4.5-1
「うわぁ・・・・・・・す、すごい景色・・・・・・・!!」
マナは、目の前に広がる光景を見て、目を丸くしていた。氷属性の葉を持つ「氷葉樹林」の中を突き進んでいき、凍えるような洞窟をくぐり抜けた先には、巨大な峡谷が広がっていた。
上からは絶えず雪が降り積もり、珊瑚のような独特な形状の岩場が点在する。そんな「骸珊瑚」は深い、深い地の底からそびえ立っている。
ここは魔界に存在する「冥府の陸海淵」というダンジョンで、9層の区画で構成されている。地上の3層は比較的安全だが、第四層から地底へ向かうにつれて難易度が高くなっており、最下層の第九層に至っては生還者がいないという超高難度ダンジョンなのだ。地底から伸びる「骸珊瑚」や絶えず降り続ける雪が深海を連想させるその光景から、「陸海淵」という名前がつけられている。
「足を踏み外すなよ。第三層までならなんとかなるが、それより下になると苦しくなる。気を締めてかかれ」
「は、はいっ!」
マナはトーヤに注意を促され、目の前の光景に奪われそうになる意識を慌てて引き戻す。トーヤ、マナ、エミリア、ネロ、グーフォ、ゲイボルグの六人とその他大勢の騎士達がこの「冥府の陸海淵」を訪れているのは訳がある。彼らはダンジョンを踏破するわけでも、レアアイテムを探しに来ているわけでもない。
「ネロ。目的地へはどのルートで行くのだ?」
「そうだね。第一層から一度第三層に降りて、そこから第二層に進むのが一番早いね」
「やれやれ・・・・・・うかつに飛べないというのは不便だな・・・・・・」
「かしこまりました。トーヤ様、マナ、シロ。参りましょう」
「ああ。今行く」
ゲイボルグ達に促され、トーヤ達は歩を進める。
彼らが向かうのは、「冥府の陸海淵」のその先にある、「クロガネ王国」である。
数日前、対転生者特別防衛機関本部にて、総帥アーサーから直々に集合命令が発せられた。
「さて、今日お前達に集まってもらったのは、ほかでもない・・・・・モーガンの暗殺を企てていた者が、ついに判明したという」
司令室には、トーヤ、エミリア、ネロ、グーフォ、ゲイボルグが集まっていた。
「そうですね。“浅倉忍”・・・・・・既に彼は殺されていますが、“ピースマン”という人物からモーガン氏の暗殺を依頼されていたようです。さらにそれだけではありませんね」
クイッ、とネロは眼鏡に位置を直しながら、話を続ける。
「城塞都市オーレッツェーの町の経済を根こそぎ牛耳っていた“秋山利人”も、そのピースマンに銃火器を取引していたようです。しかも彼は盗賊達とは異なり、正しい扱い方も教えていたようです。そして・・・・・・」
ネロの言葉に続くように、グーフォがその先の情報を口にする。
「俺の長期的な奴の調査を終えて、ついに奴のマスターの存在を確認した。・・・・・奴の名は“魔王トール”。奴は魔界の“クロガネ王国”の王を務めており、かつての“アストライア王国”に迫る勢いで力を増している・・・・・・・そして調査を行っているうち、気になる情報をつかんだ」
「その情報は、なんだ?」
アーサーがグーフォに、不敵に微笑みながら尋ねた。
「魔王トール・・・・・・奴自身が“転生者”の可能性が浮上してきた」
「ほう・・・・・・・」
アーサーは含みのある微笑みを浮かべた。その様子から、ある程度見当は付いていたようだ。
「それについては、現段階では可能性としか語ることはできない・・・・だが、奴がなぜ“大量の銃火器を仕入れていたのか”、そしてなぜ“モーガン氏を暗殺しようとしたのか”。仮設ではあるが、有力な説が上がってきた。・・・・・・・麗しき執行部隊隊長殿。解説を」
グーフォに促され、トーヤは相槌を打つ。
「まず前提とするのは“魔族は基本的に暗殺を好まない”という仮定の下進めます。魔界に拠点を置いている身で蟻ながら、わざわざ“モーガン氏”を“暗殺”しようとしたこと・・・・・この点が引っかかりました」
トーヤは凜とした口調でアーサーに話す。
「“暗殺”という手段を用いる以上、浅倉にモーガン氏の暗殺を依頼するのは“魔族”ではなく“人間”であると言えます。しかし、そうなると“鋳神モーガン”を殺すことは人間側・・・・・否、“天界”としては不利にしかなり得ません。現状、天界の技術を支えているのは、“モーガン氏”の他あり得ません。・・・・・・しかし、拠点を“魔界”と捉えるならば、話は別です」
ゲイボルグが、ゴクリ、と唾を飲み込んだ。彼女だけでなく、彼ら全体の緊張感が高まってくる。
「“魔界”に拠点を置いているのであれば、天界の技術がどうなろうと何の関係もないはずです。寧ろ“攻め入るつもりならば”、技術の停滞や衰退は奴の思うところでしょう」
「成る程な・・・・・だが、それでは奴が“転生者”出ある事の根拠にはなり得ないが?」
トーヤの説の穴を突くように、アーサーは意地悪っぽく質問を投げかける。そんなアーサーに対し、トーヤは動揺することなく言葉を返す。
「いいえ、これだけではありません。“秋山が積極的に銃火器を売り出していたこと”、これが鍵となります」
「ほう・・・・・・・・・・?」
アーサーは、感心したようにうなずいた。
「ご存じの通り、我々を含めてもごく一部の者にしか“銃火器”は知れ渡っておりません。そのため、わざわざ使い方を教えてまで銃火器を奴に売りつける、というのは“奴が事前知識を持っている前提”であると考えられます」
「いいのか?使い方さえ教えられれば俺たち“現世人”でも扱えるぞ?何なら一部の魔族だってな」
「だとしても、個人であれだけの銃火器を仕入れることは先ず無いでしょう。扱い方を知らない者があの量を買い込むなど、考えられません。それに、売る側の身で考えれば、元々それがどういうものか理解している奴に売る方が有意義だと言えます。であれば、秋山と同じ“転生者”相手に売る方がより儲かると踏むでしょう。私だったら、そうします」
「成る程・・・・・・・」
アーサーは満足げにうなずいた。
「そして今回、奴は明確に“転生者を用いた侵略行為”を働いています。奴が今後“天界”に侵略する可能性は十分にあり、次の一手を打つ前にこちらから手を打つべきです。“転生者”が関わっているとなれば、なおさらでしょう」
「よし、よくわかった。・・・・・・・・では、お前達に命令を下そう」
アーサーは彼らに、鶴の一声をあげる。
「“対転生者特別防衛機関”は、これより“魔王トール”討伐にかかる!!組織の総力を以て、これを完遂しろ!!」




