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タッツミー  作者: ゆらゆらゆらり
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奈津子の憂鬱でございます

 日が暮れ、静まりかえる商店街を、街灯に照らされた3つの影が駅へと向かっている。


 拓也を真ん中に手をつなぎ、飛び跳ねるのを2人で持ち上げたりしながら歩く姿は、まるで仲良し家族のようだ。

 そんな姿を見つめながら、奈津子がジムの前で佇んでいる。外まで見送りに出て、そのまま見つめ続けているのだろうか。

 淳史が後ろにいるのにも気付いていない。


 奈津子は3人が見えなくなっても暫く眺めていたが、ため息をつくとやっと振り返った。

「あれ、淳史どうしたの?」

「いやぁ、亮の調子どうかなっと思って」

「調子? 調子は絶好調よ」

「いよいよ、あと一週間か。楽しみだな」

「うん、楽しみ」


 奈津子のいつもの明るい声が返ってきた。

 奈津子はさっきの姿を見られていたことには、気付いていることだろう。でも、そのことには触れず、普段どおり会話をしている。そして、淳史も。

 子供の頃からの長い付き合いの中でお互いに感じ、わかっていること。わかっていないのは、きっと……亮だけだ。


 亮たちが消えた駅のほうから2人の男が歩いてきた。

 ひとりは40前後で眼鏡をかけた神経質そうな男だ。高級そうなスーツに身を包んだ姿はすらっとスリムで、手には黒いビジネス鞄を持っている。

 もうひとりは、50代くらいの男で、中肉中背でいたって普通の真面目な人といった感じである。スーツがグレーで地味なので、そう見えるのかもしれない。


 目の前にやってくると、眼鏡の彼が奈津子に「会長はいらっしゃいますか?」と言い、奈津子が「中です」と答えると、軽くお辞儀をしてジム内へと入っていった。

 その後ろを真面目そうな男が続いている。


 男のスーツの襟にあった金色のバッジが、夕日で光っていたのが、やけに目についた。


「誰あれ?」

「借金取り」

「借金取り?」

「そっ、おじちゃんが酒に女、そして、ギャンブルと借金を重ね、最近では私のなけなしの給料まで、奪っていくありさまなの」

 奈津子は下を向き、目がしらを抑えた……が、口もとが笑っている。


「もう、そういうのいいから。本当は?」

 淳史は軽くいなして、先を促した。

「もーう。少しくらい乗ってきてくれたっていいじゃん」そう言いながら顔を上げ、「でも、借金は本当よ。ほら、ジムが休業状態になっちゃったことがあったでしょ」


 淳史はピン、とくることがあり、うなずいた。


「もともと、ボクシングジムって経営が大変なんだよね。世界チャンピオンがいるようなジムは別だけど、そうでなければ、たくさんの練習生を集めないとダメだし。今ならば、スポーツジム感覚の女性を集めたりして、ほら、ボクササイズっていうやつ。あれとかも、やっていかないとダメなのよ。でも、うちのおじちゃんは昔堅気だから、軽い気持ちで来た人にも怒鳴って指導しちゃうから……」

「確かに、どんな人にも、教え方がプロ仕様だもんな」

 淳史は、苦笑いで言葉を返した。


「でもね、おばちゃんがいた頃はよかったのよ。おばあちゃんが上手くフォローしながら架け橋なっていたから、選手や練習生もそれなりにいたからね」

「そうだな。俺たちがジムで、うろちょろ遊んでいた頃は、けっこう活気があったもんな。でも、今じゃ、亮だけか……」

「そうなのよ」ため息のような言葉を漏らし、「最近は亮の人気が上がってきて、会場にお客さんも集まってくれるっていっても、ファイトマネーだけじゃね」

「そんなに厳しいのか?」

「厳しいのは、厳しいよ。でも、おじちゃんの年金と、少ないながらも私も生活費を入れているから、普通なら何とかなるのよ。それに、ママたちもそっちのほうは気にしてくれてるから」


 奈津子の両親は、以前はこの商店街で鮮魚店をしていたが、今は遠く離れた地でペンションをしている。

 奈津子が1歳か2歳の時に移ったらしいが、奈津子は伝次郎たちに預けられることになったようだ。

 その辺りのことを、淳史はよく知らないが、新たなる商売を始めるにあたって、落ち着くまではといった感じだったのではないか。

 奈津子が小学校や中学校、高校と進学するたびに、奈津子がそっちに行くという話があったようだが、奈津子がここに残ると言い張ったらしい。

 とはいっても、休み時などは、よく向こうへも行っていた。電車とバスで片道2時間以上かかるらしいが、小学校の高学年くらいから、ひとりでも行っていた。

 そのつど、淳史たちは、自家製のおいしい高原パンをお土産にもらっていた。


 ペションなどは、みんなが休みの時が逆に忙しいようで、正月などでも帰省することは、ほとんどなかった。

 淳史が2人の顔を見たのは、タエのお葬式の時くらいだった。



 奈津子が、もうひとつため息をつきながら、

「でも、借金がね」

「借金って、何で借金なんて出来ちまったんだ?」

 そう問いかけると、奈津子は重たい息を吐き出した。そして、街灯に視線を向け、話し始めた。




 奈津子の片足が足首を回すように、所在なさげに弧を描いている。


 話しによると、ジムを休業する時、伝次郎は無理してスタッフや選手にお金を出したようだ。

 練習生にまで休業することの詫びのつもりなのか、それなりのお金を渡したという。

 もう、やめるつもりだったようで、退職金ということだったのかもしれない。総額はかなりの額になっていたらしい。

 そういうのは銀行や信用組合で貸してくれないから、消費者金融かどこかで借りたようだ。


 奈津子はあきれ顔で話していたが、それが伝次郎のケジメであり、男気だったと淳史は思った。


 それから借金は始まったようだが、改装資金ってのも大きかった、と奈津子は言っていた。

 どうやら、亮がボクシングを始めることになって、はりきった伝次郎がリングの張り替えや、道具類などを一新したようで、それらの借金がプラスされて、ずっと続いているようだ。

 思えば、トレーニング器具にしても、そこらのフィットネスジムに負けないくらい充実している。


 奈津子も詳しい現状は分からないという。その当時から、今に至るまで、ジムの経理に関しては全くタッチしていないとのことだ。


「――そんなこんなで、まぁ、何とか経営しながら、利子だけでも払っているって感じだと思うよ」

「どのくらい、残っているんだろうな?」

「わかーんない。何も教えてくれないから。聞いても、お前が心配することじゃない、で話しを終わらせちゃうんだもん」

「そっか……」

「うん。そうなの」そう言いながら奈津子は、視線を2人の男が消えていった入り口のほうに向け、「前は金融会社の人が来るなんて、めったになかったのに、担当者が変わったのか、あの人が最近よく来るのよね。催促に来ているみたいだけど、感じ悪いのよ」

「大丈夫か?」

「大丈夫よ! これからは亮がどんどん有名になって、選手や練習生もたくさん集まっちゃうんだから。それで、借金なんてすぐ返済しちゃうんだから」

「そうだな。商店街にも人があふれちゃうかもな」

「そうそう、淳史も忙しくなるね」

「忙しくて、やせちゃうよ」

 淳史が口とほっぺをすぼませながら言うと、2人の笑いが重なり、誰もいない商店街に溶け込んでいった。


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