11-4
「「「・・・・・・・・・・・・・」」」
その場にいた、全員が唖然としていた。トーヤも、グーフォも、彼女の容態を知っていたであろう犬飼までもが、言葉を失っていた。
エルフの少女が、出産したのだ。それも彼らの目の前で、戦いの最中に。
「あいつ・・・・・・身ごもったまま戦っていたってのか・・・・・?!」
グーフォは信じられなかった。いくら洗脳されているとは言え、身重の状態で戦闘を行うなど、正気の沙汰ではなかった。しかも、彼女の様子からすると臨月だったようだ。そんな三で蟻ながら、この犬飼健吾という名の少年のために、文字通り身を挺してまで戦っていたのだ。
だが、その洞窟内に産声が上がることはなかった。できあがりかけていたその体はピンクの、ぶよぶよした物体に成り果てていた。この世に生まれてくるはずだった命。それは、この戦いの中で失われたのだ。
「うぷっ・・・・・・・・・・・」
トーヤは、胃から何か酸っぱいものがこみ上げてくるのを感じた。目の前で人型の生物が子供を生むのを目の前で見てしまった。しかも、産声を上げることのない、冷たい出産。まだ弱い14の少年は、本来であれば思春期まっただ中で多感な年頃の彼には、些か刺激が強すぎた。
死産。
その言葉が重くのしかかってきた。
そして、本当の恐怖はここから始まった。真っ白だったワンピースを血と羊水に染めたリズは、ガクガクと痙攣しながら起き上がった。
「な・・・・・・お、おい!あんた、そんな状態で_______」
動けないグーフォの制止など耳にも入らず、エルフの少女は自分が産み落とした自分の子供だったものを、震える手で抱え上げたのだ。そしてゆっくりと、震えながら、犬飼に向けてこう言ったのだ。
「ごしゅじんさま・・・・・・このこがあなたの・・・・・・あかちゃんです・・・わ」
「「~~~~~~~~~~~ッ?!」」
トーヤとグーフォは絶句した。目の前の少女は物言わぬ我が子を拾い上げ、目の前の異世界の侵略者に見せたのだ。つまり、これは犬飼の子供と言うことになる。
だが、問題はそこでは無い。これまでに転生者がエルフやドワーフなどの娘に手を出し、はらませるという事例は多々あった。しかし、目の前の光景はそういった事実が存在した上での、身も凍るようなものだった。
「(この女・・・・・死んだ子供を・・・・アイツに見せた・・・・・!?)」
「(・・・・・・もしかしてこのエルフの娘・・・・子供が死んでいることを認識していない・・・・・・?!)」
リズの取った行動は、誕生を祝福するような行動だ。しかし、既にその赤ん坊は死んでいる。いわば、死んだ赤ん坊を見せつけるような行為だ。
まさに狂気の沙汰。
「・・・・・・・・・・・・・・・・・」
「ごしゅじんさま・・・・・?あなたさまの・・・・あかちゃんです・・・・よ?」
何も言わない犬飼に、リズは首をかしげる。震える手で子供だった者を抱え上げて、より見やすくしようと差し出そうとした、その瞬間。
ドン!と、犬飼はリズを突き飛ばした。
「な、なんて気味の悪い事をするんだ!!キミは!?」
「・・・・・・・・・・・・・え」
リズは自分のしでかしたことがどんなものなのか、すぐに理解できなかった。いや、理解できなかったのは「犬飼の行動」の方だろう。
「し、し、し、死んだ赤ん坊を見せつけるなんて、正気の沙汰じゃない!!何を考えているんだ、キミは!!」
「ご、ごしゅじ」
「黙れ!!」
「キャッ!?」
犬飼のハッした怒号に、リズはビクッ!!と怯える。トーヤとグーフォも、目の前で繰り広げられる光景に、戦慄していた。
ただし、目の前で始まった喧嘩に、ではなく。
「あの野郎・・・・・自分の子供を見せようとしたアイツを突き飛ばすなんて・・・・」
「自分の子供のはずだろう・・・・・なんであんな態度が取れるんだ・・・・!?」
トーヤは過去のトラウマから、自身がまともな人間ではないことは自負していた。グーフォも、ハルピュイア故に人間とは根本的に精神構造が違うことは、十分に理解していた。そんな彼らでさえ、この少年の心は明らかに「異質」だと理解した。理解できてしまった。人間の形をした者でありながら、まるで化け物のように見えた。
「ハア・・・・・・身ごもっていたのは解っていたけど、やっぱり付いてこさせるべきじゃなかったよ。だから言ったのに・・・・・でも、これではっきりしたよ。キミはボクの元に来るべきじゃなかった」
「ごしゅじんさま・・・・・・!?」
犬飼に冷たい目線を向けられるリズは、絶望しきった表情で見上げる。
「こんな常識外れな事をすると思わなかったよ。キミにはがっかりだ。やっとまともな人と通じ合えたと思ったのに・・・・・・もうキミは仲間じゃない・・・・・・早く、ボクの目の前から消えてくれ」
「・・・・・・・・・・・・・・・・・・」
「「・・・・・・・・・・・・・・・・・・!!」」
外道。あまりにも心ないその言葉に、トーヤとグーフォは戦慄する。口を開けば開くほど、言葉を口にすればするほど、この少年の事を理解できなくなる。否、寧ろ理解などしたくもない。どこまで堕ちるのだろうか。
「___________________」
やがて、リズは口を開いた。その目からは光が消えていた。
「よくも言いやがったな!この糞野郎が!!」
リズが叫ぶや否や、地面からすさまじい勢いで植物が飛び出し、犬飼の腹を貫いた。
「ガハッ・・・・・・・・・!?」
胴体を貫通された犬飼は血を吐いた。だが彼はそのまま倒れ込むことはない。貫いた植物のほかに、さらに大量の植物が犬飼を絡め取り、持ち上げたのだ。そして、その血に濡れた蔦が犬飼の首に巻き付く。
「ガ・・・・・・・・アア・・・・・・・!?」
メキメキメキ・・・・と嫌な音が洞窟内に響き渡る。リズの生やした植物が犬飼を締め上げているのだ。
「ハァ・・・・・・ハァ・・・・・・あなたのおかげで目が覚めたわ・・・・あなたって、とんでもねぇクズ野郎だったのね!すっかりだまされたわ!!」
先ほどのように上品な言葉遣いではあるが、口汚い単語も混じっている。まるで先ほどとは別人だ。
否、寧ろこれが本来の彼女ではないのだろうか?
「わたしに対するあんたの気持ちってこんな程度だったのね!ばっかみたい!!わざわざ村のみんなから離れて、幸せに暮らしたいって思ってたのも、ぜ~んぶ嘘だった!!何が“ボク達の愛の力”よ!愛情なんてどこにもなかったんじゃない!!」
涙を流しながら、リズは怒りのままに罵声を浴びせ続ける。彼女の言葉通り受け取るならば、犬飼は「調奴」のスキルで彼女の心を操り、犬飼だけに都合のいいように操られていただけに過ぎなかったのだ。きっと「キミは仲間じゃない」という言葉が「スキル解除のキー」立ったのだろう。だとすれば、先ほどのリズの奇行にも納得がいく。
貰い物でしかない転生者の都合のいい「スキル」は、純情な少女の心さえも蝕み、穢し、そして踏みにじったのだ。
「オイオイ・・・・・いくらエルフだからって、ガキ生んだ直後にあんな力使っちゃ・・・・」
グーフォ懸念している通り、地面から伸びている植物はか細く、しわが寄っている。さらに、先端の方からパキパキと褐色に染まり、しわがれていく。もはやリズにはまともに力が残っていないのだ。枯れた場所は硬化して容易に引き剥がせなくなったものの、これ以上犬飼を締め上げることもなかった。
「(ぐっ・・・・・・・締め付けが弱くなっていく・・・・もう少し・・・・もう少しだけ耐えれば・・・・・・・)」
犬飼はこの期に及んで、まだ抜け出せると思っていた。確かに彼の言うとおり、植物が完全に枯れ果てれば、犬飼の魔法でも容易に火をつけて燃やすことができるだろう。火だるまになることは避けられずとも、少なくともこの絶望的な状況からは抜け出せるだろう。
だが、その目論見は目の前に現れた少年によって崩されることとなる。
「・・・・・・・・・・・・・残念だったな」
しわがれて堅くなった植物。それを伝って、トーヤは犬飼の方まで上り詰めたのだ。ここにたどり着いた時点で既に消耗していたため、先ほどの攻防でついに体が凍てつき始めている。吐息に含まれる白い息も、より濃くなっている。それでも、彼は力を振り絞ってここまでたどり着いたのだ。
「・・・・・・・ボクは・・・・・なんとしてでも叶えたい“悲願”がある・・・・・・」
犬飼は気道を半ば塞がれて、しわがれたような声でうめくように話し始めた。
「ボクは見捨てられたんだ・・・・・・・・・ドラゴンに襲われていたのに、誰も助けてはくれなかった・・・・・・仲間だと思っていたのに・・・・・・・だから」
グググ・・・・と、力の限り首に絡みつく蔦を引っ張り、犬飼は気道を確保しようとする。
「ボクは見返すんだ・・・・・・ボクを見捨てたアイツらを・・・・今度はボクの手で懲らしめるんだ・・・・・・今度は誰が、誰を見捨てるのか、みものだなぁ・・・・・・」
フフフ・・・・・と、虚ろに笑う犬飼。そんな彼の姿を見て、トーヤは哀れに思った。
「くだらねぇな」
「・・・・・・何だって・・・・・?!」
トーヤのゴミを見るような目を見て、犬飼は激昂した。
「この日のために、どれだけの事をしたと思っている・・・・・・・!!あんな人でなし、もうボクの仲間なんかじゃない・・・・・・!!クラスメイトを見捨てるようなろくでもない人間を・・・・・そんな奴らを憎むことが、くだらない、だって・・・・・・・・!?」
犬飼は顔をゆがめて、トーヤに食ってかかる。首を絞められているからか、それとも怒りからか定かではない。
「お前が見捨てられた事については、俺たちの方で調べてある。お前は確かに、クラスメイトからは切り捨てられたようだってことは、こっちでも把握して居る」
「・・・・・・・・!!」
トーヤはエミリア達から事の発端と顛末を、一通り聞いていた。
「だったら、ボクの気持ちもわかるんだよね・・・・・?!ボクのこの気持ち、理解できるよね・・・・・・?!」
「でも、そいつは無理だな」
だが、そんな彼に向かって、トーヤは決定的な一言を突きつける。
「その“ろくでもない奴ら”と同じ事を、お前は今やっているんだよ」
「アイツらと・・・・・・同じ・・・・・・」
犬飼は、絶望の面持ちでトーヤを見上げた。うつろな目で見上げる犬飼に、トーヤはああ、と返した。
「お前は“ドラゴン”に出くわした際に、功を急いだのか知らないが“無理かもしれないけど、コイツを狩ろう”って言ったんだってな。自分たちにはあまりにも身に余る相手なのに。だけど、お前は周りの制止を無視して、相手に突っ込んだ」
「・・・・・・・・・・・!!」
犬飼は、図星を付かれたように目を見開いた。いや、単に揚げ足を取られたとしか思ってないのかもしれないが。だが、トーヤには関係の無いことだ。
「だけど、嫌々付き合っていた周りの奴らは、無理だってのが解っていた。だから、お前を置いて逃げたんだ。_______自分たちじゃ助けられない、て思って」
トーヤから衝撃の事実が語られ、唖然とする犬飼。
「お前は知らんだろうが、実際に捜索を出してもらって、お前を探してもらってたんだ。でもその間にお前がどっか行っちまったから、死亡扱いにせざるを得なかったって訳だ・・・・・・解るか?アイツらは見捨てたんじゃない。助けに言ってくれる人を探しに行ってくれたんだ。そんなアイツらを、お前は“悲願”なんて格好つけた言葉で着飾って、“復讐”という形で踏みにじったんだ」
「・・・・・・・・・・嘘だ!!」
犬飼は狂ったように叫びだした。気道を半ば塞がれて、今にも裂けそうな声で吠える。
「あんな奴らが、そんなことを思うはずがない!!だから見捨てた_____」
「そりゃ見捨てるだろう。相手に突っ込んだって死ぬって解ってて、誰が飛び込むかよ。せいぜい仲良く共倒れで終わりだ」
「だとしても!!助けに来るのが筋じゃ_____」
「それは“万に一つでも助かる見込みがある”って前提だ。訓練された兵士だってそんなポンポン解決策だの奇策だの思いつかねぇんだ。オマエらみたいなド素人が、そんなことできるかよ。現実を見ろ。お前はラノベの主人公じゃねぇんだよ」
「・・・・・・・・・・!!」
自分の言葉を悉く潰される犬飼。その表情のゆがみは怒りか、それとも憎悪か。
「第一仮にこれが嘘だとしても、お前には動かざる証拠があるじゃないか」
「何がだ!!」
牙を剥いて食ってかかる犬飼。そんな彼の前に立っていたトーヤは横にずれた。
「あの子に言った台詞は、まさにお前の本心を言い表していたじゃないか」
犬飼の視界には、息も絶え絶えになりながらも、怒りままにこちらをにらみつけているリズが横たわっていた。
「お前はあの子に“キミは仲間じゃない”“早く、ボクの目の前から消えてくれ”と言ったな。本当に愛情があれば、あんなことはいわないはずだ!」
「待て!!それはおかしいぞ!!」
犬飼はもはや正気を保っているのかさえ怪しい表情で、トーヤに向かって怒鳴りつける。
「死んだ赤ん坊を、ボクの子供だって見せつけて・・・・・」
「そうだ。正気の沙汰じゃない」
トーヤは、あっさりと犬飼の言葉を肯定した。
「あの子は、お前の“調奴”というスキルで洗脳していたんだろう?目に“奴隷の光”が宿っていた。お前がどういう風に“調教”していたのかは知らないが、大方“自分に愛情を向けるように”仕向けていたんだろう?・・・・・・・でも、本当にそうだったわけじゃない。“スキル”の力でそういう風に取り繕っていただけだ。本当の愛情なんてどこにもなかった。・・・・・・お前の腹を貫き、首に絡みついているその植物が、何よりの証拠だろう?本当に愛していれば、お前の言葉に怒りは覚えなかったんじゃないか?・・・・・・そもそも、お前自身がそういうことを口にはしないはずじゃないか?」
「・・・・・・・・・・・・ッ!!」
犬飼はトーヤの言葉に、再び目を見開いた。今度は本当に図星だったようである。
「あの子を“スキル”で“調教”した直後、お前はあの子の体を求めただろ?」
「!!」
トーヤにものの見事に言い当てられて、犬飼はビクッ!!とわかりやすく動揺する。
「だいじょーぶ。わかってるわかってる。こう言うスキルは、女の子に使いたいもんな。そうすれば、文字通りヤりたい放題だもんな。そのお味はいかがでしたか、“ご主人様”?お目当ての“奴隷妻”でしたか?」
「ちが・・・・・・そんなつもりじゃ・・・・・・」
犬飼は、もはや取り繕う余力も無いらしい。これ以上無いほどわかりやすく動揺する。そんな犬飼の隙を逃さぬよう、トーヤはたたみかける。
「お前は、ただ自分の我が儘を正当化したかっただけだ。自分に都合のいい現実ばかり仕立て上げて、さも自分中心に世界が回るように見せかけて。所詮は“主人公ごっこ”に過ぎなかったのさ。」
「本質はお前が毛嫌いするアイツら・・・・・いや、アイツらよりもろくでもない人間なんだよ。」
「最後にいい夢見れて、良かったな。これで来世はお楽しみが無くても行けるじゃん。やったな。妄想ばっかりの童貞さん。」
「・・・・・・・・・・・・・・・」
犬飼は、もはや言い返す気力も無いらしい。呆然と虚空を見つめたまま、何も言わなかった。やがて、もうこれ以上は不毛だと感じたのか、トーヤは犬飼に近寄る。
「ち、近寄るなぁ!!何をする気だぁ!!」
「何をする気って?そりゃあ・・・・・・こうする」
トーヤは犬飼の首元に、手をかけた。
「嫌だ!!ボクは、ボクはまだ死にたくない!!死にたく_____ゲァッ!!」
メキメキ、とトーヤは犬飼の首を、ついに締め上げ始めた。同時に両手がパキパキパキ・・・・と凍てつき始める。体力を消耗したトーヤは、「握力強化」を以てして、確実に犬飼の息の根を文字通り止めるつもりだ。
「ア“ア”・・・・・・・・・ッア“ア”ア“・・・・・・」
「・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・」
犬飼は目を剥き、金魚のようにパクパクと開閉する口から泡を吹き、首から下を痙攣させる。トーヤはそんな犬飼から一瞬たりとも目をそらさなかった。
「ガッ・・・・・・・・・・・ヴヴ・・・・・・・・」
「・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・」
必至に呼吸しようとあえぎ、目を見開く犬飼。人の善行と命を踏みにじったものとして、壮絶な・・・・・・しかし相応な「処刑方法」だった。
やがて1分か、10分か、1時間か、長いような、短いような時間が経った頃。犬飼の動きは完全に止まり、ブラン・・・・と、四肢を投げ出していた。
「・・・・・・・終わったか・・・・・・・」
つぶやいたトーヤは、犬飼の首から手を放した。トーヤの両手という支えを失った犬飼の首は、まるで生まれたての赤ん坊のように、ガクンと首を投げ出した。
トーヤはほとんど枯れてしまった植物の足場から、トン、と飛び降りた。膝を曲げて座り込むように着地したが、若干バランスを崩し、倒れかけた。
「ッ・・・・・・・・やはり、魔力を使いすぎたか・・・・・・・」
四肢の大部分を霜に覆われたトーヤは、足を引きずりながらリズの元に向かう。目の前に倒れている少女はもはや虫の息で、パキパキと植物のようにしわがれ始めていた。洞窟の外は既に夜が明け始め、日差しが入り始めていた。
リズの倒れているところは日が差し、犬飼の吊り下げられている場所にはどうあがいても日が差さない。まるで、彼女らの行く末を表しているようだった。
「・・・・・・・・・終わったぞ」
「ありがとう・・・・・ございます・・・・・」
かすれた声で、リズはトーヤの言葉に応える。ただでさえ膨大な体力を奪われる出産の後だ。そんなところにエルフの魔法なんか使ったら、文字通り命を削ってしまう。そして今、まさに彼女はその命を終えるところだった。
「わたしのじんせいは・・・・・なんだったのでしょう・・・・・」
ポロ・・・・・・と一筋の涙を流し、彼女は抱きしめている赤子の亡骸を見た。
「あんな・・・・あんなクズのこどもなんかうんで・・・・・しぬまえにすることが・・・・・・・こんないまわしいこを・・・・・」
「そんなことをいうな」
息も絶え絶えな彼女の怨嗟を、けれどもトーヤは遮った。
「確かにアイツはクズだった。自分のことばっかりで、都合のいいことしかしたくなくて、忌々しい奴だったよ。・・・・・・・・だけど、その子供はあんたの子供だ」
トーヤは、その赤子の亡骸に手を添えた。きっと腐った肉を手にしているような感触だろうが、表皮が凍てついているせいか何も感じなかった。
否、触覚が正常でもトーヤはそうしていただろう。
「どれだけ父親の血が汚れていたとしても、生まれてくる子には罪はない。この子はあんたの子だ。あんたが苦しい思いをしてまで、産んだんだ。あんたのお腹の中にいた間だけでも、この子は”子供”として生きていたんだ・・・・・・・・そんなこと、言ってやるな。その子がかわいそうだ」
トーヤは一瞬だけ、母親のことを思い出した。自分が13になるまでの間だけだったが、それでも愛情一杯に育ててくれた母。そして、もう二度とお墓参りにも行くことができない母。そんな彼だからこそ、自信を持って言える。
トーヤの言葉を聞き、リズはフッ・・・・・と微笑んだ。
「ごめんなさい・・・・ありがとう・・・・・・さいごに・・・・・あなたにあえて・・・・・うれしかった・・・・・わ・・・・・」
ついに、「その瞬間」はやってきた。彼女の体がパキパキパキ・・・・と土気色になっていき、急速に水分が失われる。彼女は今「木」になろうとしているのだ。
「ねがわくば・・・・・・・あなたの・・・・・ような・・・・・ひとの・・・・・こ・・・・・を・・・・・・・」
「・・・・・・・・・・・・・・」
やがて、リズは眠るように息を引き取った。エメラルド色の髪は白く染まり、乱暴にほぐされた綿毛のようにバサバサになり、風に揺らめいていた。彼女の柔肌はすでにそこにはなく、手にしていた赤子共々、物言わぬ「木」になっていた。
「・・・・・・・・・・エルフは一生を終えると、“植物”になるらしい。そんな彼らは特定の“墓”を作らない。彼ら自身が墓標になるからだ」
トーヤはこの一年間で様々な知識を得た。その中には、「エルフの弔い方」も入っている。トーヤは植物となって母親のリズと同化した赤子から手を放すと、その真上で何かを絞るように、手を組んでギュッと力を込めた。バキパキパキ・・・・と、さらに体表面が氷に覆われる。
「・・・・・・・・・ッ!!」
組んだ手をぱっと放すと、その中に生成された小さな魔力の塊がポロッとこぼれ落ち、赤子だったものに当たった。するとそこからパキパキパキ・・・・・と凍てついていく。
「・・・・・・・・・!!・・・・・・!!」
ずるずると動かない体を引きずり、トーヤはその場から離れる。そしてトーヤは洞窟の入り口を背にし、再びリズの方に向き直った。
「・・・・・・・・・・・・・・・!!」
リズが犬飼に最期の抵抗を見せた後から、グーフォはその結末を見届けるこの瞬間まで、全てに見入っていた。トーヤの一挙一足に目を奪われていた。
そして今、初めて別のものに目を奪われている。そんな彼の前で、トーヤは跪き、祈りを捧げた。
「出来合いのもので悪いが、せめて・・・・・・・・・・・花を手向けさせてほしい。」
「悲しきエルフの少女よ、名も無き赤子よ、安らかに眠れ。」
「来世に、祝福があらんことを。」
彼の目の前には、100輪もの氷の花が、リズ達を埋め尽くしていた。
六枚の花弁でできた、白い百合の花。花言葉は「壮大な美、高潔、純血」。
それは暁の日差しを受けて、美しく輝いていた。
この先もう命が実ることはないことを湛える、悲哀の煌めきだ。
___________凍てつきし徒花は咲く。




