3-6
城塞都市オーレッツェー。その門を、少年がくぐった。
「いやぁ、久しぶりだなぁ」
艶のある短めの黒髪に、東洋人特有の黄色っぽい肌。黒のTシャツに黒のデニムを穿いた少年は、白いファーの付いたジャケットを着ている。
「さてと、この町では何かあったのかな?」
町に着くなり早速ポケットからスマートフォンを取り出し、その表面を指でなぞる。そこには待ちで起こった出来事が記されていた。
「えーっとなになに・・・・・“オーレッツェーの建築物から「アスベスト」が検出、前例のない一斉撤退 異世界の英雄の本性か”・・・・・・?なんだこれ。“アスベスト”ってなに?」
見慣れない単語に、その少年_____秋山利人は眉をひそめた。
見ると町中に人影はなく、閑散としていた。このニュースのいうとおりならば、住民は皆で払ってしまっているということになる。
「もう、ひどいなぁ・・・・・・よくわかんないことでいちゃもんつけないでよ」
頬を膨らませ、利人は憤った。利人本人は自分の作った建物に有害物質が使われていたことなど知らなかった。だが、困ったことに利人は自分の興味のあること以外には無関心そのもので、過去に「静かな時限爆弾」と恐れられたそれの存在など、頭の片隅にもおいていなかった。
そこに。
「おい、そこのあんた」
「なに?」
利人はスマホをしまって、声のした方を見た、その先には自分と同じような格好をした少年が立っていた。黒いシャツに黒のスラックス、その上に金の刺繍で縁取りしたロングコートを纏った少年は、何やら一枚の書類を手にしている。
「あんたが“秋山利人”だな?」
「え?なんでフルネームを・・・・まあ、そうだけど」
利人は少年が「リヒト」と呼ばないことに違和感を感じつつも素直に返事した。すると目の前の少年は、書類を突きつけてきた。
「あんたに逮捕状が出ている。“不当な異世界の技術の流入、それによる文化の強制衰退”および“有害物質による環境汚染”の疑いで、あんたを拘束する。・・・・・俺たちに付いてきてくれるか?」
「・・・・・・・成る程ね。そういうことか」
はあ、と利人は頭を抱えて、しばしため息を吐いた。うーん、と何やら考え込んだ、
直後。
ドォン!!と、何の躊躇もなくトーヤに拳銃を発砲した。
「・・・・・・・・・」
発砲された瞬間、トーヤは「逮捕状」を手放して横に身を躱した。直撃は避けられたが、逮捕状には銃弾で撃ち抜かれて無残にも穴が開く。
「自分に都合が悪いと、即座に銃を撃つのか・・・・・予想通り、なかなかいい性格をしているじゃないか」
「そりゃそうだろ。いきなり逮捕なんて言われたら、こっちだって反撃ぐらいするでしょ」
「それ、本当に反撃か?」
「・・・・・・・・・・」
両者一歩も譲らない。しばし沈黙が訪れた、刹那。ジャキン!!と利人は再び拳銃を構えた。まるで蟻の巣に水を流し込むように、一切顔色を変えないで利人は引き金を引こうとする。
そして。
バァン!!と破裂音がしたかと思うと、撃った弾丸が「中空で」あらぬ方向に跳ねた。
「・・・・・・・・・・・!?」
利人は予想外の弾丸の挙動に思わず目を見開く。明らかに今のは少年に弾丸が当たっていなければならないからだ。
「・・・・・・・・どうだ?結構当たるもんだろ」
少年はニヤ・・・・・・と不敵に笑ってみせる。
「異世界の武器、持ってんのはお前だけじゃないんだよ」
そう笑っているトーヤは、拳銃を「両手に」構えていた。
「!!」
トーヤが拳銃を抜いているのを認識する瞬間には、すでに片方の銃で発砲されていて、手にしていた拳銃を弾き飛ばされてしまっていた。あまりの早業に反応が遅れて、はじかれたのを確認してから慌ててきびすを返した。
「逃がすか」
トーヤは両方の拳銃を構え、ドドドドドッ!!と連射した。通常、拳銃は片手で撃つのが望ましいとされている。それは片手では拳銃の反動を押さえるのが難しいし、何よりも射線が増えるため、狙いが散漫になるからだ。だからまともに運用するにはそれ相応に鍛えた肉体が必要になる。
だが、奇しくもこの世界は「魔力」で満たされた世界。魔力の使い方次第で、その身体能力はいくらでもカバーできる。トーヤも元々、これらの発砲はただの威嚇射撃だ。まともに当てようとは思っていないし、やろうと思えばいくらでも蜂の巣にできる。
「やばいやばい・・・・・“錬成、ミラージュカーテン”!!」
利人の右手がパァ・・・・・と輝いたかと思うと、透明なマントが現れた。それを利人は翻すと、そのマントの向こう側の利人の姿が見えなくなった。
「・・・・・・・」
トーヤはその透明なマントに躊躇無く銃弾を撃ち込んでいく。ビスビスッ!!とマントに穴が開くが、当たった感触がしない。
「逃げたか・・・・・・まあいい」
トーヤはリロードしながら、それでも不敵に笑っていた。弾を装填し終えたトーヤは耳元に手をあてがい、耳の穴の中に入れてある貝殻のような装置を起動し、しゃべりかけた。
「作戦開始だ。奴を追い詰めろ」
「いやぁ、参ったね。まさか銃があんな奴らの手に渡っているなんて」
利人は驚いたように独り言を漏らした。その表情は微塵も恐怖を覚えておらず、まるで幼児がサッカーでゴールを決めているのを目撃したかのようなものだ。
「まあでも結局は僕の世界の武器だし、まあまともには使えないでしょ」
そうつぶやいていると、遠くの方の建物にメイド服を着た少女が屋根の上に飛び乗っているのを見つけた。彼女の手には長物の武器が握られており、それが「スナイパーライフル」だと気づくのに時間はかからなかった。
「きっと彼の仲間だね・・・・・・“錬成、スナイパーライフル”!!」
右手を掲げると、まばゆい光に包まれて銃身の長いライフルが現れた。利人はそれを手に取ると、少々慣れた手つきで弾丸を装填した。用いるのは麻酔弾。傷つけずに鎮圧するにはちょうどいい弾丸だ。
「さ~て。女の子を撃つのは気が引けるけど、しょうが無いよねっ」
と誰に聞かせる訳でもない独り言を口にし、そのライフルのスコープをのぞき込み、ペロリ!と舌なめずりする。まるで屋台の射的に挑む中学生のようだ。
「あっ、やっぱりあの子もスナイパーなんだ。でも、そんな風に姿を見せてちゃ、すぐに見つかっちゃうゾ~」
利人が目にしたのは、メイド服に身を包んだ少女が腹ばいになり、同じようにスナイパーライフルをのぞき込んでいたところだ。そんな彼女を小馬鹿にするように悠々とスコープをのぞき込み、狙撃しようとしていた、そのとき。
ドシュッ!!と、利人の左肩から血が噴き出した。
「え・・・・・・・・・・?」
最初、利人は理解が追いつかなかった。相手は人数は居ても異世界の道具をただ使っているに過ぎない。片や自分は、その異世界の道具の使い方を知っている。だから、負けるはずなど無かったのだ。
なのに、今自分は攻撃された。自分の左肩を貫かれたのだ。そして衝撃と、遅れて痛みが襲いかかってくる。
「い・・・・・・・・・・・・・」
そしてこの瞬間、利人は初めて悟った。今この自分の左肩を、さっきまでスコープで覗いていた彼女が撃ち抜いたのだということが。
「ぎゃああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああ!!!」
「痛い!!痛い!!痛い!!痛い!!痛い!!痛い!!痛い!!痛い!!痛い!!痛い!!痛い!!痛い!!痛い!!痛い!!痛い!!痛い!!痛い!!痛い!!痛い!!痛い!!痛い!!痛い!!痛い!!痛いいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいッ!!」
利人は生まれて初めて「他人からの銃弾を受けた」。これまでモンスターの歯牙や魔法を受けることはあっても、銃で撃たれたことなど無かった。
当たり前だ。そもそも彼が銃を使うようになったのは、「異世界のどんな相手が襲ってきても、決して対策できないし真似できないから」である。元の世界ではサバゲーなるものが娯楽にあるが、そういったものすら利人は嗜んだことがなかった。
そんな油断が招いた、最悪の事態だった。利人はこれまでに経験したことのない痛みにのたうち回り、絶叫する。
そして、その絶叫もすぐに止まる。
「ヒッ?!」
ゴロゴロと転がっていた利人の鼻先に、チュイーン!と何かがはじけ飛んだのだ。石造りの床にカキーン、と跳ね返ったそれは、紛れもなく「銃弾」だった。
そしてこの瞬間、利人は確信した。彼らの「射撃」の腕は間違いなく自分よりも上であること。彼らは紛れもなく、自分を「殺しに」かかっていることを。
「ヒ、ヒィッ!?」
カッ・・・・と、わざとらしい靴音に利人はびびり、後ずさる。その先には、先ほどの少年が姿を見せていた。自分の撃った銃弾を驚異的な精度で撃ち落とした、その少年が。彼はまるで天使のようにかわいらしい笑顔でクス・・・・・と笑うと、
「こっちに居たぞォ!!捕まえろォ!!」
と、鬼の様な形相で怒号をあげた。
「ひぃいいいいいいいいいいいい!!」
利人は情けない悲鳴を上げながら、みすぼらしく逃げ出した。その様子を見ていたトーヤは、悠々とその後を歩いて追いかけた。
「逃げろ逃げろ。醜態をさらせ。こっちの世界を甘く見るなよ」
と謳うようにつぶやきながら、トーヤは耳元に手を当てがった。
「トーヤ様。いかがでしょうか」
『上出来だ』
石造りの屋根の上で、スナイパーライフルを構えたメイドの少女、ゲイボルグがトーヤと通信で会話していた。
『お前の方こそ、相手にしてみた感想は、どうだ?』
「正直、相手が予想以上に使いこなせていないことに驚きました」
ゲイボルグは手に取った六角形の金属の板のようなものを見やり、そう答えた。
「いくら我々がある程度の技術を持っていることを知らなかったといえど、ここまであからさま釣りに、何の迷いもなく食らいつきました。しかも自分がどんなに目立つ場所にいるのかも気づかずに・・・・・・エイムも悠長なもので、“ワンタイムシールド”が無駄になってしまいました」
『絶対撃たれると思ってたのにな。まあ、次からは絶対に隠れておけよ』
「承知しました」
と答えたそのとき、別の声が聞こえてきた。
『ずいぶん順調だね。トーヤ君。キミの目論見は思った以上に楽に達成されそうだね』
『だからといってここで油断は禁物だからな』
ゲイボルグは、彼らの会話を聞きながら、建物の屋根から飛び降りた。
『それにしてもキミもえげつない作戦を思いつくよねぇ。わざわざ重火器を用いた上で標的に格の違いと恐怖を植え付け、じわじわとなぶり殺しにするなんて』
『当たり前だ。奴はこっちの世界の技術力・・・・・・というか、文化全体を見下しているようだからな。なめてかかった相手に手痛い仕打ちを受けることほど、屈辱的なことは無いだろ・・・・・あくまでも自分が相手を舐め腐ってたら、の話だがな』
「・・・・・・トーヤ様もずいぶん容赦の無い方なのですね」
少々げんなりしながら通信を切り、トーヤの持っていたような通信端末を取り出した。ゲイボルグが撃ち込んだ弾丸にはマーカーが付いており、相手の居場所を捕捉し続けることができる。そして次なる狙撃ポイントを探っていた。
「ふぃ~・・・・・ありがて~・・・・・・」
そうこぼしながら、「勇者」の少年は表情をほころばせた。
「参ったなぁ・・・・・アイツが手柄を立てたと思ったら、今度はそいつが公害になるとか・・・・・やっぱラノベみたいには行かねーよな」
ズズズ・・・・・とスープを口に含む。ギルドから一時期「住居撤退宣言」が出たときは驚いたが、どうやらこのような事態に対応することに特化した部隊が出ていたようで、異世界での難民のような慎ましい生活を強いられている感じはしなかった。
「(それにしても、“転生者殺し”かぁ・・・・・・嫌だな。俺もそのうち指名手配されちまうんじゃないか?)」
などといらぬ心配をしていた、そのときだった。
「大丈夫か?マナ。心配だったら“通信”をつなげてもらうことも可能だぞ?」
「はい、大丈夫です!」
「(可愛い子だよなぁ・・・・・・)」
おそらくは新人と思われる少女が、長身の女性(実際には彼女とは二つ違いでしかない)に励まされていた。新人の少女はとてもかわいらしく、けなげで、保護欲をかき立てられる雰囲気を醸し出している。
そんな彼女が口にした人物。
「トーヤさんなら、きっと・・・・・」
と、少女が現場に赴いている彼に期待を寄せている中、
「(・・・・・・・トーヤ?)」
少年はなぜか聞き覚えのある名前に、首をかしげていた。




