばにある木を見上げた。よく見るとしわがれたような木の幹の凹凸に混じり、明らかに不自然な横に入ったしわが見受けられる。おそらくこれらは彼らの目や口で、今は閉じられているものだろう。
『おそらくは見張りなのだろう。我々を認識し次第襲ってくると思われる。・・・・・どうする?』
『どうする、というのは?』
『今のうちに対処しておいたほうがいいか、ということだ』
『・・・・・やめておいたほうがいい。トレントの監視がそこらに張り巡らされている以上、下手に手出しすると逆に襲われかねない』
『わかった』
よく見るとトーヤのすぐそばの木だけではなく、目に入ったうちの10本に1本はトレントだ。ここで自分たちが潜入していることがばれたら、これらが一斉に襲ってくるだろう。仮にこの森全体にトレントの監視が張り巡らされているとすると、自分たちが忍び込んでいることが森全体にばれてしまう。それだけは何としても避けたかった。
「(だが・・・・・マナの能力でもこいつらの意思が感じられないってことは、洗脳か何かされているってことなのか・・・・?)」
この森の異常な実態に施行を張り巡らせていた、その時だった。
『・・・・・・!!こちら、グーフォ。前方に大規模なモンスターの集団が城へ向かっていくところを発見。現在地で待機する』
『こちらも、モンスターの群れを確認した。グーフォとともに待機する』
先行しているグーフォとネロから連絡が入った。ただならぬ予感に、トーヤの心臓は鼓動を強くする。
『わかった。俺たちもすぐに行く。・・・・・・・各自に告ぐ。ネロ調査部隊隊長とグーフォ調査部隊副隊長の待機地点に、至急向かうこと。後続の隊員は、その場で待機』
トーヤは通信で皆に告げると肩越しに振り返り、後続に掌を見せた。マナやエミリア、ゲイボルグはトーヤの通信を聞き取れるが、それ以外の騎士には一部にしか通じていない。彼らの混乱を避けるためにも、ジェスチャーで伝える必要があった。トーヤのサインを認識した者はこくりとうなずくと、その足を止めてあたりに散開した。
「(モンスターの群れ・・・・・・?何が、どうなっているんだ・・・・・・・?)」
トーヤは自分の心臓が嫌な鼓動を繰り返すのを感じていた。
通信が入った場所から少し進んだ先に、グーフォとネロが茂みに身をかがめて潜んでいた。トーヤたちを見つけるなり、手を振って合図する。本来なら自分たちの居場所を周囲に誇示しかねない行為だが、サイレンサーが働いている今、その心配はない。
『来たね・・・・・あの群れを見て、どう思う?』
『あれか・・・・・・あんなものを相手にしていたら、ひとたまりもないな』
トーヤたちは茂みに隠れ、目の前の光景にそうコメントした。
ゴブリンやゴーレムといったごく一般的に知られているモンスターから、下半身が蛇の女ややたら露出度の高い悪魔の女など、魔族の女も含まれている。様子を見る限り、どこかへ遠征した帰りなのだろうか。モンスターはみな傷ついており、見るからに消耗した様子だった。
そして、そのモンスターの群れの中でも、ひときわ目を引く人物がいた。
「(あれは・・・・・・・このモンスターの主、か?)」
彼らに囲まれるように、一人の男が歩いていた。金の装飾を施された漆黒の鎧に、同じく漆黒のマント。長めにカットされた黒髪は風になびいており、肌と顔立ちは東洋人特有のものだった。
あの男が「魔王トール」なのか、と思考を巡らせていた、その時だった。
「ひっ・・・・・・・!!」
トーヤの背後で、ゲイボルグがおびえたような声を出した。
『ちょ、ゲイボルグ!!声出しちゃダメ・・・・・だ・・・・ろ』
『俺たちは潜入しているんだぜ?!こんなところでばれちま・・・・』
と、一斉にほかの仲間が彼女のほうを見る。しかし、そんな彼らの目の前には、恐怖に震える戦乙女がいた。
「あ・・・・・・・・あ・・・・・・・・・」
何かにとりつかれたようにただ一点だけをとらえた瞳はうつろで、呼吸は不規則に乱れている。周りが見ても尋常ではない汗をかいており、彼女が明らかに何かに恐怖しているのは明白だった。
そこに。
「なんだ、お前らは」
と、男の声が頭上から降ってきた。
「(しまっ・・・・・・・・・!!)」
トーヤはバッ!と声のしたほうを見た。ほかのメンバーも一斉にそちらのほうを見る。するとそこには、先ほどの魔王と思しき男がたたずんでいた。その男はただ冷淡に、こちらを見下ろしていた。
「・・・・・・ゲイボルグ、か・・・・・・・」
「ひっ・・・・・・」
その男はゲイボルグを目にとらえると、そうつぶやいた。男は眉を顰め、顔をしかめた。男の声を聴いたゲイボルグは、のどからかすれたような声を上げた。彼女は地面に這いつくばりながら、後ろに後ずさった。
「なるほど・・・・・やはり寝返ったか。俺のことを、どれだけ話したんだ?」
「あ・・・・・・・・・あ・・・・・・・」
男が一歩、また一歩と前に出るたびに、ゲイボルグは震えながら必死に後ろに下がる。この様子から、彼女がこの男と何かしらの関係を持っていたことをうかがわせる。
「やはり、あの時殺しておくべきだった・・・・・・徹底的に、後始末はつけるべきだった」
そして、男のこの言葉をきっかけに、ゲイボルグは
「いやぁあああああああああああああああああああああ!!」
頭を抱え、絶叫した。
「「「「・・・・・・・・・・・・・・!!」」」」
頭を抱え絶叫する彼女を見て、一行は絶句した。あまりの彼女の取り乱し様に、彼らは衝撃を受けるばかりだった。
普段クールにふるまっているゲイボルグは泣きじゃくりながら、じょろろろろ・・・・・と失禁した。悶絶する彼女の動きにつられて、あたりに小水がまき散らされる。
「ゲイボルグさん!!落ち着いてください!!」
「殺さないでください!!お願いします!!なんでもしますから!!ゲイボルグを、見捨てないでください!!」
マナは彼女を抱きかかえようとするが、激しくのたうち回る彼女は容易にその手を受け入れてはくれない。
「殺さないで、ころさないで、ころさな・・・・・おぇええええええええっ!!」
ゲイボルグは激しく痙攣すると、ゴパァッ!!と大量の未消化物を吐き出した。酸っぱいにおいを放つペースト状のそれは彼女の豊満な胸元を汚しながら、あたりにびちゃびちゃとまき散らされる。
「ごめんなさい・・・・・ゲイボルグはわるいこです・・・・おねがいです・・・・なんでもしますから・・・・・ころさないでください・・・・・」
汗と涙を流し、涎と吐瀉物にまみれ、うわごとと尿を垂れ流す彼女は、痛々しいにもほどがあった。
「まったく、汚らわしい・・・・・・」
男は忌々し気に吐き捨てると、ブゥン・・・・・と虚空から武器を取り出した。それは「秋山利人」が所持していたような「拳銃」だった。
「ここで殺しておくか」
チャキン、と金属がぶつかるような音とともに、その銃口がゲイボルグをとらえる。あわや引き金がひかれる、その瞬間。
ガキン!!とトーヤが拳銃を蹴り上げ、グーフォがゲイボルグの首筋をバシィッ!!と翼で打ち付けた。
「・・・・・・・・・・!!」
男は驚いたように目を見開いた。握ったそれを手放しはしなかったが、その銃口から放たれた弾丸は明後日の方向に飛んで行った。
一方のゲイボルグは一瞬のうちに意識を奪われ、その場に崩れ落ちた。そんな彼女を、マナが抱きかかえた。普段人を抱えないマナはよろけるが、何とか踏ん張って持ちこたえる。
「マナ!!ゲイボルグを連れて退避しろ!!エミリアは二人を援護!!俺とグーフォはこいつを引き付ける!!」
トーヤは叫びながらシャリン・・・・・と剣を抜いた。エミリアも大剣を構え、グーフォも大きな翼をはためかせて舞い上がる。
「ほう・・・・・・・“魔王”の俺とやりあうというのか・・・・・?」
男は不敵に笑うと、同じく腰から剣を抜いた。全体が真っ白で、刀身や柄はもちろん、装飾や鍔まで純白のその剣は、見るものに異様な感覚を与える。
「魔王・・・・ってことは、お前が“魔王トール”か!!」
「答える義理はないな」
トーヤと男は言葉を交わし、同時に剣を打ち付けた。ギャリン!!と金属質な打撃音が響く。
「よいしょ・・・・・よいしょ・・・・・・」
マナはゲイボルグの腕を肩に回し、その場から背を向けていた。ゲイボルグは決して体重が重いわけではないが、人を担いだことのないマナは彼女にすら悪戦苦闘していた。
「テメェはゲイボルグに何をした!!あいつとテメェは何の関係だ!!」
「だから答える義理はない」
ガキン、ガキンと互いの剣がぶつかり、はじかれる音が連続し、そのたびに火花が散る。そしてその背後に、グーフォが忍び寄る。そして音もなく滑空し、男の首をつかもうとする。が、その両脚の鉤爪は見えない壁には阻まれるようにバチン、とはじかれる。
「どうせそう来ると思ったぞ」
「クソッ!」
グーフォは歯噛みしながら、再び旋回する。すると虚空からプロペラのついたミニチュアサイズの砲台が表れ、その後を追うようにドドドドッ!!と射撃を開始する。
「(“魔王”とは言っていたが・・・・・・このタイプは“職業型”か・・・・・)」
トーヤはその剣戟をはじきながらそう分析した。一口に「魔王」といっても、その実態は3種類ほどに分化される。一つは「二つ名としての魔王(称号型)」、もう一つは「職業としての魔王(職業型)」、そして最後に「役職としての魔王(真性)」だ。いずれ強大な力を持つことに変わりないため一概に言えないが、「職業型」が最も弱く「真性」が最も強い。
そしてトーヤは自身の「体質」のおかげでありとあらゆる「システム」を無視できる。「ステータス」を元手として無双するタイプの人間、つまり「職業型の魔王」には圧倒的に有利に立ち回れのだ。一方でトーヤ自体の筋力よりも明確に勝っている相手は、少なくとも成人男性であることは間違いはない。
「・・・・・・・・チッ、大分離れたな」
トーヤとグーフォの連携に気を取られていた男は、ふと遠ざかっていくマナ____正確には、彼女の背負われているゲイボルグの後ろ姿を見て、舌打ちした。
「ここで逃がすわけには行かないな」
というと、男は握っていた剣をゲイボルグの方に突きつけた。
「?!」
トーヤは嫌な予感がして、とっさにその剣の切っ先の前に飛び出した。何かしらのスキルで攻撃するのであれば無効化できるが、そうではなくともなんとか対処のしようがあるはずだ。そう思っていた。
「お前に用はねぇよ」
男が突き放すように口を開くと、
「“フラガラッハ”。“裏切り者を殺せ”」
言い放った途端、男の持っていた剣が突然浮き、トーヤを素通りしてゲイボルグの方に飛んでいった。
「?!」
トーヤはその剣_______フラガラッハを追うようにとっさに振り返ったが、既に遅かった。純白の剣はまるで磁石に引き寄せられるように、まっすぐにゲイボルグの方に向かう。あわやその背中に突き刺さる寸前、エミリアがとっさに前に出て、ガキン!!と弾き飛ばした。
「させるか!!」
「きゃっ!!」
耳元で火花が散る音が鳴り、マナは短く悲鳴を上げる。エミリアの剣に弾き飛ばされたフラガラッハは高速回転しながら地面に突き刺さる______事はなく、まるでブーメランを投げたときのように回転しながら再びゲイボルグの方に向かう。
「こいつ・・・・・・何というしつこさだ!!」
エミリアは毒づきながら剣を振るった。彼女がはじく度にフラガラッハは回転しながらゲイボルグの方に戻ってくる。そのたびにまたエミリアにはじかれ、を繰り返す。あまりのしつこさに、エミリアは「反射要塞」を発動しておきながら一方的に防戦を強いられていた。
その熾烈な攻防を目の前に、マナはその場から動けなくなっていた。文字通りすさまじい剣幕で襲いかかってくるフラガラッハを前にして恐怖していたのだ。だがそれが奇しくもゲイボルグを守ることができていた。マナが下手にこの場を動こうとすると、フラガラッハがエミリアを避けるように飛んで、直接襲いかかってくる恐れがあるからだ。
「よそ見している場合か?」
男は虚空から剣を取り出すと、トーヤの方に斬りかかってきた。刀身が銀色に光り、鍔も柄にも色や装飾が施されていることから、フラガラッハでは無さそうだ。トーヤは間一髪でそれを避けるが、その直後にドォン!ドォン!と銃声が鳴り響く。トーヤは更に身を翻しそれを避けるが、完全に相手のペースに飲まれてしまっている。トーヤの方に気を取られている間に再びグーフォが奇襲を仕掛けるが、男はまるで始めから気づいていたかのように振り向くと、ザシュッ!!と剣を薙いだ。
「ガハッ・・・・・!!」
斬撃を受けたグーフォはもんどり打って地面に激突した。男は間髪入れずにその剣でとどめを刺そうと、大きく振りかぶる。そこに、シロが飛びついてきた。
「ガフッ!!」
「・・・・・・・・・・・・ッ?!」
シロは男に直接飛びかかるのではなく、剣を握っている腕に噛みついたのだ。運動エネルギーと位置エネルギーを右腕一本に受けた男は倒れ込だ。
「ガハッ・・・・・・・・クソッ!!」
更にシロに咥えられたまま強引に振り回され、男は近くの木に放り投げられた。ドゴッ!!という鈍い音を立てて叩きつけられる。
「・・・・・・・・・・しまった!!」
「きゃぁあああああああ!!」
その一方で、フラガラッハがエミリアのガードをすり抜けてしまった。迫り来るフラガラッハに、マナは悲鳴を上げる。こんどこそ守るものがない・・・・・と思われたその瞬間。
パキィイイイイイイイイイン!!と、フラガラッハが氷に包まれた。
飛んでいった勢いのまま凍らされたフラガラッハは、ゲイボルグの脇すれすれを通り過ぎていき、ガランガラン・・・・と、地面を転がった。
「成る程。そういうことか」
トーヤは左手を虚空に突き出したまま、不敵な笑みを浮かべていた。
「可笑しいと思ったんだ・・・・・“浅倉忍”が何者かに惨殺されたあの事件、細くて狭い窓の鉄格子から出入りしたと思われていた“犯人”・・・・・・コイツだったわけだな」
「・・・・・・・・・・!!」
トーヤに言い当てられて図星だったのか、男は目を見開いた。
「このサイズなら確かに細い鉄格子をすり抜けて侵入するのも難しくはないし、これだけ殺気を感じさせる動きができるなら、バラバラになるまで執拗に切り刻んで見せるのも想像に難くない。やはり一連の事件の黒幕は、お前だったわけだな。魔王トール・・・・・」
「いいや、トールじゃないね」
そう言ったのは、ネロだった。こっそり男の意識から逃れていたネロは、例の双眼鏡で男をリアルタイムで観察、解析していたのだ。
「キミの本当の名前は“黒鉄徹”、24歳。7年前にこっちの世界に“魔王”として召喚されて、それ以来この国の“魔王”として君臨してきた・・・・・って事らしい。“システム”ってのも正直すぎて、考え物だねぇ」
「チッ・・・・・・・・・・・」
男_______黒鉄は舌打ちした。まさか自分がここまで窮地に立たされるとは思っても居なかったらしい。
「トール様!!」
どこからか、金髪碧眼の美女が黒鉄の元に走ってきた。鳥の羽や花弁を思わせる純白のドレスは、彼女の色白な容姿の美しさを際立たせている。_____尤も、谷間をさらけ出し動く度に大きく揺れる乳房や、ドレスの前が大きく開いているために丸見えになっている下着からは清楚さを感じさせられないが。
「エリス・・・・・・命令だ。“総力を以て、裏切り者のゲイボルグを嬲り殺せ”」
男は眉間にしわを寄せて、彼女に命令した。
「・・・・・・・・・・・!?」
トーヤはその言葉を聞いて、目を見開いた。
「(コイツ・・・・・・正気か?!たった一人の女を殺すために、ここまでするって言うのか?!)」
たかが一人の女性を始末するために、全戦力を投入するというのだ。その明らかに過剰なその判断を下す男を、トーヤは信じられない、と耳を疑った。
すでに、絶体絶命の局面。こちらは控えさせている部下を全て合わせても30にも満たない一方、相手は傍らに控えさせていたモンスターだけを見ても軽く50を超えている。しかも奴がこの土地の主である事も考えるとこれ以上戦力を追加されることも容易に想像できる。
しかし、エリスと呼ばれた女性の口から、思いもよらない言葉が出てきた。
「トール様!!それは無理です!!我々は今、戦争から戻ったところ・・・・・我が国の兵は皆、疲弊しております!!」
「・・・・・・・・ッ!!」
トーヤは、再び絶句した。彼だけでなく、ネロやエミリアもそうだろう。目の前の男は、戦争から帰った直後に「裏切り者を国全体で処罰する」と言ったのだから。
「やれ。やるからには“徹底的に”、だ」
「しかし、皆戦いに参加できるほどの余力はありません!!」
全くこちらに仕掛けてこなかったため気付かなかったが、黒鉄の取り巻きは少し離れたところで様子をうかがって居るのみだった。50を超えるほどのモンスターがにらみつけているのは背筋が凍りそうだが、こちらを襲ってくる気配もない。もしかしたら見た目以上に皆消耗しているのだろう。
「・・・・・・・・・・仕方がない。逃げられると思うなよ。侵入者共」
黒鉄は吐き捨てるとともに、きびすを返してモンスターの群れの方に歩いて行った。その男の背中を、エリスは追いかける。
「いててて・・・・・」
「グーフォ、大丈夫かい?」
黒鉄にたたき落とされたグーフォはしばし死んだふりをしていたが、黒鉄達の姿が見えなくなったところでようやく動き出したのだ。体を起こしたグーフォに、ネロが駆け寄る。
「ああ。何とかな・・・・・・しかし、案の定“転生者”だった訳か・・・・・転生者が転生者を裏で操っていたってのは、なんとも言えないな」
「・・・・・・・・・それはそうと、この状況をどうしようか」
ネロはグーフォの腕を肩に回して立ち上がると、途方に暮れたようにぼやいた。
「ああ。グーフォも負傷したし、エミリアも消耗している。何よりもゲイボルグが心配だ。どこかで回復したいが・・・・・・・」
トーヤは辺りを見回す。マナは目の前で起きた攻防に腰を抜かし、その彼女の上に覆い被さるようにゲイボルグが寄りかかっている。エミリアも剣を地面に突き立てて寄りかかっており、グーフォもネロに担がれている。トーヤとネロ以外の全員が消耗してしまっているのだ。元々作戦がうまくいくことはないとは言え、いきなり魔王に遭遇するのは想定外だった。全員が全員精神的に消耗し、特にゲイボルグに至っては何かしらのトラウマを引き起こし、パニック状態に陥ってしまった。これ以上先に進むのは非常に危険だ。
「(どうするか・・・・・・?ここでキャンプを張ろうにも、奴に見つかっている以上いつ襲われるかも解らない状態だ・・・・・)」
完全に虚を突かれた「転生者殺し」。絶望的な状況の中、
「おやまあ、どうなさったのですか?!」
頭頂部にオオカミの耳を生やした、青く長い髪の女性が驚いた様子で話しかけてきた。




