5-6(第五章終了)
雪降り積もる「冥府の陸海淵」を抜けた一行は、薄暗い森の中を進んでいた。ここが魔界である事を考えれば比較的穏やかな気候だが、裏を返せばそれだけモンスターも過ごしやすい環境でもある。
そしてそれはモンスターの数も多くなり、道中でも頻繁に遭遇するということだ。
「ジャララララ!!」
全身に楯のような鱗を纏うモンスターが、一向に襲いかかってきた。全長の約半分を占める長さを誇る横柄な形状の尻尾は天然の鋸で、それによって傷つけられると容易には回復できなくなる。センザンコウ型モンスターの「スティールエッジ」だ。
「トーヤさん!!又やってきました!!」
「B班!!迎撃を!!」
「御意!!」
トーヤの号令に答えながら、複数人の騎士が前に出る。彼らは皆重装備で、特にその中でもリーダーと思しき者は大きな楯を構えており、その守りが非常に堅いことを説明せずとも見てとれる。
「マナ、先に行くよ」
「は、はい・・・・!!」
ギャリリン!!ギャリン!!と鋼鉄が擦れ合う音が後ろから聞こえてくるが、他の者は彼らを置いて先に進もうとする。後ろ髪を引かれる思いのマナを、ネロが強引に進ませる。
「キミの気持ちもわかるけど、彼らは僕らの護衛のために連れてきているようなものだ。いちいち気にしていたらきりがないよ」
今更ではあるが、「対転生者特別防衛機関」は単純な官僚制の組織とはかなり毛色の異なる組織となっている。通常は組織のトップがいて、その下にナンバーツーがいて、更にその下に・・・・という階層構造になっている。そのため、基本的に自身の部署内での部下にのみ指示を出すことができる。
一方で「対転生者特別防衛機関」の場合は各部署の隊長・副隊長が厳密な意味でのメンバーであり、彼らの元で働く者は基本的にギルドの中でも特別優秀な者が就くことになる。そして隊長・副隊長は「個人が複数の知識・技術を持つ」事に加えて「転生者に対校しうる者」出ある事が条件であり、裏を返せば「転生者殺し」の主力となっているのだ。そんな彼らは可能な限り「本陣」での運用が望ましいため、こういったモンスターの襲撃などは下の者が対処することになっている。マナは現段階では役職こそ就いていないものの、彼女の持つ能力は転生者に対し有用であるとされているため、例外的に「メンバー」として数えられている。
「はあ・・・・・・はあ・・・・・・・」
村に居たときはしょっちゅう森に出かけていたマナではあるが、流石に体力を消耗してきたらしい。少々息切れしている。
「大丈夫か?マナ。シロに乗っても良いんだぞ?」
「だ、大丈夫です!エミリアさん!私は、まだ・・・・・」
微かに肩で息をするマナに、先導しているエミリアが話しかける。マナは気丈に振る舞うが、明らかに少なくない汗をかいていて、余裕は感じられなかった。
「まだまだ道のりは長い。そろそろ休憩しないかい?」
「少し先を飛んでみてみたが、まだまだ長くなりそうだ。今日中にここを抜けるのは難しいかもな」
「近くに岩場に囲まれた平地がありました。そちらで夜を明かすことを提案します」
マナのみを案じたエミリアと、前方から先行していたグーフォとゲイボルグが野宿を提案する。他の騎士達も目に見えて消耗してきている。無理に進もうとすると目的地に着くことも難しくなる可能性がある。ここで一度休息を挟み、万全の状態で挑むことがベストといえる。
「そうだな・・・・・・これ以上の消耗は避けたい。ゲイボルグの報告の通り、そこで夜を明かそう!」
トーヤは急な傾斜を上りながら、自身の背後を振り向いて叫んだ。後ろには動作に疲れを見せる騎士や、モンスターの襲撃に当たる騎士がいる。自分たちを守る彼らのためにも、トーヤはここで野宿をすることを決めた。
「・・・・・・・・・・・・・」
皆が寝静まっている間、トーヤは一人、テントの外で佇んでいた。足をぴしりとそろえて立ち、自分の周囲に氷の華を咲かせている。
これは彼がまだ魔法を覚えたての頃に行っていたルーティーンの一つで、「チューニング」という作業である。氷の華のように繊細な物を長時間持続させる訓練として行っていた物だが、左手の甲に宿った「絶氷の龍紋」の影響で一気に人並み以上にまで高まった魔力量を制御するために、こうして再び行っているのだ。
「・・・・・・・・・・マナか」
「あ・・・・・・・・・・・・」
青白く輝く氷の華の中心で佇むトーヤだが、影で隠れてみていたマナに気付き、彼女の方を向いた。元々花を咲かせるために魔力を周囲に展開していたため、それが「生命探知」の役割を果たしていたのだろう。
「トーヤさん・・・・きれい、ですね・・・・・」
「そう言って貰えると、悪い気はしない」
サァアアア・・・・・とそよぐ風に、氷の華は揺らいでいる。とても幻想的な光景だ。
「・・・・・・・・・・なんだか寝付けなさそうだな。どうした?」
トーヤが左腕を振り払うと、シャリン・・・・・と乾いた音を立てて、氷の華は散り散りになった。分離した花弁が風に舞い、花吹雪のように空の彼方へと上ってゆく。
「・・・・・・・・・・私、あの転生者さんと少しだけ、話したんです」
マナは胸に手を当てて、落ち着かせながらゆっくりと言葉を紡ぎ出す。
「“俺たちが何をしたって言うんだ!!”って、起こっていました。あの人は国の王様やギルドの人に良いように使われたあげく、国から追い出されたそうです。私たちがやっている事って、本当に正しいことなのでしょうか?」
「・・・・・・・・・・・・・・・・・」
マナは「対転生者特別防衛機関」で務めているうちに、「転生者」の事について疑問を持つようになってきたのだ。確かに彼らは法律を破り、罪を犯したからこうして自分たち「転生者殺し」に狙われている。
だが、そんな自分たちが行っていることは、彼らが行っていることと同じなのではないか、と思えるのだ。彼らがモンスターを何も考えずに殺すように、彼らをまるでモンスターのように扱っていることに、疑問を感じるようになってしまったのだ。
「あの人たちは、こっちの世界の人に無理矢理連れてこられて、そこであの人たちを一方的に敵みたいに扱う事が、なんだか腑に落ちなくなってきてしまったんです・・・・・私って、やっぱりおかしいんでしょうか?」
「・・・・・・・・・・・・・・・・」
マナの質問に対し、トーヤはしばし熟考した後、彼女にこう語りかけた。
「・・・・・・・・まあ、まともな奴の方が珍しいけどな」
ばつが悪そうに頭をボリボリと掻きながら、マナの方に歩み寄ってきた。
「この前槌田に会わせただろうけど、あんな風に良識と節度を持って振る舞える奴って言うのは、ほとんど俺は見たことがない。大抵の奴は、自分が何をしているのか解っていないんだ」
彼女の隣に座り込むと、自分の隣の地面をポンポンと叩いた。彼のサインの通りに、マナはそこに腰掛ける。
「昨日俺たちが戦った“杉田努”だけどな。アイツ自身は確かに国の一存でこっちの世界に連れてこられ、“勇者”として魔界の国の一つを滅ぼす兵士・・・・・いいや、“兵器”として送り込まれたんだ。だけどあまりの強さに国王の他大勢の官僚が恐れを成して、アイツを国から追放したんだ。この仕打ちは杉田からすれば完全な横暴だが、一方でアイツ自身も全く見えていなかったことがある。・・・・・・・それが昨日のあの光景だ」
「・・・・・・・・・・!!」
マナは「冥府の陸海淵」の地底近くの、あの夥しい量の死体を思い出した。まるで蟻を潰すようにモンスターをたった一人で全滅まで追い込んだあの男が、マナは恐ろしく感じた。そして問答を交わした際の「所詮モンスターはモンスターだろう?倒して何が悪い?」という言葉に、まさしく全てが集約されていた。
「たとえどれだけ善人だろうが悪人だろうが、あんな風に滅茶苦茶にしても平気な奴を、放っておくことができないって言うのが俺たちの存在意義だ」
というと、トーヤは掌の中に魔力を集中させた。青白い輝きが、まるで炎のように揺らめく。
「この揺らめきは“氷”だが・・・・・アイツらはいわば“火事”と一緒だ。そこで燃え続ければ、やがてその炎は別の場所にも燃え広がる。そうして広がる炎は、いろいろな物を灰に変えちまうんだ。家を、物を、人を。家族にとって大事な物を奪っていく、炎そのものなんだ__________解るか?アイツらはそんな“火事”と同じ事をしているのに気づいていないんだ。自分たちの行動や言動によって周りにどんな影響を与えるのか、気付きもしないし考えもしない。ただ玩具を与えられた赤ん坊のように振る舞っているんだよ」
トーヤはギュッと握り、パキン、と魔力を霧散させた。その表情は険しい。
「それを自覚させてやれば良い、ていうのかもしれないけどな、厄介なことにアイツらを召喚する奴は、基本的にアイツらの持つ“価値そのもの”だけが目当てなんだ。だから周りの人間もこっちの世界のことを教えようともしない。・・・・・・だから、そういう意味ではお前の考えは正しい」
マナは、彼の言葉には心当たりがあった。「秋山利人」に経済のほとんどを独占されていたあの町も、結局彼のもたらす「恩恵」にばかり目が行っていた。だから彼によって居場所を失う人間があふれても、「異世界の英雄」というブランド名や「異世界の恩恵」に目がくらみ、彼らを糾弾しようとする声などもみ消されていた。
「そしてだ。これはごく最近解ってきたことなんだが・・・・・・ああいう奴らには、“唯我独尊”の精神が深層意識に少なからず根付いているって事だ」
「ゆ、ゆいがどくそん・・・・・?」
マナは、トーヤの難しい言葉を理解できず、そのまま繰り返した。
「“自分はなぜこんなに不遇なんだ”、“自分はこんな物ではない”、“自分を認めてくれない世間が悪い”。そういう精神が、アイツらの住む世界で芽生えてくるようなんだ。人の上に絶対に立てないけれど、かといってどん底でもない、非常に曖昧で空虚な劣等感。そいつが種になって、生きていく中で発芽していく。そしてこっちの世界に連れてこられて、今までにない力を手に入れたことが引き金になって、こっちの世界で思うがままに振る舞うのを推し進めるんだ」
「そ、そんなことを・・・・・・・」
「・・・・・・・・・・・信じられないようだな。だが、いずれは目にするさ。否が応でもな」
トーヤは立ち上がると、テントの方に歩き出した。マナもそれに習って立ち上がると、
「・・・・・・・・・それから、一つ頼みがある」
「はい。な、何でしょうか・・・・・・・・・・」
不意にトーヤは立ち止まり、マナに尋ねてきた。マナはおずおずと言葉を投げかけると、トーヤは申し訳なさそうに振り向いた。
「・・・・・・・・・俺と話すときは、敬語をやめてくれないか?」
「え?!」
マナは思いもよらないトーヤの申し出に、驚いてしまった。
「で、でもトーヤさんは執行部隊の隊長さんで・・・・・」
「・・・・・・・・どうも同い年の女子に敬語を使われるのは、侍らせているみたいでなんだか居心地が悪いんだ。頼む」
トーヤは手を合わせて頭を下げた。転生者はなぜか威勢を惹きつける何かを持っているらしいが、もしかしたら彼はそれを意識しているのかもしれない。
「そっか・・・・・・・・じゃあ・・・・・」
マナは一呼吸を置くと、
「これからもよろしくね!トーヤくん!!」
ぱぁっと、咲くような笑顔で答えた。
「・・・・・・・・・・・・・・・!!」
トーヤは彼女の屈託のない笑顔に、一瞬目を見開いた。
「・・・・・・・・・・そういう顔はもっと親しい奴に向けるべきだ、と思うぞ」
慌てて目をそらしながら、トーヤはやけ気味に言い放った。同年代の少女にこのような笑顔を向けられたことのない彼は、転生者を相手にしているときのように緊張していた。
「・・・・・さあ、早く寝るぞ。明日も明後日も、モンスターの襲撃に晒される。必要以上に起きているつもりはないからな」
「うん!おやすみ~!」
マナはぶんぶんと手を振った。トーヤはそんな彼女から逃げるように、自分のテントの中に潜り込んだ。
「・・・・・・・・・・全く、敵陣にいるというのに。青春しているじゃないか」
フクロウのハルピュイアであるグーフォは、その様子を面白そうに眺めていた。
翌日から、マナはトーヤに対して敬語を使わなくなった。始めこそ皆驚いてはいたが、明確な上下関係で動いているわけではない彼らにとっては不自然なことではないらしく、大して取り沙汰されなかった。唯一ネロだけが矢鱈と突っついてきたが、ブチ切れたトーヤに鉄拳制裁を喰らったためおとなしくしている。
そして・・・・・・・・・
「見えたぞ!!あれが“魔王城”だ!!」
先行していたグーフォが叫んだ。既に鬱蒼とした森から草一つ生えない不毛の地と化した山間部に突入していた彼らは、まるで剣山のような岩の間をかいくぐりながら進んでいた。
「あれが・・・・・お城・・・・・!?」
「城と言っても、それらが必ず建造物だとは限らない。地形をそのまま蟻の巣のように城に転用している事例もある。・・・・・・・今回のようにな」
彼らの目の前には、広大な森が広がっていた。剣状の岩石質の山脈に囲まれたその盆地の中心に、刺々しい岩石が何本も束になり、文字通りの剣山の様なものが建っていた。
あれこそが、この「クロガネ王国」の王城だ。
「皆!!ここまで着いてきてくれて、感謝する!目的地は目の前にある!・・・・・・だが」
と、トーヤは一拍おいてから告げた。
「これまでの道中はただの前座に過ぎない!!相手は“転生者”の可能性のある魔王だ!!万全な状態で挑みたい!!今日はここで一夜を明かし、明日の夜明けとともに潜入する!!いいな!?」
おおおおおおおお!!とトーヤの言葉に騎士達が雄叫びを上げる。移動とモンスターの対処で疲弊した今向かっても、下手をすれば何もできずに一方的にやられてしまうかもしれない。何しろ相手は「チート能力」を持つ相手だ。どんな手を使っても不思議ではない。
「いよいよ・・・・・・だね」
「ああ。ここまで来たからには、初歩的な部分でミスするわけにはいかない」
テントを張りキャンプの準備する騎士達を背後に、マナはトーヤに話しかける。辺りがこれまでよりも一層緊張感が高まっている。
「首を洗って待っていろ。何をしたいのか知らんが、テメェの目論見なんざ御釈迦にしてやる」
盆地の中心に鎮座する剣山を憎々しげににらみながら、トーヤは唸るようにつぶやいた。




